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「人の身でありながら、私の邪魔をするか……」
俺を睨み、ユースティアは言葉を零した。
その直後、彼女は腕を振り構えて一直線に斬撃を解き放った。
「ならば、死ね!」
俺は地面を蹴り、急いでその軌道の延長線上から離れる。1秒後。
地面が割れ、斬撃が何もかもを斬り裂いて進んでいく。それは次第に小さくなっていき、暫く進んだところで完全に勢いが無くなった。
その距離は目視で20メートル程。
大地すら紙のように斬り裂く手刀。
文字通り、必殺の斬撃だ。
防ぐことは叶わない。つまり、避け続けるしかない。
隙を見せれば終わり。
足を動かし、彼女を軸にグルグルと回る。
中ボスがチート級の強さ。
これがゲームだったら、マジのクソゲー。
でも、これは現実で、目を背けることはもう出来ない。生憎とこの場所は、俺にとっては再起の村。
一度、逃げ出した俺が再び、前へと踏み出せた場所だ。
「もう、お前を恐れる俺はいない!」
避ける行為から、攻撃へと移る。剣を構え、進行方向を変える。
それに合わせて、ユースティアは腕を構えた。
いつも通りの、手刀の構え。
放たれたら、避けなければならない。
だから、そうなる前に行動を起こす。
虹の剣の刀身を彼女に向ける。そして、光を暴発させ、その視界を奪う。
「―――――――なにっ!」
突如、発生した謎の強い光によって、ユースティアの視界は遮られる。そして、生じた隙を逃さないように………。
間合いを犯し、距離を詰める。
躊躇なく、一思いに剣を振るう。
だが、ガンッ!と甲高い音が鳴り響き、剣は弾かれてしまった。
特殊な剣である虹の鉱石剣でも、奴の防護障壁は破れない。
「―――――くそぉ!」
光が弱まり、奴の視界も回復する。
…………ここは一旦、距離をとるしかない!
ユースティアの斬撃から逃れるために、後方に大きく飛んで距離をとる。
だが、それがあまかった。
ユースティアは顔を上げ、こちらを睨んできた。その鋭い眼光はまさに、獲物を狩る狩人のそれだった。
次の瞬間だった。
突如、視界からユースティアの姿が消えた。
――――――っ!!
背後に迫る殺意。
距離と時間を無視した瞬間移動能力。
完全に背を突かれた俺に、この状況を覆す術はなかった。
―――――筈だった。
凍った背筋を打ち壊し、死を拒絶した本能が思考を凌駕した。
振り上げられたユースティアの腕が振り下ろされるより、速く俺の身体は反応した。
反射+身体強化能力。
身体を反転させた勢いで剣を振るう。
気が付いた時には、既に行動が終わっており……………………。
それでも、奴に傷をつける事すら叶わなかった。
甲高い音が鳴り響く。この剣は再び、奴の防御障壁に阻まれる。
地に両足をつけ、互いに睨み合う。
心臓の音はこれまでにないぐらい跳ね上がっており、身体の中をものすごいスピードで血が巡っているのを感じられた。さらに、肺は酷使され息切れも激しい。
この一瞬の攻防でペースが崩され、息を整える事すらままならない。
「…………………よく反応したものだ」
感心したように、ユースティアが言葉をこぼす。
「―――――へ、まだまだだぜ」
精一杯、強がってみせるがこれが限界だ。このまま戦いが続けば先に消耗するのはこちらだ。
アンジェリカたちの姿はもう見えない。
ここからはこの場からの逃走手段に切り替えなければ。
「―――――隙が無いのなら」
負けずと、剣を障壁に押し当て、逃げる算段を考えようとしたところで、ユースティアが再び口を開いた。
「隙を作ればいい」
――――――っ!!!!
突如、身体が押され始める。
展開された障壁の拡大。斬れず、見えない壁に押され、体勢が崩れる。
強引に、体勢を崩され無防備になる。その隙を奴が逃すはずがない。ユースティアは再び、右腕を振り下ろそうとしてーー――――――。
「やあ、ユースティア!! 気分はどうだい?」
予期せぬ乱入者の登場により、再びその動作を停止させる。
飛び出してきたのは知恵のヴァーテクス。アウルだった。彼は背後からユースティアに殴りかかる。
再度、展開される障壁に阻まれ、その拳は届かない。
「一体、何のつもりだ!? アウル!」
同胞の強襲に、ユースティアが声を荒げる。
「見ての通りさ。吾輩はバジレウスに反旗を翻す」
ニヤッと笑みを浮かべて、問いに答えるアウル。その姿は拳を止められたにも関わらず、どこか冷静で。そして、とても楽しそうに見えた。
「―――――貴様ァ!!!」
ユースティアの怒りが頂点に達する。
物凄い剣幕……………………というより、鋭い形相で叫んで障壁を拡大する。それに応じて、アウルの身体が吹き飛ばされ、……………………彼は宙でくるっと身体を回転させて綺麗に着地した。
「そんなに怒るなよ、ユースティア。視界が狭くなるぞ」
余裕の表情で語りかけるアウルに、ユースティアは腕を構える。
「死ね!」
その手刀が繰り出される寸前に、アウルは鼻で息を吐き、ユースティアの地面を指さした。
「吾輩の次の攻撃は既に終わっているのだよ」
その指の先、ユースティアの足元には見覚えのある銀色のナイフが刺さっていた。
「―――――マジカルナイフ!?」
かつて、俺が命名したある商品だ。
次の瞬間、ナイフが弾け、小さな爆発が起きた。その爆炎にユースティアの身体は呑み込まれて見えなくなる。
その光景を、呆けて視ていた俺の傍にアウルの従者であるバルレが近寄ってくる。
「今のうちに逃げるぞ。急いでくれ」
促されて、立ち上がり、走り出す。
それに合わせてアウルも走り出し、共に村の外へと向かう。
辺りには、この騒動を見詰めて立っている村人たちがいた。彼らは目の前で起きるこの戦いを理解できずにいる。
その中には、アラン村長や、ハンナの姿もあった。
この村に返ってきて、彼女とゆっくり話せる機会は訪れなかった。
それが惜しくて、それでも何も言えないまま俺は彼女の前を無言で通過する。
「あー、タクミくん。このまま聞いてくれ」
アウルが走りながら口を開いた。
「君の力を借りたい。直ぐに剣を構えてくれ」
アウルの言葉に、俺は意味も分からないまま従う。
次の瞬間。
俺たちの背後に、人影が現れた。
「逃がすわけ、ないだろ!」
空間転移で移動してきたユースティアの腕が俺たちの背中に迫る。
「いいや。逃げさせてもらうさ。準備は既に完了している」
アウルが口角を持ち上げて答える。
それに応えるように、刀身をユースティアの顔面に向ける。
「――――――なっ!」
目を見開き、声を漏らすユースティア。
だが、既に遅い。
刀身は一瞬で光を弾けさせ、彼女の視界を焼きながらその顔面ごと虹色の輝きで包み込んだ。
「あ、ぁあああああぁああ!」
苦悶の叫びが木霊して、森の中を反響していく。その悲鳴を背に、俺たちは足を緩めることなく走り続けた。




