9-7
「すまねぇな。手間をかけさせた」
やや顔を下に向けながら、ルイーズが呟いた。
照れているのだろうか、少し顔が赤くなっている気がする。
「………気にするな。女の子らしいルイーズが見れて眼福だから」
俺は興味本位で少しおちょくってみることにした。
「忘れろ!!」
次の瞬間、顔を真っ赤に染めたルイーズの拳が飛んできた。
その拳は俺の左頬にクリーンヒットする。
俺は勢いに身を任せ、宙を舞った。
地面に落下した俺の顔を覗き込むように、バルレが告げる。
「タクミって、カルケリル様に似てきましたよね」
「え!? どこが? 嫌なんだけど!!」
「おいおい、それはちょっと失礼じゃないか?」
カルケリルは見せびらかすように、マジカルナイフを取り出した。
「………いや、それはマジで洒落にならないから!!」
そんな俺たちのやり取りを遠目でみつつ、ドミニクさんは一人、冷静に口を開いた。
「もう一度言いますけど、アルドニスの件が残っていることをお忘れなく」
「…………ったく、酷いめにあったぜ。俺、怪我人なのによ」
「それはタクミが悪ふざけするからでしょ」
ローズさんに窘められ、俺は反省の色を見せる。
「悪ふざけはそこまでです。そろそろ、気を入れなおしてください」
ドミニクさんの言葉に、周りの空気が引き締められる。
俺は別に悪ふざけしてたわけでは……………………。
やめておこう。言い訳はあまり好きではない。
「……………………それで、アルドニスはどうやって捜すんだ?」
「一応、コンパスは持ってきているけど、僕らの中にはこんな小さな機器より信用できるものがある」
カルケリルがそう口を開くと、全員が彼に視線を向けた。
カルケリルの掌にはコンパスが乗っている。
「信用できるものって?」
「ふ、ふふ。気になるだろ?」
「もったいつけずに、さっさと答えろよ」
自慢げに鼻を伸ばすカルケリルに対し、間髪入れずに釘をさしておく。
「……………………ほんとっ、君ってやつは面白くないな!
ちょっとは演出させておくれよ!!」
「今がどんな時か考えろよ。時間がないんだ!」
「はぁ!? 君がそれを言うのかい?」
俺とカルケリルのコントじみたものが再開されようとしたところに、ドミニクさんの咳払いが響く。
「カルケリル様。お願いします」
「……………………まぁ、バルレだよ。彼はもともと探検家だ。アルドニスが逸れた地点から僕らがどの方角にどれほど進んできたのか、把握できてるだろ?」
カルケリルがそう言うと、今度はバルレに視線が集まる。
「まぁ、それくらいならば。後は、アルドニス殿が進んでいった方角に走れば恐らくですが、またあの声が聞こえてくるかと」
「へぇ、すごいわね。そんな特技を持っているだなんて」
ローズさんが深く関心を示す。
「では、急ぎましょう。バルレ、道の支持をお願いします。
アルドニスがいない分、霧の中を注意して進む必要があります。気を引き締めてください」
ドミニクさんの言葉の後、チームの雰囲気が変わる。
その後、バルレの指示に従い、森の奥地へと進んでいく。
♦♦♦
深い霧に包まれた森の中を、アルドニスは単身、駆け抜けていた。
聞こえてくる子供の声が次第に大きくなってくる。
耳に木霊する子供の泣き声。
それが発せられている地点に到着し、アルドニスは足を止めた。
風で辺りの霧を吹き飛ばす。
すると、目の前には、こちらに背中を向けて、泣いている幼児の姿があった。
「……………………お、おい。大丈夫か?」
駆け寄ろうとしたその時。違和感があった。
「――――――――っ!」
背中から体の中を突き抜ける痛みと痺れ。
気付いた時には、口から血を吹き出し、目の前が真っ赤に染まっていた。
「……………………は、はは。やっぱり、な」
ある程度確信はしていたが、アルドニスは奥歯を噛み締めながら、身体に突き刺さった異物を引き抜いた。
それは先端が鋭利に加工された木の枝だった。
背後を確認すると、青白い肌に、角を一本、額につけた子供がへらへらと笑っていた。
続いて、先程まで泣いていた子供の声が可笑しくなる。
鳴き声から徐々にこちらを馬鹿にするような笑い声へと変わっていく。
その子供はゆっくりと立ち上がると、こちらに顔を向けた。
その頬は一切濡れておらず、不気味に口角を持ち上げた。
青白い肌と額に二本の角。
二体の子供は上半身が裸で、お腹がポッコリと前に出ている。下半身には皮の短パンを履いているようだ。
…………………つまり、小鬼。あるいはゴブリンと呼ばれる化け物であった。
一体が鳴き声で獲物を誘い、もう一体が死角から木の枝で強襲する。
先端がとがった木の槍には小鬼どもの唾液が塗られており、それは麻痺毒となって、獲物を苦しめる。
「へ、俺を騙せたことが、そんなに嬉しいのかよ」
へつらわらいを繰り返す、小鬼どもを睨み、アルドニスは四肢に力を入れる。
「……………………だったら、俺を殺してみろ!!」
槍を握り締め、風を纏って、振り回す。
身体を支配する痺れなど、知ったことか!
そんなものは、倒れる理由にならない、とアルドニスは奮闘する。
小鬼どもは慌てて、アルドニスから距離を取る。
攻撃を仕掛ける度、アルドニスの体力は削られていく。
小鬼どもは段々と速度が弱まる槍を楽に、躱していく。
アルドニスの振るった槍は、一回も当たることなく……………………。
アルドニスはその場に倒れた。
へ、へ、へ。
嗤う小鬼がアルドニスに近付く。
次の瞬間、目にもとまらぬ速さで、二本角の小鬼の頭が潰れた。
否、槍に貫かれた。
残った小鬼が、驚いた様子で後ろに退く。
「……………………は、お返しだ」
麻痺毒が体中に回り、手足が不自由に動かせない中、アルドニスは不敵の笑みを見せる。
それは、残った小鬼に対しての挑発。
一本角の小鬼は憤慨した様子を見せ、地面を蹴った。
アルドニスに噛みつこうとして、口を大きく開く。
その隙を、森の中を駆け抜けた刃が捉えた。
意識が重くなる寸前、アルドニスは確かにそれを見た。
この世界に突如として現れ、ヴァーテクス様に対して恐れることなく対等な立場を築こうとする。
哀れで、勇敢で、優しい少年の姿を。
♦♦♦
「おい! 子供の声が聞こえなくなったぞ」
森の中を進む俺たちは、アルドニスと逸れた地点に向かう途中、子供の泣き声を聞いた。
簡単に説明すると、アルドニスは北に進み、ローズさんを助けるために、北西に俺たちは進んでいた、という事らしい。
ならば、あとは東側に向かうだけで、子供の声が聞こえてくる領域に入る。
…………………ならば、あとはその音源へと向かうだけだったが、途中で子供の泣き声が聞こえなくなったのだ。
「慌てないでください。声が聞こえなくなった、という事はアルドニスが獲物として釣れた、という事です」
「つまり、ピンチってことだろ!?」
「……………………カルケリル様、爆発するナイフを数本下さい」
俺が慌てる中、ドミニクさんは冷静にこの状況に対して、対処しようとする。
受け取ったマジカルナイフを、斜め前方に投げて爆発させる。それをいろんな方向に繰り返した。
爆風が霧を吹き飛ばし、爆炎が木々を焼いていく。
「止まってください!」
ドミニクさんの指示に従い、脚を止める。
「どうしたんだよ! 早くいかないとやばいんだろ!」
俺の他にも、ルイーズが慌てて声を荒げた。
「ドミニクを信じて」
俺をルイーズを見て、ローズさんが口を開く。
ドミニクさんは静かに、気を燃やす炎を見詰めている。
すると、ゆっくりと、炎が揺れるのが目に入った。
自然の風ではない。明らかに不自然な風に、バルレが声を上げた。
「タクミ! この方角に真っ直ぐ!」
バルレが指を差した方角に、俺は駆けだした。
脚に力を込め、地面を蹴る。
強化された脚力から放たれる、スピードは時速80を超え、霧の中を駆け抜けた。
暫くすると、目の前に霧が無い空間が現れた。
「――――――――っ!!」
そして、倒れるアルドニスと、今にも飛び掛かろうとしている角を持つ子供の姿を眼にした。
人間の子供ではない。青白い肌と不自然な程に盛り上がった腹。そして何よりも、怪物であることを象徴とする角。
俺は躊躇うことなく、剣を引き抜き、すれ違いざまに斬り捨てた。
「おい! アルドニス。無事か!?」
急いでアルドニスに駆け寄る。
「あ、ぁぁ。なんとかな」
その後、遅れてやってきたカルケリルとバルレの治療を受け、今日はこの地点で野宿をすることとなった。