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無名頂上種の世界革命  作者: 福部誌是
11 終焉の日
93/119

11-2

 その日、中央都市側の大きな街の上空に煌点が登ると同時に大きな異変が起きた。


 鳥たちが一斉に飛び立ち、家畜を含めた多くの動物たちが一斉に騒ぎ出す。

 その声に、目を覚ました男が慌てて街の外を確認する。


 そして、男は目にする。

 街の外周を囲うようにして展開される光の柱を。


 その柱は遥か上空まで伸び、果てを確認することは叶わなかった。

 そして、その柱に沿うように、地響きをたてながら、街そのものが上空へと浮上し始める。



「な、なんなんだ、こりゃ!!!?」


 男が驚きの声を上げると、既に異変に気づいた人たちの集まりができ始めていた。


 その誰もが困惑した様子でただ眺めることしか出来なかった。










 ―――――そして、その異変は世界中のあらゆる地域で起きていた。


 世界の中枢である中央都市も、大きな繁盛をみせる賭けの都市も、美しき外装に包まれた都市も、また、小さな村も。



 全ての街と村がいっせいにゆっくりと地盤ごと上空に上昇していく。






 そして、それに取り残される人々もいた。



 ちょうど街を出立した行商人の集団や、気ままに旅をする旅人。そして、誰も知らないような、森に囲われた小さな村も、地上に取り残されるかたちとなった。








 ともかく、この世界に存在するほとんどの街が上空都市へと変貌を遂げたのだ。















 ♦️♦️♦️



「………なにから話したらいいか、少し困りますね。………そうですね、先ずはかつてこの世界に存在したという神という存在のことから語りましょうか」


 そう切り出し、バルレは流暢に語り出す。


「神」という単語に、慣れないもの達は顔を顰めているが、その中で俺だけはその単語の意味を、なんとなくだが、理解することができた。



「神、という存在について。わかりやすく一言で言ってしまえば、ヴァーテクス様と同じ、ということです」


「…………ん、どういうことだ?」


「…………つまり、ヴァーテクス様がこの世界に誕生する前、神、と呼ばれる存在によってこの世界は統治されていた、ということですか?」


 ドミニクさんは理解が早く、バルレから得た少ない情報でそこまでを導き出す。


「まぁ、そういうことです。正しくは人間と共存していた、と書かれていました。

 ヴァーテクス様と同じように、永い年月を生き、超常の力を扱う神々は人間たちから様々な感情を向けられた。

 その中には当然、悪い感情もあり、それによって神と一部の人間が対立し、戦争が始まった。

 その結果、人間側が勝利しこの世から神々は消失した。と書いてありました」



 みんなが頭を回転させる中、俺は口を挟む。


「…………それで、それがどう今の状況と繋がるんだ?」


「…………今語ったのはこの世界の語られざる歴史です。この数枚の紙には、大きくわけて2種類の事が書いてありました。そのひとつが歴史です」


「………ということは、もうひとつ、明らかになったものがあると?」


 カルケリルの言葉に、バルレは頷いた。


 まるで、語るのを憚るような苦い表情を見せた後、バルレはゆっくり続きを口にする。


「この紙があった地下迷宮の真実です」


 その言葉を聞いた時、俺の肌に鳥肌が立つ。


「それは…………」

「………あの地下迷宮の真実とは?」


 俺が口を挟むより早く、カルケリルが口を開く。



「……………一言で言ってしまえば、実験施設です」


「じっけん、しせつ………?」


 バルレが告げた言葉に、その場の空気が凍りついた。


「…………じっけんって、一体なんの?」


 それぞれが、この内容に踏み込むべきか迷っていた中、アンジェリカだけが真摯に真実を受け止めようと口を開いた。


 それを受け、バルレは答える。


「神を、人の身に降ろす実験です」



 地下迷宮内にあった怪しげな部屋とたくさんの墓標。

 それらが意味していたものが浮き彫りとなる。


「………酷いことを」


 誰かがそう呟いた。


「実験の内容なんかは分かったのかい?」


「いえ、詳しいことまでは。でも、…………実験の対象は16歳未満の子供に限定されていたようです」


 何段階かトーンの落とされた声。

 それを受け、誰かが歯の一部を噛み砕いたような鈍い音が響く。




「―――――――は?」


 遅れて、俺は顔を上げてバルレを見詰めた。


「…………確かに、酷い内容だ。でも過ぎたことで今を生きている僕らが悔やんだところで何かが変わることは無い。

 今、バルレから聞いた言葉を全て事実と捉えるとして、そこから見えてくるものはなんなのか。それについて話し合おうじゃないか」


 カルケリルの言葉に、その場の空気が少しずつ変わっていくのを感じた。



「…………その実験が成功したのかは分からないのですか?」


「ええ、残念ながら………」



 バルレの答えを受け、ドミニクさんが視線を向けてくる。


「もし、成功していると仮定するなら、その成果がバジレウス様、ということになるのでしょうか?」


「―――――――――っ!」



 そうか。

 そういうことも考えられるのか、と思考を巡らせる中、カルケリルがそれを否定する。


「いいや。違うだろうね」


「…………なんでそう言い切れるんですか?」


 ローズさんの疑問に、カルケリルは淡々と答える。


「ヴァーテクスは不老だよ。もし、バジレウスが神を降ろされた人間だとするならば、辻褄が合わなくなる」


「…………………」


 カルケリルの言葉に、全員が考え込むように黙り込む。

 それを引き裂くように、アンジェリカが口を開いた。



「…………あのー」



「どうしたんだ、アンジェリカ?」


「私、人間だった頃の記憶を取り戻した時、ヴァーテクスになった瞬間のことも少し思い出したのよ」


 その言葉に、俺は咄嗟に食い入るように身を乗り出す。


「ま、まさか――――――――」


「もうひとり、いたのよ。私かヴァーテクスになった時、バジレウスと私以外に」


 その言葉に、戦慄する。

 開いた口が塞がらない、とはこのことだろう。


「バジレウスが、黒幕じゃないってのか!」


「…………どんな容姿だったのかも思い出したのかい?」


 カルケリルが話を進め、アンジェリカは首を捻りながら「うーん」と困り顔を見せる。


「ボヤけていて、記憶も少し曖昧な感じがするの」


「多分、相手側の能力だろうね」


「でも、確か小さかった気がするわ。あと、女の子だった」

 何故か自信満々に答えるアンジェリカ。



 背が小さい、というならバルレの真実とも辻褄が合う。


 神を降ろされた少女が…………………。


















 ―――――――――――――あれ?










 そこで、ようやく記憶の隅にあった点と点が繋がった。




 俺はアウルと一緒にいた時、バジレウスの襲撃を受けている。

 その時に取り巻きの人間の女性が複数人いた。

 その全員が顔を隠し、容姿を確認することは出来なかった。









 約10人くらいの特徴の見えない人間の女性。





 でも、その中でハッキリと思い出せる存在が1人だけいる。





 俺はバジレウスの隙をついて、死角から攻撃を試みた。

 だが、それを防がれたんだ。



 そして、それを防いでみせたのは、一番背の低い、顔を隠した女性だった。








「――――――――まさか、バジレウスが人間の女性を連れてる理由って」



 俺が口を開いた直後、カルケリルも口を開いた。


「僕も、その可能性に今いきついた」



 俺とカルケリル以外は、解らない、という様子だ。



「バジレウスといつも一緒にいる女性。それが神を降ろされた少女だ」


「そして、その少女の存在を、何故か隠すために複数の女性をいつも傍付きとして置いている」





 何故かは分からないが、神の少女は表に出ようとしてない。

 そこに如何なる理由があるのかは分からないが、覆らない事実だ。



「…………これ以上はここで考えていても埒が明かない。一刻も早く、中央都市へ向かおう」


 そう言って、カルケリルが先陣を切ろうと立ち上がった瞬間だった。














 ―――――――それは、降臨する。





「それは必要ない。何故なら、貴様らの命運はここで終わるからだ」



 鉄のように冷たく、分厚い声が唐突に響いた。










 それは、俺でも、カルケリルでも。

 ドミニクさんやアルドニス、バルレ、そしてカイロンのモノではない男性の声。




 全員が、その声に向けて恐る恐る顔を上げる。



 白髪だらけの長髪に、皺だらけの厳つい顔。

 口の周囲から伸びる獅子の鬣のような髭。


 聖職者のような分厚い服と、右手に持つのは先端の円の中に星の形が刻まれた長い杖。




 長命にして超常の存在の頂上に君臨するモノ。






 すなわち、全能の存在が冥界の中空に浮かんでいた。









 その姿はまるで、魔法使いのようで―――――。



 見るもの全てを圧倒する威厳があった。



「――――――――なっ!」

「バジレウス!?」


 俺が言葉を失うのと同時に、アンジェリカが声を荒らげる。

 頭が状況を理解するより早く、警戒態勢をとる。剣の柄に手を伸ばし、立ち上がる。



 一番最初に動いたのはアンジェリカだった。

 5本の剣が勝手に浮き上がり、連続で射出される。


 冥界の中空を舞うように、バジレウスはそれを避ける。


 バジレウスに避けられた剣は途中で急停止し、旋回する。だが、それすらバジレウスに見透かされていた。


「また避けられた!」


 カルケリルの言葉が響く。

 だが、アンジェリカの狙いはそこになかった。


 バジレウスの周囲を回る黒い玉。

 雷玉を狙い撃っていた。

 5本の剣は見事、5つの雷玉を貫いている。


 アンジェリカは抜けているところがあるけど、馬鹿じゃない。



「ば、ば、バジレウス!」


 そこに、低い声が響く。

 その声に、皆の視線が集中する。


「…………カイロン、か」

 バジレウスがその口を開いた。


 カイロンは冥界の中空に浮かぶバジレウスを睨み付け、叫ぶ。

「今までずっと、ぼ、僕たちを騙していたのか!?」


「…………そうだ。それがどうした?」


 カイロンの叫びに、バジレウスの表情が崩れることは無い。


「――――――っ、し、信じて、いたのに」


 カイロンの悲痛な声。

 ここまでカイロンが前に出てくるなんて、想像すらしてなかった。


「…………貴様は、よく役目を果たしてくれた」


「ば、バカにするな。僕たちを、騙していた、その報いを、受けろ!」



 カイロンの怒り。それに呼応して冥界中の魂がいっせいにバジレウスに向かって動き出す。

 冥界の気温が一気に下がる。

 冥界の管理者の怒号は万物を凍らせる。冥界において、カイロンは絶対の支配者だ。














 ――――――――――だが。



 バジレウスの手元が光り、その直後。


 凄まじい衝撃と共に雷が空気を焼き裂いた。

 それに貫かれ、カイロンは大量の血を口からこぼした。




 その一瞬の出来事に、全員が凍りつく。



「…………貴様の役割は、ここに反逆者を集めた時点で終わっている」



 バジレウスの冷たい言葉が響いた。




 音もなく。

 カイロンはその場に倒れる。




「――――――カイロン!!」


 それに駆け寄るカルケリル。


 そして、

「バジレウス!!!」

 と怒りを顕にするアンジェリカ。



 アンジェリカの命令と共に、冥界にあった巨大な岩が浮き上がり、バジレウス目掛けて飛んでいく。





 だが、大きな質量による高速射的であっても、バジレウスの表情は崩せない。

 猫の攻撃をあしらう様に、バジレウスは岩の軌道から自身の体をズラしてやり過ごす。










 突如展開された戦闘に、人間はついてこれなかった。






 ―――――――この、俺を除いて。






 バジレウスとの戦闘はこれが初めてじゃない。




 とは言っても、アウルの時は相手にすらされなかったが。



 ともかく、やることはあの時と同じだった。

 どうやって、バジレウスの死角に潜り込むかに全神経を注いだ。


 今、この場に従者の姿は1人も見えない。

 冥界という特殊な場所だからか。

 バジレウスは独りで襲撃に来た。





 あの時と違う状況だからこそ、通じると思った。





 俺はアンジェリカが飛ばした岩に張り付き、バジレウスに避けられるのを待った。

 俺の想定通りに、岩は避けられて冥界の天井に衝突する。



 その瞬間。

 俺は虹の剣を鞘から引き抜き、張り付いていた岩を足場にして、身体強化を解き放つ。



 狙うは、バジレウスの首。

 背後から、奴に迫る。









「雷玉がまだ残ってるぞ!」


 突如響いたカルケリルの言葉に、思考が真っ白になる。

 直後、凄まじい衝撃が身体を突き抜けた。



「――――――――がっ」



 視界がパチパチと弾ける。

 雷玉に敵意を察知されたのだ。




 為す術なく、地面へと落下する俺を、冷たいバジレウスの瞳が見詰めていた。

















「……………ふむ。油断は禁物だな。さっさと終わらせることにしよう」


 バジレウスはそれだけ言い残すと、冥界から去っていく。



 その姿に、誰もが言葉を失った。




「タクミ!」

 地面に落下した俺の身体を、アンジェリカが抱きとめてくれる。


「アンジェリカ! 急いで準備を!」

 カルケリルの言葉が耳に入ってくる。



「でも、タクミが」


「タクミの事は僕に任せろ。早くしないと手遅れになる」























 ♦♦♦




 バジレウスは冥界から地上に戻った。


 そのまま自身の身体を浮遊させ、終焉の森の空へと昇って行く。



 他の森とは比べ物にならないほど広大なその森は冥界へと通じる穴を囲うようにできている。

 その森の木は天高くまで育ち、地上からそのてっぺんを視認することは叶わない。

 そして、この世界の地下に広がる広大な水脈はこの森へと終着し、木の根がその水を吸い上げる。

 幹の中には大量の水が流れており、その水は葉の孔から霧となって空気中に散布される。




「…………これで、終わりだ」


 その上空で、バジレウスは杖を掲げた。





『能力付与。威力強化、倍増!』


 全能の特権。それは能力の付与。

 ヴァーテクスに特殊能力を与えたように、自身に新たな能力を付与する。






「………雷剣起動」



 その呪文と共に、杖の先に雷の巨大な剣が展開される。

 その刀身を空高くまで伸ばし、それを水平に振るう。



 それこそは、世界を断つ雷の剣。




 その一刀で、終焉の森にある()()()()()()()()()()()()()()()















 ♦♦♦




 冥界内部では、急いで地上に戻る準備が進んでいた。



 だが、凄まじい轟音に、アンジェリカを含む全員がその手を止めらざるをえなかった。



「な、なんなんだ。この音は!」

 アルドニスが疑問を提示するが、それに答えられる者は存在しない。



 その直後、冥界と地上を繋ぐ唯一の出入口から大量の水が流れ込んできた。



「―――――――――はっ!?」




 ある者は困惑を。

 ある者は絶望を顕にする。



 人の力ではどうすることも出来ない大量の水に押し潰され、抵抗虚しく流される。


 万物に干渉し、操る能力を持つアンジェリカでさえ、その水を塞き止めることは叶わない。

 質量が大きすぎて、その勢いに抗えないのだ。






 これこそがバジレウスの最期の手段。







 そして、冥界に広がる同様と絶望は地上の全ての土地でも起こっていた。







 余分なもの。バジレウスにとって都合の悪いもの。

 その全てを洗い流し、新たな世界の創造へと繋がる第一歩。




 海、という概念のないこの世界に生きる全ての人間を襲う初めての絶望。



 大洪水が始まる。



 ――――――その日。世界は終わりを告げた。

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