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無名頂上種の世界革命  作者: 福部誌是
9 冥府のヴァーテクス
80/119

9-4

「そうか。ソフィアさんとブラフォスの街に来てたのか」


「うん。食材と資材の買い出しにね」


 ガタゴトと揺れる馬車の荷台。

 その上で、ハンナと会話を交わす。ハンナは丁寧に手際よく俺の手当を終え、ブラフォスに来た経緯を話す。


 身体の様子もだいぶ良くなり、ハンナとソフィアさんはブラフォスへと出かけた。

 その最中、フローガが暴れだし、ソフィアさんとはぐれたあと、俺とばったり再会してしまったとの事だ。


 俺と別れ、避難したあと、ソフィアさんと合流するも、俺のためにカルケリルと一緒に戻ってきた。



「じゃあ、ソフィアさんは別のルートで村に戻るのか?」


「うん。荷物も持たせちゃってるから、そこは申し訳ないんだけどね」

 照れ笑いを見せながら、頬をかくハンナ。




 その後も、ぽつぽつと会話は続いた。







 ハンナの手当てにより、俺の顔面の右半分には包帯が巻かれた。

 火傷のあとは、空気に触れるだけでかなりの痛みが発生する。


 暫くは左眼だけに頼った生活になりそうだ……。





 怪物に注意して、夜営を行い、その翌日。

 昼前にハンナを村前に下ろして、俺とカルケリルは終焉の森へと向う。


「驚いたよ。まさか君にアンジェリカ以外に親しい女性がいたとは」



「………まぁ、前に少しな」


 俺が少し含んだ返しをすると、カルケリルはニヤニヤと変な笑みを浮かべた。


「……まさか、そういう関係性なのかい?」


「いや、ただの恩人だよ」


「ちぇー、つまんない」

 と、カルケリルはそう口を尖らせ、頬をふくらませた。






「………で、カルケリル。真意を聞かせろよ」

 ちょうど、会話が途切れたので、俺はカルケリルにあることに対して踏み込むことにした。


「え? 真意って?」


「今回の松明。俺が来なければフローガとの衝突は起きなかった。カルケリルが一人で取りに来ても良かったし、アルドニスやドミニクさんでも問題なかったはずだ。

 なのに、俺を選んだってことは何か意味があるんだろ?」



 揺れる馬車の上に、暫く沈黙が訪れる。



「…………鋭いね。まぁ、幾つか理由はあるんだけど、そのうちの一つはただの賭けさ。君を連れてこれば、フローガとの衝突は避けられない。これはある意味、僕にとって大きな博打だった。

 でも、僕がここでフローガを叩くべきだと判断した。それだけさ」



 いつになく真剣な声。

 その言葉を聞き、俺は納得の意を示す。


「他の理由は?」


「………君と話がしたかった」



「話?」と、俺はカルケリルに視線を送った。

 カルケリルはこちらを振り返ることなく、前方を向きながら、手綱を握り締めて、言葉を口にした。



「………アンジェリカのことについてさ。

 アンジェリカは君たちに重要な問題を隠している。そして、君はそれを黙認している」


 その内容には心当たりがあった。

 ただ、黙認、ということに関しては否定したかった。


「俺は別に黙認してるわけじゃないよ。

 アンジェリカが自ら話さないことを、俺から聞く必要はないって、そう判断しただけだ」


「それが黙認、なのさ。君が聞かなければ、彼女が自分から秘密を話すことはない」


「………アンジェリカが秘密にしたいことを、根掘り葉掘り聞けと?」


 俺は少し苛立ちながら聞き返す。

 だって当然だ。

 人は誰しも秘密を抱えている。

 秘密とは言わなくとも、知られたくないことはある。


 それを踏み込んで聞けと言うのか?

 それはあまりにも非常識な行動ではないのか。


「彼女は話すことを恐れている。だからこそ、誰かが踏み込まなければならないんだ」


「だったら、アンジェリカが話してくれるまで待つよ。彼女が自分から話してくれるように関係性を築く」


「それじゃあ遅いのさ。すべてを時間が解決してくれるとは限らない」


「……………………それは、非常識な行いだよ。

 アンジェリカは話したくないから黙ってるんだ。だから俺には、そこに踏み込むことは出来ない」


 プライベートな一面は誰にでもある。

 それを侵すことは出来ない。


 それは、俺にとって変わらない結論だった。


 でも、カルケリルが口を開いた。


「……………………君は対話や意思の疎通を難なくこなす。

 でも、他人との間に必要な距離を必ず取ってしまう。

 ……………………まぁ、これは君だけに限ったことではないけれども」


「……………………何が言いたいんだ?」


「その空いた距離は、相手を守るためのものかい?

 それとも、自分の保身のためのものかい?」


「……………………さぁ、どっちなんだろう」


「たしかに、他人と付き合っていく以上、ある程度の距離感というのは大事だと思う。

 でもそれは相手の心に踏み込んでいかない理由にはならない」


 難しいことを、いとも簡単に口にするカルケリルに、イライラした気持ちが募る。


「……………………それが、なんなんだよ」


「人から嫌われるのを恐れている君は、心の底から大切だと呼べる理解者を得ることは出来ないという話さ」


「………………別に、俺は理解者なんて求めて……………………」


「そこまで恐れることはないんだ、タクミ。

 どんなことも、君が悪意を持っていたずらに人の心に踏み込む人間じゃないことを、彼女らは知っているよ。君のこれまでの時間が、それを証明してるんだ」


「――――――――!!」


「真剣に取り組んだ行動の結果で、信頼はそう簡単には崩れない。

 もっと自分に自信を持ってもいい。信用してもいいんだよ」


 そう言って、少しだけこちらに顔を傾けるカルケリル。

 その表情はとても穏やかで、温かいものに感じた。





「…………………………………………ひとつ、聞いてもいいか?」


「ん、なんだい?」


「なんで、この役割に俺が適任だと判断したんだ?

 別に俺じゃなくても、ドミニクさんだっている」


「いいや、ドミニクやアルドニス。ローズやルイーズでは駄目なんだ。

 この世界で生まれて育ってきた人間では、ヴァーテクスを相手に対等に会話を交わすのは無理なんだよ。

 でも、君はこの世界でアンジェリカに出会い、対等な関係を築いてきた。

 君のその人間性こそ、この世界に足りなかったものなんだよ」


「……………………対等な関係が必要ってのなら、同じヴァーテクスであるカルケリルでも構わない筈だ」


「……………………僕じゃ不可能なのさ。僕や他のヴァーテクスでは、アンジェリカとの間に大きな溝がある。……………………その溝が唯一なかったテラシアはもうこの世にいない。

 だから、君が適任で、君しかいないんだよ」




「俺にしか、できないこと、か……………………」


 改めて、今までの旅路を振り返る。


 推しのヒロインに似た美少女。

 彼女の助けになりたい。彼女に気に入られたい。


 そんな邪な思いから始まった旅は、いつの間にか。

 命懸けの冒険となり、世界を巻き込む戦いへと変わっていった。



 ……………………アンジェリカは俺たちに隠し事をしている。


 それは以前、……………………迷宮で感じた違和感からずっと気にはなっていた。


 でも、聞いたら最期、関係が崩れしまうかと思い、怖くて聞けなかった。




「……………………お前って、厳しいよな」


「まぁ、なにしろ世界の明暗を賭けた戦いだからね。

 ……………………それに、君にはいろいろと期待したくなるのさ」


 カルケリルはそう言ってウィンクを飛ばしてきた。





 重くて、勇気のいることだ。

 他人が隠している秘密。そのプライバシーに土足で踏み込むのは、とても恐ろしい。

 それが、好きな相手であればあるほどに、足は重くなる。






 アンジェリカはヴァーテクス。

 異名を持たないヴァーテクス。





 彼女は、心の底から俺たちを仲間だと思ってくれてるのだろうか。








「……………………カルケリル」

 俺がそう呼びかけると、「なんだい?」と彼はこちらを少しだけ振り返った。



「ありがとう。おかげで目が覚めた」


 それだけ告げると、彼は嬉しそうに弧血の端を釣り上げた。



「さぁ、見えてきたよ。あれが終焉の森だ」



 目の前には、終わりの見えない巨大な森が広がっている。

 木々の上には分厚い真っ白な霧。


 それはまるで、隣にいる誰かの心のように……………………。














 本当の意味で、彼女の横に立つために。


 少年の挑戦が始まる。




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