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無名頂上種の世界革命  作者: 福部誌是
11 終焉の日
94/119

11-3

 上空都市へと変貌を遂げた中央都市に全能のヴァーテクスが帰還する。


「おかえりなさい」


 バジレウスを出迎えるひとつの人影があった。


 その少女はバジレウスとふたりでいる時にしか声を発さず、顔を隠すフードも取らない。

 だからこそ、その少女の正体を知るものはバジレウスしかいない。


 1300年と数年前。

 この世界にヴァーテクスが誕生する少し前に。

 この少女の存在を世界から消したのだ。


 …………いや。正確に言うなれば、認識を誤魔化すように魔法をかけた。



 一見、普通の人間に見えるその少女の瞳には八芒星が刻まれている。

 それだけが、彼女が人間では無いことを証明する紋様であった。


 その少女の話によると、かつてこの世界に君臨した神々は体の一部に紋様が刻まれていたという。


「………あぁ。帰った」


「…………それで、終わったの?」


「…………あぁ。貴女の存在に勘づいた者は全て死に絶える。かつて神が全てを殺し尽くすために設置した水を放出する木々によって引き起こされる、この大洪水によってな」



 バジレウスはチラっと窓の外に視線を送った。


 多くの人間を救うために、この世界に存在するおおよそ全ての街や村を外殻ごと空へと浮かした。

 それでも、やはり犠牲は出てしまう。


 世界人口の5%~15%が溺死するであろうと。


 今なお、千里眼で溺れる人間たちを複数捉える。

 それでも、心は痛まない。


「…………どうしたの?」


 神の少女の言葉に、バジレウスは首を横に振る。


「なんでもない。ただ、昔を思い出していただけだ」


 良心など棄てた。この世界にヴァーテクスを誕生させた日に。

 そう、心の中で呟き。バジレウスは玉座へと戻った。




















 ♦♦♦



 1300年と数年前。


 この世界で最も栄えていたその街には数多くの貴族が住んでいた。

 そして、それを支える平民たち。

 そんな彼らの間で有名になっている盗賊がいた。



 その日。

 ある有名な盗賊の男は、いつもと同じように貴族の屋敷へと忍び込んだ。



「あらら。こんなに溜め込んでよぉ。使わねぇなら頂いてくぜ」


 夜闇の中、男は金庫の中に入っていた金銀財宝を手持ちの袋に詰めながら独り言をこぼす。


「――――――な、何奴だ!」


 突如、勢いよく開かれた扉からちょび髭を生やしたよく肥えた男が声を荒らげ部屋の中へ入ってくる。


「やべっ、もう見付かったか」


 盗賊は荷物をまとめると、扉とは反対側の窓へと急いだ。



 そして、勢いよく窓ガラスを割り、部屋の外へと飛び出す。


 貴族の男はそれ以上追ってこない。

 その代わり、「何をしている、衛兵! 早くソイツを捕らえろ!」と憤慨していた。



 その号令を皮切りに、衛兵共が集まってくる。


「お、一人威勢のいいやつがいるな」


 集まった衛兵の内の一人が飛び出してくる。


「そこまでだ! 怪盗バジレウス!」


 その声は若く、トーンが高かった。

 そのため、その衛兵が女性兵であることを怪盗はすぐに察した。


「………お前、女か?」


「それの何が悪い!」


 女衛兵が水平に剣を振るい、怪盗はそれを難なく避ける。


「別に悪いことはねぇさ。ただ少し驚いただけだ」


 怪盗は懐から玉を3つ取り出すと、それを地面へと投げ捨てた。

 直後、玉から煙が吹き出し煙幕が広がる。



 女衛兵を含め、集まってきた衛兵達は視界が奪われる。

 やがて煙が晴れる頃、そこに怪盗の姿はなかった。


「なにをやっておるかぁ!」


 その様子を建物の窓から見ていた貴族の男が憤慨する。



 衛兵達はこれから始まる、説教の時間に苦い表情を見せるのだった。












 数年前からその街では有名な話があった。


 貴族や金持ちの成金などを標的とするある怪盗の話だ。

 その怪盗はあらゆる罠をすり抜け、金目の物を持ち出し、最期に必ず逃げのびる。


 貴族などはその存在に眉を顰めていたが、平民たちには実害が出ていなかったため、ある者たちは英雄のようにその怪盗を信仰の対象とした。



 その怪盗について分かっていることは20代の男性であること。

 ただそれだけだった。

 その怪盗を捕まえると多額の報酬が出るとの噂もあり、一部の人間はそれを鵜呑みにして必死に探し回ったり、罠をはったりした。


 それでも、その怪盗の正体が明らかになることはなかった。





「おーい、今日も帰ったぞ」


 男は貴族から盗んだ金銀財宝を一部、金に換えてそれで食料を買い、街の北端にある建物に姿を見せた。

 すると、中にいた子供たちが一斉に男に群がった。


「わーい」「おかえり!」「今日のご飯は何?」


 などとそれぞれの言葉を発しながら、男は食料を子供たちに渡す。

 もうすっかり夜も更けてしまったが、子供たちにとって夜ご飯の時間はこれから始まる。


「わるいな。今日はパンばかりになっちまった」


「ぜんぜんだよ。これだけパンが食べられるだけでも恵まれてるんだから」


「ありがとう、おじちゃん」


 子供たちの無邪気な笑顔とお礼を真正面から受け、男は笑みをこぼした。



「よく噛んでゆっくり食べるんだぞ。

 俺はすこし夜風にあたってくる」


 そうして男は建物を出て、外に向かう。


 その建物は古い教会だった。昔はそこそこきれいに使われているようだったが、今では誰も使っていない忘れられた廃墟に近いものだった。

 いつしか、その場所がいく当てのない子供たちの家となり、こうして男が食べ物を分け与えるようになった。


 夜の冷たい風に吹かれながら、建物の陰に隠れ男は手持ちの金の数を数える。

 この教会に住み着く子供は20を超える。


 そんな沢山の子供たちの食料を賄うとしたらそれなりの金額が必要となる。


「……………………これで5日は働かなくても何とかなるか?」



 男が顔を上にあげると同時に、他の足音が響いた。

 招待していない客が迫っていることを捉え、男は腰に忍ばせたナイフに手を伸ばした。



「……………………まさか、怪盗が子供好きだったとはな」


 それは屋敷で斬りかかってきた女衛兵だった。


「……………………驚いた。まさかここまで追ってこられるとは」


「やめておけ。今の私には争う理由はない」


 男がナイフに手を掛けたのを見破り、女はこちらに近付いてくる。


「俺を捕まえにきたんじゃないのか?」


「その予定だったのだがな。いまその理由はなくなった。

 まさか巷を騒がせる怪盗の正体がただの義賊だったとはな」


「……………………義賊も盗賊さ。

 それに、俺はそんな立派なもんじゃない」


 女は男の横に並び、視線を建物の中へと移した。


「……………………私にも妹がいる。子供を育てることの大変さは知っているつもりだ」


 女の目が細められる。

 男は女の行動に警戒しながらも話を聞くことにした。


「俺はあいつらを育てているわけじゃない。ただ、飢えをしのげるように気を回しているだけだ」


「それも大事な役割だろ。……………………それにしてもこの数を独りで支えるのは大変そうだな」


「だから金を奪うしかなくなる。まっとうな仕事では報酬も限られているからな」


「……………………なるほど。このことは私の胸にだけ秘めておこう。

 だが、次に会う事があればその時は首を落とそう」


「……………………まさか、衛兵に見逃される日が来るとはな。

 お前はそれで大丈夫なのか?」


「なに、少しお叱りを受けるだけだ。飢えに比べれば大したことではない」


 そう恰好をつけ、女衛兵は去っていった。



 それを男は黙って見送った。













 その次の翌朝。


 街の裏路地で一人の女衛兵の遺体が見つかった。









 衣類はすべてはぎ取られ、身体には乾いた体液がこびりついていたという。



 遺体が発見された路地の周囲には人だかりができ、ざわついている。


 男はその囲いの一番後ろからそれを眺めていた。


「なんでも、怪盗にやられたらしい」

「昨夜貴族の屋敷から逃げた怪盗を追った後に行方不明になったとか」


 その声に、男は眉をピクリと動かした。

 そして、強く歯を噛み締める。


「……………………所詮、この世の中は汚いもので構成されている」


 ロクに働かず、民からの税金で豪遊する貴族や王族たち。

 もちろん、全ての王族や貴族がそう言うわけではないが、たいていの貴族たちはそう言う連中だ。

 生まれ持った権力に溺れ、私腹を肥やすことでしか生きられない害虫だ。


 子供が飢えて死ぬのが当たり前な世界。

 それに対し、なにも対策をしないどころか、更に悪化させるように生きるゴミども。


 数年前、戦争があった。

 その戦争で血を流し、必死に戦った民は敗戦後さらなる苦渋を味わうことになった。

 戦争のきっかけとなった貴族どもは政策だとかいって、民たちが蓄えた財を全て没収し普段とは変わらない生活を送っていた。






 怪盗で、屋敷に忍び込めるだけの技術がある男はこの国の上層部にいる人間たちの闇を知っていた。




 だが、その事実を告発することはない。


 ただの陰謀論として聞き流されるか、弾圧を受けて罰を受けるかのどちらかしかないからだ。


 人間はどこまでいっても権力には敵わない。


 反乱も、革命も告発も。すべて失敗という恐怖が付きまとう。





 だからこそ、叫びたい声を必死に噛み殺した。


 そして、男は踵を返す。




 その時、男と入れ違うように、横を通り過ぎる少女の姿があった。



 青い髪を頭の上で一つに束ねる幼い少女。

 その少女は瞳に強い意志をこめて呟いた。




「おねえちゃんの仇は、ぜったいに私が取るから」





 その声に、男は振り返る。

 少女の姿は人だかりの中に消え、既に見えなくなっていた。


 男は前に向き直り、歩みを再開させる。




 そして、男は日常の中へと戻っていく。





















 それから丁度、1年が経過するころ。





 男はいつものように貴族の屋敷へと忍び込んでいた。

 ため込んだ金銀財宝を奪うため、城壁を越え、壁を昇って3階の窓から侵入を試みる。


 ほどなくして鍵が開き、男はスッと中に入り込む。



 その時だった。

 人影のないくらい闇からひとりの女の声が響いた。


「誰ですか」


 その声に、男は咄嗟に反応を示す。

 だが、腰に伸ばした手が不意に止まる。




 その少女が人間ではなかったからだ。



 否、姿かたちは人間そのものだが、纏っている雰囲気が人間のそれとは格別だった。


 真っ白な長い髪と、8つの角がある星を瞳に宿す少女。



 実際にその目で視たことは初めてだったが、噂に聞いたことがある。



 何でも、この世界には普通の人間では決して拝むことのできない特別な存在がいるという。

 貴族でも謁見することは難しく、一部の聖職者や王族でしか関わることのできない人を越えた存在。






 その日、怪盗は女神と出会った。




 それがすべての始まりだった。


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