8-7
ドミニクさんと侍。
起源を別とする2人の剣士。
西洋剣と日本刀。
アンジェリカを守るために鍛えられた剣技と、人を殺すために磨かれた剣術。
2人はほぼ同時に地面を蹴り、刃を交錯させた。
甲高い音と弾ける火花。
お互いに譲ることはなく。全身全霊で持ちうる全てをぶつける。
実力は互角――――――。
―――――だと思われた。
侍の姿勢が中段から下段へと下がる。
地面を這う蛇のように、刀がドミニクさんの足元へと迫る。
「―――――――っ!」
俺が危ない、と注意を促す間もなく。
ドミニクさんは華麗なステップを踏み、刃を避ける。
その姿に目を奪われかけた瞬間、神経を直接殴打されるような衝撃が走る。
華麗なステップから、まるで蝶のような舞。
ドミニクさんの特徴の一つである、若草色の長い髪を揺らしながら、剣が舞い踊る。
人を傷つける為の凶器であるはずのそれが、その瞬間、人の心を奪う為だけに造られた美術品へと化ける。
美しい弧を描きながら、侍の刀を絡め取り、その首へと刃が迫る。
「―――――――はっ!」
決まった!
そう思わせるドミニクさんの攻撃を、難なく凌ぎ、侍は嬉しそうに口の形を曲げる。
「おかしな剣技をつかうのぅ」
「…………剣舞、というものです」
その言葉に、俺は息を呑み込んだ。
宴会の席で綺麗に着飾った踊り子が魅せた剣舞。
それを模倣し、戦いの中に取り込んだのだ。
多分。ドミニクさんはもともと剣舞を習っていた訳じゃない。
人を楽しませる為の文化である剣舞を戦いの技へと昇華させたのだ。
「……………やっぱり、天才だ」
俺はドミニクさんの剣術に心を奪われた。
木剣などで手合わせをして、強いことは知っていたが、ここまで凄いとは…………。
心の底から、その才に憧れる。
俺が喉から手が出るほど欲しいそれを、ドミニクさんは持っている。
きっとそれは、俺が今後、50年剣を振り続けたとしても手に入らない、一級品以上に価値のあるもの。
―――――たしかに、俺は未熟だ。
この戦いから学ぶべきことは多い。
でも、ドミニクさんの剣を見て、それを真似しろ、と言われても無理だ。
ドミニクさんと現在の俺との距離が更にあやふやになり、どうすればいいのか、逆に分からなくなる。
それ程までに、ドミニクさんの剣技は磨きがかかっている。
俺より遥か先にいる2人の剣士。
その姿を見て、心が踊り出す。
未熟な剣士としての血が騒ぎ出す。
「…………貴殿は、拙者が今まで出会ってきた剣士の中で、恐らく一番剣の技術を持っている」
「………それは、光栄ですね!」
「だからこそ、負けられん!」
再び、刃が交わり、弾ける。
しばらく激しい撃ち合いが繰り広げられる。
その中で。どんどんとドミニクさんの動きが良くなっていくのが理解出来た。
ドミニクさんの能力。
身体自動強化。
俺のマニュアル操作とは違い、オートで身体機能が強化されていく。
つまり、戦いが長引けば長引くほど、ドミニクさんが有利になっていくのは明白だった。
ドミニクさんのスピード、パワーが共に上昇していく。人間の許容能力値を超え、侍を圧倒していく。
侍も確かに、凄まじい剣士としての能力を持っている。
だが、その反応が追いつかないほど、ドミニクさんが強化されていく。
まだまだ素人に近い俺でも、2人の実力が離れていくのが理解出来た。
…………それでも、ドミニクさんは決めきれなかった。
「………………すげぇ」
ただ、息を呑んで見つめることしか出来ない現状で、目の前で繰り広げられるレベルの高い剣術の応酬にその感想がついこぼれる。
明らかにドミニクさんが押している。
でも、決めきれないのは侍の技術によるものだ。
けっして、隙を見せず。
最小限の負傷で、ドミニクさんの剣を凌いでいる。
「―――――――っ!!」
苦しみの中で、侍は笑い続ける。
血と汗にまみれたその笑みに、心奪われる自分がいた。
まるで芸術。
命の奪い合いとは、儚く、残酷でありながらも…………。
「―――――ここまで綺麗なのかっ」
俺の独り言に、返ってくる言葉はない。
全力で、引けを取らない2人の男。
だが、その現状は長くは続かなかった。
「―――――――がっ、ぁ」
何故か押していたはずのドミニクさんの姿勢が崩れる。
脚は止まり、口から吐血する。
………どうして?
どうしてドミニクさんが血を?
まさか、攻撃をもらったのか?
俺の疑問を、答える者もいない。
ただ、血を吐いて崩れるドミニクさんの姿を、冷たく見下ろす男がいるだけだった。
「……………まさか、お互いに同じだったとはな」
違う。
冷たく見えたその眼差しは、とても優しく、暖かなものだった。
ドミニクさんが体勢を立て直す。
「――――――ふ、手間をかけましたね」
「そんなことは無い。言ったじゃろ、お互い同じだと」
「…………そうですか。ありがとうございます」
「礼はいらん。お主のような剣客と出会えて、拙者は満足じゃ」
短い会話は終わり、侍が地面を蹴る。
守勢から攻勢へ。
瞬きする間に3回以上、刃が振るわれる。
「――――――――っ、ぃ」
今度は先程と真逆。
ドミニクさんが防戦に徹する形となってしまう。
「ドミニクさんっ!」
「しっかり見てなさい!」
俺の心配など不要、という勢いで声が飛んでくる。
能力の効果が切れたのか、ドミニクさんに先程のスピードとパワーは見られない。
「―――――――くっ!」
俺は悔しすぎて奥歯を噛み締めた。
立ち上がろうにも、体がそれを許さない。
肺や心臓を含めた内蔵が、悲鳴を上げているのが分かる。
デービルの瘴気は人間の体を容赦なく侵食し、内側から破壊していく。
でも、アルドニスは限界を超えている。
さっきのアルドニスの吐血は恐らく、デービルの瘴気によるもの。
アンジェリカを優先で守っていたアルドニスはその隙を突かれた。
でも、アルドニスは立ち上がった。
…………ならば、俺こそ、立ち上がらなければ。
何も出来ない。
視界の先で、ドミニクさんが窮地に立たされているにも関わらず………。
アルドニスが無理をしてアンジェリカを守っているというのに………。
俺は何も成すことが出来ない…………。
――――――キンっ!
とここ一番で甲高い音が鳴り響く。
その振動に、はっと顔を上げる。
ドミニクさんが振り上げた剣が、侍の刀を弾いていた。
ドミニクさんは踏み込み、再び攻勢へ転じる。
それを受け、侍は半歩下がり、刀を振り下ろす。
防御じゃない。
相手を殺すための、攻め。
両者一歩も譲らない激闘が繰り広げられる。
「――――――――ゴホッ!!」
まるで、永遠に続くかのような錯覚。
お互いが極限まで磨き上げた剣術の応酬。
それは、まるで人の心を奪う芸術の類い。
だが、現実はそう甘くない。
口から大量の血を吐き、体勢を崩したのは…………。
………………侍だった。
「―――――――――えっ、」
理解が追いつかない。
だが、千載一遇のチャンスを逃すはずもなく、ドミニクさんの振るう剣が翻される。
侍の首に向かって、鉄の塊が振り下ろされる。
…………少し遅れて、侍が反応する。
刀を振り上げ、あくまで攻撃を試みる。
誰がどう見ても、その刃は間に合わない。
侍の刀が振り切られる前に、ドミニクさんの剣が侍の首を断つ。
……………筈だった。
ドミニクさんと侍。
その間に割り込む小さな影があった。
刃が弾かれ、侍が頭から血を被る。
「―――――――――」
文字通り、言葉を失った。
「―――――――なっ…………、なぜじゃ」
最初に沈黙を破ったのは侍だった。
その侍に身体を預けるように、小さな影が倒れる。
「―――――――ぶ、………し」
「―――――――デービル殿!!」
悲痛な叫びが木霊する。
小さな体を両断されたデービルの姿によって、戦いは幕を下ろした。




