6-8
「ユースティア様!」
秩序のヴァーテクス、ユースティアから賊である人間が逃げ切った後、その村の村長がユースティアに声を掛けた。
「…………一体、何がどうなっているのですか?」
「そうか。流石にここまでは情報が行き届いてなかったか」
ユースティアはそう言葉をこぼし、1人で納得する。
「アンジーナを筆頭に、奴に組みする人間はバジレウス様を裏切った。私は反逆者どもを始末しに来たのだ」
ユースティアの簡潔な説明に、村長は驚いたように目を見開いた。
「―――――彼らが、反逆者ですか!?」
「ああ、そうだ。貴様たちは奴らに騙されいたのだ。何も知らないことをいい事にな。だが、安心するといい。奴らは直ぐに始末する」
「……………………始末って、逃げられてしまいましたけど」
「案ずることは無い。奴らの行先は既に知っている」
ユースティアはそれだけ言い残すと、村長に別れを告げて村の外へと歩いて行った。
村人たちは目の前を通る尊き存在に、懸命に頭を下げた。
♦♦♦
村を出て数分。
変わらない景色の中、小走りで集合場所に向かっていた。
「……………少し、聞きたいことがあるんですけど」
俺は走りながら、隣を走るアウルに視線を送る。
「なんだい?」
「何故、俺がこの世界の外から来た人間だって分かったんですか?」
この男は、俺と出会った時、そう口にした。
「それは君が吾輩のことを知らなかったからだ。この世界の住人であれば、吾輩の姿を見ただけでヴァーテクスであると理解する」
…………確かに、俺はアウルのことを知らなかった。
「でも、それで異世界人だって結びつけますか? 記憶を失っている可能性とか考えなかったんですか?」
「…………そうだね。君は鋭い。他のヴァーテクスであればそのように考えるかもしれない。でも、吾輩たちヴァーテクスを知らない君以外の異世界人に既に会っているとしたら、そう結び付けるのは無理もない話だと思うがね」
「――――――――っ!」
その言葉に、俺は足を止める。
走っていたせいか、それとも驚愕の事実を知ったからか。心臓の音がバクバクと大きな音を立てる。
「―――――俺以外にも、いるんですか?」
「あぁ。考えもしなかったかね?」
俺に合わせ、アウルも足を止めてこちらを振り返る。
…………別に考えなかった訳では無い。
それでも、この世界でそういう噂を聞かなかったから。
全身に鳥肌が立つ。
「君は特別な存在だが、唯一無二の存在ではない」
「―――――そういうことですね。…………でも、噂になってないってことは、その人はこの世界で普通の民として生きている、ということですか?」
「君は本当に鋭い。でも、それは違う。彼も君と同じようにこの世界で戦う理由を見つけ、武器を手に取った。ただ今の吾輩たちとは敵対関係にある」
俺以外の異世界人はどうやら男らしい。
アウルは少し遠い空を見ながら、目を細めた。
「つまり、その人はバジレウス側、ということですね?」
「あぁ。だから、彼の情報を話すことは出来ない。公平じゃなくなってしまうからね。まぁ、君がこの旅を続けるのなら、いつかは相対する時がくるだろう。その時に思う存分、語りたいことを語り合うといい」
アウルはそう締めくくり、再び走り出す。俺もそれに続いて走り出す。
傍で話を聞いていたバルレも何も聞かずに、走り出した。
更に走ること数分。
そこは、俺とアンジェリカたちが初めて出会い、数日間共に過ごした広場。
広場の中には、数本の倒木があり、そこに腰を下ろせる。
その広場が視界に入る所まで、俺たちはやってきた。
その間に、追手はなかった。
「……………無事にユースティアは撒けましたかね?」
「そうだね。後は彼女に見つかる前に合流を果たし、逃げ延びるだけだ。この場所はあの村からは近い方だ。気を付けなければ気付かれる可能性もある」
「ええ。でも、逃げた標的が近くに潜んでいるなんて思わないでしょ?」
「そうだね。彼女は脳筋タイプだからね」
この場所で隠れてユースティアをやり過ごし、準備を整えて再出発をする。
俺たちよりも早くこの場所に向かったアンジェリカたちがどこかに隠れているはずだ。
俺たちは速度を落とし、キョロキョロと辺りを見渡しながら進んでいく。
やがて、進んでいくと広場の中央に人影があることに気が付いた。
まだ遠くて分からないが、誰かが中央で俺たちを待っている。
俺は片手を上げ、大声でその人物を呼ぼうとして………。
嫌な違和感に気が付いた。
その瞬間だった。
「タクミ!」
聞き覚えのある声が、俺の名前を読んだ。
俺は動きを停止させ、声のした方向に顔を向ける。
そこには、大きな胸をもつ赤茶色の長い髪の女性が立っている。
「………ローズさん?」
「早く手を下ろして。見つかるとまずいわ!」
ローズさんは駆け寄ってくると、その腕で俺の上がった腕を無理やり下ろして、木の陰へと強引に俺の体を引っ張った。
「―――――ちょ、痛いですよ」
「ごめんなさい。でも、今は手加減している暇はないの!」
その慌てぶりから、ただ事ではないことを察する。
「なにか、あったんですか?」
「その前に! タクミに聞いておきたいことがあるの」
ローズさんの真剣な眼差しに、見詰められ俺は口を閉ざす。
「この場所を、いざという時の集合場所に決めたのは、貴方だったわよね?」
「え、ええ。それがどうしたんですか? もしかして、アンジェリカの身になにかあったんですか!?」
「いいえ。アンジェリカ様はまだ来てないわ。というより、私たち以外、ここに来てないのよ」
その事実に、戦慄する。そこで、俺はさっき感じた違和感の正体に気が付いた。
俺たちはユースティアに追われている。ならば、目立つ広場の中央で待っているのはおかしい。
というより。
「―――――じゃあ、あそこにいるのは」
一体、誰だというのか。
「……………ユースティア様よ」
ローズさんの言葉に、俺は思考が停止するほどの衝撃を受けた。




