6-12
アウル視点。
遠ざかっていくタクミとバルレの背中を横目で確認する。
アウルの瞳が自然と細まり、表情が柔らかくなる。
「逃がすか!」
その背中に向かって、ユースティアが右腕を構えた。大振りの手刀である。
その懐に、アウルは飛び込む。
「―――――!?」
アウルの咄嗟の行動に、ユースティアは驚きの声を噛み殺し………。
その隙を突くようにアウルは右拳でユースティアの顔面をぶん殴った。
その勢いでユースティアは数メートル吹き飛ぶ。
「これでも鍛えてるのさ」
アウルは自慢するように、腕の筋肉に力を入れてみせた。
対するバジレウスの表情は変わらない。
ただ、長い息を吐き出し、その口が開かれた。
「…………アウルよ。貴様には世界の終わりが視えているか?」
短いその問いに、アウルは動きを止める。
アウルの様子を確認したバジレウスは再び口を開くと、
「そうか。ならばよい」
とだけ答えるとアウルに背中を向けた。
「………どういう事だ! 吾輩を殺すのではないのか?」
「我は貴様の未来視を聞きに来ただけだ。丁度この先に用事があるのでな。それに今貴様を殺す予定はない。まず始末するべきはアンジーナとその従者だからな」
バジレウスはそのままアウルに背を向けて進み出す。だが、それがアウルには理解出来なかった。
だから、つい。
「……………じゃあ、なぜユースティアを呼んだ」
自分に問いかけたつもりのものが声として出てしまう。
途端、バジレウスの足が止まる。
それにさえ気付かず、アウルは熟考していた。
そして、ひとつの回答に辿り着く。
その驚きに、咄嗟に顔を上げる。
「まさか、あなたは―――――」
その刹那、森の中で閃光が弾けた。光がアウルの胸を貫き、その身を焦がす。
―――――がはッ! と血を吐き出し、地面に崩れるアウルを見下しながらバジレウスは口を開いた。
「余計な事に勘づいたな。それは決して開けてはならぬものだ」
その声に、返す音は無い。
ただ、短く呼吸の音だけが繰り返される。
「いくらヴァーテクスといえども、心臓の修復は行えない。残念だよアウル。貴様にはまだ利用価値があった」
バジレウスの声だけが、夜の森の中に響く。
「……………バジレウス、様?」
冷たい風が吹き、1人の女の声が響く。
アウルに殴られ、戻ってきたユースティアが目を見開き、バジレウスの背後に立っている。
「戻ってきたのか」
ユースティアを確認したバジレウスが口を開く。
「……………はいっ」
「残りの叛逆者の始末は任せる。我は忙しいのでな」
バジレウスはそれだけ言い残すと、森の奥へと去っていく。
それに続いて、ローブを纏った人間の女も歩き出した。
♦♦♦
「これからどこに向かうの?」
「そうですね。宛がないですが、とりあえず先に進みましょう。今はここを離れることが重要です」
遠くで、男女の話し声が聞こえる。
ガタゴトと少し弱めの衝撃が定期的に響いて、ぐらぐらと頭が揺れる感じがする。
顔に暖かい光が当たり、そのあまりの眩しさに、少しだけ瞼を開く。
「…………ここは」
乾いた音は空気に溶けて消えていく。その音に反応して、ローズさんとバルレがこちらを振り返った。
「だいじょうぶですか?」
バルレの声が、キーンと頭の芯に響く。俺はゆっくりと身体を起こし、記憶を整理する………。
「―――――アウルは!?」
意識が落ちる前の記憶がよみがえり、バルレの胸ぐらを掴む形で詰め寄る。
バルレは固く瞳を閉ざした。
「なんで、……………………なんで逃げたんだよ!」
「あれが、アウル様の意思だった!」
俺の怒りに、バルレも同じく怒りで返してくる。
お互いに肩で呼吸を繰り返し、言葉を失う。
……………………そうだ。バルレはアウルの従者だ。一緒にいた時間は俺よりも長い。それでもあの選択を取らざるをえなかったのだ。辛くない筈がない。
自分の不甲斐なさを噛み締める。そんな俺をみてバルレは空を見上げて口を開いた。
「あの村でお前たちに会う前、アウル様とある契約を交わしたんだ」
「……………………契約?」
「あぁ。もし、アウル様の身に何か起きた場合、お前たちを無事に最後の戦いへと導く。というものだ」
その内容に、思わず吐息が漏れる。
彼は俺の事を希望と呼んだ。出会って間もない俺に期待を寄せ、送り出してくれたんだ。
「……………………俺が、……………………俺なんかが、希望、か」
呟いて、瞳を強く閉じる。
その時だった。
『すべてのヴァーテクス、および人間に告げる』
それは何の前触れもなく、空間全体を震わせて響いた巨大な音だった。
その音によって、地面が大きく揺れ始める。
「―――――なっ、んだ。これは」
「―――――バジレウス様の伝達です」
『異名無きヴァーテクス。アンジーナ・テオスを叛逆者として指名手配する』
『奴はこの世界の統治者である我に叛逆の意を示し、その手でテラシア・テオス、およびアウル・テオスの命を奪った』
――――――――は!?
『故に、アンジーナ・テオスとその従者たちを探し出し、その首を我に捧げよ』
世界そのものを震わせたバカでかい声は収まり、大地の揺れも収まる。
……………………というより。
「なんだ、今の声は」
ふざけた内容に怒りしか沸いてこない。今すぐバジレウスをめった刺しにしてしまいたいくらいに。
「…………………今のはバジレウス様の能力です。世界中に声を届けることができます」
バルレの説明。だが、その表情は怒りを隠しきれておらず、ぐつぐつと黒い感情が煮えたぎっている。
今の伝達ではっきりとわかったのは、アウルが死亡したという事実だ。それを、テラシアの件と合わせてアンジェリカに罪をなすりつけやがった。
これの厭らしいところは、俺たちがどれだけ無罪を主張したところでこの嘘がひっくり変えることがないという事だ。それだけバジレウスへの信頼は厚く、そう簡単に崩せるものではない。
バジレウスが黒、といえばどんな色でも黒になる。また、そう認識せざるを得ないのだ。
「―――――バジレウス。くそみてえなことに権力を使いやがって」
小言と怒りが漏れる。
俺は右拳を握り、決意を固める。
アウル。貴方が信じた通り、俺がバジレウスを倒してみせる。
「……………………それで、これからどうするのかしら」
ローズさんが口を開いた。
そこで俺は思考を切り替え、ここが馬車の上だという事に気が付いた。
「あれ、この馬車って」
「あぁ、お金を払って荷台に乗せてもらったのよ。あと、これ」
説明を終えたローズさんが虹の剣を渡してくる。それを両手で受け取ってお礼を言う。
俺の事を疑っている筈なのに、しっかりと俺の武器を持ってきてくれたことに感謝する。
「いやー、びっくりしましたね」
運転席で馬の手綱を握る男が、額の汗を拭いながら話しかけてきた。
「バジレウス様の伝達なんてそう起きるものではありませんからね」
バルレは臆することなく、その男に近付いていく。
「アンジーナ様の叛逆には驚きましたけど、でも、事件は既に解決したようなものですし、なにも怖くはないですね」
男の話に、俺とローズさん、バルレは硬直する。
「……………………解決?」
「ええ。知らないですか? 先程、賭けのヴァーテクス、カルケリル様がアンジーナ様を捕えた、という情報を」
その言葉に、俺たち3人は顔を見合わせた。
「次の目的地は決まったな」
「ええ。急ぎましょう」
そうして、馬車は進路を変えて賭けのヴァーテクスが運営する街、キューベウへと向かって進みだした。




