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無名頂上種の世界革命  作者: 福部誌是
6 知恵のヴァーテクス
47/119

6-5

 目の前に立つ貴族のような恰好をしたダンディーな男が知恵のヴァーテクスであるなら、答えは簡単だ。


 俺は咄嗟に虹の剣の柄に手を伸ばし、一歩を踏み出した。


「―――――へぇ。不思議な剣を使うなぁ」


 だが、俺が鞘から剣を引き抜くより早く、アウルがこちらに近付いてきた。


「―――――っ!」

 剣を振るおうとした俺の右ひじを、アウルが片手で押さえている。刀身が鞘から出ていない。その速すぎる動きに、思わず息を呑んだ。


 そして、アウルの左拳が俺の顎に命中する。


「――――ごぉっ!」


 脳を揺らされ、口の中に血が滲む。更に、胸ぐらを掴まれ、身体を引き寄せられる。腹へ重い一撃を喰らい、地面に倒される。


「黙っていたのは悪かったよ。だけど、これではっきりした」

 うつ伏せに倒れた俺の上からアウルが体重をかけてくる。

 背中で両腕を組まされ、身体を踏みつけられる。それだけで俺は身動きが取れなくなってしまった。


「君はこの世界の住人ではないね」

 アウルの口から放たれた言葉に、俺は戦慄する。

 その意味を脳が理解した途端、全身に鳥肌が立った。


「―――――っ!!」


 この男と出会ってまだ10分も経っていない。

 それなのに、この男は俺の正体を看破した。


 ……………………いや、問題なのはそこではない。


 こいつは地球を知っているのか!?



「アウル様!? これは一体……………………」


 門番である衛兵が困惑した様子でこちらを見ている。


「君たちは黙っていたまえ。……………………ふむ。いや彼を拘束したまえ」


 アウルの命令に背筋を伸ばし、硬直するふたり。


「早くするんだ。君たちに拒否権はない」


 アウルが眼光を鋭くすると、衛兵は黙ってそれに従った。それと代わるようにアウルが俺の身体の上から退く。


「バルレくん。ここは任せたよ」


「はい」

 アウルの言葉に、バルレという男が返事をし、俺の上に乗ってきた。

 そして体重を掛けられ、その場に拘束される。

 成人男性3人の拘束は想像よりも固く、抜け出すのは容易ではない。


「さて、彼女は向こうか」

 アウルはそう言うと、村の中へと歩いていく。

 その歩みには迷いがない。


 どんどんと遠くなっていくアウルの後ろ姿を見上げながら、上の3人の拘束を振りほどこうと試みる。


「おい、大人しくしているんだ!」

 暴れる俺に対してバルレが更に体重をかけてきた。胸が圧迫され、呼吸が困難になる。


 アウルの言葉をそのまま受け取るなら、奴の目的はアンジェリカになるだろう。


 ――――――だめだ。行かせてなるものか。


「―――――ふぐっ!」


 俺を抑えることに必死になるバルレと、困惑しながらもアウルの命令に従い続ける衛兵2人。

 彼らに非はない。

 アウルに会った時点で、警戒をしなかった俺に非があるのだから。


 ―――――でも。

 今は邪魔だ。


「ごめん。2人とも」


 謝る。

 誤ってから、脚に力を入れて、強化する。


「―――――なっ!?」


 その声はバルレのものだった。

 俺は強化した脚力で男3人の身体を持ち上げ、宙に浮かす。そして、そのまま勢いをつけて吹き飛ばす。


 自由になった足で、地面を蹴る。


 ぽつぽつと並ぶ木の間を抜け、視界の奥で小さくなっていたその背中に追い付く。

 虹の剣を鞘から引き抜き、勢いのまま振るう。

 だが、背中に目が付いているが如く、容易に避けられてしまう。


 だけど、それも想定通り。着地と同時に再び地面を蹴り、再度剣を振り上げた。











 攻撃は一度も奴に当たらなかった。

 何度攻撃を仕掛けても、避けられてしまう。


 そんな俺を気に留める様子もなく、攻撃を避けながらアウルは村の中を進んでいく。


「な、なんで攻撃が当たらないんだよ!」


 剣を振り回す俺と、アウルを見て驚く通行人が足を止めてこちらを振り返る。

 だけど、アウルは足を緩めない。


 もう何度目かもわからないが、再び剣を振るう。

 だが、その刃は掠りもしない。

 虹の光で視界を奪い、背後から近付いて攻撃する。


 だけど、当たらなかった。



「まじで、なんなんだよ!」

 段々とムキになってくる。冷静さがなくなり、苛立ちのまま剣を振るう。


 攻撃は当たらないので、更に攻撃を仕掛ける。だが、次の瞬間、アウルに足を引っかけられて、派手に転んでしまう。

 顔面から地面に倒れ、皮膚が削れる。

 だけど、構わない。


 脚に力を入れて、立ち上がる。

 だが、その隙にアウルはアンジェリカがいる建物の前にたどり着いていた。


「逃げろ! アンジェリカ!!」


 俺が叫んだ声を掻き消すように、アウルは強引に建物の扉を開けた。


「失礼するよ! 返事は待たない! やあ、アンジーナ! ……………………いや、今はアンジェリカと名乗っているんだったか」


 突然の登場に、建物に居た全員が身体を硬直させる。


「アウル!? どうしてここに?」

 アンジェリカのかわいらしい声が響く。


「突然だが、吾輩と勝負だ。本気で来いよ。来なければ君たちをバジレウスに突き出すからな」


 その一声で、アンジェリカの表情が一変する。


「みんな避けて!」

 アンジェリカが操作する剣の雨が降り注ぎ、ドミニクさんとローズさん、アルドニスとルイーズがそれから逃げるように建物を飛び出した。


 地面と平行に飛行する剣の雨。だが、それは一本も奴に当たらない。



 アウルがアンジェリカと相対している隙に、地面を蹴って背後に忍び寄る。

 他人の加速力を越えたスピードで背後から斬りかかるも、当たらない。


「くっ!」


「はあ!」

 俺と入れ替わるように、ドミニクさんが攻撃を仕掛ける。だが、その動きを読んでいたように体を動かし、アウルはドミニクさんの腹に思い拳を入れた。



 ルイーズが血を操り、凝固させた槍をアウルの頭上から降らせる。


「おぉ。これは凄い」

 感心しながらも、余裕で躱すアウル。

 その姿に、イラっとくる。


 ローズさんがメイスで地面を穿ち、砂煙を発生させる。

 二重の衝撃で巨大な砂煙が、辺りに漂う。

 その隙を突くように、アンジェリカの攻撃。更に、挟み撃ちするようにアルドニスが槍を突き出す。

 だが、アウルは長い槍の柄を掴み、軌道を変えてアルドニスを槍事引っ張る。


「うおっ!」

 その勢いに、体勢を崩したアルドニスが持つ槍の矛先は、そのままアンジェリカへと向かって行った。


「危ない!」


 アルドニスの槍の矛先が、アンジェリカに衝突する。

 衝突する寸前で見えない壁に弾かれる。



 人間はヴァーテクスを傷つけることができない、という法則に助けられた。

 もし、今のがアルドニスではなく、俺の剣だったら……………………。


 そう想像するだけで鳥肌が立つ。

 見えない壁に守られたと言っても、槍が飛んで来たら誰でも驚く。

 アンジェリカも、驚いて、その場で体勢を崩す。


 その隙を狙ったアウルは、落ちていた剣を拾い上げると、そのままアンジェリカとの距離を詰めてー――――――。



 その細い首筋に、冷たい鉄の刃を当てがった。



「全員止まれ!」

 アウルの号令に、俺たちは動きを止める。


「―――――これが、君たちの弱点だ」


 アウルはそう呟いた。

 アンジェリカを人質にとられてしまった場合、俺たちは動くことができない。


 アウルひとりに対して、俺たちは6人で攻撃を行った。

 だが、結果は惨敗だ。



「君たちは弱い。吾輩ひとりに負けているようでは、バジレウスを倒すことなんて夢のまた夢だ」


 アウルの言葉に、アンジェリカとドミニクさんが驚いた表情で声を漏らす。

 当たり前だ。俺たちしか知らない筈の目的を、こいつは知っているんだから。


「――――くっ、なぜそれを知っている!?」

 俺の問いに、アウルは口を閉ざして、考え込むように俯いた。


「……………………吾輩は、未来を知っているからだ」


「―――――未、来?」


「そう。吾輩のヴァーテクスとしての能力は未来視。つまり、君たちがこの状況でどれだけ抗おうと、吾輩を凌駕することは出来ないのさ!」


 未来視。

 それが本当なら、どうやって倒せばいいのか。


 迷いながらも、脚に力を入れる。


「やめておきたまえ、タクミくん。君では吾輩には敵わない」


 動く前に指摘され、俺は足から力を抜く。


「………………今の君たちではバジレウスどころかユースティアを倒すこともできないだろう。だが、この状況を覆す良い手段がある」


 アウルはそう言った後、俺たちの反応を愉しむように順番に視線を送っていく。


「吾輩は君たちに協力する。一緒にバジレウスを倒そうではないか」


「――――――なっ! ……………一体、何を考えてやがる」


 アウルの言葉に、度肝を抜かれる。


「吾輩の能力があればバジレウスを倒すことは可能だ。君たちにとっては嬉しいことのはずだが?」


「――――――いつ裏切るか、わからない奴と協力できるわけないだろ!」


 反論する。それを聞いたアウルは、「困ったな」と顎鬚をいじり出した。


「……………………アンジーナ……………………ではなかったな。アンジェリカ。君はどうだね?」


 剣を首筋に向けられたまま、アンジェリカに視線を送るアウル。


「タクミの言う通り、信用するのは難しいわね」


「そうか。では、君は今のこの状況でどうやってバジレウスを倒すつもりなんだい?」


「それは……………………」


 アウルの指摘に黙り込むアンジェリカ。

 当たり前だ。バジレウスを倒す手段など、今の俺たちにはない。


「……………………何とか頑張って倒すわ」



 ……………………いや、それは無理がある。


 何故かアンジェリカは胸を張って自信ありげに答える。



「ぶふっ。あははははは。面白いな」

 そんなアンジェリカの答えを聞いて盛大に笑いだすアウル。

「君がそんな面白い奴だとは知らなかった。彼が気に掛ける訳だよ」


 腹を抱えて笑うアウル。

 完全に隙が生じている。


 ――――――今なら、アンジェリカを助けられる!



 脚に力を入れ、駆けだそうとしたその時だった。


「……………………アンジェリカ様」


 今まで沈黙を貫いていたドミニクさんが口を開いた。


「なにかしら」と、問うアンジェリカに、ドミニクさんは衝撃の発言をした。



「アウル様の協力申請を受けましょう」



「――――――なぜですか! ドミニクさん!」

 黙っていられず、つい反論してしまう。


 アンジェリカは目を見開いてドミニクさんの顔を見詰めている。


「タクミ。ここはアウル様の力を借りるのが一番いいのです」


 それは、答えになっていない。

 たとえ、それが合理的な判断だとしても、信頼できるかは別問題だ。


「…………………わかったわ。ドミニクの意見に従うわ」

 アンジェリカが答えを出す。



「俺もドミニクさんが決めたならそれに従うぜ」


「私も賛成よ」


 アルドニスとローズさんもドミニクさんに従うようだ。



 俺はルイーズに視線を送る。


「ん、あぁ。オレか。まぁ最近仲間になったオレが反対するのも変な話だしな」


「――――――くっ、」


 俺だけが彼らと違う意見らしい。

 何か他の選択肢は……………………。無いか。


「……………………わかったよ。俺も従う」

 もう、折れるしかなかった。



「それは良かった。では改めてよろしく頼むよ」


 アウルは剣を下ろし、アンジェリカを解放する。


 きっと、アウルにはこの結果が視えていたのだろう。

 ニヤニヤと口角を上げながらこちらに視線を飛ばしてくる。本当にいけ好かない奴だ。


…………俺たちは知恵のヴァーテクスに敗北し、彼と協力することになった。




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