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無名頂上種の世界革命  作者: 福部誌是
10 想いの欠片
86/119

10-1

 森に囲まれた小さな小さな村。


 その上空を三羽の鳥が羽ばたいて飛んでいく。

 その様子を、部屋の窓から見上げる病弱な少女がいた。


 遥か彼方を目指し、自由に飛んでいく鳥を見て、少女は思った。


 いつか、私もあんな風に。自分の意思でこの広い世界を見て回りたい、と。









 これは、小さな村で生まれた、大きな愛の物語。








 ♦♦♦



 タクミ達に隠していることをさらけ出すとしたら、自身がヴァーテクスとして目覚めた時まで遡らなければならないな、とアンジェリカは思った。






 1300年と少し前。

 それはまだ、少女がアンジーナだった頃。


 バジレウスに呼び出されたアンジーナは、バジレウスの目の前で片膝を地面につき、頭を垂れた。



「………それで、手にしたい能力は決まったか?」


 重いバジレウスの口が開かれる。


 その質問に対し、アンジーナは無言を貫いた。


「…………そうか。決まらぬか」

 と、バジレウスは重たいため息を吐いた。



 バジレウスがヴァーテクス達に能力を与えてから数日。

 アンジーナは自身で欲しい能力を選べる権利を与えられた。


 与えられたにも関わらず、欲しい能力など思いつかず、アンジーナは反応を示せずにいた。







 数日前。

 アンジーナは他のヴァーテクスと同じように、ここ中央都市の天空城の中にあるいちばん大きな空間。支配者の間で目を覚ました。


 それは、とても長い眠りから解放されたかのような心地良さがあり、どこか寂しさが募る感じがした、不思議な瞬間だった。



 支配者の間の玉座に座るバジレウスからヴァーテクスとしての生き方を伝授され、人間たちやこの世界のことを説明された。


 この世界に10柱しか存在しないヴァーテクス。見た目は人間そっくりだが、老いもせず、特殊な方法でない限りその身体は傷一つつかないというある種の完全さをもっている。


 そのヴァーテクスを束ねるバジレウスという男。

 ヴァーテクスとして誕生したからには、なすべきことを成さなければならない。でなくとも、その生を謳歌できるはずなのに…………。




 アンジーナは特に何もしなかった。




 アンジーナは自身の胸の奥にぽっかり空いた空虚をただ見詰めるだけだった。

 自分から他人と関わろうとせず、何かを聞かれても一言二言で返す程度。


 そんなアンジーナを見兼ねてか、バジレウスはため息と共に1つの提案を行った。


 それはアンジーナに与えられる能力についてだった。

 他に干渉する能力。


 アンジーナがあまりにも他者と関わろうとしないため、バジレウスはその能力をアンジーナに授けた。


 そこにはある種の期待も含まれていた。


 だが、アンジーナに能力が与えられてから数十年。

 アンジーナがヴァーテクスとしての使命を果たすことは一度もなかった。









 最初、ヴァーテクスという存在を認めなかった人類も、一部を残しヴァーテクスの存在を認めた。


 それにより、敬いや恐れといった様々な感情がヴァーテクスに向けられた。

 だが、バジレウスは過度な信仰を人間たちに禁じた。




 ヴァーテクスの能力や人間に与えた恩恵などにより、ヴァーテクスに異名が与えられていく。


 一度も人間の目の前に姿を見せない、カイロン・テオスにすら冥府のヴァーテクス、という異名が与えられた。






 その中で、アンジーナだけが何も与えられなかった。



 アンジーナに優しさを向けてくれるヴァーテクスが居た。






 だが、そんな彼女も700年が経過する頃、アンジーナの目の前から姿を消した。





 ヴァーテクスとして目覚めてから700年連れ添ってくれた存在が急に消えたことにより、何も感じないはずのアンジーナの胸に小さな棘が突き刺さる。


 胸にぽっかり空いた穴を刺激する何か。




 おかしい。おかしい、おかしい。

 アンジーナの胸中をひとつの感情が駆け巡る。


 何も感じないはずのアンジーナは、テラシアがいなくなったことに悲しいと感じていたのだ。



 スっとアンジーナの、頬を知らない液体が流れた。

 それは、アンジーナ自身の瞳から流れている。



「……………わたし、は。…………この痛みを、知っている」



 テラシアが消えたことにより、ずっとアンジーナの胸の中にあった虚ろな穴の正体をつきとめる。


 それは、喪失感。


 何か、大切なものを失ったという証。




 ずっと、光を映さないアンジーナの瞳に光が宿る。




 涙を手の甲で拭い、ひとつの決意を固める。





 知らなければならないと思った。



 自身が何を失ったのか。


 その痛みの正体を。









 その日、アンジーナは生きる目的を見つけたのだった。


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