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無名頂上種の世界革命  作者: 福部誌是
9 冥府のヴァーテクス
78/119

9-2

 ブラフォスの街に到着したのは夜だった。


「……夜のブラフォスにあまりいい思い出ないんだよな」


 と、俺は1人呟く。


「松明は街の中央部にある。フローガとの衝突は避けたいから、慎重に進もう」


 カルケリルと共に、馬車を停留所に置き、徒歩で闇の中を歩いていく。

 夜のブラフォスの街は静かだった。

 建物の明かりがぽつぽつとついているだけで、熱気などは無い。


 静かすぎて不気味なほどだった。



「この調子なら見つからずに進めそうだな」


 と、息をついたその時だった。



 ぼおっと前方で空が赤く光った。




 いや、正しくは大きく炎が吹き荒れたのだ。

 空に立ちのぼる黒煙と、鼻の奥を刺激する嫌な臭い。

 その直後、人の悲鳴が津波のように押し寄せてきた。



「――――――――っ!!」



 その光景を見なくても、勝手に脳に浮び上がる。


 その葛藤から思わず、奥歯を噛み締めた。


「タクミ。分かっているとは思うが、ここは我慢だ」


 その言葉に我を取り戻す。

 だが、思考は定まらなかった。


 感情を含めた思考が頭の中でグルグルと巡り続ける。

 合理的な判断では無い。

 そこで足を止めた時点で間違っていた。



「………分かってるよ。分かってる。………カルケリル。

 でも、ここで見殺しにするのは違う。

 それでアンジェリカを助けたって、アンジェリカは悲しむだけだ」


 カルケリルの答えを聞くまでもなく、俺は走り出した。



「あぁ。もう!」


 カルケリルの叫びが背後から聞こえてきたが、それも無視をする。









「フローガ!!」


 俺が叫ぶのと、次に炎が発射されたタイミングはほぼ同じだった。

 逃げ戸惑う人々が、俺を避けながら走り去っていく。


 フローガは俺を視界に収め、嬉しそうに口を釣り上げた。


「まさか、俺が出向く前にお前の方から来るとはな、タクミ!!」


 次の瞬間、合図もなく戦闘の幕が上がる。

 フローガの右手が向けられ、酸素を奪うが如く、炎が放出される。


 迫る炎の津波を避け、剣を鞘から抜き、一息でその距離を詰める。



 フローガは先頭の素人。視界一杯に広がった炎は文字通り、奴の判断を鈍らせる。


 そうして、奴の懐に潜り込み、その右肩を斬り落とすべく、剣を振るう……………………。



 しかし、カウンターの如く、炎を纏ったフローガの左拳が俺の腹に炸裂した。




「――――――――――ぐ、っ!!!!」


 殴られた勢いのまま身体は吹き飛び、後方の建物に当たって、地面に落ちる。

 背中と後頭部に強い衝撃を受けたが、それよりも多いな問題が俺の身体を襲った。


 腹が焼け、ジンジンと内部まで痛みが広がってくる。


 腹部周辺の衣類は焦げ、真っ黒にひずんだ腹部が露わとなり、風にさらされ、更に痛みが増す。


 瞬間、脳を支配する痛み。



「俺は強くなった。お前の噂はかねがね聞いてるよ。バジレウスからの伝達もあったしな。

 アンジーナと一緒にバジレウスに逆らってるんだろ?」


「……………………それが、どう、した」


 痛みに耐えながら、口を開く。

 勝手に涙が出てくるほど、腹が痛む。


「お前の現状など俺には関係ない。強くなった俺がお前を否定し、俺はかつての栄光を取り戻す。つまり、お前はここで死ね!」


 言葉の終わりに、炎の塊が飛んでくる。

 それを避けた瞬間、フローガが距離を詰め、今度は炎を纏った蹴りが炸裂する。

 それを何とか剣で防ぐが、炎の火力に負けて、俺の身体は無惨にも、また吹き飛ばされる。


 空中で体勢を整え、着地と同時に距離を取る。


 フローガの攻撃を警戒しながら走り、頭の中を整理する。



『俺は強くなった』とフローガはそう言った。


 前回、フローガと戦い、俺たちは勝利した。

 その後、俺たちはこの街を後にし、いろんな戦いを潜り抜けてきた。


 その間、あいつも強くなったんだ。

 以前は出来なかった近接戦闘を身に着け、文字通り、強さを手に入れた男。






 フローガは鬼気迫る勢いで追ってきて、拳やら蹴りやらを次々に放ってくる。

 それを剣で防ぎながら、攻めの機会を窺う。


「……………………くっ、受けるだけで、」



「おらぁ、どうしたんだよ!!」


 迫る猛攻を潜り抜け、虹の斬撃を飛ばすが、フローガの炎に阻まれ、それは届かない。


 フローガが炎を纏っている拳には、斬撃が届かない。

 火力を勝る威力を出すしかないが、それには隙が大きくなる……………………。




「ひぃ……………………」


 そこへ聞こえてくる女の悲鳴。

 それはまだ幼さの残る少女のものだった。


 刹那、フローガの炎が少女に向けられて放たれた。



 身体強化を両足に集中させ、少女を抱きかかえて、その場を離脱する。


 少し離れた場所に着地し、少女を放す。

 少女は怯えるように、こちらを見上げた。


「ここは危ないから、速く逃げるんだ」


 そう促すと、少女は素早く頷いて、踵を返した。


「……………………くだらんな。わざわざ弱者を助けるために、傷を負うか」

 フローガの視線は、俺の左脚に向けられている。


 やつの言う通り、今の少女を助ける時に左脚が僅かに炎に呑まれた。

 焼けた左脚に、腹部と同様の痛みが走る。


「今のが理解できないなら、お前は変わらないよ」


 その言葉に、フローガの眉間が険しくなる。


「なんだと?」


「……………………お前はこれからもずっと、弱いままだ」


 その言葉は、フローガにとって地雷だった。

 怒ったフローガの炎が吹き荒れ、辺り一帯を燃やし尽くす。



「殺すぞ! ゴミくずが!」


「やってみろよ! お前の方がゴミだってことを、今から証明してやる!」


 煽りに次ぐ煽り。

 フローガは完全に我を失い、こちらに猛攻を仕掛けてくる。




 思った通りだった。

 経験を積み、近接戦闘を身に着けてきたところで、こいつの弱さは変わらない。



「おい、フローガを怒らせてどうするつもりだ!」


 そこへ、カルケリルがやってくる。


「怒らせた方が倒しやすいと思っただけだ」


 共に逃げながら、言葉を交わす。


「で、結果はどうだ? 倒しやすくなったか?」



 俺は逃げながら、フローガにチラっと視線をやる。

 まるで火山の噴火の如く、炎を撒き散らし、砂の建物と空気を燃やしていく。

 近付く事すら叶わない炎の化身。

 その姿はまさに、災害そのものだった。



「…………………………………………いや、見当が外れた」


「何やってんのさ! ……………………で、対策は?」

 と聞いてくるカルケリル。



 俺はかなり、間を空けた後、

「………………………………………………………………ない」

 と正直に答えた。




「……………………君、少しアンジェリカに似てきたね」


「おい、それは俺に失礼だろうが!」


「その答えはアンジェリカに失礼だろ!」





 馬鹿みたいな討論を繰り広げられ、お互いに息をつく。




「カルケリルが助けてくれてもいいんだぞ?」


「僕に戦闘は期待しないでくれ。それじゃあ、検討を祈る」


 とカルケリルが右手を上げ、去っていく。


「まさか、見捨てるのか?」


「周囲の避難だけは任せてくれ」


 俺を見捨て、カルケリルは姿を眩ませた。




「タクミ!!!!!」


 と叫び声をあげ、炎がうねり、迫ってくる。




「あぁぁぁぁぁぁ、マジでどうしよう!!」




 近付けば、一瞬で灰になる。

 それだけは確実だった。



 後先考えず、怒らせるんではなかった、と今更ながらに後悔するが……………………。


「うだうだ後悔しても、意味はない!」


 そうして、脚を止め、フローガと向き合う。




 剣を握り直し、なんとか勝機を見つけようとして……………………。





「タクミ?」


 そこで、少女の声が響いた。


 それは、見知った少女のものだった。


 名前を呼ばれ、直ぐに振り返る。





 少女の姿を見た瞬間、思考が、真っ白になった。



「――――――――――――ハンナ!?」




 そこには、病弱で、村から出ることがないはずの少女の姿があった。



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