7-2
ダウトと名乗った商人が、まさかの賭けのヴァーテクスだった。
見た目、40くらいの男が、サングラスと髭を取ったことで、見た目20歳に若返った。
その事実を視認し、俺の頭の中では様々な疑問が飛び交った。
何故、ダウトと偽った?
あれは変装?
……その前に、やつの目的は?
その結果。思考がショートしかける。
「驚いてるかい? それは何よりだ。バレないように頑張ったかいがあったってもんさ」
ダウト…………ではなく、カルケリルは陽気に口を開く。
「なに、単純な話さ。ダウト、という名の謎の商人の正体が賭けのヴァーテクスだったてだけだよ」
爽やかな笑みを落とすカルケリル。
「………な、何が目的だよ」
絞り出した声はみっともなく、震えていた。
「…………目的、か。そうだね。今は言えないかな」
不敵に笑うカルケリルに、俺は腰の剣に手を伸ばす。
「…………アンジェリカたちを、返してもらう」
「暴力は嫌だなー。僕は君たちと争うつもりはない。それとも、この街の全てを敵に回してみるかい?」
俺の敵意をそのまま返される。
軽く、明るい声。だが、それが告げるのは脅しそのものだった。
俺が何も言い返せないでいると、その様子を見たカルケリルは楽しそうに笑いだした。
「あっははは。冗談だよ、冗談。…………といっても、素直にアンジェリカを引き渡すことは出来ないな。だから、ここは賭け事で決めよう」
「………賭け事、だと?」
「あぁ。ここはこの世界最大の娯楽都市。賭博はこの世界における数少ない娯楽のひとつだ。そしてこの僕は賭けのヴァーテクスでもある。この上ない勝負の方法だと思わないかい?」
カルケリルの不敵な笑みを見て、俺は熟考する。
賭けのヴァーテクスというからには、賭け事には強いと見るべきだ。
対して俺は、賭け事はルールを知っている程度だし、これまでの人生でギャンブルなんてほとんどやってこなかった。
まあ、アニオタとしてギャンブルアニメとかは観てきたから、その知識は活かせる……………いや、素人には無理か。
「血も流れない平和的な解決だと僕は思うけどなー」
「……どうせ、そっちが有利な賭け事になるんだろ?」
「そんな事ないよ。ヴァーテクスとして誓う」
カルケリルはこう言ってはいるが、1ミリも信用できない。
ただでさえ、正体を偽って俺たちに接近してきたんだ。なにか裏があるとしか思えない。
「一応、聞いておく。何が目的だ?」
「君たちを従属させたいんだ」
恐ろしいことを、爽やかな笑顔で口にするカルケリル。
控えめに言って、リスクが多すぎる。
「…………バルレ、どう思う?」
俺は声を潜め、バルレに相談する。
「………えっと、それは」
バルレも答えに困っているように、視線を泳がせた。
そんな時、カルケリルがバルレに視線を送り、何故かウインクを放った。しかも、オマケにピース付きだ。
顔が美形なのが余計にムカつく。
「…………ここは挑んでみるのも悪くはないでしょう。武力の行使は最終手段で」
「…………そうだな。そうするぜ」
リスクはあるが、賭け事で勝てるならそれに越したことはない。
「答えは出たかな? どうするんだい?」
再び聞いてくるカルケリル。
俺は、少し目を閉じたあと、深呼吸をして瞼を開く。
「………本来なら、ここでカッコよく断って、NOを叩きつけてやるのがアニオタとしてのセオリーなんだが。……………ここはその提案を受け入れることにしよう!」
「そうか、よかったよ。それで、勝負するのはタクミになるのかな?」
カルケリルの問いに、俺たちは顔を見合わせる。
「私が勝負するのはお門違いってやつでしょう」
バルレがそう口にする。
俺はローズさんに視線を送る。
「私はこういうの苦手だけど………」
俺の視線に気付いたローズさんは複雑な表情で言葉をこぼした。
そのはずだ。彼女は俺が裏切り者であると疑っている。
つまり、この勝負を俺に預けたくない、というのが本心なのだろう。
「………ここは、タクミでいいんじゃないですか?」
横からバルレが口を挟む。
その後、バルレはローズさんに近付き…………。
俺には聞こえない声の大きさで何かを耳打ちした。
「ん?」
バルレの話が終わると、ローズさんは「それもそうね」と1人で何かを納得する。
「ここはタクミに譲るわ」
何が何だか分からなくて、咄嗟にバルレに視線を泳がせる。
そこでバルレと視線が合う。彼はただコクリと頷くだけだった。
……。なにか不安なんですけど!
「…………俺が引き受けるよ」
「よし。じゃあ、場所を移動しようか」
そう言って、カルケリルは出入口の方へと歩いていく。
「何処に行くんだ?」
「せっかくなんだから、賭博場でやろう。こんな味気ない場所でやってもつまらないし、なにより観客は多い方がいい」
カルケリルについていき、辿り着いた先は巨大なギャンブル場。中は騒音で騒がしく、幾つも設置してある大きなテーブルを大勢の人間が囲っている。
テーブルの上では、カードやボールが入ったクルクル回転する円盤。サイコロのような目が彫られた立方体など、様々なギャンブルが行われている。
人々の様子は一喜一憂。
ギャンブルの内容次第で、プレイヤーも観客も表情や態度をコロッと変えている。
「………不思議な場所ね」
そんな様子を見ていたローズさんが言葉をこぼした。
「喜びも、怒りも、悲しみも……。その全てがこの場所には詰まっていて、多くの人たちが楽しんでいる」
それを聞いたカルケリルは「そうだろ?」と嬉しそうに呟いた。
「断言するよ。ここはこの世界で一番楽しい街さ」
カルケリルがギャンブル場の奥へと進んでいく。
すると、ひとりの男がカルケリルの存在に気づいた。
「カルケリル様!」
その声を皮切りに、それまでギャンブルに夢中になっていた人々がこちらに顔を向け、カルケリルに頭を下げ始めた。
「カルケリル様! おはようございます」
「今日はどうなさったんですか?」
その人気ぶりからカルケリルの人柄が伺える。
「随分と親しまれてるんだな」
「そりゃあ、僕はヴァーテクスの中で一番優しいからね」
へへへ、と照れ笑いするカルケリル。
自分で自分のことを自慢して勝手に照れている。
「みんな! 今日はこの人間と、大切なものを賭けた勝負をする。興味がある奴は是非観ていって欲しい」
カルケリルが一声かけると、多くの人間が高いテンションで声を荒らげた。中には指笛を鳴らす奴もいる。
「いい熱量だ」
その熱に浮かされる俺とは正反対に、カルケリルはこの状況を楽しんでいるように感じた。
カルケリルの従者に促されて、テーブルの席に着く。その正面にカルケリルが座る。
テーブルは喫茶店やファミレスにある4人席と同じくらいの大きさだ。
「まず公平を期すために言っておくことがある」
ゲームのルール説明の前に、カルケリルが口を開いた。
「なんだ?」
「僕の能力さ。僕の力は不正の発見能力と賭けた内容の絶対遵守だ」
「――――――はっ?」
俺とローズさんの声が重なる。
恐らく、ローズさんは今の言葉を聞いて、俺に勝負を託したことが不安になったのだろう。
俺はカルケリルの言葉を脳裏で再生させる。
不正の発見ってことは、イカサマが通じない、ということか。
まぁ、イカサマを仕掛けるつもりはなかったが。
それよりも、重要なのは後者の方だ。
賭けた内容の絶対遵守。
つまり、この勝負に負ければ、カルケリルへの従属は避けられなくなる。そうなれば強硬手段の武力行使が行えないことになる。
「言っておくけど、今更勝負を降りるのは聞き入れないよ。君も男なんだろ? 自分の発言には責任を持つべきだ」
思考を見透かされ、釘を打たれる。
カルケリルを囲うようにして立つ従者たち。そして、俺たちを囲うようにして立つ街のギャラリー。
こいつが勝負場所をここにした理由を今更理解した。
俺たちはここから逃げられない。
「………………………わかったよ」
苦渋の選択……というより、他に選択肢がない。
勝負以外の選択肢は潰されたのだから。
俺は剣をバルレに預け、再びカルケリルと向き合った。
カルケリルはニコッと笑って言葉を発した。
「さあ、賭けを始めよう」