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無名頂上種の世界革命  作者: 福部誌是
8 病魔のヴァーテクス
71/119

8-5

「なんで、こんなことをするの?」


 タクミと侍が激しい戦闘を交わし合うのを他所に、アンジェリカが口を開いた。


「………なんでって聞かれても困るんですけど。

 あーしはただ反逆者を殺しに来ただけだし」


 アンジェリカに睨まれ、決して臆する様子を見せず、デービルは答える。


「でも、街を巻き込む必要はなかった」


「あーしが動いた結果、どれだけの人間が犠牲になろうが、知ったことじゃないし」


「…………そう。………貴女も、変わってしまったのね。昔はもっと他人を――――――っ!」


 悲しげな表情を見せようとしたアンジェリカの言葉を遮るように、デービルが手をかざす。

 すると、それを合図に病魔の瘴気が舞い上がり、アンジェリカを襲う。



 アンジェリカは大きく後ろに飛んで、それを回避しようと試みるが、瘴気がアンジェリカに追い付こうと、更に快進撃を進める。


「おらぁ!」


 それに割り込む形で、アルドニスが槍を振るう。

 すると、不自然な形で瘴気が散っていく。


 それを見たデービルは小さく下を鳴らした。


「…………風使いか」



 デービルの操る瘴気は当たればほぼ確実に人を苦しめることが出来る凶器だ。

 だが、それは風と相性が悪く………。


 それを操るアルドニスは、デービルにとって、唯一無二といっても過言では無い天敵であった。



 それをいち早く察したカルケリルとタクミが立てた作戦。


 アルドニスの風を盾に、デービルを攻める。

 しかも、アンジェリカは安全圏から動かずに剣を操作してデービルを追い詰めることが出来る。

 あとはタクミがサポートに周り、相手を削れば、それだけで勝てた戦い。


 単純にして、相手が最も嫌がる戦法であった。

 だが、侍という未知数の敵により、タクミの立てた算段は早くも瓦解する。


 その結果、タクミが侍を引き受け、アルドニスがアンジェリカを守りながら戦うという作戦へと変更を余儀なくされる。


 タクミが欠けたところで、アンジェリカの優位は覆らないように見えた。

 アルドニスが瘴気からアンジェリカを守り、アンジェリカが剣を操作して遠距離から攻撃する。


 安全を確保して攻撃できるのだから、剣をデーヒルが避けたとしても、アンジェリカが勝利するのは時間の問題だ。







 だが、現実は違った。


 アンジェリカが操る剣が空気を裂き、デービルへと迫る。

 だが、デービルは防ぐ素振りも、逃げようともしなかった。


 そして、次の瞬間。

 目を疑う光景が、アンジェリカたちの眼前に展開された。


 アンジェリカが操作した剣がデービルに触れる寸前で、剣先からボロボロに崩れ出したのだ。


 その光景に、アンジェリカとアルドニスが共に息を飲む。


「確かに、あーしにとって風は天敵だ。

 だけど、それだけで勝てると思った?

 あめぇんだよ! ザコがっ!」


 デービルは高笑いを上げながら、再び、病の瘴気を撒き散らす。

 それに応じてアルドニスが風を展開するが………。


「あーしも、お前らも、共に決め手に欠ける。

 つまり、我慢勝負ってことだな!」


 アンジェリカの剣、デービルの瘴気。

 お互いの攻撃が、お互いに無効化され、膠着状態へと陥る。











 ♦♦♦



「………なんか、向こうヤバそうだな」


 アンジェリカたちの交戦に目を向け、率直な感想をこぼす。

 それを狙うように、侍が再び地面を蹴った。


「ちっ、余所見してんじゃねぇ!」


 ルイーズが槍斧を振り回し、侍の速度を奪う。


「――――――あぁ、すまねぇ」


 こちらは3人で侍の動きに対処するが、他人を気遣う隙などありはしない。

 侍の刀を避け、反撃に転ずる。

 深追いはせず、相手の体力を奪う事に専念しながら攻め込む。


 3人でお互いの隙をカバーしながら動くが、侍はそれを難なく捌ききる。

 こちらの動きを先読みされ、乱される。


 戦いの達人に、目立つ様な隙は無く、こちらの連携ばかりが崩され、窮地に追い詰められる。

 だが、決定的な打撃を与えられないのは、こちらに数の有利があるからだ。


 誰か1人でも欠けたら終わる。

 隙を見せたら終わる。


 この極限において、守るだけでは不利だと判断する。

 俺はローズさんや、ルイーズに守られてばっかだし。

 目の前の侍と比べたら、それこそ天と地ほどの差がある。


 …………だけど、それを負ける理由にはしたくない。



 埋められない経験と技量。その差を、能力で可能な限り埋め合わせをしていく。

 ただの筋力強化による、速度とパワーの底上げではなく………。


 もっと強力な身体機能の強化。


 脳機能の強化。

 情報の処理と伝達の速度を上げる。


 心臓機能の強化。

 心拍数を上げ、血の巡りを速くする。


 それに合わせ、適度に脚力と腕力を強化する。



「――――――――な、ぬっ!」


 侍が息をこぼす。

 一瞬、訪れた変化に、俺はすかさず飛び込み、斬り掛かる。


 ローズさんとルイーズも合わせて息を飲んだ気配がしたが、それを思考から除外する。


 ぶっつけ本番もいいところ。

 成功するかは分からない。


 だが、やっと掴んだ好機を逃がさず、俺は剣を降るって侍を押し返す。

 攻めは最大の防御という言葉通りに。


 特殊な剣。

 特殊な力。


 その2つをもって、技量と経験の差を埋め始める。

 視界の端で、侍が苦戦してるのが見えた。


 構わずに剣を振り続ける。




「ブシ!」


 再び訪れる変化。

 そう叫んだ声は明らかに、俺たちのものでは無い。


「避けて! タクミ!」


 続いて、アンジェリカの叫び声が響いた。


 次の瞬間。

 魔の瘴気が背後から俺の身体を襲った。


「―――――――ぐっ!」


 鼻と口から瘴気が身体に入り、内側から弾けるような痛みに襲われて、地面に膝と手を着く。


「心得た!」


 侍が地面を蹴る。

 俺の横を通り過ぎ、そのまま離れていく。


「―――――――ま、て」


 逃がす訳にはいかないと、渾身の力を振り絞って顔を上げる。


 視界の隅で、侍とデービルが交差するのが見えた。

 敵の交換。立場の転換。


 つまり、デービルと侍はお互いに敵を入れ替えることで、この勝負を更に有利に進めようと行動に出たのだ。


 侍と入れ替わり、こちらに向かってくるデービル。

 そして、それを追おうとするアンジェリカとアルドニスに、侍が向かっていく。


 それを見て、俺の脳裏に過ぎったのはアンジェリカが侍に斬られる光景だった。


 ――――――アンジェリカはあいつが転生者だと知らない。


 つまり、攻撃が当たるわけないと、思っている。



 ――――――駄目だ。あのふたりを戦わせたら。



「――――――ぐっ、がぁっ!」


 手足が痺れ、容易に立てない身体に、鞭を打つ。

 内蔵が瘴気でやられ、血が逆流して来るのがわかった。


 これ以上の無理はいけないと、身体に制限がかかる。

 ――――――構うものか。



 今、ここで身体が壊れようと。

 ここで動かなければ、アンジェリカが斬られる。その現実の前に、停止機構を破壊する。


 左腕の腕力を強化して、地面を叩き、身体を起こす。


 地面を踏む右脚に熱を走らせる。

 身体強化、脚力。最大出力で地面を蹴り、侍の背後へと迫る。

 音を切り裂く虹の光。


 虹の軌道が空気を裂き、時速100キロを超える速さで、その背中へ追いつく。

 ブレる視界。

 濁る音。


 瞬きすら許されない一瞬の最中、その男と目が合う。

 きっと、お互いの思考が交差される。


 だが、構わない。

 息を噛み殺し、剣を振るう。

 確かな感触を感じ、そのまま地面へと着地する。

 火花が散るのではないか、というくらい足と地面が擦れ合い、熱が走る。


 着地と同時に身体を反転させ、侍と向き合う。


 着地できた場所は丁度、アンジェリカとアルドニスに近い場所だった。


「びっくりした。大丈夫なの!?」


「ああ。それより、気を付けてくれ。この男は俺と同じで別の世界から来た奴だ。この男の攻撃はアンジェリカにも通る」


 伝えたいことを簡潔に伝える。

 アンジェリカとアルドニスは驚いたように息をこぼしたが、直ぐに頷いて、侍と向き合う。


「あの状態からすぐに動けるとはのう」


 侍は変わる様子を見せず、口を開く。

 だが、その左肩は服の上からでも分かるほど大きく血が滲んでいる。


 猛スピードによる後ろからの強襲。

 常人なら反応をすることも出来ず、両断されていたはず。

 だが、この侍は避けながら刀を合わせることで、俺の斬撃を逸らした。



「…………達人、なんてレベルじゃねぇ」


 最早、超人。神業の領域に達している。


 それでも、負ける訳にはいかない。

 右脚を潰す勢いで地面を蹴った為、右脚には痺れがきており、身体の疲弊も凄まじい。

 冷や汗を拭いながら立ち上がり、剣を構える。



 すると、横槍を入れるようにして、幼い少女がこちらに歩いてくる。

 その後ろで倒れる2人の女性の姿があった。


「ローズ!」「ルイーズ!」



「………これで仕切り直しだな」


 デービルは余裕の笑みを見せる。

 その背後でローズさんとルイーズが苦しむように地面に倒れている。


 2人を助けるためには、なるべく早くデービルと侍を倒さなければならない。


 デービルの従者、侍の存在。

 物体を錆びさせ、崩れさせるデービルの能力。


 カルケリルと俺の作戦は悉く覆された。

 ローズさんとルイーズがダウンした以上、俺だけで侍を足止めすることはもう叶わない。


 デービルと侍。

 この2人を、3人で相手取りながら勝ち筋を見つけるしかないのだ。


「…………2人とも、次の作戦を考える。だから少し時間を稼いでくれ!」


「わかったわ」

「おう!」


 2人が俺を信頼してくれているのが、その返事だけで感じられた。

 なんとしてでも勝ちに導かなければ………。



 示し合わせたわけでもなく、4人が一斉に動き出す。

 デービルの能力を、アルドニスが散らして、アンジェリカが安全圏から侍を足止めする。


 いかに剣の達人である侍とはいえ、飛び道具にはそんなに強くない。

 だが、致命傷を与えることは出来ず、アンジェリカの操る件は侍に全て弾かれている。



 みんなから少し距離をとりつつ、状況を観察する。

 頭をひねり、思考を巡らせる。


 デービルと侍をいっぺんに相手取るのは不利だ。

 侍と白兵戦をした所で、勝てないのは明白。

 この現状で、アンジェリカだけが侍を足止めする能力を持っている。


 アルドニスは集中し能力を使用している限り、デービルの瘴気に負けることは無い。


 この場合、俺が動けば、確実にどちらかを取れる………。



「……………いや。侍は最低でも3人は欲しい」


 ボソリとと呟き、標的を固定する。

 呼吸を整え、左脚で地面を蹴る。


 身体機能を強化し、向上させてデービルとの距離を詰める。










 ――――――違和感があった。



 不意に身体を襲う違和感があった。

 呼吸を無理やり止められるような感覚に、息を詰まらせる。

 本来、ある位置から内蔵がズレるような。

 そんな感覚が身体を襲う。


「―――――――ゲホッ!」


 口から吐き出されたのは大きな血の塊。

 耳鳴りがして、世界が遠くなるのような感覚と、心臓を鷲掴みにされる痛みが襲う。



「――――――――!?」


 声は意味を持つ音になることなく、消えていく。

 これが病魔の力だと理解する。



「タクミ!?」


 俺の異変に気づいたアンジェリカが声を上げた。



 そして、その変化を侍が見逃すはずなく。



「崩れたのう」


 俺にではなく、気を逸らしたアンジェリカに凶器が迫る。


「くっ―――――――!」


 先ずは脚が斬られた。


 脚から崩れ、地面に倒れ込むアンジェリカ。

 刀を翻す侍の眼前に、無防備な首が晒される。



「―――――――ぁ!!」


 まずい。まずい、まずい。まずい。


 頭では理解しているのに、何も出来ない。

 脚は壊れ、動かない。

 腕を伸ばそうにも、届くわけがない。

 1秒先の結末が見え、それを否定するために必死に懇願する。






 だが、現実は無慈悲だった。



 そして、刀が振り下ろされた。








 ――――――キン!

 と甲高い音を響かせて、侍の刀が弾かれる。


 アンジェリカと侍の間に割り込んだ男は、長い若草色の髪を揺らしながら口を開いた。


「すみません。遅れました!」



 その男を目にし、俺は思わず半泣きで叫ぶ。


「――――――ドミニクさん!!」



 涼し気な表情で登場したドミニクさんの目には、斬るべき敵の姿が映っていた。

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