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無名頂上種の世界革命  作者: 福部誌是
6 知恵のヴァーテクス
51/119

6-9

 ………つまり、どういう事だ?


 俺が考えた集合場所に、本来情報を知らないはずの敵がいる。


 それはイコール、ユースティアに情報を流したやつがいるということだ。


 先ず、真っ先に疑わなければならないのはアウルだ。


 そうして、俺の身体は無意識に動き、気が付けばアウルを睨んでいた。


「まぁ、君の気持ちも分からなくは無いがね。吾輩ではないよ」


 俺の視線に気付いたアウルはため息を吐いた。


 ………確かにそうだ。アウルには動機ない。彼はヴァーテクスだ。わざわざ人間を騙す必要は無いし、彼が敵ならばこんなに回りくどいことをする必要は無い。

 未来視という強力な力を持っているのだから、ユースティアと強力すれば俺たちなんて簡単に倒せてしまうだろう。



 ………じゃあ、その従者であるバルレはどうだろうか?


 彼には予めこの場所を知る手段がない。

 つまりは、彼でもない。


 ということは。ユースティアに情報を流した裏切り者は俺とアンジェリカ以外の4人の中にいるということだ。


 本当にそんなことがあるのだろうか。

 ドミニクさんが裏切るとは考えられない。アルドニスも同じだ。それに、あいつに誰かを黙せるほどの技量があるとは思えない。

 じゃあ、ローズさんは?

 ないだろう。関わりは少ないが、こんなことをする人とは思えない。

 残るはルイーズ。

 彼女も迷宮で命懸けで戦っていた。必死に俺を守ってくれた。彼女の意思は本物だ。



 …………誰も怪しく見えない。



「………タクミくん。君は裏切り者を探ろうとしているようだが、その前に自分自身のことを考えた方がいい。現に、ローズくんは君を疑っているよ」


 唐突に響いたその声に、俺は思わず顔を上げる。

 その声の通り、ローズさんがこちらを見詰めている。その瞳は、不安と不信に満ちたものだった。


「―――――なんで?」


「まぁ、突然この世界に現れ、絶大な功績を残して信頼を得てきた素性のしれない少年が君だ。疑うな、という方が無理があると思うがね」


 思わず漏れ出た本音に答えたのは彼女ではなく、その様子を観察するように眺めていたアウルだった。



「そう、ね。私はタクミを信頼しきっていない。これまでのことが全て偶然だったなんて、私には信じられないから」


 そう言われると、なにも言い返せない。

 俺は突然この世界に飛ばされ、アンジェリカと出会った。そして、フローガを倒してバジレウスに反逆の意志を示した。


 俺は、アンジェリカがフローガと戦おうとしていた数日前にこの世界に来た。そして、本来人間はヴァーテクスを傷付けることができない、という法則を無視し、フローガに勝った。


 確かに、傍から見れば怪しいにも程がある。



「俺じゃありません!」

 必死に訴える。それでもローズさんの態度が変わることはなかった。


「その言葉も、今は信用出来ないわね」


 ローズさんの冷たい言葉が胸に刺さる。


 今まで、ずっと優しく接してくれた彼女が。

 膝枕までしてくれた彼女が、不信の眼差しを向けてくる。


「私はずっと、貴方を疑ってきた。本当に信頼出来るかどうかを見極めるために。その為に優しく接してきたのよ。膝枕の時だって、本当は懐にナイフを隠し持っていたんだから」


「……………」

 ダメだ。言葉に詰まる。

 今ここで、何を言い返しても、この状況が覆ることはないだろう。




「………それで、これからどうするつもりなのかね?」


 その声に、顔を上げる。


「このまま言い合いをしていても、状況が好転する訳では無い。停滞するだけだ。ならば、ここは動いた方がいいと吾輩は思うのだが」


「そう、ですね。……………少し距離を取って、森の中に姿を隠しましょう」


「了解だ。従うよ」


「私も同意見です」


 俺の提案に、アウルとバルレが賛同してくれる。

 残されたローズさんに、ちらっと視線を送る。


「…………ドミニクたちを見殺しにするの?」


「いいえ。ちがいます。アンジェリカやドミニクさんたちが簡単にやられるわけない。ユースティアと対峙すれば、必ず戦闘が始まる。それまで近くで待機します」


「………分かったわ。貴方を見極めるためにも、同行するわ」


 そして、俺たちはその場から離脱した。















 アンジェリカたちも同じように近くに潜んでいるかもしれない、ということで。


 森の中を潜みながら場所を移動していく。

 なるべく、ユースティアに気付かれないように静かに。


「トラゴースが来るぞ!」


 不安定なアウルの未来視能力は、危険予知程度には働く。

 怪物の存在を先読みし、その指示に従って攻撃を避け、カウンターを食らわせる。


 虹の鉱石剣ではなく、ただの鉄の剣を振るい山羊の怪物を仕留める。

 ちなみに、この鉄の剣はバルレから借りた物だ。


「ふぅー。アウルがいるとかなり戦闘が安定するな」


「そうだろう。これがヴァーテクスである吾輩の能力だ」


 未来視の能力を煩わしいと言っていたアウルは、ニッと笑って胸を張る。

 戦闘において、これほど便利な能力はそうそうないと思う。

 アウルを信頼することが大前提ではあるが、彼の指示通りに動けば怪物との戦闘の難易度が大幅に減少する。


「このトラゴースっていう怪物。森にも出るんですね」


「そうだね。基本的には平野を走り回ってる怪物だけど、人をどこまでも追いかけるから、偶に森にもいる。平野と比べて森は障害物が多いから、トラゴースから逃げる時は森に逃げ込むといい」


 アウルの丁寧な説明に、なるほど、と納得する。


「トラゴースはかなり嫌な怪物でね。人を蹴り殺した後に死体を喰らう醜悪な怪物なんだよ」



 流石、知恵のヴァーテクスと呼ばれている男だ。こういう知識に関しては右に出る者はいないかもしれない。


「そろそろ煌点が傾いてきた。今日はこの辺に野宿しようじゃないか」


「そうですね」


 ユースティアとは怪物との戦闘が起きても、気付かれない距離まで離れた。


「といっても、森の中は怪物たちの群生地だ。交代で見張りをしようか」


「じゃあ、最初は俺がやります」と、手を挙げて名乗り出る。


「………信用できないわ。私も起きてます」

 ローズさんの厳しい視線が飛んでくる。



「いや、ローズくんは休みたまえ。代わりに吾輩が起きていよう」

 不満がありそうだったが、ヴァーテクスには逆らえないらしく、ローズさんは渋々とそれを受け入れた。



 その後、バルレとローズさんが持っていた食料で、軽食を取り、身体を休める。


 バルレとローズさんはそれぞれ少し離れたところに横になり、俺は遠く離れずといった所で腰を下ろした。


 大きな樹木に背中を預け、長く重たい息を吐き出した。

 いつもより、肩が重たい気がする。


 裏切り者の発見と、自分が潔白である証明。それを同時にこなさなければならない。ユースティアとの戦闘による疲労も蓄積している。


 身体も、心も充分に休める事は叶わないだろう。それでも、少しは体力を回復させておかないとここからがキツくなる。


「あー、早くアンジェリカに会いたい」と、つい本音がこぼれた。



 すると、「おや、惚気かい?」とアウルが声をかけてきた。

 俺の知らないうちに横に座っているアウル。

 他人の接近に気が付かないとは。

 これはそろそろ本気でヤバいかもしれない。



「…………いえ、早く無事であることを確認したいだけです」

 必死に、それでも顔に出さず照れ隠しをする。



「そうか。では、必ず生き延びなければね」


「そうですね。…………そういえば、未来視の力はどうですか?」


 ユースティアの接近に気付かず、遅れを取った未来視の能力。だが、怪物との戦闘では問題なくその効果を発揮できていた。


「一言で言い表すなら、不安定だね。未来が視える時と視えない時がある。更に、視えた未来も常に変動している。こんな状態は初めてだ。……………でも、吾輩にとってはそれが凄く嬉しいのだ」


「………嬉しい、ですか」


「ああ。これこそが吾輩が望んだ視界。求めた世界だ」


 口角を上げて、目を細めるアウル。


 これで、アウルの目的は達成された。つまり、彼にはもう戦う動悸がない。


 ………もしかして、バジレウスはこれを見越して?


 嫌な予感が脳裏を過ぎる。


「心配しなくとも、吾輩はバジレウスと戦うさ」


 気が付けば、心を読まれている。

 その事に驚きつつ、顔を上げるとなんとも言えない柔らかい表情でこちらを見詰めるアウルの顔があった。


「………驚いたかな?」


「ええ。アウルは人の心を読むのが上手い」


「これでも色々と書物を読み漁ってきたからね。人との関わりは浅くとも、人の心境を読み取ることは得意なんだ」


 アウルの言葉に、ふぅ、とため息を吐く。


「どうして、まだ戦ってくれるんですか?」


「1度始めたことは最後まで責任を持ちたいのさ。これでもヴァーテクスの端くれだ。それに、バジレウスには問いただしたいこともある」


「問いただしたいこと?」

 オウム返しで聞き返すと、アウルは「あぁ」と深く頷いて言葉を続けた。


「ヴァーテクスの起源。すなわち、何故この世界にヴァーテクスが誕生したのか。その秘密を知りたいのだ」


「ヴァーテクス誕生の秘密?」


「ああ。そうだ。ヴァーテクスは今から1300年前に突如この世界に現れた存在だ。だが、人間はそれよりはるか昔からこの世界に存在してきた」


 アウルの言葉を聞き、俺は生唾を飲み込む。

 その反応を楽しむように、抑揚を付けながらアウルは語り続ける。


「教会や地下神殿は3000年以上の歴史を持つ。そして、教会や神殿は明らかに人の手でつくられている。…………少し、論点をズラそうか。タクミくん。君はテラシアがいたあの地下神殿をどう思った?」


 急に問われ、俺は考え込む。確かに、あの神殿には違和感があった。


 あの造りは神殿と言うよりは迷宮に近い構造をしていた気がする。

 でもこの世界の常識と俺のもつ地球での常識はイコールではない。

 だからこそ、その違和感に蓋をした。



 地下1階から地下3階は通路。

 地下4階は牢獄。

 地下5階と地下6階には大量の墓。

 地下7階と地下8階は不気味な階層。

 そして、怪物たちが生まれる地下9階と地下10階。


 まとめると、こんな感じの構造だった気がする。



「地下9階と地下10階は、他の階とかなり印象が違っていました」


「そうだろうね。地下9階と地下10階はテラシアがつくったものだからね。他にはあるかい?」


「………他、というよりは全部ですね。あの場所は神殿やら迷宮と名前がついてましたが、それにしては構造が別物過ぎます。外造りは神殿っぽいし、迷宮と呼べるのは地下5階層より下の階だけです」


 俺の答えにアウルは、ふむ、と顎の髭を右手でなぞった。


「吾輩の意見とほぼ同じだね。吾輩もあの地下迷宮には行ったことがある。そして、いくつかの文献と照らし合わせた結果、あの場所は地下実験場だったのではないかと、吾輩は推測している」




「地下、実験場?」



 なんの? と思うのは当たり前のことだろう。そんな俺の心情をまたも読み取ったアウルは表情に少しだけ影を落として口を開いた。


「おそらく、人を被験者としていただろう」


 そこでようやく、現実を飲み込むことができた。

 地下実験場という名前。人が被験者であるというアウルの推測。


 全身に鳥肌が浮かび上がり、背筋が凍る思いをする。

 さらに、重たく、暗いものが胸を突き刺し、嗚咽感が喉までせり上がってくる。


「吾輩が地下迷宮を調べた時、地上から地下に続く階段と、地下3階から地下4階の降りる階段は隠されていた」


「俺たちが入った時はなにもなかったですけど」


「吾輩が壊したからね。だから、地上から地下3階までは実験場であることを隠すカモフラージュ、というところだろうね」


「じゃあ、捕まえてきた人間を捕らえておくのが地下4階ですか?」


「恐らくね。地下5階から地下6階までは被験者たちの墓。そして、地下7階と地下8階が実験場だろう」




 ……………あれだけ大きく複雑な実験場を造り、人間を被験者として一体どんな実験を行っていたというのだろうか。







「あ! そういえば」

 地下迷宮でのことを思い出し、虹の鉱石剣を取り出す。


「この剣を、地下8階で見つけました」


「ほう。君が使っていた光り輝く剣か」


「はい。この剣のおかげで俺はあの迷宮を突破することが出来たんです」


 アウルはまじまじと剣を見詰め、顎の髭を指でなぞりながら口を開いた。


「たしか、古い文献にこの剣と同じ力を持つ剣が記されていた」


「―――――、ホントですか!?」


「あぁ。その剣の銘は虹光剣(じこうけん)。かつてこの世界に自由をもたらした伝説の剣だ」


「…………虹光剣」


 剣の名前を口ずさむ。


「そういえば、この剣があった部屋に沢山の書類があったので、その一部をドミニクさんが地上に持ってきています」


「それは興味深いね。この件が落ち着いたらじっくりと調べたいものだ」


 そこでアウルは空を見上げて、長い息を吐く。そして、顔を正面に戻すと再び、口を開いた。




「人間は3000年前にそれだけの高度な文明を持っていた。にも関わらず、吾輩たちヴァーテクスは1300年前にこの世界に生まれた」


「…………確かに、違和感がありますね」


 この世界にヴァーテクスという存在が生まれる必要性というのだろうか。


「更に、その3000年前の歴史を今の時代に生きる人間は引き継いでいない。つまり、3000年前から、吾輩たちが生まれる1300年前までの間に、この世界に何かが起きたのだ」


「………………」

 アウルのその仮説に、言葉が出ない。



「恐らく、その間に歴史の断絶があった。でも、それは本来ありえない事だ。だが、吾輩はそれを成すことができるかもしれない存在を知っている」


「全能のヴァーテクス、バジレウス・テオス」


 俺が呟くと、「その通りだ」と肯定するアウル。


「ともかく、バジレウスと対立する上で、ヴァーテクスの秘密は解き明かさなければならない。だが、吾輩の未来視の力でもその真実を視ることはできなかったのだ」



「つまり、明かされることは無いのか」


 俺の意図を読み取ったアウルは続きの言葉を口にする。


「それか、吾輩には知ることの出来ないものなのかだ」


「バジレウスの力ならそういう事も可能なんですか?」


「恐らくね。全ては神のみぞ知る、ということだ」



 普通にアウルが口にしたその言葉に、俺は思考を停止させる。


 ここまで、地下迷宮の話をしてきて多くの驚きがあった。それでも、その言葉がこの世界に存在したことが何よりもの驚きだった。






「神、だと?」


 俺の疑問は暗闇に吸い込まれるように溶けていった。





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