8-6
ドミニクがアンジェリカたちと合流する少し前。
「………ユースティア様」
街中で、ドミニクとユースティアはお互いを見つめ合っていた。
そこへ。
「ユースティア!!」
カルケリルが走ってくる。
カルケリルは足を止め、ユースティアに鋭い眼光を飛ばしながら、そばに居るドミニクへ向けて口を開く。
「タクミとアンジェリカが、街の北部でデービルと戦ってる。君も急いで向かうんだ」
カルケリルの言葉に、ドミニクは一瞬躊躇する。
だが、直ぐに思考を切り替え、
「………分かりました。ありがとうございます」
と頭を下げて、その場から離脱する。
それを見送り、見えなくなった頃。
カルケリルは再びユースティアと向き合った。
「まさか、お前まで裏切っていたとはな」
「………そんなに驚くことはないよ。僕が君たちの味方であったことは一度もない」
その言葉に、ユースティアの眉毛がぴくりと動く。
カルケリルを睨む眼光に更なる力が籠る。
「――――――もういい。貴様はここで、死ね」
ユースティアが手を構える。
「いいのかい? バジレウスの許可なく勝手にヴァーテクスに攻撃して」
「構わない。許可なら既に頂いている!」
「―――――――っ!」
ユースティアが腕を振り払うだけで、斬撃が空気を斬り裂き、地面が、建物が、街が破壊されていく。
それを紙一重で避け、カルケリルは呼吸を落ち着かせる。
それに応じて、ユースティアの姿が忽然と消える。
次の瞬間、カルケリルの背後にユースティアが現れ、息をつくまもなく、腕が振るわれる。
再度、攻撃を避け、カルケリルはナイフを投げる。
地面に突き刺さったナイフは次の瞬間、空気を巻き込みながら弾け、爆発を引き起こす。
ユースティアがその爆発に巻き込まれることはなく……。
少し離れた場所に瞬間移動で逃げる。
「―――――このナイフは!」
見覚えがあるのか、更に牙をむき出すユースティア。
最早獣に近い形相になっている。
鋭い眼光が更に鋭くなり、カルケリルに刺さる。
ユースティアの沸点が爆発し、攻撃へと移る寸前で、
「待った!」
とカルケリルが口にした。
ピタリとユースティアの動きが止まる。
「僕は弱い。君たちのように戦闘向きのヴァーテクスじゃないからね。きっと全ヴァーテクスの中で僕は最弱だよ」
「それがどうした?」
とユースティアは敵意を向けたまま答える。
「……だから、ここは公平に賭けをしよう」
「………………賭け、だと?」
「あぁ。賭け事で勝敗を決めよう」
カルケリルのその言葉を、ユースティアは鼻で笑う。
「ふん、くだらないな。貴様の遊びに付き合う道理など、最早ない!」
ユースティアの姿が再び消える。
「そうかな?
君が勝ったら、君の知りたいことを何でも教えてあげるのに?」
カルケリルの提案。
ユースティアはカルケリルの真横に現れ、その腕を振るおうとして……………。
動きを止めた。
カルケリルの表情が動く。
その僅かな迷いを逃さず、確実に自分の土台に引き込むために。
カルケリルは口元を大きく曲げながら、続きの言葉を口にする。
「バジレウスの周りに、いつも人間の女がいる理由、とか」
「――――――ぎっ、それを探る権利など、私には無い!」
ユースティアがカルケリルを睨む。
ここは崖っぷち。
一言でも言葉を間違えれば、即座にユースティアの斬撃がカルケリルを斬り裂く。
それを、カルケリルは理解していた。
理解していてなお、涼し気な表情で言葉巧みに、ユースティアを絡めとる。
「…………じゃあ、君がヴァーテクスとして、どうやって生まれてきた、とか」
考え抜き、カルケリルが出した結論。
それを前にし、ユースティアの表情が一変する。
敵を睨む表情から………。
驚き一色へと。
「―――――――っ、なぜ、貴様がそれを知っているというのだ!?」
その変化を、カルケリルは見逃さない。
「………僕が、この世でただ一人。
特別なヴァーテクスだからさ」
ユースティアは黙る。
黙ってしまう。
だが、その沈黙こそが、答えを知りたいと言っているようなもので…………。
「………………………………わかった。貴様の企みに乗ろう」
と口にした。
その後、ユースティアは構えた腕を降ろし、後ろに引き下がる。
「…………ありがとう」
「礼を言われる筋合いは無い」
下唇を噛み締め、ユースティアは答える。
「…………君が勝てば真実を教えるよ。その代わり、僕が勝てば、今後一切、この街に近付くことも、干渉することも禁じる」
「……………それが貴様の望みか」
「そうだ」
「わかった。いいだろう。
それで、賭け事の内容はなんだ。私はあまり複雑なものは好まぬ」
その問いに、カルケリルは冷静に答える。
それは、決して難しくない賭け。
「簡単だよ。この街で今現在行われている戦い。
アンジェリカとデービル。そのどちらが勝つかを賭けよう」
♦♦♦
「すみません。遅れました!」
長い緑の髪をたなびかせ、ドミニクさんは侍の剣を弾いた。
「――――――ドミニクさん!!」
俺の叫びに、ドミニクさんはこちらを少しだけ振り向く。
その微笑みに、心底安心出来る。
「大丈夫ですか、アンジェリカ様」
「えぇ。お陰様で。ありがとう」
「気にしないでください。それより………」
ドミニクさんはそっとデービルに視線をやる。
「………なんだよ。まだ従者がいたのか。めんどくせぇな」
見た目は幼女なのに、凄く口が悪い。
その様子に少し面食らった表情を見せる、ドミニクさん。
だが、直ぐに真剣な眼差しへと戻り、アンジェリカに向かって言葉を発する。
「デービル様は任せました」
「えぇ、任されたわ!」
アンジェリカが立ち上がり、デービルと向き合う。
「はっ、未熟者のあんたが、あーしに張り合えると思ってるのかよ!
人間の影に隠れてなきゃ攻撃も出来ねぇ臆病者がよ!」
デービルの言葉を最後まで聞く前に、アンジェリカは地面を蹴った。アンジェリカの周りには添い遂げるように剣が浮遊しながら追従している。
「誰が臆病者よ!」
それに合わせ、デービルの瘴気が竜のようにうねりながらアンジェリカを襲おうと迫る。
それを避け、すれ違う形でデービルへと迫る。
だが、防御壁のように瘴気が展開され、アンジェリカはそれ以上進むことが出来ない。…………………かと、思われた。
「―――――――――はぁ?」
頬を膨らませ、瘴気の壁へと侵入し、近距離から剣を射出する。
それを紙一重で避けたデービルは咄嗟に距離を取ろうと地面を蹴る。
だが―――――――。
「遅い!」
まるで、そう叫ぶかのように、アンジェリカは距離を詰める。
アンジェリカの動きに合わせて動く剣が、デービルの頬を斬り裂く。
「―――――――くっ、雑魚がっ!!!」
病の瘴気ではなく、物体を崩れさせる瘴気がデービルの周囲に展開され、アンジェリカの武器が全て塵と化す。
「どうだ、これで」
お前の武器は無くなった!
と言わんばかりの顔をデービルはアンジェリカに向けた。
それでも、アンジェリカは止まらない。
地面を踏み込み、デービルとの距離を詰める。
デービルの過信を突くように、アンジェリカの脚がデービルの小さな体に直撃する。
鈍い音が響き、デービルは痛みに表情を歪めながら後方へと下がる。
アンジェリカも息継ぎを求めて、デービルから距離を取ろうと試みる。
だが、それを簡単に許してくれる相手ではなかった。
病の瘴気がアンジェリカを逃がさず、追っていく。
しばらく逃げ回っていたアンジェリカはついに追い詰められ、その毒牙が襲いかかる。
「おらっ!」
それを、アルドニスが吹き飛ばした。
「――――――ちっ、うぜぇな」
強めの舌打ちがアルドニスに向けられる。
「アンジェリカ様! ご無事ですか」
「えぇ、ありがとう」
風を纏う矛がアンジェリカを守る盾となり、瘴気を吹き飛ばす。
決め手を失ったデービルはアルドニスを睨みながら、瘴気による猛攻をしかける。
霧散。霧散。霧散。
デービルの仕掛ける攻撃の悉くを、アルドニスは吹き飛ばす。しばらく膠着状態に陥ると思われたその戦況は、わずか8秒で瓦解し始める。
急にアルドニスが姿勢を崩し、その口から赤い液体を吐き出す。
「―――――――っ、がはっ!」
「アルドニス!?」
アンジェリカがまた隙を見せる。
それを嘲笑うように、病の瘴気がアンジェリカを襲う。
―――――――助けに行かなければ!!
大人しく戦況を観察している場合ではない。
四肢に力を入れ、立ち上がろうと奮起する。
だが、手足に意志を込めた瞬間、脳が停止信号を吐き出す。
心臓に痛みが走り、肺が圧迫されていく。
デービルの瘴気はそれ程までに、俺の体を内側から破壊していた。
何も出来ない。
ただ、見つめることしか許されない。
手を伸ばしても届かない距離の向こう側で、アンジェリカが正気に襲われ、苦しんでいる。
「きゃはははは。これで終わりだな」
デービルが高笑いをし、勝利を確信していたその時。
倒れたはずの男が立ち上がる。
その光景を目にし、俺は思わず息を呑んだ。
「おらぁぁぁぁぁあっ!!」
風がアンジェリカを襲っていた瘴気を吹き飛ばし、アンジェリカとデービルの間を遮る形で、アルドニスが立ち上がる。
「―――――――てめぇ、なぜ立ち上がれる!?」
「アンジェリカ様を守るのが、俺の役目だ!」
アルドニスが攻勢に出る。
だが、その矛がデービルを傷付けることはない。
………………俺は、こんな所で、なにをやっているんだ。
瘴気を喰らい、苦しんでもなお、立ち上がっている男がいる。
覚悟を決め、痛みを無視して立ち上がる。
「――――――タクミ!」
立ち上がろうとしていた俺を呼び止める声があった。
その声に、顔を上げる。
「…………ドミニク、さん?」
「貴方は私の戦いを観察しなさい。私の剣をその目で見て、しっかり学ぶのです」
今まで睨み合っていたドミニクさんと、侍が動く。
お互いに地面を蹴り、刃を弾き合う。
最強の剣士を決める戦いの幕が切って落とされた。




