6-10
タクミたち一行が野宿を始めるのと同時刻。
中央都市のそのまた中央。
巨大で高層な城の玉座に座るバジレウスが、席を立った。
その周りを囲う数人の女性が、その行動に驚き、吐息を漏らした。
「どうなされたのですか?」
その中で、1番年齢が高い女性が恐れながらもバジレウスに問う。
「我が動くべき刻が来た。皆を集めよ」
バジレウスがそう口を開くと、片膝をついて女性がそれに従う。
バジレウスの1番近くにいる、背の低い白髪の少女がバジレウスを見上げる。
「珍しいですね」
「それ程の危機ということだ」
玉座のある部屋の天井はガラス張りになっており、夜空を見上げることができる。
遠くの空は分厚い雲が濁っている。その空を見上げ、バジレウスは重たい息を吐き出した。
全能と呼ばれる男が動く。
♦♦♦
「この世界に、神という概念が存在するんですか!?」
急に大声を上げたので、アウルは目を見開いて俺を見ていた。
「………あぁ。存在するが、それがどうしたんだね」
……俺は今までヴァーテクスという存在は神様のような存在だと思っていた。
この世界における神がヴァーテクスなのだと。
だが、神という概念が存在するなら根底から変わってきてしまう。
「………たしかに、今の人間たちは神という概念を知らないだろう。神というのは、吾輩たちヴァーテクスがこの世界に誕生するはるか昔に存在していたと思われる超存在だ」
「ーーーーーー実在していたというのですか!?」
「ああ。吾輩はそう確信している」
………かつて実在した神様。今は失われた神という概念。そして、その存在に類似する新たな生命体、ヴァーテクス。
初めて知るこの世界の事実に、今まで手に入れた情報のピースを繋げていく。
ヴァーテクスというのは、1000年以上生きる老化という概念が無く、特別な能力が扱える人型の知的生命体だ。
その姿は人間そのもので、その存在は神に近しい。
つまり、ヴァーテクスというのは神という超存在の代理である可能性が出てきたのだ。
「…………俺も、ヴァーテクスという存在の謎を解き明かしたいです」
「おぉ、それは嬉しいね。それでは、これからは共に同じ目的を目指す同士でもあるわけだ」
アウルは嬉しそうに表情筋を崩して口を開いた。
「でも、これってかなり難しいですよね? 真相を知っているのがバジレウスだけだとしたら、どうやって解き明かすんですか? 素直に教えてくれるわけでもなさそうですし」
「だから、倒すのが手っ取り早いのだよ」
暴力は全てを解決する。
あんまり頼りたくない手段だが、アンジェリカを助ける以上、バジレウスの打破は避けては通れない道だ。
「…………未来視を使って暗殺とかは無理だったんですか?」
それが1番手っ取り早く、可能性があるのではないだろうか?
「試みたことはあるが、未来視は失敗を告げるだけだったよ。バジレウスの打倒はこの1300年間、誰も成し遂げられなかった」
「誰も成し遂げられなかったって。そもそも挑む人がいなかったんじゃないですか?」
「そんなことはない。吾輩たちが誕生して数年は反逆する人間たちも少なくなかった。その中には暗殺を試みる者たちもいたよ」
そうか。言われてみればその通りだ。
1300年前に突如としてこの世界に現れた生命体。
それまでは霊長の長として君臨していた人間たちが素直にヴァーテクスを崇めるわけがない。
「だが、その全てが失敗に終わった。バジレウスに暗殺は通じない。その理由は彼の周りに浮遊する『雷玉』と呼ばれる雷の玉だ」
「雷玉?」
「あぁ。自動で敵を感知し迎撃するバジレウスの守りだ。人間の攻撃は基本、ヴァーテクスには通らない」
「障壁が展開されるからですね」
「その通りだ。でも、バジレウスの障壁が展開されるところを吾輩は見たことがない。その前に雷玉に迎撃されるからだ」
高性能の自動迎撃システム。
そんなものを常に周囲に浮遊させていれば普通の人間には太刀打ち不可能だろう。
正にチートだ。
そのポテンシャルはおそらく、ユースティアをも上回る。
「だから、暗殺は不可能。そして、大小含めて50を超える反逆組織を、当時バジレウスとユースティアの2柱だけで1日かけずに壊滅させている」
1日かけずに50を超える組織を壊滅?
………なんだその無理ゲーすぎる要素は。
「やっぱり、現状じゃバジレウスには叶わない。それどころか、ユースティアにも………」
その先は言わなくても伝わるだろう。
未来への不安は増すばかりだ。
「だからこそ、更なる戦力と戦略が必要なのさ。この先、バジレウスを倒すために、吾輩が必要だと思う要素を君に話しておこう」
いつになく、真剣な眼差しが向けられる。
「まず1つ目。バジレウスの不全能の証明だ」
「ふぜんのう?」
「そう。バジレウスは全能のヴァーテクスと呼ばれているが、実はそうではない。そもそもヴァーテクスの異名は人間が付けたものだ。たしかにバジレウスの能力は全能に見えなくもないが、それは絶対に有り得ないのだ」
「それをどうやって証明するんですか?」
「…………………」
聞き返すと、長い沈黙が続く。
「……………その辺はまだ思いついていない」
つまりは未定ということだ。
「2つ目にアンジェリカを含めた複数のヴァーテクスの協力だ」
「人間ではヴァーテクスを傷つけることが出来ないからですね」
「その通り。そして3つ目。これが1番重要な要素だ。………それは、君だ」
アウルの視線が飛んでくる。
が、俺は放心状態に陥っていた。アウルの言葉が頭で処理しきれず、フリーズを起こす。
「この世界にあるもの。あるいは、この世界で生まれたものではバジレウスに対する決定打にはなり得ない。吾輩の未来視を含め、対応される可能性が高いからだ。まぁ、吾輩の能力はバジレウスから与えられた能力だから対応されて当然なのだがね」
自分でツッコミを入れて、咳払いがひとつ。
「だが、タクミ君。君の存在はこの世界にとって異分子だ。当然、バジレウスに対する特攻になり、決定打にもなり得る。更に言えば、君の存在そのものがバジレウスの不全能を証明する要素にもなり得るのだ」
そう言い終えたアウルが近寄ってくる。
気が付けば、お互いの息がかかりそうなほど距離は無くなっている。
そして、ガシッと両肩を掴まれる。
「バジレウスに反逆する者たちにとって、君こそが希望なのだよ」
そう言われた瞬間、俺の中で熱が弾けた。
急いでアウルの腕を振り解き、顔を背ける。
「やめてください。大袈裟すぎますよ」
顔が熱い。夜の風に当たりながら、自身の熱を冷ます。
「そんなことはないさ。でも、だからと言って君に責任を押し付ける訳では無い。これは皆で勝ちを掴み取るべき戦いだからね」
そう言うと、アウルは長いため息を吐いた。
そして、空を見上げ、顔を戻す。
「かなり時間を使ってしまったね。今日のところはここまでにしよう。吾輩が見張りをするから君は休みたまえ」
「………そうですね。お願いします」
アウルの元を離れ、寝床に移動する。
バルレの横に腰を下ろし、星のない夜空を見上げる。
そのまま背中を倒し、後頭部を地面に付ける。
チクチクと草が頭に刺さり、地面も硬いので寝心地は最悪だ。
でも、それ以前に。
「………寝れない!」
なるべく声を殺して体を起こす。
チラッと横を確認すると、バルレが静かに寝息を立てている。
俺は静かに立ち上がり、鉄の剣を右手に持ってその場を離れる。
森の中を歩き、少し離れたところで、鞘から刀身を引き抜く。
銀色の鮮やかな刀身が夜空へと伸びる。そのまま垂直に剣を振り下ろし、素振りを開始する。
ゼンさんから教わったことを意識して。
虹の剣で素振りを行わないのは、あの剣は良くも悪くも目立ちすぎるからだ。
ユースティアから逃げ隠れている今、あの剣を使用するのはリスクが高い。
「……………そういえば、あの時」
ボソリと独り言をこぼす。
昼間。ユースティアが背後に瞬間移動したあの時。俺の体は信じられないほど速く反応して見せた。
まるで、死の直感を本能が拒否したように。
あの感覚には覚えがある。反射反応。
熱いものに触れた時、咄嗟に手を引っ込める感覚と似ていた気がする。
「………俺は今まで腕力とか、脚力をメインに能力を使っていたけど、この能力って」
一通りの訓練を終え、汗を拭う。
その時だった。
突如、空から森の中へ何かが落ちてきた衝撃が空気を伝い、俺は吹き飛ばされそうになるのを堪え、身を低くして構えた。
「―――――っ! ……………一体、何が?」
衝撃が収まり、体を起こして森の中へと急ぐ。
何かが落ちてきた場所へ、木々の中を通って向かう。
夜の暗い中、森の中を走るのは危ないが、この際仕方がない。安全を優先して、最高速度で進んでいく。
目の前に、人影が見えた。
スピードを落とし、目を凝らしてその人物を確認する。
アウルだ。
アウルが立ち上がり、もうひとつの人影と向き合っている。
「バジレウス。なぜ君がここに?」
――――――――っ!!
こぼれたアウルの声に、俺はその場に急停止する。
そして、急いでアウルの視線を追って………。
そこに立っていたのは白いマントの様な羽織りを着た、厳つい顔の男だ。
皺だらけの皮膚に、長く伸びた真っ直ぐな灰色の髪。更に、ライオンの様なふさふさの髭が伸びきっており、外見年齢は90そこらだ。
皺が多い右手には魔法使いが持つような長い金色のロッドを持っている。
その男の容姿を確認し、俺はつい言葉をこぼしてしまう。
「―――――こいつが、バジレウス!?」
アンジェリカの敵。
全能と呼ばれる男が、そこに立っていた。