7-10
次の日。
カルケリルは俺たちに体を休めるための休日を与えてくれた。
そして、その日の夜。
街中のギャンブル施設を一時停止させ、俺たちのために夜会が開かれる。
「さて、今夜はみんなで飲みあかそう!」
カルケリルが乾杯の号令を出すと、ドッと会場が湧き上がり、一気に騒がしくなる。
俺は酒への興味を抑えつつ、果実のドリンクで喉を潤す。
会場の真ん中では、カルケリルが集めた女性が綺麗に着飾って、何やら舞い始めた。
「あれはなんですか?」
それを見たドミニクさんが珍しく声を出す。
「あれは剣舞さ。刃のない模造剣を使って舞を披露するんだ」
カルケリルの説明通り、女性たちはドレスの裾を翻しながら、模造剣を振るう。
衣類や剣は小さな宝石で飾り付けられ、それが水晶の証明を反射してキラリと輝く。
舞のひとつひとつの型を美しい、と感じる。
模造剣を振るって美しさを醸し出すその表現には、見るものの視界を奪う魅力的な魔力が込められていた。
舞が終わり、女性たちは部屋の隅へと移動していく。
その後、夜会は夜遅くまで続く。
この世界に来て、初めての豪勢な食事。
まるで、「宴」とでも言うような夜会。
アルドニスはもちろん、ドミニクさんやアンジェリカまでもがその空気に和んでいた。
俺はグラスに口をつけ、ジュースを飲み干した。
すると、そこへカルケリルがやってきた。
「やぁ、楽しんでるかい?」
「まぁ、ぼちぼちな」
「……なんで、もっと早く味方って名乗り出なかったんだ。
ダウトとして接触した時に出来ただろ?」
俺はカルケリルの不意を突く形で、カルケリルに疑問を投げかける。
「夜会の席なのに………」
と愚痴をこぼしつつも、カルケリルはしっかりと答える。
「アンジェリカの味方とバジレウスにバレるわけにはいかなかったからね。
それに、信用しなかったでしょ?」
「確かに」
と俺が答えると、カルケリルは「そうだろぉ」と言い返してくる。
「最初はアウルがアンジェリカたちのサポート。
そして、僕が内部からバジレウスを崩す計画だった。
………まあ、破綻したけど」
「それについてはすまん」
「まあ、アウルが亡くなった時点でこの計画は破綻していた。君たちだけの責任じゃないさ」
「…………その事も、俺には非がある」
助ける! と言い切って、失敗した。
逃げないと誓って、結局はアウルを置いて逃げることになってしまった。
だから、アウルが殺されたのも、俺のせいだ。
その責任を背負う。
背負って、この先の戦いに挑むつもりだった。
それでも、カルケリルはそれを否定した。
「そんなことは無い。アウルは最後まで自分の人生を生きたはずだ。たとえ、その場に君がいて、君の手が届かなかったとしても、彼は最後の瞬間まで自分の人生を生きた。
アウルはそういう奴だったさ」
アウルを理解しているような物言いに、胸を打たれる。
深い、深い感動を覚える。
「………………そう、なのかな」
「きっと、そうさ」
カルケリルは目を細め、グラスを傾ける。
この話はここで終わり。
だから、後は夜会の空気に包まれようとして………。
違和感に気付いた。
「………そういえば、あの時はバジレウスが動いていた」
カルケリルの情報では、バジレウスは動かない筈だった。
それを裏付ける言葉をカルケリルから聞いた。
バジレウスは反逆者の対処より、女性との時間を大切にする。
でも、あの時は違った。
なら、俺たちが立てた計画は…………。
疑惑が浮上し、カルケリルに視線を送る。
「そうだね。情報によると、8メートルに達する、巨大な怪物が現れたらしい。
これはあくまで、僕の推測だけど、テラシアの奥の手だったんじゃないかな。
そして、それはバジレウスの喉に届きうる力を持っていた。だから、バジレウスが動いたんだと思う」
カルデアスは一旦言葉を区切り、こちらに視線を流しながら言葉を続けた。
「今の僕たちは、ユースティアに解決出来る案件だと捉えているはずだ。
僕が加わったところで、戦闘力はしれてるからね」
その言葉に、率直な感想をこぼす。
「そこまでユースティアを信頼しているのか」
「いや、あれはユースティアを信頼してるんじゃない。自分の力を過信してるんだ。
どんなに都合の悪い状況になろと、自分が動けば全て解決出来る。そう信じているんだよ」
自分の力への揺るがない絶対的自信。
それがバジレウスの強さでもあるのか………。
でも、それが逆にバジレウスを突崩す隙でもあるわけだ。
「…………カルケリルって、普段と真面目な時のギャップが激しいよな」
「そうかな? そんなことないと思うけど」
カルケリルは笑いながらそう答えた。
………バジレウスは、俺たちという障害を小さく見積もっている。
つまり、ユースティアを倒した時、初めて奴は俺たちを敵として認定する。
「…………バジレウスは世界中にアンジェリカと俺たちを指名手配している」
「この街だけは別だけどね」
あくまで自分は動かず、ユースティアや他のヴァーテクス、人間たちに俺たちの処理を命じた。
「……………絶対に勝とう」
「そうだね。…………きっと、今日がゆっくり騒げる最後の日だ」
俺の言葉に、カルケリルは頷く。
「明日から忙しくなりそうだ」
そう言うカルケリルに、俺は夜会の会場を見渡す。
騒ぎ疲れ、飲み疲れ、意気消沈する人々。
その様子は、夜会の始まりとは打って変わって、ものすごく静かなものだった。
「……………これでホントに明日から動けるのかよ」
「…………………まあ、明日の昼から」
夜会の席に見合わない、不粋な話は終わる。
朝早くにはとても目覚めそうにない、倒れた人たちを見て俺とカルケリルは同時に苦笑いをこぼした。