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無名頂上種の世界革命  作者: 福部誌是
8 病魔のヴァーテクス
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8-3

 アルドニス、ローブさんと話した後、神殿に戻る途中でルイーズとばったり遭遇する。

 彼女の両腕には白い包帯が巻かれている。



「それ、今日も能力の修行か?」


「ん、おう。そんなとこだ」

 そう言って、ない胸を張るルイーズ。


 こう脳筋、というか。真っ直ぐなところはアルドニスと気が合うのかもしれない。


「あ、そう言えば、ルイーズにも聞きたいことがあったんだ」


 俺の言葉を、ルイーズは快く受け入れてくれる。


「おう、どうしたんだ?」


 ………………俺は普段、セクハラめいたことを口にしない。

 それは、なるべく相手を傷つけたくないからだ。でも、それは相手と場合によるところが大きい。

 迷宮で共に助け合い、死闘を潜り抜けたルイーズになら問題なく口にすることができる。


 だって、外見も、性格も。ルイーズはさばさばしていて、割と男性に近いからだ。


 俺は視線をルイーズの胸辺りに固定してから覚悟を決めて発言する。


「ルイーズはローズさんとかが羨ましくならないのか?」


 直後、鋭い右ストレートが飛んできて、俺の顔面に炸裂する。


「ぶん殴るぞ! テメェ!」


 ………………やはり、本人も自覚し、割と気にしてるらしい。


「いや、既に殴ってるし」


 俺は殴られた部分を擦りながら答える。



「でも、ない方が戦いやすかったりするんじゃねぇのか?」


「マジでぶっ飛ばすぞ」


 本気の殺意が見えた気がするので、ここは大人しく引き下がることにする。


「………………と、まあ冗談はさておき」

 と話題を切り替える。


「おい、今のを冗談で済ます気か?」


 ルイーズの怒りは割とガチっぽい。


「………………ごめんなさい!」


 ここは丁寧に謝ることで、その場を収めることにする。



「それで、本題なんだけど。ルイーズにとってアンジェリカはどんな存在なんだ?」


 俺の問いに、ルイーズは「うーん」と首を捻る。

 暫く考えてから、その答えを口にする。


「目を離せない方、かなぁ。人々を苦しめる悪しきヴァーテクス様を倒し、救済する眩しい光、的な存在だ」


「………………そうか、ありがとう」


 俺はそれだけ伝え、ルイーズの元から去ろうとする。

 それをルイーズに止められる。


「タクミ、なんか変わったな」


「え、そう?」

 聞き返す俺を見て、ルイーズは大きく頷いた。


「あぁ。少なくとも、前はオレにあんなことは言わなかった。すこし、大人になったっていうか……………………」


 自分では実感のない変化に、少しだけ戸惑ってしまう。






 ルイーズと別れ、俺は帰路を歩きながら、言われたことを真剣に考えた。


 たしかに、地球では冗談を言い合えるような友達はいなかった。

 クラスには俺の他にもアニオタはいた。でも、彼らは俺と違って上手く周りと馴染んでいた。

 少なくとも、俺の目にはそう映っていた。


 俺には俺の世界があり、その目には空想が広がっていた。

 推しのシャルロットがいれば、現実に怖いものはなく、ただそれだけで俺は人生を満喫していた。



 自分で自分を評価しても、俺は自分のコミュニケーション能力が低いとは思わない。


 寂しいと感じたことはない。

 それでも。


「仲間っていうのはいいものだな」

 一人で呟き、思いにふける。


 客観的に見たら十分に気持ち悪い。



 ルイーズは俺と別れる前、「きっと、余裕ができたんだな。羨ましいよ」と言っていた。


 たしかに、考えてみれば、この街に来てから大きな余裕ができたのかもしれない。

 この世界に来て、ここまで冷静でいられるのは、もしかしたら初めてかもしれない。


 まだ、右も左も分からなかった転生直後。

 シャルロットに瓜二つの美少女であるアンジェリカと出会ってからは気が気じゃなかった。

 俺のせいでドミニクさんが大けがを負い、フローガと殺し合って、ユースティアに襲われ、現実逃避。

 ハンナのお陰で再び立ち上がることができ、迷宮では無我夢中で剣を振るい、ギリギリで生き延びることができた。

 その後も、アウルが現れたりと、忙しかった。


 だからもし、俺が変わることができたというのなら。



 …………………それは。



 自覚のない変化に、俺はそっと顔を上げる。

 いつの間にか神殿に到着しており、その前にはカルケリルが壁に背中を預けながら空を見上げている。


 もし、本当に俺が変わったのなら、そのきっかけはきっと、こいつだ。

 こいつの雰囲気、口調、性格が俺の心を惑わすのだ。



「…………………なんだよ、空なんか見上げて」

 俺はそう言いながらカルケリルの横に居座る。


「いや、平和な今のうちに、この景色を目に焼き付けておこうと思ってね」


 カルケリルが視ているのは夜空ではない。

 性格には、その下に広がる街の喧騒だ。

 ひとつひとつの明かりの下に、人間がいて、今日という生活に幕を下ろそうとしている。



 たしかに、その光景は平和そのものだ。


「そう言えば俺たち、ここのとこ毎晩一緒にいる気がするな」

 俺が言葉をこぼせば、カルケリルがそれを鼻で笑う。


「やめろよな。僕には男と寝る趣味なんてない」


「それは俺もだ! …………………それに、俺には心に決めた人が」

「それは知ってるよ」

 最期まで言葉を口にする前に、カルケリルに遮られる。


「ーーーーーさて、僕はそろそろ中に戻るけど。タクミは?」


 カルケリルの言葉を受け、俺は暫く考え込む。


 今日、3人と話してみても、結局怪しい奴は分からなかった。

 裏切者がいるという事実を否定したいぐらいだ。



 それでも、ひとつだけ引っ掛かるものはあった。

 はたして、それが手掛かりとなるかは分からないが……………………。


「俺は少し気になることができたから、それを確かめてくる」


「そうか。明日も木材集め、協力してもらうからな」


 それだけ言い残すと、カルケリルは神殿の中へと姿を消した。


















 翌日。



 今日は空に分厚い雲がかかり、雨が降り出しそうな天気だった。

 そんな中、街の門前で木材を集めるに行くために、馬車を待っている時だった。


「なんだよ。今日も付いてくるのか」

 俺は横にいるカルケリルに対し、愚痴をこぼす。


「あたりまえさ。僕のいないところで、君に進展を許すわけにはいかないからね」

 とカルケリルは意地が悪そうに歯を見せて笑う


「ねぇ、カルケリル。貴方の従者が慌ててるけど」


 俺たちのやり取りに目もくれず、アンジェリカが言葉をこぼす。


「お、ほんとだ。すっげぇ走ってるな」


 アンジェリカの言葉通り、カルケリルの従者であるダルスが慌てた様子で、街の外からこちらに向かってくる。


「ダルス、そんなに慌ててどうしたんだい。なにかあったのか?」


 なにか異変を感じたのか、カルケリルの纏う雰囲気が真剣なものに様変わりする。


 ダルスは息を切らしながら、簡潔に口を動かす。

「大変です。………………デービル様が、街の北東に現れました!!」



「ーーーーーなっ!」

 その言葉に、息を呑んだのが2人。

 俺はまだ状況の把握ができずにいた。


「ーーーーーデービル? 様ってことは、まさか」


「あぁ、その通りだ」


 俺の疑問を、カルケリルが直ぐに肯定する。

 その様子から察するに、味方というわけではなさそうだ。




「緊急事態ってわけか」




「作業は一旦中止だ! 一般人を直ぐに街の南に避難させろ! ダルス、今から動かせる馬車をできるだけ確保するんだ」


 的確に、素早い判断が発令される。


「おい、カルケリル。状況を説明してくれ」


「………………状況は最悪よ」

 俺の問いに代わりに答えたのはアンジェリカだった。



「その通りだ。ここで襲ってくるのがユースティアだったら、まだ対策のしようはあった。

 まさか、デービルが動くなんて」



「…………………その、デービルってやつは何者なんだ?」


「私も、できれば戦うのは避けたかった。

 個人に対する戦闘力だけで言えばユースティアには劣る。

 でも、デービルの能力は生物に対する殺戮能力が高すぎる」



「…………………………つまり、ユースティアより対処が厄介ということさ」


 冷や汗を流しながら、カルケリルは奥歯を噛み締める。


「避難にも、対処にも、圧倒的に時間が足りない」


「……………………こればかりは非常にまずいですね」

 あのアルドニスでさえ、この状況に困惑している。




「…………………こうしていても、埒が明かない。この街に入る前に食い止めるしかないだろ。

 あ、門を締め切るのはどうだ? そうすれば簡単には入ってこれないだろ」


「いや、彼女を前にして退路を断つのは一番取ってはならない手だ。街の門は全開にするしかない」


「じゃあ、いっそのこと逃げるのは?」

 味方を置いていかないなら、俺にとっては逃げるという選択肢は全然ありだ。


「無理だな。俺たちは逃げきれても、犠牲をゼロにすることは出来ねぇ」


 アルドニスの答えに、俺は言葉を失う。

 あれ達、3人が口を閉ざし、俯きかけた時、アンジェリカが口を開いた。


「戦おう」


 それを聞き、カルケリルが真剣な眼差しで問う。

「本気かい?」


「ええ、彼女が出てきてしまった以上、衝突は避けられない。

 バジレウスを倒すために、この街を捨てる訳にもいかない。

 それに、街の人を放って逃げることもできないしね」



 その笑顔に、勇気が湧いてくる。


「カルケリル。手短に、デービルってやつの情報を教えてくれ」












 デービル・テオス


 彼女に着いた名前は病魔のヴァーテクス。


 その名の通り、病を撒き散らし、伝染させる恐ろしい存在だ。

 生物は彼女の前に立つことは出来ず、正常な呼吸を繰り返すこともできない。


 彼女の通った道の後には、苦しみ横たわる命が残り、やがてその光を失っていく。



 彼女の能力は、ヴァーテクスを含め全生命体にとって災害だ。





 そんな、悪魔のような力を持つヴァーテクスが、街の中に侵入してくる。

 その歩みは小さく、それでも大胆に優雅さと不敵さを感じさせる、圧力のあるものだった。



 赤い髪を、頭の上で2つに縛る髪型。

 ツインテールを揺らしながら、同時に真っ赤なドレスの裾を揺らして歩く少女。

 ……………………というより、その姿は幼女だった。



 幼さの残る、というより、幼さしか感じられない小さな顔。

 ツインテールの髪型はどこか可愛らしく、戦意を忘れさせる魔力を帯びている。

 真っ赤なドレスは幼い彼女の妖艶さをこれでもかとアピールしているが、胸も小さく、脚も短いため、ぱっと見、少し背伸びをした幼女、という印象しか受けない。


 でも、その幼女が偶に大人っぽく見えるのは、やはり1300年を生きるヴァーテクスだからか……………………。



「ロリじゃん!」


 俺は思わず、横にいるアルドニスに向かって率直な感想を漏らす。



「あれぇー、誰もいねぇじゃん。つまんねぇの」

 ちっ、と短く舌打ちをしてデービルは口を開いた。


 声は幼い。

 でも、口が汚いから、ロリというよりはメスガキ系だ。



「え、なんでちょっと緊張が解けてんだよ!」


 アルドニスのツッコミに、被せるように、アンジェリカが叫ぶ。


「気を緩めないで! もう戦闘は始まってるわ!」


 叫びと共に、建物の死角から10本の剣が飛び出し、そのままデービルを襲う。


「なんだ、いるじゃねぇか。アンジーナ」


 きゃははははと声を出して笑うデービルはどう見ても隙だらけだ。


 そのまま剣が、デービルを斬り裂こうとした瞬間だった。


 建物の影から飛び出した黒い物体が、デービルに向かって飛ぶ10本の剣を全て弾き、叩き落とした。


 それは、まるで同時に叩き落とされたようにさえ見えるほどの神技。

 その光景に、俺は目を奪われた。


 アンジェリカの剣を叩き落とした技に目を奪われたのではない。

 そいつが持つ特殊な刃物に、目を奪われたのだ。


「お、やるじゃん!」


「かたじけない」


 デービルの声に、男が答える。


 その男の髪は黒く、藍色の甚兵衛のような和服を身に着け、その手には、美しい弧を描く日本刀が握られていたのだ。


「アンジーナ。お前には特別な従者がいるんだってな。でも、特別な従者なら、あーしにもいるぜ」

 デービルはそこで言葉を区切った後、男を見上げてこう言った。


「なぁ、ブシ?」


「うむ。デービル殿の敵は、拙者が斬る!」


 耳残りのいい言葉を使い、男は不敵に笑う。


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