9-5
森に到着し、ドミニクさん一行と合流すると、まず初めに顔のことを驚かれた。
俺の右半分に巻かれた白い包帯。
俺とカルケリルはここまでの経緯を簡単に話し、その話題は一旦収まった。
「戦いに支障はありそうですか?」
「まぁ、視界が左半分だけなので不慣れな分後れを取るかもしれません。ですが、足は引っ張らないので」
「……充分です。タクミの右側は私がカバーしましょう。先頭にアルドニス、その後ろにカルケリル様。私とタクミがその後を行き、後ろはローズとルイーズに任せます」
ドミニクさんの指示に従い、森に入ろうとした時だった。
「待ってくださーい!!」
遠くから馬車がこちらに向かってくる。
最初、警戒を向けたアルドニスに制止をかける。
「大丈夫だ。知ってる奴の声だった」
こちらに向かってくる馬車の上には見知った顔が1つあった。
バルレ。
キューベウの街で別れた、アウルの従者だ。
バルレは俺たちから少し離れた場所で馬車を停止させ、こちらに走ってきた。
それから、息を切らしながら、精一杯口を動かす。
「全部ではありませんが、解読、できましたよ」
そう言って掲げたのは、俺たちが地下迷宮から持ち出した古い紙をまとめたものだった。
「………本当か?」
「ええ、今すぐ解説をしたいですが、キューベウの街でアンジェリカ様のことを聞きました」
俺とドミニクさんは互いに顔を見合わせる。
それから視線をカルケリルに送ると、彼は短く頷いた。
「よし、俺たちに同行してくれ。今から終焉の森を抜けて冥界へ向かう」
その後、俺の声に対し返ってきたのは驚き一色の叫びだった。
「………ほ、本当に終焉の森に挑むのですか!?」
「あぁ」
「考え直した方がいいです。この森は人間はおろか、ヴァーテクス様でも突破出来た者はいません!」
「でも、この先にアンジェリカがいるなら行くしかないだろ?」
「で、ですが」
と言い淀むバルレ。
それから、少しの間考え込み、バルレは考えを改めたように頷いた。
「……………………いえ、分かりました。本気なのですね」
「あぁ。それで、悪いんだけど、バルレにも付いてきて欲しいんだ」
「……………………そっちの方が手っ取り早いですもんね。でも、死にたくないので、守ってくださいよ」
「あぁ、了解した。頼むぜ、アルドニス」
俺が話を振ると、アルドニスは驚きの声を上げる。
「俺かよ!?」
ちなみに、3台の馬カルケリルの従者が野営をしながら守ってくれるらしい。
バルレをカルケリルの後ろに付け、俺とドミニクさんがその両翼に付く。
最後尾はローズさんとルイーズに任せ、俺たちは終焉の森へと足を進めた。
終焉の森に入り、しばらく進むと、たちまち目の前が真っ白な分厚い霧に包まれた。
それに合わせ、カルケリルが松明を振るう。
すると、不思議なことに木の棒の先端に炎が灯り、カルケリルの居る位置を示してくれる。
「その炎、一体、どうなってるんだ?」
「フローガの特別な炎で、なにも燃やさない炎なんだ。だから、松明としてはピッタリな炎なのさ」
つまり、危険性のない炎というわけだ。さすがは炎のヴァーテクスと呼ばれるだけある。
「そんなことができるなら、もっと人助けとかすればいいのに……………………」
と心の中で愚痴をこぼす。
「気を抜くな、前に何かいる!」
アルドニスの声が響く。
アルドニスは槍を構えながら、脚を止め、静かに腰を下ろした。
それに応じ、俺も剣を持つ拳に力を込めた。
メェェー!
と、野生動物の声が森全体に木霊した。
「―――――へっ!?」
アルドニスの前方、霧の中から姿を現したのは、真っ白な綿に身体を包まれた羊だった。
もこもこの愛くるしいマスコットのような姿。鈍い黄色の瞳。大きな角は弧を描き、少し開いた口から紫色の霧を吐いていた。
「――――――――!!」
「毒です!!」
俺が叫ぶよりも早く、ドミニクさんが叫ぶ。
途端に、先頭にいるアルドニスが槍を地面に落とし、その場に膝を着いた。
「―――――後ろからも何か来るわ!」
ローズさんが警戒を促すと同時に、背後から大きな音が迫っきた。
地面の上を駆けるような、そんな音が。
白い霧の中で、2メートルほどの黒い影が浮かび上がる。
「―――――回避!!」
ドミニクさんの号令で、それぞれが左右に飛び退く。
「―――――くっ!」
俺はアルドニスの身体を抱え、地面を蹴った。
「あまり遠くに行くな!
逸れたら合流は不可能になる!」
カルケリルの声が響く。
「ちっ! だけど、どうすりゃいいんだよ!」
霧の中で、ルイーズが大きく吠える。
だが、分厚い霧の中で、ルイーズがどこにいるのかさっぱりわからない。
ドドドドドと地を進む音が、また近付いてくる。
「……………………はぁ、すまねぇ。もう大丈夫だ」
そう言って、アルドニスが体を起こす。
「とりあえず、羊が邪魔だ。カルケリル、羊を任せる!」
「はぁ、まったく君は、ヴァーテクス使いが荒いな!」
少し離れたところで、カルケリルが悪態をつくのが聞こえた。
それと同時に、俺は迫ってくる大きな影に身体を向けた。
「アルドニス、来るぞ!」
「分かってるぜ!!」
2メートルを超える大きな影。それに向けて、アルドニスが槍先を向ける。
風が分厚い霧を吹き飛ばし、その影の正体を白日の下にさらす。
それは右腕だけが異様に大きく発達した、角を持つ蟹だった。
朱色の殻に覆われ、8本の脚で地面を移動するその姿は、まさに攻撃型要塞の名が相応しかった。
中空に飛び上がったドミニクさんが剣を振り下ろすも、固い外角に弾かれ、ダメージは入っていない。
かくいう俺も、回避しながら、脚に攻撃を入れるが、弾かれてしまった。
「おらぁっ!」
ルイーズが雄叫びを上げながら、斧槍をぶん回す。
だが、弾かれる。
「このメンバーでの怪物討伐は、結構久しぶりじゃないか?」
「アンジェリカ様がいないですけどね」
アルドニスの言葉に、ローズさんが答える。
と同時に、彼女はメイスを構える。
ローズさんは声を荒げながら、蟹の真横からメイスを叩きつける。
大きいだけあって、蟹のスピードはそこまで早くない。
狙った場所に攻撃を当てるのは容易だ。
ローズさんの打撃は蟹に対して、大きなダメージは与えられない。
しかし、彼女の能力、二重衝撃は、簡単に蟹の殻に亀裂を走らせた。
ローズさんのつくった急所にそれぞれが攻撃を与えていく。
ローズさんは走りながら、打撃を与え続け、蟹の殻を破壊していく。
それを繰り返し、約5分。
蟹の怪物の討伐に成功した。
俺たちが呼吸を整えていると、カルケリルとバルレが近付いてきた。
「そっちは?」
「問題なく片付いたよ」
俺が問うと、カルケリルは笑みを絶やさずに答える。
「にしても、この森の突破にはアルドニスの力が必要不可欠だな」
「ハハハ、そうだろ。どんどん頼れ」
そう言って白い歯を見せるアルドニス。
「そういえば、もう毒は大丈夫なのか?」
「ん? あぁ。ちょっと手足が痺れて呼吸困難になっただけだ。
今はだいぶ落ち着いたぜ」
「ドミニクの判断がよかった。もう少し遅れていたら全員毒にやられていたよ」
カルケリルがそう言うと、ドミニクは遠慮しがちに「いえ、ありがとうございます」と答えた。
「それじゃ、そろそろ進むか」
カルケリルがそう切り出し、隊列を組んで進み始める。
森を覆う白い霧が段々と濃くなり、数分もしない内に視界が真っ白に覆われる。
「……アルドニスが風を出し続けれたら楽なんだけどなー」
「無茶言うなよ!」
それからしばらく歩き続けた時だった。
えーん、えーん、と子供の鳴き声が聞こえてきた。
示し合わすわけでもなく、全員がその場に足を止める。
「………子供?」
それぞれが反応に困る中、アルドニスが走り去る。
「ちょ、アルドニス!?」
「子供が泣いてんだろ!」
ローズさんの制止の声を振り切り、アルドニスが森の奥へと消えていく。
「まずい! はぐれたらダメだ!」
それに続き、カルケリルが走り出す。
それに伴い、隊列を崩さないように続いていく。
「ったく、アルドニスのやつ。勝手にするわね!」
「このままはぐれたら、まずいですよ」
ローズさんの悪態に、バルレが冷静な言葉を返す。
その時だった。左斜め前方から霧の中を突っ切り、何かが飛来してきた。それは俺たちの間を抜いて、最後尾にいるローズさんの首に巻きついた。
「――――――っ!!」
それは緑色の細いツタだった。
やや遅れて、2本目、3本目のツタが飛来してきてローズさんの体に巻き付く。そして、そのまま深い霧の奥へとローズさんの体が引っ張られる。
「おい! どうするんだ!」
ルイーズが判断を仰ぐ。
アルドニスが居ない以上、風は使えない。
霧の中でこれ以上、バラバラになる訳にもいかず、どちらを優先して追うか、素早い判断が求められる。
「―――――――ローズを追います」
少し遅れて、ドミニクさんが答えを出した。
それに従い、ローズさんが引き込まれた方へと進路を変える。
「アルドニスはどうする?」
と、カルケリルの冷静な声。
「幸い、命に危機が迫っている訳ではありません。
迅速にローズを救出し、アルドニスを追います」
「っても、アルドニスの場所が分からなくなると…………」
「進んで行った方向なら分かる。先にローズ殿を助けるんだろ」
俺の疑問に対してバルレが答える。
「………そう、だな」
先の見えない深い霧の中、見えない不安がどんどんと大きくなるのを感じた。
「私が先頭を走ります。その後ろにカルケリル様とバルレ。
タクミとルイーズは、その斜め後ろに付いてください」
「おう!」
「わかった!」
ドミニクさんの言葉に素早く頷いて、更に森の奥へと歩を進める。
カルケリルの持つ松明だけが頼りの中、俺たちは分断の危機へと陥った。




