表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無名頂上種の世界革命  作者: 福部誌是
9 冥府のヴァーテクス
79/119

9-3

 

「……………ハンナ!? どうしてここに!」


「タクミこそ、なんでこの街に?」


 お互いにお互いを見つめ合い、疑問を提示する。

 だが、それをフローガが待っていてくれるはずもなく。


 吹き荒れる炎が背後から迫ってくるのを感じ、咄嗟にハンナを抱きかかえて横の路地に飛び込んだ。


 背中のすぐ後ろを炎の塊が通り過ぎ、酸素を枯らす。

 とてつもない熱気と衝撃を押され、路地の中を転がった。



「………ありがとう。

 もしかして、あの方が、フローガ様?」


 ハンナを下ろし、俺は静かに頷いた。


「ここは危険だから、直ぐに離れてくれ」


「………これがタクミたちの戦いなんだね。

 分かったよ。タクミも気を付けて」



 そう言って、ハンナはその場を後にする。

 俺たちが反逆者だと知っても、俺たちに対するハンナの態度は変わらない。

 それがとても嬉しく、戦闘中の中で自然に口角が上がる。



 突如、光の通らない路地の先が赤く燃え上がり、身体が熱に晒される。

 足裏を炎の火力でブーストし、加速したフローガが拳を振り上げて迫ってくる。



 咄嗟に地面を蹴り、距離を取るが、フローガはそれに合わせて動きを修正した。


「……………………マジで厄介だな」


 このままでは、こちらの消耗が激しく、負ける。


 息を吐き出し、能力を体中に走らせる。


 こちらは能力を使用する事に身体に負荷が掛かるが、ヴァーテクスにそんなデメリットは存在しない。

 つまり、短期決戦こそが俺が取るべき最善だ。



 身体強化能力による強化場所は細かく区切ればかなり多くなる。

 だが、同時に多くの箇所を強化した場合、身体にかかる負荷が大きく、身体が潰れてしまう。


 …………………だから、俺は身体強化能力を大きくふたつの目的に分けて扱うことにした。


 ひとつは脚力、腕力を中心に強化した、スピードとパワー特化型。

 それを自身の中で、『身体強化・砕』と定義した。


 そして、ふたつめ。

 脳を中心に、視力、聴覚、嗅覚などを強化し、相手の動きへの反応を特化させた『身体強化・鱗』。


 フローガの動きに対して剣を合わせ、攻撃へと転じる。



 能力の用途をふたつに絞ることにより、身体強化による戦い方は前より洗練され、以前よりも戦いやすくなったと実感する。



 ……………………だからこそ、顕著に表れる才能の差。


 フローガの動きに合わせて、強化した反応速度を、フローガはセンスだけで修正し、炎の拳、蹴りをもってこちらを追い詰めてくる。



「――――――――ちっ、短期決戦すら、厳しいか」


 ひとり、言葉をこぼし、それでも退かず、応戦を試みる。

 広範囲にわたる大火力の炎放出。それさえなければ、勝機はあると思っていた。



 だが、それは誤算だった。


 炎を巧みに操る思考能力。

 乏しい経験を補う圧倒的な戦闘センス。



 このまま戦いを続ければ続けるほど、奴は目にもとまらぬ速度で成長し続ける。


「……………………きっと、お前は誰よりも強くなるよ。

 でも、それは今じゃない」


 そう断言できる。

 その根拠を、フローガ自身が気付いていない。


 だからこそ、付け入る隙はあると、判断した。




 強さと弱さの境界線。

 それは決して、戦闘能力だけでは測れない。


 俺は知っている。

 この世界に来る前から。


 でも、それはあくまで知識として。

 実際に、この世界に来て目にした。



 圧倒的に不利な状況の中で抗う心の強さ。

 身体が弱くとも、誰かを救うために立ち向かった小さな勇気を。



 断言できる。


「今、この街で一番強いのは、俺でもお前でもない。

 俺は、それを知っている。それが俺とお前をはっきり別けるものだ」


 フローガの右ストレートを誘い、それ通りにフローガが動く。

 それを紙一重で避け、剣のを突き出す。


 その瞬間、眩い光が刀身から放たれ、フローガを襲った。


 フローガは成す術なく吹き飛び、無人の建物に激突し、その崩落に巻き込まれた。

 瓦礫の下敷きになったのを確認し、俺はその場に膝を着いた。



 肩で呼吸を繰り替えし、敵を見据える。

 これで戦いが終わらないことを、知っている。


 予測通り、瓦礫の下から火柱が空に昇り、その中から一人の上裸男が姿を現した。



「へへ、冷静に、なったかよ」


「……………………おかげさまでな」


 苦々しい笑いしか出てこない、

 この状況で俺とフローガの思惑は一致していた。



「……………………あと、一振りだ」


「……………………それで充分だ」



 こちらは既に限界。それでも、満を持して剣を構える。

 それに応えるように、フローガも腰を落とし、右腕を構えた。


 お互いに、次の一撃に全てを賭ける。



 脳へ送られる信号、脳から発せられる信号。

 心拍数の上昇に伴う、血管と肺機能の強化。

 身体から蒸気が吹くような錯覚を覚える。それほどまでに、身体が熱を高める。



 ……………………長くはもたない。


 保つ理由もなし。


 浮遊感に似た感覚が感覚を包む。

 それと同時に、脚力、腕力に能力を注ぐ。



「………………整ったな」

 嬉しそうにフローガは拳を握り直す。

 フローガの右腕に小さな太陽を想起させる炎が集まり、小さく収縮し、爆ぜる。


「あぁ、いくぞ。フローガ」



 お互いに地面を蹴ったのは同時だった。

 次の瞬間、息をつく間もなく、お互いに攻撃に出る。


 フローガの懇親の右フック。

 それに対して反応し、最大出力で両断する。



 ――――――――故に、身体への負荷を一切考慮しない。身体強化・砕鱗






 フローガの右拳が俺の顔面を狙って伸びる。

 その刹那、時の流れが遅く感じる程、ゆったりと走馬灯に似た感覚が視界と脳を襲った。

 フローガの右腕は完全に勢いが死ぬ。

 動きが本当に一瞬止まり、炎が鎮まる。


 そして、流れるようにフローガの左拳に炎が集約し、左アッパーが眼前に迫った。




 ――――――――フェイント!!?




 フローガの性格からは考えられぬ一手に、完全に虚を突かれた。

 故に、成すすべなく、顎を撃ち抜かれた。


 ガクンッ、と大きく脳が揺らされる。

 思考が乱れ、視界が白くなる。

 地面から両足が浮きそうになり、遠くなりつつある思考を、……………………何とかつなぎとめる。




 強化された思考回路は、人間の反応速度を超え、反射という危険回避を自らキャンセルする。

 炎が吹き荒れ、顔の右半分が焼かれる。


 体中の水分が飛び、眼球が渇き、唇が切れる。

 それよりも、強い衝撃と熱が顔の半分を襲い、細胞が死んでいく感覚があった。








 ……………………………………それでも、踏みとどまった。




「――――――――なっ!!」



 刹那、驚きがあった。


 俺は全身の力をその一刀に込め、腕を振り下ろす。



 次の瞬間、振り下ろされた虹色の刃は、男の身体を斬り裂き、紅い鮮血が辺りに飛び散った。



 剣の勢いと共に、フローガの身体を地面に叩きつける。


「――――――――おらっぁ!」


 声にならない叫びがあった。



 先頭経験は両者共に拙く、才能やセンスは圧倒的に俺の方が劣っていた。

 だがそれを上回る強さがあったとすれば……………………。



 そこには、何物にも劣らない根性があった。





 そして、それを支える強さも……………………。




 決着の瞬間、身体に負荷を掛けた負債が一気に襲ってきた。

 酸素不足による眩暈と身体の末端部分の痺れ。顔の右半分が死に、感覚がない。


 迷宮での戦いで身体の方は傷だらけだが、おそらく、この世界に来て一番大きく、深い傷を負った。


 筋肉の硬直と血液の逆流。

 鼻や口から血をこぼし、その場にふらつく。



 そこに……………………。



「タクミ!」

 倒れる俺の身体を支えるように、ふたりの男女が駆け寄ってきた。

 いや、ひとりは馬車を引いて来た。



「……………………ハンナ、カルケリル」



「ひどい怪我。直ぐに病院に運ばないと」


 そう言って顔を皺くちゃにするハンナの好意を、否定する。


「……………………大丈夫」


「大丈夫じゃないよ。顔の右側なんて、もう……………………」



「お嬢さん。すまないが、僕たちは一分一秒を争う身だ。手当ては馬車の上で必要最低限だけ行う」


 横からカルケリルが言うと、ハンナは、「そんな!」と悲鳴を上げる。


「いいんだよ、ハンナ。心配ありがとう。俺は大丈夫だから」


 俺がそう訴えると、ハンナは暫くした後、黙り込んでしまう。


「……………………それで、フローガは殺すのかい?」

 カルケリルにそう問われ、俺は迷う。


 ここで殺しておくにこしたことはない。


「……………………再戦なら、全てが終わった後に受けてやる。

 だから、強さを学べよ。お前に足りないものを知るんだ。じゃなきゃ、お前はずっと弱いままだぜ」


 その言葉だけを残し、カルケリルとハンナの手を借りて起き上がる。



「……………………本当にいいのかい?」


「………………あぁ」


 ハンナと一緒に荷台に乗り、カルケリルは運転席に乗る。


「松明はそこに転がってる。直ぐに出発しよう」


 荷台には、火のついてないただの木の棒が転がっていた。


 馬車は直ぐに走り出し、街の外へと向かった。














 ♦♦♦


 ひとり取り残されたフローガ・テオスは四肢に力を入れ、起き上がる。


 左肩から斜めに、真新しい大きな切り傷から血が溢れ、その場にふらつきながら、地面を蹴った。

 足裏から炎を放出し、スピードを上げて馬車を追う。



 赤い流星が街の中を一直線に突っ切り、馬車の背後に追い付く。


「――――――――!!」


「馬車ごと、燃やしてやる! 死ねぇぇぇぇ!」


 決着なら既についた。

 タクミは先程の選択を悔やむように、下唇を噛んだ。


 フローガ・テオスは右拳を握り締め、それに炎を纏わせる。

 その標的は、馬車というよりも、その荷台による一人に向けられる。





 だが、そこに入る強い少女がいた。

 フローガと少年の間に、割って入るように。金髪の少女が大きく両腕を広げる。


 怯えも、恐怖も、その少女の目には映っていない。




「――――――――ハンナ!!」


 少年が叫ぶ。

 だが、既に遅い。伸ばされた腕が届くよりも早く、少女の身体は炎に包まれる。



























 ……………………筈だった。




 荷台の端で、大きく立ち塞がる少女を眼にした瞬間、フローガの脳裏に別の光景が映しだされる。






 小さな村。

 槍や弓矢を向ける軍。

 怯え、嘆く村人。


 そして、それを守るように、両手を大きく広げて前に出る知らない青年。






 1300年の中で、一度も感じたことのない歪みが、フローガの中で突如生じた。



「…………………………………………お、お前は、……………………誰だ?」




 不思議な光景はそこで途切れる。

 ただ、効果はあった。



 フローガの勢いは急に失速し、そのまま地面に落ちる。



「……………………どうする!」


 運転席からカルケリルが叫ぶ。



「……………………このまま行ってくれ!」


 タクミが返すと、それに応じて馬車のスピードが上がる。

 タクミとハンナは消火しきれない思いを抱いて、街を後にした。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ