アンジェリカ
自身に掛けられた魔法を解き、アンジェリカは重たいため息を吐いた。
その後、村に戻り自身のヴァーテクスとしての能力を利用してハンナに能力を与える。
その効果は病気を治す、というものにした。
だが、結果は上手くいかず。
それから数日後、アンジェリカは村を後にすることにした。
「…………アンジーナ様!」
村を出る際、ハンナに名前を呼ばれたアンジェリカは首を振ってそれを訂正するように促す。
「私の名前はアンジェリカっていうの。これからはそう呼んで欲しい」
そしてアンジェリカは近くの街へと向かった。
武器を揃え、その足で休むことなく終焉の森へと進む。
剣を周囲に展開し、襲いかかってくる怪物たちを撃破し、前人未到の最深部へとたどり着く。
その快挙を誇らしげに思うことも無く、アンジェリカは淡々と冥界へと通じる通路を進んでいく。
冥界に辿り着き、感じたのは違和感だった。
寒さはあれど、暗さはなく。やけに騒がしく明るい。
こんなとこに何十年もいたら気が狂いそうだわ、と心の中で呟きつつ、冥界の奥へと向かう。
その先でカイロン・テオスに久々に会い、魂についての解説を受ける。
カイロン自身も全ての詳細を知っている訳では無いが、要約すると。
魂は肉体が死んだ時点で抜け落ち、真っ直ぐに冥界へ向かってくる。その存在を生物たちは感知できないが、冥界の領域に入った途端、視認できるようになる。また、魂自体に自我や記憶などは残っておらず、冥界で次の生に向けて労いと準備をするとのことだ。
つまり、アンジェリカが冥界に来たところで、父親の魂を見分けることは出来ず……………………。
また、1300年以上経過していることから、その魂は既に冥界から旅立っていると考えられる。
その事実に、アンジェリカは少しだけ悲しそうな表情を見せる。
それに勘違いした引きこもりが余計な感情を拗らせることになるのだが、それは別の話だった。
ともかく、アンジェリカが冥界で得たものは何もない。
それでも、アンジェリカは心に強く誓ったことがあった。
人間としての尊厳と時間。なによりも大切なものを奪われ、反逆の灯火が灯る。
「……………………決めた。私は絶対にバジレウスを倒してみせる」
それがアンジェリカが打倒バジレウスを復讐と答えた意味。
そして、アンジェリカは冥界を後にした。
♦♦♦
話を終え、アンジェリカは少しだけ微笑みながら口を閉じた。
そして、再び口を開く。
「あとは、皆の知っている通りよ。打倒バジレウスを果たすために簡単な計画を立てた。まず、私がひとりで戦っても勝てないことは明白だった。だから、テラシアを味方に付けようと思ったけれど、それにはまず戦果が必要だと感じたの」
「なにも成しえてない自分に、テラシアが味方に付くわけないと、そう思ったんだね?」
カルケリルの補足に、アンジェリカは頷く。
「そうよ。だから先ずは私だけの力でヴァーテクスを倒す必要があった。
でも、ユースティアには敵わないし、だからと言ってカルケリルとかを倒しても大きな戦果にはならないと思った」
包み隠さない棘のある言葉にカルケリルは苦笑いを見せる。
「そこで目をつけたのがフローガだったわけか」
「ええ。でも結果は惨敗。それから戦う力をつけるために怪物を倒しながらまた各地を転々としたわ。
怪物の被害に困っている人を助けて少しでも私名前を広めたかった。
そんな時、ドミニクと出会った。それから、ローズとアルドニス。
そして、フローガに負けて10年が経過するころ、タクミと出会ったの」
アンジェリカはそう言いながら、俺に視線を送ってきた。
その綺麗な瞳に吸い寄せられそうになる。
「……………………つまり、アンジェリカがバジレウスに奪われたものは……………………」
俺は、その先を言葉にできなかった。
ひどい話だ。
彼女は愛する家族との時間も、その記憶も、尊厳も失った。
彼女が奪われたものは、人としての時間であり、人としての記憶であり、人としての生そのものだった。
「……………………人生、ですね」
俺の言葉の続きを、ドミニクさんが答えた。
その言葉に、驚きと悲しみと、いろんなものが混じった空気が広がった。
「……………………まさか、ヴァーテクス様がもともとは人間……………………だっていうのか!?」
ルイーズは困惑しながら、今聞いた事実を呑み込めないでいる。
アルドニスも、ローズさんも、バルレも同じような状態だった。
ドミニクさんは少し冷静そうに見えた。
……………………俺は、どうなんだろう。
アンジェリカがもともとは人間だったと知って、それに対して、何か特別に生まれる感情はあったのだろうか。
自分で自分の心に悩んでいると、横でカルケリルが口を開いた。
「なるほどね。でもまた君は失敗したわけだ。フローガの打倒ですら、君一人では叶えれなかった」
「……………………うん。そして、テラシアもアウルもデービルも死んでしまった。
私が戦いを始めたせいで、多くの人が死んだ」
「――――――――それは!」
俺が反論しようとしたところ、カルケリルによって阻まれる。
「……………………それでも、私はまだ一人ではなにも成せていない」
下唇を噛み締めながら、アンジェリカが呟く。
「……………………個人的には、そんなことはないと思うけど、君がそう感じているなら、そうなのかもしれないね」
「……………………ええ。だから、ここで終わりにしようと思うの」
俯きながら。絞り出すように震える言葉。
その意味を、俺の頭が処理する前に、アンジェリカは立ち上がった。
「…………………………………………え?」
「ここで終わりにしましょう。私はこれから地上に戻って一人で中央都市に向かうわ。
だから、皆とはここでお別れ」
俺たちに背中を向け、少しずつ遠ざかっていくアンジェリカを強く呼び止めて立ち上がる。
だけど、俺以外に反論しようとしている者がいないことに、俺は気付いてしまう。
「……………………な、んで」と言いかけ、今はどうでもいいと、思考を切り替える。
俺は真っ直ぐにアンジェリカの背中を見詰めて、意思を剥き出しにする。
「なんで、急に、そんな話になるんだよ!!」
「急でもないよ。最初から、最後はこうしようって決めていた。
タクミには話したことがあると思うのだけど」
その言葉に、俺の頭はこんがらがっていた。
記憶を深堀し、それを見つけ出す。
――――あれはたしか、俺のミスでドミニクさんがレオガルトに噛みつかれた日の夜の出来事。
彼女はこの戦いを独りでやるつもりだと口にした。
それでも、フローガに挑んで、俺が助けて、その考えは払拭されたものだと、思い込んでいた。
「………………まさか、最初からそのつもりで……………………?」
だとしたら、なんと間抜けなことか。
「それに、私はヴァーテクスとしては最初から欠陥だらけだった。そして、私はもともとは人間。
これでみんなが私に従う理由は無くなった」
途中まで俺たちを利用して、最後は斬り捨てて、ひとりで戦いに向かう。
たとえ、ここにテラシアがいたとしても、アンジェリカはこの選択を行っただろう。
だからこそ、間抜けだった。
――――――――彼女は矛盾している。そこまで彼女の本質はポンコツだったのだ。
アンジェリカは大間抜けだ。
「――――――――おい! アンジェリカ!!」
だから強気で叫んだ。
その声に、目の前の少女は肩を震わせた。
そして、ゆっくりとこちらを振り返った。
「……………………なにかしら」
「そんな簡単に、俺たちを遠ざけることができると思ってるなら、それは甘い考えだよ。
だから、その廃れた根性を俺が叩き潰してやる」
カッコつけるように、言い放つ。
そして、俺はアンジェリカとの距離を詰めた。