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「じゃ、早く冥界に向かわないと」
そう言った俺に、その場にいる全員が視線を向けてきた。
「………タクミ。冥界は終焉の森の奥にあるんだ」
その中の1人、カルケリルが説明するように口を開いた。
「……それがどうしたんだよ」
「ヴァーテクスがこの世に誕生して1300年。終焉の森を突破出来たものは誰一人として居ないんだよ。ヴァーテクス含めてね」
その内容に俺は言葉を失った。
「1300年間、1人も?」
「あぁ。終焉の森はこの世界に残された未開拓領域なのさ。そして、冥界はその奥にある、とされているのさ」
「………待て。誰1人終焉の森を突破出来てないなら、なんでそんなことが分かるんだよ」
俺の質問にカルケリルは答えない。
その代わりに、ドミニクさんが口を開く。
「そういう言い伝えがあるのです」
その言葉に納得は出来ない。
これまでに終焉の森を突破したことが無いなら、その奥に何があるのかなんて分からないはずだ。
「まぁ、これはあくまで僕の推測なんだけど。
ヴァーテクスが誕生する1300年以上前には終焉の森を突破した人間がいるんじゃないかな」
「…………なるほど、そういう事か
じゃあ、何かしら進む手段はあるって事だ。
終焉の森ってのはどんなところなんだ?」
「この世界の地中を水路が流れているのは知ってるよね?」
俺の質問にカルケリルが答えてくれる。
俺は頷いて、続きを聞く?
「水はやがて木の根っこに吸収され、森では木を切ることで水を浴びれる。終焉の森は他の森に吸収されなかった水が全て行き着く先。つまり到着点なのさ。
森には分厚い霧がかかり、容易に進むことは出来ない。
更に森を守護する怪物がいる」
「……怪物ってのは、テラシアの?」
「いいや。テラシアが生み出した怪物では無い。
テラシアの怪物とは完全に別種なのさ。ヴァーテクスが終焉の森を突破出来ないのもそれが関係していてね。
終焉の森にいる怪物はヴァーテクスに攻撃を通せるんだ」
「………なるほど。それは厄介そうだけど、そんな奴らが居たら、ヴァーテクスの威厳が霞むんじゃないのか?
バジレウスは今まで何もしてないのか?」
「まぁ、バジレウスは無駄な労力を使おうとはしないからね。
それに、終焉の森の怪物は森から出ようとしないのさ。
恐らくそういう習性があるんだろうね。
森の奥に進もうとする生物しか攻撃しないのだから」
「ってことは、森から出ようとする場合は攻撃を受けないのか?」
「その通り。これは以前ユースティアを使って証明した」
何気なくそう言うカルケリル。
「………まさか、ユースティアですら突破出来なかったのか?」
「その通りさ。まさに難攻不落の未開拓領域、というところさ」
その言葉に変な汗が出てくる。
この世界に来てから、多くの戦闘があった。
実際に戦った中で一番倒せるイメージが沸かないユースティア。
その彼女ですら突破できなかった森。
「…………………ってことは、終焉の森の突破は想像以上に厳しいってことか」
「うん。でも、突破できないことはない。きっとバジレウスなら難なく突破できるだろうし、
それにこれはあくまで僕の推測なんだけど、アンジェリカは過去に一度、突破してるんじゃないかな?」
「ーーーーーーーーえ?」
「カイロンがアンジェリカと親しかった記憶はない。なら、僕の知らないところでカイロンとアンジェリカには接点があった。でも、カイロンはヴァーテクスになった次に日に冥界に送られた。
ってことは、アンジェリカが冥界に行ったことがあると仮定するのはなにもおかしなことじゃない」
「……………………それはあまりに強引な考え方じゃないか?」
「そうかもしれない。まあ、これはあくまで僕の推測だから、無視してもらって構わない。
……………………それで、どうする?」
「どうするって、森に向かうに決まってるだろ。森を突破して、冥界に向かう。
カイロンてやつは冥界に戻ったっていう解釈でいいんだよな?」
「うん。それで構わないと思うよ。
それじゃあ、やることを決めよう。
先ず、役割をふたつに別ける」
そう言うと、カルケリルは名指しで勝手に役割を決める。
「ドミニクとアルドニスは、戦闘の準備を済ませてから、ローズとルイーズを連れて僕が今から地図で示す場所に向かってくれ。
僕はタクミを連れて、ブラフォスの街に向かう」
「ちょっと待て。なんでブラフォスに行くんだよ」
俺が突っかかると、カルケリルは制止を促しながら「順番に説明するから待って」と口にした。
「さっきも言った通り、終焉の森には怪物がいる。終焉の森の怪物たちはテラシアが生み出した怪物よりも単純な戦闘力は低いが、殺傷能力は極めて高い。狡猾にこちらを襲ってくる。武器や薬を含め念入りに準備を頼む」
その言葉に、ドミニクさんが大きく頷き、「分かりました」と口にする。
「それで、僕とタクミがブラフォスに向かう理由なんだけど、松明を取りに行く」
「……………………松明?」
「あぁ。以前、僕も従者と共に終焉の森の突破を試みたことがあってね。
まぁ、結果は失敗に終わったんだけど、その時に作ってもらった特別な松明がブラフォスに保管されている。だから、それを取りに行く」
「……………………それはそんなに重要なものなのか?」
「単独で森の突破を試みるなら必要ない。だけど、怪物を相手にしながら森を進むのに、たった一人では心もとない。だからと言って、集団で入れば、霧のせいでまとまって行動がとれなくなる」
「なるほど。松明は味方の位置を知る重要な明かりってことだな」
「その通り、だからこそ、普通の松明ではいけないんだ。終焉の森を包む霧の暑さも普通じゃないからね」
その後、カルケリルは地図に印をつけ、集合場所を決める。
俺とカルケリルは馬車に乗り込み、ブラフォスに向かうために街を出る。
ドミニクさんたちはローズさんとルイーズが起き次第、出発する。
1300年間、閉ざされてきた人類の未開拓領域。
深く、分厚い霧に覆われた森。
人工的なものではなく、独自の生態系の中で生まれ、進化してきたであろう森の怪物。
……………………アンジェリカを助けるため、冥界に向かう。
その前に越えなければいけない壁が想像以上に厄介なものだ。
「カルケリル。聞きたいことがある」
馬車は猛スピードでブラフォスの街に向かっている。それに揺られながら俺は舌を噛まないように口を開いた舌
「なんだい?」
「今から取りに行く松明って、フローガの?」
俺の質問に、カルケリルは口の両端を曲げて陽気に答えた。
「その通りさ」
……………………ブラフォスにはあまりいい思い出がない。
フローガが根城とする、砂と岩に囲まれた乾いた都市。
……………………もし、あいつがブラフォスに居るのなら。
衝突は避けられない。
不安な思いを抱きながら、俺は静かに進路の先を見据えるのだった。