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無名頂上種の世界革命  作者: 福部誌是
6 知恵のヴァーテクス
48/119

6ー6

「では、会議を始めようか」


 そう切り出したのは、アウルだった。

 俺は今一度、アウルの姿を確認する。オリーブ色のセンター分けされた前髪と、首が隠れるまで延びた襟足が特徴的で、皺の目立つ顔と無造作に延びた髭から40代くらいの男性に見える。


 つまりは身分が高そうなおじさんキャラだ。



 彼は鼻下にあるオリーブ色の髭を指で弄りながら、「ふふん」と鼻を鳴らした。



「……………………なんでお前が仕切ってるんだよ! ふつうはアンジェリカだろ!」


 それが気に食わなかったので、横やりを入れる。


「うん。まぁ、それもそうだね。では、アンジェリカ。続きを行ってくれたまえ」


 アウルの言葉に、アンジェリカは「へ!?」とすっとんきょうな声を上げた。


「……………………アンジェリカ?」


「え、え、ええ。わ、分かってるわ。続きよね。……………………続き」


 ……………………うん。だめだ。



「……………………じゃあ、ここはドミニクさん。お願いします」

 俺は助けを乞うように、ドミニクさんに視線を送った。

 だが、そんな期待はあっさりと断られてしまう。


「いえ、アウル様やアンジェリカ様を差し置いて私が仕切るなど恐れ多いです。なので遠慮します」


 なんでだよ!

 いつもはリーダー風を吹かせてるくせに!


 アルドニスは論外だとして、ローズさんに任せるのは、少し心もとない。ルイーズはかなり脳筋だし……………………。


「……………………では、俺が代わりに仕切らせてもらおうかな」

 仕方なく、前に出る。


「いや、それは私が許しませぬ!」

 と、同じように横やりを入れられた。

 その声の主はアウルの従者。確か名前は、バルレといったか。


 彼は心底、俺のことが嫌いらしい。キッと鋭い眼光を容赦なくこちらに向けてくる。


「……………………じゃあ、どうするんだよ。これじゃあ話が進まないぞ」

 俺は負けじと、バルレの事を睨み返す。そんなやり取りを見ていたドミニクさんが「はぁ」と重たい溜息を吐き出して、口を開いた。


「アウル様は、この現状を。そしてバジレウス様の事を、どう考えているのですか?」


 恐らく、最初からこの流れを知っていたアウルは口の端をニッと曲げてみせた。


「そうだね。先ずは君たちがこの村に潜んでいる現状についてだが、これに関してはとてもいい判断だと思う」

 アウルはそう言い終えると、アンジェリカに視線を送った。


「うん。小さな村に潜むっていうのは、ドミニクが決めたことよ。この村を選んだのはタクミだけど」


 怪物ヴァーテクスの神殿から脱出した俺たちは、彼女の真実を公開せず、小さな村に潜むことを決めた。いくつか候補があった村の中で、この村を選択したのは俺だ。


「この村は森によって囲まれた、いわば隔絶された空間だ。外の状況も見えにくいが、潜みやすくもある。現に、この村に住む人々は、君がバジレウスに反旗を翻したことを知らなかった」


「―――――! ってことはアンジェリカがフローガを倒したことも?」


「あぁ。この村には情報が届いていない」


 俺の驚きに、アウルは頷いて肯定する。

 この村は人の出入りは少ない。そう判断していたが、まさかここまでとは……………………。


「この村で過ごすにあたって、アンジェリカの正体がバレることを防いでいた。そうだね?」


「あぁ。だけど、それも誰かさんのせいで台無しになったけどな」

 俺は精一杯の嫌味をぶつける。


「それに関しては済まなかった。だが、村人たちは騒ぎこそするものの、この情報は外には出にくいだろう」


「そうやって言い切れる自信があるのですか?」


「この村を囲うように存在している森は、怪物の群生地帯のひとつだ。だが、今は怪物は数を減らし、この村の安全管理に繋がっている。だけど、森の外に住む人々はその事実を知らない」


「そうか。この村の人たちは森が安全になったことを知っているけど、外の人たちにはその情報が行き届いていないのか」


「そのとおりだ。だから、暫くはこの村に留まっていても安全だ。……………………ところで、吾輩から君たちに聞きたいことがあるんだ」


 アウルは少し間を空けてから、話題を切り替えた。


「テラシアはやはり?」


 その言葉は濁されていた。それでも、この場にいる全員がその内容を感じ取った。


「……………………ええ。亡くなったわ」


 それを、肯定するアンジェリカ。


「……………………そうか」

 アウルは遠くを見るように目を細めた。その表情は意外なものだった。こいつはもっと、心とかを感じさせない冷徹で不真面目な性格だと思っていたから。


「君たちは、彼女の口から何を聞いた?」

 アウルは視線を戻し、アンジェリカを見詰めた。それに困惑したアンジェリカは助け舟を求めるように視線を漂わせた。


「……………………彼女が抱えていた怪物の真実さ」


 誰も答えたくなさそうだったので、俺が答える。

 彼女が抱え、ひとりで戦っていたこの世界の真実を。



「―――――そうか。バジレウスがテラシアを脅迫して怪物を生み出させたと」


「そうだ。だから、バジレウスが本当は悪い奴なんだ!」

 一息ついて、確かめるように繰り返すアウルに、俺は自分の主張をぶつける。

 だが、「たとえ、その話が真実だとしても、バジレウスが悪いやつとは限らない。きっと彼には彼なりの考えがあったんだろう」と返されてしまった。


「……………………バジレウスの、肩を持つっていうのかよ?」


「そうではないさ。悪い奴、と言い切るのは良くないという話だ」


「……………………少なくとも、いいやつではないだろ」


「そうだね。でも、彼にはこの世界を1300年以上守ってきた実績がある。全能の存在として、この世界を支配するヴァーテクスの頂点に君臨し続けたんだ。怪物を生み出すよう命令したのがバジレウスであっても、その功績だけは揺るがないよ」


 こいつの言い分は正しい。正しいと理解している。それでも、俺はバジレウスという悪を許容できない。認めたくないのだ。


「…………………………テラシアの真実を今世界に公表したところで、それは意味を成さないだろうね」


 アウルの言葉に、ドミニクさんが大きく頷いた。


「その通りです。だから私たちはバジレウス様の進行を崩すきっかけを作るしかないのです」


「でも、それは容易なことではない。……………………だから君たちはこの村に潜伏する手段をとるしかなかった」


 たとえ、ヴァーテクスであるアンジェリカが声を上げたところで、バジレウスの信仰は揺るがない。それほどにバジレウスという存在は大きいのだ。


「ええ、そうね。認めるしかない。現状では私たちの力ではバジレウスには敵わない」

 アンジェリカが潔く認めたところで、アウルが口を再び開いた。


「この村に潜んだ判断力は素晴らしいが、現状としては悪手だね。なにせ、次の具体的な作戦が存在していないのだから」


 痛いところを突かれ、俺たちは黙るしかなかった。



「……………………それと、吾輩がバジレウスをどう思っているか、だったね」


 次の話に進んだアウルは、ドミニクさんに視線を送る。


「敵だね。……………………吾輩の願望を叶えるための、最大の障壁といってもいい」

 アウルは口の端を曲げながら言いきった。


「―――――願望?」

 アンジェリカが首を傾げる。


「あぁ。吾輩の願望は、吾輩が未来視を失う事だ」






「――――――――は」



「はぁー―――――――!?」


 アウル以外の全員が声を荒げた。

 アウルの従者である、バルレも驚いた表情を見せていた。



「1回、バジレウスに相談したことがあるんだけどね。却下されたよ。いやぁ、あれは頑固ものだね。こっちの言い分には聞く耳持たず、っていう雰囲気だったよ」


「未来視を失くす!? どうして!」


「―――――この能力はね、まあ便利なんだけどさ。圧倒的につまらないのさ」


「……………………つまらない?」


 俺にはアウルの言葉の意味が解らなかった。

 だって、未来視の能力といったら、多くの人が一度は夢見る憧れの能力のひとつだ。

 それを、わざわざ自ら手放したい、だなんて……………………。


「まぁ、持つ者は持たざる者の心を理解できず、持たざる者は持つ者の心がわからない、というやつさ。吾輩はみんなの意見も、賛同も求めてはいない。ただ、バジレウスを倒すのに協力してほしいのさ」


 その圧倒的な存在感に、言葉を見失う。


「そんな……………………その理由で、バジレウスに反逆するのですか?」

 ドミニクさんがそう聞くと、アウルは直ぐに頷いた。


「あぁ。互いに互いを理解できず、話し合いでも解決できず、それでも我を通したいのなら、もう戦う以外に道は無いのだよ」


 アウルの覚悟が伝わってくる。それほどに、彼にとってその願望が譲れないものである証だ。

 認めるしかない。彼という存在を。







 ――――――――――ガタッ!



 突然、アウルが立ち上がった。その表情は硬く強張ったものになっている。






 ――――――――――っ!!



 片腕を机に突き立て、反対側の手を眉間に当てている。その額にはポツポツと大粒の汗が浮かび上がり、瞳は大きく見開いている。

 明らかな異常。その様子から彼の動揺が伝わってくる。



「――――――まさか!」

 その渇いた声が部屋の中に吸い込まれるように消えていく。



「――――――未来が、変えられた?」


 静かに、ひとりごとが囁かれた。



「どうしましたか?」

 その異変に気が付いたバルレがアウルに寄り添う形で近付いた。


「……………………ありえない」


 身体を震わせ、その姿勢を維持し続けるアウルの姿は、どこか追い込まれた小動物の弱さのようなものを彷彿とさせた。



 暫くして、アウルが顔を上げる。


「―――――直ぐに、この村から脱出する準備をしろ!」

 それは、今までとは違う緊張の走り方だった。


「ユースティアが来るぞ!!」


 突如、何の前触れもなく。

 その絶望の名前が叫ばれた。














 そして、10秒も絶たないうちに、村の中で衝撃音が鳴り響いた。

 それから、「アンジーナ!!!」という怒号の叫び。


 あの時の絶望が脳裏に蘇る。

 この世界の秩序を守る、チート性能を持つ絶対的強者。




「―――――アンジェリカ!」


「ええ、分かっているわ。予定通りね」

 俺が急いでアンジェリカに確認をとるまでもなく、彼女は動き出していた。

 たしかに、俺たちは次の一手を打てず、この村に潜むしかなかった。だからこそ、こういう状況を想定していた。


 バジレウスとユースティアによる強襲を受けた場合の想定。


 今の俺たちの戦力ではバジレウスどころか、その猟犬であるユースティアにも敵わないことは分かり切っている。

 それを覆せる戦略もない。


 だからこそ。


 ここは逃げの一手だ。




 俺たちはそれぞれ、武器を持ち、建物から飛び出す。


 事前にあったアウルの忠告が無かったら、危なかった。

 それでも、やるせないのはこの状況が急遽起きたことだ。



「―――――アウル! お前、謀ったわけじゃないだろうな!?」


「まさか。もし吾輩が君たちの敵だったら、事前に襲撃の予告をする必要があったか?」



「……………………それもそうだな」


 アウルの言葉は正しい。それでも、この男をどこか信用しきれない。

 だが、彼の取り乱しようは本物だ。陰キャである俺の今までの経験がそう言っているのだ。

 それに、彼の言う通り、こんな回りくどいことをする意味もないだろう。


「それで、どうする? この状況はかなり不味いと思うが」


 そう告げる彼の口は歪んでおり、その様子はどこか楽しそうにも見えた。


「……………………未来視は?」

「残念だが、上手く機能できていない。こんな未来は吾輩は視ていない」


 その言葉がどこまで本当かはわからないが……………………。


「とりあえず、今は逃げるしかない。アウルは従者を連れて、俺以外の誰かに付いて行ってくれ!」


 俺はそれだけ言い残し、脚に力を込めた。




 逃げるために、背を向けた俺たちに対し、再び吠えたユースティアは地面を蹴った。だが、その行動は直ぐに止まることとなる。




 …………………この状況は予め、想定していた。


 もし、バジレウスやユースティアの襲撃を受けた場合。俺たちは一緒に固まって逃げるのではなく、散り散りに逃げることを決めていた。

 故に。各方向、ユースティアから遠ざかる形で散って別れる。


「合流地点で会いましょう!」



 予め決めておいた合流地点に向かって。





























 ♦♦♦



 散り散りになって逃げるメリットなど存在はしない。

 この状況下において、ユースティアが狙うのはアンジェリカのみだからだ。奴の視界には俺たちの姿は映っていない。

 だから、俺たちはアンジェリカの命を最も優先させるべきなのだ。


 一緒に固まって逃げれば、アンジェリカを守るための盾役が多くなる。

 だが、散り散りになったことで、アンジェリカを守る盾は少なくなり、その背中に隙が生まれる。


 その隙を、彼女がわざわざ逃がすわけはなく……………………。




 ユースティアは再度、地面を蹴って腕を構えた。

 そこから放たれるのは防御を無視した超斬撃。彼女の手刀は間合いなど関係なく、その軌道上にある全てを斬り裂く。








 ―――――それは、ひとつの賭けだった。



 この状況で瞬間移動されたら、この作戦は意味を失っていた。

 ……………………まぁ、作戦と呼ぶには拙い、ただの我が儘だけども。



 それでも、確信はあった。

 奴は瞬間移動による迫撃ではなく、手刀による遠距離攻撃を選ぶと。



 何故なら。

 奴はその一手だけで、アンジェリカを致命傷まで追い込むことができるのだから。

 わざわざ、瞬間移動して接近し、攻撃するまでもなく。腕を振り払うだけで彼女はあらゆる敵を殺せるだろうから。



 その慢心を、死角から突く。

 奴が腕を構えた瞬間に、こちらは既に剣を振り終えている。放たれた虹色の斬撃はユースティアに直撃しー―――――。




 見えない障壁に阻まれた。

 外傷はなし。それでも、攻撃の阻止は成功した。




 ユースティアに対しての逃走において、散り散りに逃げるメリットはない。


 もし、メリットがあるとすれば、それはー――――。






 ――――――――俺が引き留められることはない。



 皆には「逃げる」と伝えた。だから、皆はそのまま気付かずに逃げるだろう。


 それが、この逃げ方を選択し伝えた理由だ。





 俺は虹の剣を片手に、ユースティアの前に立ちはだかる。



 彼女は再び、その場に足を止める。



「……………………なんのつもりだ」


 彼女は低い声でそう聞いてきた。


「見ての通りだ」

 俺は恐怖を騙し、苦笑いをつくって答えてみせる。


「―――――お前の邪魔をする」




 ……………………これは、けじめだ。



 俺はあの日、逃げたことを一生後悔しながら生きていく。

 誰一人、犠牲者なく、皆五体無事に再会できたから、きっと皆は許してくれた。


 それでも、俺は自分を許せない。



 大切な人たちを裏切り、自分の憧れを踏みにじって、アンジェリカの命を捨ててしまったあの選択をした愚かな自分を。




 だからこそ。これはけじめだ。



 ……………………死ぬつもりはない。それでも、生き残れる確証はない。



 弱さの克服。憧れへの踏ん切り。

 それを経て。



 俺は今度こそ、正しい選択をする。




 あの日、味わった「死の予感」に立ち向かう。




誤字、脱字があったらすみません。

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