9-6
深い霧の中を、ドミニクさんが先行して前に進む。
視界が不安定な中、剣を構え、真っ直ぐに前を見据えるドミニクさんの姿は、男でもきゅん、と来るような魅力があった。
ここから先はスピード勝負。
出来るだけ早くローズさんを救出し、アルドニスの救出に向かう。
暫く進むと、霧の中に黒い影が浮かび上がってきた。
稀でタコの脚。言い方を変えると、触手。
それにしか見えないものが、うようよと蠢いているのが確認できた。
背中に、嫌な感触が走る。
「全員、警戒してください!」
ドミニクさんの足が止まり、声が轟く。
俺は剣を構えなおし、静かに呼吸を落ち着かせた。
ローズさんを攫った怪物の姿が明らかになる。
それは一言で表すと、人型の植物だった。
顔の8割が分厚い唇で、その上に大きな目玉と小さな角が2つずつ付いている怪物。
頭を花と捉えれば、その下は茎。緑色のツタが何重にも絡まり、身体を形成していた。
大きく膨れ上がった、決して柔らかそうではない胸部。両腕は緑の巨大な葉っぱ。
脚は木の根のように広がり、うようよと蠢いている。
全長は3メートルを超える化け物だ。
そんな怪物が、群れを成してそこにいた。
その姿を全員が視認し、暫く時が止まったかのように、その場に停止した。
「なんだあれ。気持ち悪!」
一番最初にカルケリルが口を開いた。
「……………………同感ですね。できれば近付きたくないです」
バルレが顔を青色にしながら、全力で肯定する。
かく言う俺も同じ意見だ。
「……………………にしても、我々を襲ってこないのは、どうしてなんでしょう」
ドミニクさんだけが冷静にこの状況を分析していた。
その言葉通り、俺たちは植物の怪物の正面でその姿を視認している。つまり、怪物たちも俺たちの姿を視認しているわけで……………………。
「おい! あそこ!」
そんな中、ルイーズが声を上げて指を差す。
その先に視線を送ると、ローズさんの姿があった。
群れの中の一体が、長く伸びた足でローズさんの身体を絞めつけていた。
「結構まずい状況だぞ!」
続けて、ルイーズがそう言って、槍斧を構えた。
ローズさんの身体は、腕、脚、首と嫌な風に怪物の脚が絡まっている。
絞殺。あるいは身体を引き千切られての死亡。
そんな結末しか待っていない。
「直ぐに救出を――――――――!」
その時だった。全員がローズさんの方に、意識を傾けた隙を狙ってか、音もなく別の脚が素早く伸びてきて、ルイーズの首に巻き付いた。
「――――――――っ!」
声を荒げることもできず、ルイーズまでも霧の中に引き込まれていく。
「――――――――くっ!」
慌てて、脚を踏み出し、強襲に出ようとした俺の腕を、ドミニクさんが力強く引き留めた。
「先ずは少し、距離を取ります」
冷静な声。それでも、その眼には悔しさや怒りの色が満ちていた。
「…………………わかりました」
ドミニクさんの指示通り、少し怪物たちから離れる。
「カルケリル様は、あの怪物を知らなかったんですか?」
「あぁ、前に挑んだ時は遭遇すらしなかった」
「そうですか。情報が少ない中、あまり時間もかけられません」
確認を終えたドミニクさんが考察をもとに、作戦を立案する。
「…………………怪物の脚。木の根っこが厄介ですね」
「はい。音もなく、視界の悪い中迫られたら、反応が遅れてしまう」
「現状、脚以外の攻撃が無いのは?、それしかできないってことですかね?」
「………………距離が離れている時の攻撃手段と、仮定しましょう。それ以外にも攻撃が飛んでくる可能性もありますが」
俺とドミニクさんが話し合う中、バルレが口を挟む。
「1個、気になる点があります」
俺とドミニクさんはバルレに話を促す。
「ローズ殿が攫われた時も、ルイーズ殿が攫われた時も、女性陣は俺たちの中では後ろに構えていました。
わざわざそこを狙われたのには、理由があると思いますか?」
その言葉には意表を突かれた。
たしかに、その疑問は正しかった。
「……………………でも、相手の姿は女だ。襲うなら率先して男を狙いそうなものだけど」
俺は知っている知識だけで物事を捉えようとし過ぎていたのかもしれない。
「確証がないなら、試してみる価値はあります。
だけど、この森の怪物は狡猾だ。油断はしないように」
カルケリルの言葉に、全員が頷く。
「では、作戦を言います。タクミとバルレ。カルケリル様が囮となり、正面から接近。私が側面から攻撃を仕掛けます」
「了解です」
その言葉に、俺とバルレは大きく頷いた。
カルケリルは、ニヤッと口の端を曲げて、「ヴァーテクスを囮に使うなんて、君も変わったものだ」と口にした。
「……………………すみません」
「いや、気にすることないよ。妥当な判断さ。君は正しい。だから、胸を張るんだ」
そう言って片眼を瞑ってみせるカルケリル。
それを受けたドミニクさんは、どこか嬉しそうに頬を持ち上げた。
「ありがとうございます」
ドミニクさんの作戦通り、俺とバルレ。そして、カルケリルは慎重に正面から接近を試みる。
あまり、この怪物に時間はかけられない。それは全員の共通認識だった。
先程、怪物と相対した距離まで接近する。
だが、怪物が仕掛けてくることはなかった。
ローズさんとルイーズ。その捕まえた獲物に対して、怪物の意識がこちら側に移るのを感じた。
「……………………注意を」
「分かってます」
カルケリルの言葉に、警戒を強める。
欠けた右半分の視界を補うように、俺の右側にはバルレが剣を構えて立つ。
俺たちの間に、一歩距離を置いてカルケリル。3人で少しずつ接近していく。
……………………だが、怪物の攻撃が飛んでくることはなかった。
緊迫した状況が続く。だが、接近すると、僅かにもじもじしながら、怪物たちが後ろに下がっていくような、そんな感覚があった。
「……………………ん?」
その様子に、俺は違和感を覚える。
そんな俺の違和感を冷たく斬り捨てるように、ドミニクさんが駆けだす。
カルケリルが持つ松明の明かり。それと怪物たちの影。
それが一定の距離まで近付くのを待ち、ドミニクさんが動いた。
時間経過による自動身体強化。
それにより、加速するドミニクさんは目にもとまらぬ速度で、怪物たちに強襲を仕掛けた。
先ずは、捕まったローズさんとルイーズの救出。
綺麗な斬撃が、霧の中で鮮やかに煌く。
身体に巻き付いた木の根を斬り落とされ、ローズさんとルイーズが自由を取り戻す。
地面に着地し、脚を止めるドミニクさん。
どうやら怪物たちの反撃を警戒してのことだったが、その反撃はいつまで待っても来なかった。
「…………………………………………え?」
それどころか、大きく開いた分厚い唇を閉じ、もじもじと身体を動かしながら、後退る。
そして、その大きな瞳にはハートマークが刻まれていた。
その様子を見て、ドミニクさんは反応に困った様子を見せた。
その様子を見て、俺は女子に対して冴えない男子がとる行動を思い出した。
その様子を見て、カルケリルはブフッと吹き出した。
……………………つまり、その怪物はどうしようもないくらい乙女だったのだ。
絡繰りがわかれば、あとは単純。
一目惚れという魔力に取りつかれた怪物たちを容赦なく、男連中が斬り伏せる。
その中で、一番楽しんだのは、やっぱりカルケリルだった。
結果として、一番大きく乙女の怪物を痺れさせたのはカルケリルだった。
準じてドミニクさん。そして、バルレ、俺と順位が続く。
「……………………やっぱり、男としての魅力は俺が一番下なのか」
「そんなにふてくされるなよ。こうなることは必然だったのさ!」
いやにカルケリルの絡みがうざく感じられる。
「……………………まだアルドニスの問題が残ってることを忘れないでくださいね」
ドミニクさんの冷静な言葉が刺さるのだった。




