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無名頂上種の世界革命  作者: 福部誌是
8 病魔のヴァーテクス
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8-4

 

 和服姿のその男を目にした瞬間、俺の思考は停止していたと思う。

 それくらいに、その男の格好は衝撃だった。


 そして、その瞬間に悟ってしまった。


 目の前に立つ「本物」の強さを。


 鞘から剣を抜き、構える。

 考えての行動ではなく、完全に本能として剣を構えた。


 剣を握る手の中は汗でびっしょり。

 心臓がドクドクと強く何度も脈打っているのを感じる。



 俺の緊張を感じ取ることも無く、目の前に立つ男はゆるりと、刀の先を地面に下ろした。


 まるで、今から戦いを止めて、話し合いにつくぞ。みたいな雰囲気が男の周りに流れる。


 そして、次の瞬間。

 男の姿が視界から消えた。


 と、思ったのも束の間。

 男が目の前に現れ、刀の刃が喉元に迫る。



「―――――――っ!!」


「――――――らあっ!!」


 足を止めた俺の体を、アルドニスが蹴り飛ばす。

 体を蹴られた衝撃よりも、死から逃れられた安堵が思考を包む。


「ボケっとしてんじゃねぇ!

 ちゃんとしやがれ!」


 アルドニスの鋭いツッコミが飛んでくる。

 アルドニスは槍を振り回し、侍の男を狙うが、男が退いたため、一撃も入れることができなかった。


「………ありがとう!」


 俺は直ぐに体勢を立て直し、地面を蹴る。


「ほぅ。いい連携だ」


 侍はそう呟いたあと、滑るように地面の上を移動し、俺が振り下ろした剣に対して、的確に刀を合わせてくる。


 剣を刀で弾かれ、撃ち落とされ、時には流され、隙を作らされる。

 上手い剣ではなく、確実にこちらを殺すための剣技。


 たった数回、剣を打ち合わせただけで理解した。

 自分と、目の前に立つ侍の技量の差を。


 スッと汗が額から流れる。

 人を殺すために鍛え上げられた剣技。

 それが自分に向かって振られる、という事実だけで背筋が凍りそうだ。






「へぇ。………向こうはもうバチバチにやり合ってんな」


 俺と侍の戦いを見て、この戦場に似つかわしくないツインテールの少女が口を開く。


「じゃ、あーしらも、そろそろ始めるか!」


 少女。――――――とてもそうは見えないが、病魔のヴァーテクスが声を荒らげる。


 途端、病魔の瘴気か出現し、辺り一体を飲み込んだ。



「余所見とは、余裕じゃな!」


 侍の刀が空間を斬り裂く。

 それを剣で受けながら、素早く、アルドニスに視線を送る。


「俺はもう大丈夫だ。アンジェリカの支援に向かってくれ!」


「あぁ。死ぬなよ!」

 そう言って駆け出すアルドニス。

 だが、その背中に一言申したいことがある。


「死亡フラグを立てんじゃねぇ!」


 アルドニスの背中を見送り、侍に向き直る。

 躊躇うことなく距離を詰めてくる侍に呼応しながら、後ろに大きく飛んで距離をとる。


「あんたにひとつ、聞きたい事がある!」


 俺の言葉に、侍が動きを止める。


 聞いてくれる、ということなのか?


 俺は侍の外見を今一度観察する。


「それで、聞きたいこととはなんじゃ」


「にほん、……それか、にっぽん。または江戸という言葉に、聞き覚えはあるか?」


 俺が叫ぶと、侍はピクリと体を震わせる。


「………貴殿、何者じゃ」


「俺は、多分あなたと同じ国の、あなたよりずっと先の時代からこの世界に来た人間だ」


 俺の言葉に、侍は言葉を失ったように表情を膠着させる。



 ロマンすぎる話だ。

 この世界における異世界転生は、空間だけじゃなく、時間さえも超えることができる。

 同じ世界に生きた、別の時代の人間ともこうして関わることができる………。


 もしかしたら、俺やこの侍の他にも、この世界に来てる地球の人間がいるかもしれない。

 この世界と時代背景が近い外国の中世時代の人間が転生していたら、それこそ見分けは付けられない。


「…………あなたと少し、話がしたい」


「……………にわかには信じられない話じゃ。じゃが、貴殿の言葉が真実だとしても、拙者が手を抜く道理は無い!」


 侍が走り出す。


「――――――ちっ、」


 それに合わせ、こちらも動かざるを得ない。


 なるべく距離を取り、光の斬撃で応戦しつつ、時間を稼ぐ。

 この侍は今まで戦ってきたどんな奴よりも強く、危険だ。


 斧ミノタウロスの時のように、倒そうとは考えない。


 俺は、あくまでアンジェリカがデービルを倒すために、この侍をここで押し留める。

 侍が滑り込むようにして、こちらとの距離を詰めてくる。


「――――――ぐっ、」


 俺たちのような靴ではなく、草履を履いているのに………。

 なんだ、この移動速度は!


 侍が魅せるスペックの差に、こちらは急いで対応するので精一杯だ。


 男の構え方はよく見る上段や、中段の構え方ではなく、下段の構えで攻めてくる。

 たしか、俺のオタク知識では下段の構えは他の構え方より攻撃に向かないはずなのに………。


 この侍は刀を下段に構え、下半身、特に足を集中的に狙って刀を奮ってくる。


「……………くっ、」


 苦し紛れに、右脚で地面を蹴り、飛び上がる。

 やや後ろ側に飛び、刀の攻撃範囲から逃れつつ、侍の頭に向かって剣を振るう。



 途端、本当にいいのか?


 という疑問が脳裏に過ぎった。


 思考が濁った瞬間………、

 侍の口が釣り上げられるのを、視界の端で捉える。


 男は地面を蹴り、こちらに距離を詰めてくる。

 そして、狙っていたかのように、鋭い突き技が俺の右脚に炸裂した。


「―――――――がっぁ!」


 声にならない叫びをこぼし、その場に倒れる。

 すかさず、頭上に振り下ろされる刀。

 能力で筋肉を酷使し、怪我を負った右脚で再び地面を蹴る。


 左足で着地後、そのまま後ろへと下がり、距離をとる。


 気が付けば、息が上がっている。

 満身創痍。それでも、目の前の男は余裕そうに力を抜き、刀を肩に担ぐように姿勢を変える。


「………今の動き、とても人間のものじゃないように見えたぜよ。それが、あんじーな様とやらに与えられた特別な力か」



 鋭い観察眼と冷静な状況判断力。

 戦闘における全ての能力で、この男に勝てないと悟る。


「…………答えはなし、か。まぁ、いいじゃろう。

 貴殿の剣技はぬるい。お主の言う未来の時代というのは、そこまでたるんどるのか」


「…………まぁ、そうだな。少なくとも、俺の生きていた場所では、刀なんか握らずとも、毎日美味しいご飯が食べれて、暖かい風呂に入って、静かに眠れるような、恵まれた時代だったよ」


「そうかぁ、それはいい時代じゃの。

 拙者たちが血を流した意味があるってもんじゃ。

 じゃけど、その話は意味の拙者と貴殿には関係の無い話じゃ」


 一瞬、目を細め何かに浸るような表情を見せた侍の顔は今一度、険しく色を変えていく。


 侍の剣技は本物。

 もしかしたら、ドミニクさんよりも強いかもしれない…………。


 そんなことを考えつつ、剣を握り直す。



 …………たとえ、そうだとしても。


 俺が引く理由にはならない。



「ふん。技術は拙いのに、表情だけは一端じゃの」


 嬉しそうに口の端を曲げた侍が、再び刀を構え直す。

 今度は下段の構えではなく、霞の構え、というものだ。


 そして――――――。


 再び、侍が地面を駆けた。










 と、その時。


 侍を後ろから強襲するふたつの影があった。


 ひとりは、斧付きの槍、バルバードを振るい、

 もうひとりは、メイスと盾を手にしている。



 どうやら、ルイーズが頭、ローズさんが脚を狙っているようだ。


 だが、侍は体を反転させ、ローズさんが振るったメイスを避けながら、刀を振り上げてルイーズを斬り裂く。


 ルイーズの赤い鮮血が宙に舞う。


「反撃は無いと、油断したな

 奇襲ならもっと、上手く気配を殺せよ、女ども」


 勝ち誇ったように、侍が吠える。


 だが、

「油断したのは、てめぇだ」


 宙に舞い散る血液が、一箇所に収束し始める。


「…………っ、ちぃ、」


 侍が息をこぼし、その不可解な現象に対応しおうと試みる。だが、時は既に遅い。


 収束した血が小さな槍となって、射出される。

 侍の反応は間に合わない。そのまま体を貫く。



「――――――、しっ!」


「まだだ!

 気を抜くな、ルイーズ!」


 自分のイメージ通りに攻撃が通り、ルイーズは慢心の表情を見せている。だが、侍の目はまだ死んでいない。

 その手に握る刀に、明確な意志が宿るのを感じた。



「なっ…………」


 ルイーズが驚いたのも束の間。侍が足を踏み込み、刀を切り返す。

 だが、ガン! と鈍い音が響き、再び横から凄まじい衝撃が侍を襲い、遠くへ吹き飛ばす。



「二重衝撃」

 ローズさんの能力だ。

 メイスで殴ったとは思えないほど、侍の身体は飛び、地面の上に叩きつけられる。



 これで終わったとは到底思えない。

 俺は2人に駆け寄り、急いで助け起こす。


「大丈夫か?」


「ええ、私は何とか………」


「オレも大丈夫だ」


 3人で侍が飛んで行った方を意識する。

「油断するなよ。ここからが本番だ」


 舞い上がった砂煙が晴れ、侍が歩いてくる。

 髪や衣類を血に染め、それでも強者の雰囲気をおとすことなく、不敵に笑う侍。


「3対1でも構わない」そう言いたげなその侍に、俺たちは視線を合わし、お互いに思考を交わし合う。


 3人で侍を抑える為の戦いが、今始まる。












 ♦♦♦


 タクミ、アンジェリカたちが、デービルと衝突した頃。


 街の中央部でカルケリルが従者たちに指示を出していた。


「今判明している被害者の数は?」


「少なくとも、十数名が倒れ、苦しんでいるようです」


「その者達を優先して街の南端へ避難させろ

 それで、薬の調達はどうなっている?」


 迅速に、されど的確に指示を飛ばし、従者を使って被害を最小限に抑えようとするカルケリル。


 そこに、新たな一報が入ってくる。

 尋常じゃない汗を流し、血相を変えてひとりの男か駆け込み、その内容を口にする。


「カルケリル様! 街の南西部に、秩序のヴァーテクス、ユースティア様のお姿が!」


「―――――――なっ、!」


 なんでこのタイミングで………!

 と声を出そうとして、カルケリルは言葉を飲み込んだ。



「詳しい場所を教えてくれ。僕が向かう」


 男の伝える場所に向かうため、カルケリルは最後に口を開く。


「みんなはこのまま、デービルへの対処を頼む」


 そうして、カルケリルは駆け出した。









 ♦♦♦



 病魔のヴァーテクス。

 デービル・テオスが襲来し、街はかつてない程に騒ぎになっていた。

 病魔の瘴気から逃れるため、我先にと街から逃げようとする観光人。


 また、瘴気から少しでも逃れるため、街の南端へと急ごうとするその流れに、飲み込まれ、押し倒され………。

 その被害で更にパニックが広がり、街の一部では最悪な事態になっていた。


 ヴァーテクスとして、人々からの信頼が厚いカルケリルでも、瘴気に当てられた人間の治療、または避難の誘導に手一杯になっていた。


 故に、咄嗟に沸いたデービルという名が引き起こしたパニックを鎮圧することは叶わず、半ば放置される形で更に状況は深刻さを増していく。



 やがて、大人が子供を人質にとり、自分の命欲しさに道を切り開こうとし……。

 または、幼い子や足の自由が効かない人々を押し倒し、逃れようと試みる人間も出てきた。



 その中で、街全体の状況を直ぐに察し、パニックの鎮圧という行動に出た人間が1人だけいた。


 その人物、―――――ドミニクは街の中を駆け回り、虐げられる人々を救いながら、不安定な状態に陥っている人間を鎮静し続けていた。



「…………これで、3箇所目、か」


 独り言をぼやき、汗を拭うドミニク。

 その背中には小さなお礼が浴びせられ、ドミニクは朗らかな表情で手を上げる。


 それから休息を取る間もなく、ドミニクは走り出す。



 ―――――――その時だった。



 目の前の空間が突如として歪み、その中からとあるヴァーテクスが姿を現す。


「――――――――っ!」


 ドミニクはその場に凍りつく。



「……………ドミニク。貴様を捜していた」


 ドミニクの姿を確認し、ユースティアが口を開く。




 タクミたちの知らぬところで。

 別の影の思惑が光る。




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