7-3
「じゃあ先ず、ルールの説明をしよう」
カルケリルはそう切り出すと、ゲームの説明を始めた。
「ゲームにはこのギャンブルカードを使用する。このカードは1から12の数字で4マーク+ジョーカーの、合計49枚で構成されている」
カルケリルが見せてきたカードを受け取る。ペラペラとカードをめくって確認する。1から12の数字がハート、ダイヤ、スペード、クローバーのそれぞれのマークに各1枚ずつと、ジョーカーが入り交じっているようだ。
つまり、キングのないトランプのようなものだ。
「中央のカード3枚と、配られた手札2枚で役をつくる。役の種類は次の通りだ」
カルケリルは金属の板を取り出し、俺たちに見せた。
その板にはポーカーの役が上から順に並んでいる。
・ロイヤルストレートフラッシュ
一種類のマークで数位の高い5枚が揃った役
・ストレートフラッシュ
一種類のマークで5枚の数が連続して揃った役
・フォーカード
同じ数のカードを全て揃えた役
・フルハウス
同じ数のカードを3枚を揃え、残りの2枚もペアである役
・フラッシュ
5枚全てが一種類のマークで揃った役
・ストレート
5枚のカードの数が連続して揃った役
・スリーカード
5枚のうち、3枚の数が揃った役
・ツーペア
5枚のうち、同じ数の組み合わせが2組揃った役
・ワンペア
5枚のうち、同じ数の組み合わせが1組揃った役
・ノーペア
なにも揃ってない、役なし
「同じ役だった場合は、数字が大きい方が勝ち。マークでの優劣は無しだ」
「……つまり、いちばん強いのは12ってことか?」
「そうだね。そして、ジョーカーのカードはどの数字ともペアをつくれる」
つまりはポーカーだ。
このギャンブルカードにはトランプと違い、Aが存在せず1のカードが存在している。
だから、いちばん強い数字は12となる。
「じゃあ、ここからはゲームの手順について説明する」
そう言い出すと、別の金属の板を取り出し、それに沿って説明が続く。
「①山札から中央に3枚のカードを置く
②山札からそれぞれに手札を2枚配る
③タクミは自分の手札と中央の3枚を見て勝負するか降りるかを選択する
④そのターンのカードを捨て札とする
⑤7ターン勝負を繰り返す
ここまでが1ゲームだ。最初の1ゲームで勝敗がつかない場合は、それまでの勝ち負けをリセットし、全てのカードをシャッフル後に山札にして、もう1ゲーム行う。それを勝敗がつくまで繰り返す」
カルケリルの説明に、俺は頭を悩ませる。
ゲームのルールも手順も理解出来た。
「……………1ターンに7枚のカードが消費されるわけだから、7ターンで全てのカードを使うことになるって訳か」
「そうだね。だから、7ターン目は中央の3枚は勝負の瞬間まで伏せて行う」
「それでも、ある程度の予測は出来るよな?」
「うん、その通りだ。あと、タクミは7ターンのうち必ず1回は勝負をしてもらう。そうじゃないとゲームが楽しくならないからね」
「勝負を降りた場合は引き分けってことでいいのか?」
「うん。タクミが勝負を降りた場合は勝ち負けをカウントしない。そして、僕は勝負を降りないから、君の好きなタイミングで勝負に出てくれ」
「………………いいのか? それだと、だいぶ俺が有利にならないか?」
「まぁ、そこはハンディということで」
カルケリルはニカッと笑ってみせる。それだけ、この勝負に自信があるということか…………。
「…………分かった」
俺がそうこぼすと、後ろで説明を聞いてたローズさんが「えっ」と声を上げた。
「タクミ理解出来たの? 私にはさっぱりなんだけど」
「…………まぁ、アニメでちょっと学習を」
もともとポーカーのルールは把握していた。だからこそこのゲームのルールも理解出来た。
「それじゃあ、そろそろゲームを始めようか。…………と、その前にお互いが賭けるものを再確認しておこうか」
カルケリルは金属の板を置き、テーブルの上で指を組んだ。
「君が勝てば、僕が捕らえてるアンジェリカたちを解放する。逆に僕が勝てば、君たちは僕に服従してもらう。これでいいかな?」
笑みを浮かべ、首を傾げるカルケリル。
今、最優先させるべきはアンジェリカたちの救出だ。
それでも、俺たちはここで止まる訳にはいかない。
「………………いや、それじゃあ不十分だな。俺たちは無理矢理アンジェリカたちを救出できるだけの力を持ってる。こうしてゲームに乗るのはあくまでこの街のルールに従ってるだけだ」
「貴様、何様のつもりだ!」
俺の言葉に、怒りの形相で詰め寄ってくる男性がいた。
どうやらカルケリルの側近のようだ。
「止まるんだ、ダルス」
そんな男を見て、カルケリルがストップをかける。
「なるほど。武力でアンジェリカを助けることが出来る、と。確かに僕は戦闘向きのヴァーテクスじゃない。けどね、勘違いはダメだよ。アンジェリカたちは僕の機嫌で助かってるだけ。僕が命令を変えれば今すぐにバジレウスやユースティアに彼女を引き渡すことも出来るんだから」
カルケリルの言葉に、俺は黙ることしか出来なかった。
「…………まぁ、でもヴァーテクスである僕に噛み付いてきた事は賞賛しようじゃないか。何が不十分なんだい?」
「…………要求を追加したい」
「…………アンジェリカたちの救出に何かを足したいってことかな?」
カルケリルの言葉に、俺は「そうだ」と答える。
「…………内容によるかな。なにが欲しいの?」
「俺が勝ったら、お前が使える金を全て寄越せ」
カルケリルの質問に答える。
すると、それを聞いたカルケリルは腹をかかえて笑いだした。
「貴様、いい加減にしろよ!」
さっきの男性が怒りながら腰の剣に手を伸ばした。
「ダルス、君は下がっているんだ」
カルケリルに逆らえない男は、黙ってそれに従う。
それを見届けてから、カルケリルは再び俺に視線を向けてきた。俺はもう一歩、彼に詰め寄る。
「賭けのヴァーテクスなんだろ? これくらいのリスクは楽しまないと損だぜ?」
「いやー、本当に君は面白い。いいだろう。僕に勝てたらアンジェリカたちを君に引渡し、僕が使える金を全て譲渡しよう」
「…………二言はないな?」
「あぁ。僕のヴァーテクスとしての能力のひとつが賭けの絶対遵守だ。その対象は僕自身も含まれる。だから安心して欲しい」
これでカルケリルに勝てば大量の金も手に入る。
俺たちはその金を使い、バジレウスに対抗する策を作り上げる。
「わかった。じゃあ、ゲームを始めよう」
「そうだね」
カルケリルはカードの束をシャッフルし出す。その後、そのカードの束が俺に回ってくる。それを適当にシャッフルし、隣の男に手渡す。
1ターン目。
中央にスペードの2、ハートの8、クローバーの11が並ぶ。
その後、カルケリルと俺の手札が2枚ずつ配られる。
俺の手札はダイヤの5とダイヤの10。
ノーペアだ。
「さて、どうする?」
「勝負はなしだ。降りる」
俺がそう言うと、カルケリルは口の端を吊り上げた。
「決断が早いね。もしかして、ノーペアかい?」
「あぁ、そうだよ。残念ながらな」
お互いに手札を見せ合う。
カルケリルの手札はクローバーの7とスペードの7だ。
つまりはワンペア。
2ターン目。
中央カードはクローバーの9、ハートの4、スペードの12だ。
俺の手札はダイヤの9、スペードの4だ。
……………ツーペアか。
このゲームで勝つのに最も合理的なのは勝てるカードが配られるまで勝負を降り続けること。
けど、それをし続けて運悪く7ターン目まで勝負できず、7ターン目に負けるという展開もあり得る。
7ターン目までに必ず1回は勝負に出なければいけない以上、勝てる可能性があるターンは勝負をするべきだ。
前半のどこかで1勝して残りのターンを降りるのが勝利への最適手段だ。
中央の3枚がこの並びなら、スリーカードより強い役はない。
「勝負だ」
覚悟を決め、勝負に出る。
俺はテーブルに手札を並べる。
「9と4のツーペアだ!」
「おぉ、奇遇だね。僕もツーペアだよ」
カルケリルは笑いながらそう言うと、手札をテーブルの上に並べた。
ハートの12とダイヤの4。
「ー-----っ!」
そのカードの並びを認識した瞬間に、背筋が凍った。
全身の毛穴から汗が蒸発し、顔が引きつる。
「先ずは、僕の1勝だ」
ニヤッと不気味な笑みを浮かべてカルケリルが俺の顔を見詰めてくる。
落ち着け。
まだ慌てる時間じゃない。ここから2勝以上すればいいだけだ。
「……………………次だ」
「お、意外と冷静だね」
3ターン目。
中央に出たカードはスペードの10、ダイヤの2、クローバーの1。
そして、手札の2枚はクローバーの10とスペードの11だ。
役は、……………………10のワンペア。
これ以上勝負を落すわけにはいかない。
ここは慎重に……………………。
そうしてテーブルのカードと自分の手札を眺め、顔を上げた時だった。
「僕はね、ワンペアだよ」
唐突に、軽い告白が行われた。
その言葉を、正しく理解するのに数秒かかった。
「ー----はっ!?」
「だから、僕は今回の役、ワンペアなんだ」
カルケリルはそう言って笑った。その笑みは、まるで親しい人物に向けられるような爽やかなものだった。
その言葉が真実なら、今回は勝ちか引き分けのどちらかだ……………………。
違う。今はそこに注目すべきではない。
このゲームは単純なポーカーだ。ゲーム開始前、ルールを聞いた時は俺に有利な内容だとそう思った。
だって、俺には勝負をするか、降りるかの選択肢が与えられるからだ。
でも、それは錯覚だった。
いや、上手く騙されていたのだ。
このゲームは俺に有利にできているんじゃない。
カルケリルが有利にゲームを行えるような内容になっていたのだ。
役を口頭で俺に伝えることによって、奴が優位に立つ。
勝負をする選択権を持ちえない側だからこそ使えるアドバンテージ。
逆に俺がここで同じようにハッタリを仕掛けたところで、カルケリルには効果を成さない。カルケリルには勝負するか否かの選択権が無いのだから。
「ー----くっ、きたねぇぞ!」
テーブルに手を突き、勢いよく立ち上がる。
「汚い? なんでさ。僕が説明した時、勝手に自分の方が有利だと勘違いしたのは君じゃないか」
それを言われたら反論できない。
奴は、初めからこの状況を狙っていたのだ。
俺は大人しく席に座り直した。
深呼吸を繰り返す。
……………………落ち着け。ここで取り乱せば、それこそ奴の思うつぼだ。
ここまでの状況を振り返る。
奴は続けてペアをつくっていた。今回の中央カードの並びを視る感じ、スリーカードより強い役はないとみていい。
奴は自分の手札をワンペアと言った。
それが本当がどうかは分からない。
スリーカード。は、運が良くないと揃わないよな。
ツーペアは……………………。あるのか?
連続でツーペアの確率はどれくらいだ?
本当にワンペアの場合。
先ず、俺が負けることはない。
この回は3ターン目だ。このゲームは場に出たカードをできるだけ覚えておくのも重要だ。
たしか、2と10は1ターン目に1枚ずつ出ている筈。
頭の中でぐるぐると思考が巡る。徐々に重たくなっていく頭で、敵の思考を読む。
ざわざわ……と幻聴が聴こえてくる。
……………………奴は、自分の手札をワンペア、と言った。
なぜ、この状況でそんな行動に出た?
奴は既に1勝している。
ー----奴の言葉は嘘。自分の手札がノーペアだから、嘘をついて俺に勝負を下りるように促している。勝負数を減らせば、それだけ奴の勝つ確率が上がるのだから。
「答えは、出たかい?」
「ー----あぁ」
カルケリルは微笑む。その余裕そうな面を見下ろして、俺は覚悟を決めた。
「勝負に出るぜ」
「分かった。一斉に表にしよう」
そうして、視線を合わせ、手札をテーブルに出す。
「ー----なっ!」
奴の手札を見て、先ず声が漏れた。
「あ、ごめん。僕の手札がワンペア、という意味だった」
語尾に「笑」と付きそうな声と表情でおどけるカルケリルに、怒りを通り越して殺意が湧いた。
「ハートの1とダイヤの1。つまり、スリーカードで僕の勝ちだね」
これで、後がなくなった。




