7-9
会議後。
俺はバルレの後ろ姿を追って、部屋から出た。
「おーい、バルレ」
俺が呼びかけると、それに気付いたようにバルレは後ろを振り返った。
「………どうしたんですか?」
そう言って首を傾げるバルレに俺は追いつき、肩で呼吸を繰り返しながら、革っぽい紙で巻かれた大切な用紙の束をバルレに渡した。
「これは?」
「地下迷宮から持ってきた資料なんだけど、これの解読をバルレに任せたいんだ」
俺の答えに、「へっ?」と変な声を出すバルレ。
「アウルが亡くなった今、その意志を継げるのはお前だけだ。頼まれて欲しいんだけど、ダメかな?」
「い、いえ…………」
バルレはまだ戸惑っているように見えた。
「…………この紙はかなり古いもので、書かれている文字は既に霞んでいて、解読は不可能に近い。でも、これを解読することはきっとバルレが知りたがっていたことに繋がっていると、俺は思う」
1300年以上昔の人間の暮らし。
今は知ることが出来ない歴史を読み解くヒントがこの紙には隠されいる。
あの地下迷宮は人の手でつくられたもの。そして、それは明らかに1300年以上前の出来事だからだ。
「…………わかりました。調べてみます。でも」
バルレが懸念していることは、わかっている。
「大丈夫だ。こっちのことは俺たちで何とかする。ここまでありがとな」
この紙の解読は一筋縄ではいかない事は理解しているつもりだ。
だから、これを頼むということは、バルレはこの先の戦闘に参加出来ない。
それでも、それだけの価値があるものだと俺は直感したのだ。
そして、そんな重要な仕事を信頼出来ないものには託せない。
現状の中で俺が、信頼しきれる、と胸を張って言える人物は片手で数えられるくらいしか居ない。
その中でバルレを選んだのは、いろいろと理由はあるが………。
バルレの夢を聞いたことが一番大きい。
「……………まだ、お礼を言うのは早いですよ」
熟考する俺の目の前で、バルレは顔を上げてそう言った。
「最終決戦までに必ず解読し、その結果を伝えに来ます!」
強い眼差しで、バルレはそう言いきった。
その瞳に、思わず笑みがこぼれた。
尊敬したアウルという支柱を失い、彼の最後の望みを託されそれを成し遂げたバルレは、ここにきて新しい目標を掲げた。
ならば、俺が憂いることはなにもない。
「………おぉ。期待して待ってるぜ」
資料の解読をできるだけスムーズに行うために、以前アウルと使用していた研究室のようなものがある場所へと向かうため、バルレは直ぐに準備に取り掛かった。
そして、バルレはキューベウの街を去り、資料を解読するために他の街へと向かった。
その後。
バルレを見送った俺の脳裏をある欲求が唐突に襲ってきた。
「…………アンジェリカ成分が足りない」
そう感じた瞬間、俺の理性は俺自身の行動を止めることが出来ず………。
そのままアンジェリカの部屋へと直行した。
アンジェリカの部屋の前に到着し、特に考えることなくノックを繰り返して、中の返事が帰ってくる前に扉を開ける。
「アンジェリカ、話を―――――」
「た、タクミ!?」
扉を開けると、そこにはエデンが広がっていた………。
寝巻きに着替えようとしていたアンジェリカの姿が網膜に焼き付く。
その瞬間、俺の手が完全に停止し、自分の誤ちに気付く。
「…………あっ、ちょっと待って」
「早く出てってよね!」
俺の言葉が最後まで音になる前に、アンジェリカが吹き飛ばした椅子が胸に直撃し、そのまま廊下に押し飛ばされる。
バタン! と扉がひとりでに勢いよく閉まる。
廊下の壁で頭を打った俺は「いてて」と声を漏らして立ち上がる。
「こ、これが夢までに見た主人公の特殊スキル………」
その名もラッキースケベ。
俺は痛みや申し訳なさよりも、ある種の感動でひとり盛り上がる。
…………その後。
冷静になって、自分の誤ちを認めて素直に謝り、
アンジェリカに許してもらうのだった。