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無名頂上種の世界革命  作者: 福部誌是
9 冥府のヴァーテクス
81/119

9-5

 森に到着し、ドミニクさん一行と合流すると、まず初めに顔のことを驚かれた。


 俺の右半分に巻かれた白い包帯。


 俺とカルケリルはここまでの経緯を簡単に話し、その話題は一旦収まった。


「戦いに支障はありそうですか?」


「まぁ、視界が左半分だけなので不慣れな分後れを取るかもしれません。ですが、足は引っ張らないので」


「……充分です。タクミの右側は私がカバーしましょう。先頭にアルドニス、その後ろにカルケリル様。私とタクミがその後を行き、後ろはローズとルイーズに任せます」


 ドミニクさんの指示に従い、森に入ろうとした時だった。


「待ってくださーい!!」

 遠くから馬車がこちらに向かってくる。

 最初、警戒を向けたアルドニスに制止をかける。


「大丈夫だ。知ってる奴の声だった」


 こちらに向かってくる馬車の上には見知った顔が1つあった。


 バルレ。

 キューベウの街で別れた、アウルの従者だ。


 バルレは俺たちから少し離れた場所で馬車を停止させ、こちらに走ってきた。


 それから、息を切らしながら、精一杯口を動かす。

「全部ではありませんが、解読、できましたよ」


 そう言って掲げたのは、俺たちが地下迷宮から持ち出した古い紙をまとめたものだった。


「………本当か?」


「ええ、今すぐ解説をしたいですが、キューベウの街でアンジェリカ様のことを聞きました」


 俺とドミニクさんは互いに顔を見合わせる。

 それから視線をカルケリルに送ると、彼は短く頷いた。


「よし、俺たちに同行してくれ。今から終焉の森を抜けて冥界へ向かう」


 その後、俺の声に対し返ってきたのは驚き一色の叫びだった。






「………ほ、本当に終焉の森に挑むのですか!?」


「あぁ」


「考え直した方がいいです。この森は人間はおろか、ヴァーテクス様でも突破出来た者はいません!」


「でも、この先にアンジェリカがいるなら行くしかないだろ?」


「で、ですが」

 と言い淀むバルレ。


 それから、少しの間考え込み、バルレは考えを改めたように頷いた。


「……………………いえ、分かりました。本気なのですね」


「あぁ。それで、悪いんだけど、バルレにも付いてきて欲しいんだ」


「……………………そっちの方が手っ取り早いですもんね。でも、死にたくないので、守ってくださいよ」


「あぁ、了解した。頼むぜ、アルドニス」


 俺が話を振ると、アルドニスは驚きの声を上げる。

「俺かよ!?」


 ちなみに、3台の馬カルケリルの従者が野営をしながら守ってくれるらしい。



 バルレをカルケリルの後ろに付け、俺とドミニクさんがその両翼に付く。

 最後尾はローズさんとルイーズに任せ、俺たちは終焉の森へと足を進めた。




















 終焉の森に入り、しばらく進むと、たちまち目の前が真っ白な分厚い霧に包まれた。


 それに合わせ、カルケリルが松明を振るう。

 すると、不思議なことに木の棒の先端に炎が灯り、カルケリルの居る位置を示してくれる。


「その炎、一体、どうなってるんだ?」


「フローガの特別な炎で、なにも燃やさない炎なんだ。だから、松明としてはピッタリな炎なのさ」


 つまり、危険性のない炎というわけだ。さすがは炎のヴァーテクスと呼ばれるだけある。


「そんなことができるなら、もっと人助けとかすればいいのに……………………」

 と心の中で愚痴をこぼす。






「気を抜くな、前に何かいる!」

 アルドニスの声が響く。


 アルドニスは槍を構えながら、脚を止め、静かに腰を下ろした。


 それに応じ、俺も剣を持つ拳に力を込めた。



 メェェー!


 と、野生動物の声が森全体に木霊した。


「―――――へっ!?」


 アルドニスの前方、霧の中から姿を現したのは、真っ白な綿に身体を包まれた羊だった。

 もこもこの愛くるしいマスコットのような姿。鈍い黄色の瞳。大きな角は弧を描き、少し開いた口から紫色の霧を吐いていた。


「――――――――!!」


「毒です!!」


 俺が叫ぶよりも早く、ドミニクさんが叫ぶ。

 途端に、先頭にいるアルドニスが槍を地面に落とし、その場に膝を着いた。



「―――――後ろからも何か来るわ!」


 ローズさんが警戒を促すと同時に、背後から大きな音が迫っきた。

 地面の上を駆けるような、そんな音が。


 白い霧の中で、2メートルほどの黒い影が浮かび上がる。


「―――――回避!!」

 ドミニクさんの号令で、それぞれが左右に飛び退く。


「―――――くっ!」

 俺はアルドニスの身体を抱え、地面を蹴った。



「あまり遠くに行くな!

 逸れたら合流は不可能になる!」


 カルケリルの声が響く。



「ちっ! だけど、どうすりゃいいんだよ!」

 霧の中で、ルイーズが大きく吠える。

 だが、分厚い霧の中で、ルイーズがどこにいるのかさっぱりわからない。



 ドドドドドと地を進む音が、また近付いてくる。


「……………………はぁ、すまねぇ。もう大丈夫だ」

 そう言って、アルドニスが体を起こす。


「とりあえず、羊が邪魔だ。カルケリル、羊を任せる!」


「はぁ、まったく君は、ヴァーテクス使いが荒いな!」


 少し離れたところで、カルケリルが悪態をつくのが聞こえた。

 それと同時に、俺は迫ってくる大きな影に身体を向けた。


「アルドニス、来るぞ!」


「分かってるぜ!!」


 2メートルを超える大きな影。それに向けて、アルドニスが槍先を向ける。

 風が分厚い霧を吹き飛ばし、その影の正体を白日の下にさらす。


 それは右腕だけが異様に大きく発達した、角を持つ蟹だった。

 朱色の殻に覆われ、8本の脚で地面を移動するその姿は、まさに攻撃型要塞の名が相応しかった。


 中空に飛び上がったドミニクさんが剣を振り下ろすも、固い外角に弾かれ、ダメージは入っていない。

 かくいう俺も、回避しながら、脚に攻撃を入れるが、弾かれてしまった。


「おらぁっ!」

 ルイーズが雄叫びを上げながら、斧槍をぶん回す。

 だが、弾かれる。




「このメンバーでの怪物討伐は、結構久しぶりじゃないか?」


「アンジェリカ様がいないですけどね」


 アルドニスの言葉に、ローズさんが答える。

 と同時に、彼女はメイスを構える。


 ローズさんは声を荒げながら、蟹の真横からメイスを叩きつける。

 大きいだけあって、蟹のスピードはそこまで早くない。


 狙った場所に攻撃を当てるのは容易だ。

 ローズさんの打撃は蟹に対して、大きなダメージは与えられない。

 しかし、彼女の能力、二重衝撃は、簡単に蟹の殻に亀裂を走らせた。


 ローズさんのつくった急所にそれぞれが攻撃を与えていく。

 ローズさんは走りながら、打撃を与え続け、蟹の殻を破壊していく。


 それを繰り返し、約5分。


 蟹の怪物の討伐に成功した。





 俺たちが呼吸を整えていると、カルケリルとバルレが近付いてきた。


「そっちは?」


「問題なく片付いたよ」


 俺が問うと、カルケリルは笑みを絶やさずに答える。


「にしても、この森の突破にはアルドニスの力が必要不可欠だな」


「ハハハ、そうだろ。どんどん頼れ」

 そう言って白い歯を見せるアルドニス。


「そういえば、もう毒は大丈夫なのか?」


「ん? あぁ。ちょっと手足が痺れて呼吸困難になっただけだ。

 今はだいぶ落ち着いたぜ」



「ドミニクの判断がよかった。もう少し遅れていたら全員毒にやられていたよ」


 カルケリルがそう言うと、ドミニクは遠慮しがちに「いえ、ありがとうございます」と答えた。



「それじゃ、そろそろ進むか」


 カルケリルがそう切り出し、隊列を組んで進み始める。

 森を覆う白い霧が段々と濃くなり、数分もしない内に視界が真っ白に覆われる。


「……アルドニスが風を出し続けれたら楽なんだけどなー」


「無茶言うなよ!」




 それからしばらく歩き続けた時だった。


 えーん、えーん、と子供の鳴き声が聞こえてきた。


 示し合わすわけでもなく、全員がその場に足を止める。


「………子供?」


 それぞれが反応に困る中、アルドニスが走り去る。


「ちょ、アルドニス!?」


「子供が泣いてんだろ!」


 ローズさんの制止の声を振り切り、アルドニスが森の奥へと消えていく。


「まずい! はぐれたらダメだ!」


 それに続き、カルケリルが走り出す。

 それに伴い、隊列を崩さないように続いていく。


「ったく、アルドニスのやつ。勝手にするわね!」


「このままはぐれたら、まずいですよ」


 ローズさんの悪態に、バルレが冷静な言葉を返す。



 その時だった。左斜め前方から霧の中を突っ切り、何かが飛来してきた。それは俺たちの間を抜いて、最後尾にいるローズさんの首に巻きついた。



「――――――っ!!」


 それは緑色の細いツタだった。

 やや遅れて、2本目、3本目のツタが飛来してきてローズさんの体に巻き付く。そして、そのまま深い霧の奥へとローズさんの体が引っ張られる。


「おい! どうするんだ!」

 ルイーズが判断を仰ぐ。



 アルドニスが居ない以上、風は使えない。

 霧の中でこれ以上、バラバラになる訳にもいかず、どちらを優先して追うか、素早い判断が求められる。



「―――――――ローズを追います」


 少し遅れて、ドミニクさんが答えを出した。


 それに従い、ローズさんが引き込まれた方へと進路を変える。


「アルドニスはどうする?」

 と、カルケリルの冷静な声。


「幸い、命に危機が迫っている訳ではありません。

 迅速にローズを救出し、アルドニスを追います」


「っても、アルドニスの場所が分からなくなると…………」


「進んで行った方向なら分かる。先にローズ殿を助けるんだろ」

 俺の疑問に対してバルレが答える。



「………そう、だな」


 先の見えない深い霧の中、見えない不安がどんどんと大きくなるのを感じた。


「私が先頭を走ります。その後ろにカルケリル様とバルレ。

 タクミとルイーズは、その斜め後ろに付いてください」


「おう!」

「わかった!」



 ドミニクさんの言葉に素早く頷いて、更に森の奥へと歩を進める。

 カルケリルの持つ松明だけが頼りの中、俺たちは分断の危機へと陥った。




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