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無名頂上種の世界革命  作者: 福部誌是
6 知恵のヴァーテクス
53/119

6-11

「―――――こいつが、バジレウス!?」


 言葉をこぼした俺を、バジレウスは数秒だけ見下ろした。

 その後、直ぐに視線をアウルに戻してしまう。


 まるで、人間。否、生物として扱われていないようなその感覚に、ゾッと寒気が走る。

 その冷たさは驚きを通り越して、憤慨へと変わる。


 この男がバジレウスなら話は早い。


 ――――――ここで倒せば全てが終わる。




 そうして剣の鞘に手をかけたところで、バジレウスを囲うようにして立つ人影の存在に気付いた。


「…………っ!?」


 ひとりふたりではない。

 黒いローブの様なもので顔を隠した人影が10人、バジレウスを囲うように立っているのだ。


「バジレウスは常に人間の女性を侍らせている。そんなことより雷玉に注意したまえ!」


 俺の様子に気付いたアウルが注意を促してくれる。

 その声に、我を取り戻した俺は辺りを注意深く警戒する。すると、バジレウスを囲う10人の女性たちを更に囲うようにして、帯電した黒い玉が3つほど等間隔に浮遊しているのを見つけた。



「あれが雷玉」

 ボソリと呟き、距離を取りながら警戒を続ける。


 自動で敵意や悪意を認識して迎撃する雷の玉。あれがある限り、バジレウスへの接近は難しく、故に暗殺も不可能である。


 バジレウスは俺には興味がないようにアウルだけを見詰めている。

 俺を敵として認識していない。余裕さが奴の態度には現れている。


 ヴァーテクスであるが故の傲慢さ。


 それが、ヴァーテクスの欠点とは知らずに。

 脚力を強化し、身体のボルテージを一気に引き上げる。


 虹光剣を持ってこなかったのは悔やまれるが、仕方がない。

 雷玉が敵意、悪意を察知する距離を測る。


 ………おそらく、俺と奴は20メートル程離れている。どうやら、この距離では補足されないようだ。


 ならば、ここが好機だ!


 俺は脚力を最大まで強化し、地面を蹴った。


 一息で距離を詰め、剣を振るう。


 だが、止められた。

 剣を振るおうとして、空中で腕を動かす途中、障害物があった。

 ――――――否。正確には障害物ではなく、邪魔者だ。


 黒いローブを被ったひとりの女が、鉄の剣で俺の剣を打ったのだ。



「――――――っ!」


 予想外すぎる乱入者に、俺はその場に着地して足を止める。正確な身長はローブのせいで分からないが、140前半くらいだろう。


 その小さなローブの女に、俺の渾身の一撃が止められた。


 その衝撃に息を呑む。


 瞬間、

「タクミ! 避けたまえ!」


 アウルの声が響く。


 その声に、停止しかけた思考回路を無理やり回転させる。

 ピカッと暗闇が一瞬明るく照らされる。そして、雷玉から稲妻が放たれ、空気を焼きながら接近する。


「―――――ぐっ、ぅ!」


 死を感じた身体が脊髄で反射する。ギリギリで稲妻を避け、距離をとる。


 アウルがいなかったら危なかった。


 直撃は文字通り即死を意味する。雷玉の直撃は必ず避けなければならない。


 再び20メートルほど距離を取り、その場に着地する。

 腰を少し落とし、警戒しながら肩で呼吸を繰り返す。


 バジレウスと、そのバジレウスを守った人間の女。その右手には剣が握られている。


 …………もし敵がバジレウスだけだったら今ので倒すことができたはずだ。俺に向けられない意識を利用して、渾身の一撃を叩き込む。それで全てが解決するはずだった。


 それなのに。予期せぬ戦力に足止めされた。

 身体強化した俺の跳躍スピードはおそらく、時速60キロぐらいだったはず。

 この20メートルの距離を詰めるのに0.3秒くらいしかかからないはずだ。それを、あの女は止めて見せた。





 つまり、あの女は普通の一般市民ではない。

 高度な戦闘スキルを持っている。


 額に浮かぶ汗を無視して、剣を握り直す。

 油断は禁物だ。今は、一瞬たりとも彼女たちから意識を逸らしてはいけない。

 そう、意気込んだ時だった。


「ユースティア!!」


 バジレウスのバカでかい声が空気を振動させた。

 その大声に、森が、大地が震え、驚いた鳥たちがいっせいに飛び立っていく。


「なっ!」


 咄嗟に耳を覆うも、手遅れであり、キーン、と耳鳴りがして、耳と脳が大きくダメージを受ける。


 そして、バジレウスが今呼んだ名前を頭が正しく理解する。


 驚きと、絶望しかこぼれず、俺はその場で停止する。

 数秒後。空から無敵を誇る女ヴァーテクスが落ちてくる。

 衝撃と舞い上がった砂埃を耐えしのぎ、その姿を瞳に焼き付ける。



 秩序のヴァーテクス。

 ユースティア・テオスが、その場に姿を現した。


「…………最悪だ」


 バジレウスと、正体不明の女剣士。そこに加えてユースティア。

 考えうる最悪のパーティーが目の前で構成されてしまったのだ。



「命令に従い、ユースティア参上しました。次の命令はなんでしょう」


 ユースティアは着地すると同時にバジレウスに向き合い、片膝をついて頭を垂れた。


「うむ。奴を殺せ」


 短く発せられたその声に、戦慄が走る。


「了解です。…………奴は!」


 直後、立ち上がったユースティアと目が合う。


「どうかしたのか?」


「あの男はアンジーナの従者です」


「そうか。ならば丁度いいな」


 バジレウスの言葉を肯定し、ユースティアがこちらに向き直る。


「タクミくん。逃げる準備をしたまえ」


 気が付けば、アウルが目の前にいた。俺がユースティアに気を取られている間に移動してきたらしい。


「………未来視は使えるんですか?」


「残念ながら全く使えていない。今までで一番未来が不安定な状態だ」




 そこへ、

「アウル様!」とバルレもやってくる。


 バルレはバジレウスとユースティアの姿を見て、驚き驚きの声を上げる。


「バジレウス様!? ユースティア様まで!」


「話は後だ。今は逃げることだけに専念したまえ。バルレ、契約は覚えているね」


 最後に、アウルは横目でバルレを見る。

 その言葉に、バルレは息を飲んで、表情を硬くする。



「契約? なんの事だ?」


「どうやら説明している暇はないようだ。後のことは任せたよ」


 アウルはそう言い残したあと、バジレウスとユースティアに背を向けることなく、逆に近付く為に走り出した。


「―――――え、ちょっ!?」


 不可解なその行動に、咄嗟に手を伸ばそうとして、彼の考えを理解した。


「…………行きますよ」


 バルレは辛そうな表情で言葉をこぼす。


「ちょっと待て!」

 俺はその肩を掴み、バルレが進むのを阻止する。


「アウルを置いていくのか!?」


「これがアウル様の選択です」


 バルレがこちらを振り返る。奥歯をかみ締め必死に悔しさを押し殺している様子だった。


 バルレはアウルの従者だ。自分が敬う存在がこの選択を行った。それを飲み込むのが辛くないはずがない。それでも………。


 …………これがアウルの選択だから、彼を囮にして逃げるっていうのか?


 …………違うだろ。



 それは、俺の選択肢にはなり得ない。何故なら。




「俺はあの日、もう二度と誰かを置いて逃げないと誓ったんだっ!」


 右手に力を入れ、剣を握り直す。

 自分に喝を入れ、覚悟を持って脚力を強化する。



 その様子を、アウルは見ていた。

 俺より6メートル先、ユースティアと向かい合いながら、視線だけをこちらに向けている。




「――――――本当に、馬鹿な子だ」



 それは、小さく囁かれたため息で。

 それでも、彼の口角は自然と上がっていた。



 その光景が、無意識に瞳に焼き付く。

 アウルは目を細め、軟らかい表情になった、その後で…………。





「バルレっ!」



 従者の名を叫んだ。


「これが最期の命令だ! タクミを連れて逃げなさい。生きてアンジェリカと合流するのだ!」


 その豪快な叫びは、森の奥へと反響していく。


「―――――はいっ!」


 瞳に涙を溜めて、バルレが叫ぶ。

 そして、俺は首根っこと胸をバルレに掴まれる。




「―――――離せ!」



「少し、………黙れ!」


 首の後ろ側を強い衝撃が襲う。

 どうやらバルレに強打されたらしい。漫画やアニメでよく見る簡単に相手を気絶させる手刀シーンが脳裏に過ぎる。



「―――――――クッソ」



 意識が遠くなり、視界が霞む。

 力が抜けていく俺を、バルレが肩に担ぐように持ち上げる。


 見た目に似合わず、そこそこの筋力を持っているらしい。



 更に、意識が遠のく。視界が暗く、狭まっていく中で、遠くにユースティアの姿を見た。

 彼女は俺たちを逃すまいと、その腕を構えている。



 防御無視の遠距離手刀攻撃。



 ユースティアが手刀を放つその寸前、懐に侵入したアウルの右フックがユースティアの顔面を強打した。




 そして、俺の意識は完全に闇へと落ちた。


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