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無名頂上種の世界革命  作者: 福部誌是
6 知恵のヴァーテクス
43/119

6-1

 

 怪物のヴァーテクス。

 テラシア・テオスの死。


 それは彼女が死んだあと、世の中に広まることなく……………。



 人々の生活はいつも通りに流れていた。



 この事実を知っているのは、あの場に居合わせた俺たちだけだろう。


 もしかしたら、他のヴァーテクス、バジレウスは既に知っているかもしれないが……………………。



 俺たちが迷宮を抜け出してから3日が経過する。

 途中、怪物との戦闘は生じたがユースティアなどの追手の存在はなく、俺たちは無事に馬車で移動していた。




「……………そろそろ、見えてきそうだな」


 アルドニスが馬車の荷台から顔を出して前方を確認する。


「こら! 危ないから大人しくしてなさい」

 そんなアルドニスをまるで子供を叱る母親のように睨むローズさん。


 先日までの迷宮突破で特に大きな傷を負った俺とアルドニスは、アンジェリカとローズさんから、「しばらくは安静に!」と指示を受けている。


 俺はその指示を受けて大人しく馬車の上で身体を縮めているが、アルドニスはそうはいかない。

 もともとわんぱくで、元気だけが取り柄のようなやつだ。

 目を離した隙に、怪物との戦闘に参加しようとするなど、周りにかなり迷惑をかけている。


 この3日間、暴れるアルドニスと、それを叱るローズさんの絵を見ない日はなかった。



 馬車はドミニクさんが走らせており、迷宮を出て西へと走り続けた。

 緑一面の草原を越え、今は小さな森の中を移動している。


 森なんてどこも似たような景色だが、俺たちが今向かっているのは俺とアンジェリカたちが一番最初に出会った森にある小さな村だ。


 だから、この景色に見覚えがあるのはきっと気のせいだからじゃない。


 ……………………そう。俺は戻ってきたんだ。




 初めてアンジェリカと出会ったこの場所に。


 フローガを倒した後、ユースティアに襲われ逃げた先でアルドニスと衝突した場所を越えて……………………。



 足を止めた俺に、進むきっかけを与えてくれた彼女がいる村に……………………。



 俺は帰ってきたのだ。













 村に到着する。

 アンジェリカは正体がばれないように白い布で頭を覆っている。


「タクミさん! 帰ってきたんですね」


 門を通過したところで、衛兵のひとりに声を掛けられた。


「……………あ、はい」

 俺はその人物の顔をじっと見つめる。


 ……………………あぁ。確かこの村を出た時もここに立っていた気がするな。



「少しここで待っていてください。直ぐに村長を呼んできますね」


 そう言うと彼は村の中へと走っていった。




 暫くすると、変な草をくわえた青色のバンダナを頭に付けた男と一緒に戻ってきた。

「タクミくん! 戻ってきたって本当か?」


 上機嫌で迫ってくるその男は一見、厳つい顔をしているがこの村の村長だ。


「アラン村長! 元気そうでなによりです」


「おう! タクミくんも元気にしとったか?」


「はい。…………………まぁ、大きな傷は負ってしまいましたけど」


 苦笑いを浮かべて左腕を見せる。

 ぐるぐる巻きに巻かれた包帯とそれに滲むおびただしい出血の痕。



「――――大丈夫なのか!? 直ぐに診療所に案内しよう! 皆さんもどうぞ中へ!」


 アラン村長に促されるまま村の中へと入る。

 ぽつぽつと並ぶ木の間を抜けて馬車はゆっくりと進んでいく。



「……………そう言えば、タクミってここの村長といつ知り合いになったの? この前来たときじゃないよね?」

 アンジェリカが俺を見て不思議そうに首を傾げた。


「ブラフォスの街を出た後だよ。この村で数日間お世話になったんだ」


「あぁぁ。少しだけ仲間から外れてた時か」

 アルドニスが納得したように口を開く。


「お世話になったのはこちらの方だ。タクミくんがいなかったらこの村はレオガルトに滅ぼされていたかもしれないからね」


 アラン村長が俺を持ち上げてくれる。

 それを聞いて俺の顔を見詰めてくるアンジェリカ。

 ……………………少し恥ずかしい。



「この村って今までは怪物をどうやって退けていたの?」


「村の柵で一応何とか保てていたんですよ。あとは、定期的に怪物の討伐を専門家に依頼などを出しています」


「……………ってことは時期的に逆算しても私たちが討ち漏らしたレオガルトですかね?」


「その可能性が高いわね」


「じゃあタクミが倒して当然だな!」

 わははは、とアルドニスが笑う。



「ちょっと待て! 討ち漏らしたってなんだよ!? まさかあの時、この村の怪物討伐の依頼を受けていたのか? というか笑い事じゃないだろ!」


 耐えきれず、ツッコミを入れる。



「はい。あの時は依頼を受けていました。……………………なので私の落ち度です」


「……………私たちの落ち度よね」


 ドミニクさんの言葉をローズさんが訂正する。


「まぁ、過ぎたことはいいんですよ。結果的に誰も死ななかったんですから」

 アラン村長は、がははははと大きく笑った。



「……………オレだけ話についていけないんだけどよ」


 馬車の隅で、ルイーズがぽつりと言葉をこぼした。



「まぁ、ルイーズが仲間になる前の話だからな」


 俺はなだめるようにそう答える。





 視界から木が消え、村が見えてくる。

 建物が並び始め、その中を通過していく。



 馬車を馬小屋付近でおり、馬車を宿舎に預けに行く。

 そして、診療所へと移動する。


 その途中で、畑の前を通った。


「……………ゼンさんの姿が見えないですね」


 以前なら元気に鍬を振るっていてもおかしくないのだが、今はその姿が見えなかった。

 休んでいるのだろうか?



「……………あぁ。ゼンさんは、少し前に体調を崩してな。……………………それから家で寝たきりになってるんだ」


 その言葉に俺は足をその場に止めた。


「……………ゼンさんが、寝たきり?」


「おう。後で家を紹介するから尋ねてみるといい」

 アラン村長は真剣な顔でそう言った。








 診療所に到着する。



「うーん。この傷の完治は厳しいと思います」

 診療所の先生の診断を受け、俺は覚悟していたことを、改めて受け入れる事になった。


 どうやら、レオガルトの牙を受けたこの左腕は完治できないらしい。


「大きな傷が残ると思うよ」


「……………わかりました。ありがとうございます」


 俺がよく見ていたアニメとかだと、治癒魔法で全て解決! だったのに………………。

 どうやらこの世界はそこまであまくないらしい。



「おう。診察は終わったかい?」

 診療所を出ると、アラン村長が待っていた。


「空いている家を2軒貸すぜ。好きに使ってくれ」

 そう言われて寝泊りできる家に案内された。

 その後。


「で、と。そろそろハンナ嬢ちゃんに顔ぐらい見せに行かねえとな」

 なにやらニヤニヤと口の端を釣り上げてそう言われた。



「分かってますよ。これから会いに行ってきます。アンジェリカ! 少し付き合ってくれるか?」


「うん。いいけど」

 彼女は俺の声に頷いてこちらに寄ってくる。


「……………………え!? 待って。その子はまさか……………………そう言う事なのか?」


 ぽかーんと口を開いてアンジェリカの事を見詰めるアラン村長。


 ……………………もしかして、正体がバレたかな?



「昔の女に今の女を紹介しに行くなんて! 鬼畜が過ぎるぞ!」


「…………………………………」


 全てが誤解だった。



「ち、違いますよ! ハンナは昔の女じゃないし、彼女も今の女ってわけじゃありません!」

 頭の理解が追い付き、慌てて否定する。


「どの口が言うか! お前はあれか? 複数の女性を手玉にする鬼畜野郎だったのか!?」


「だから! 違いますよ!」



 ……………………というより、逆だ。



 俺は今からアンジェリカにハンナの事を紹介しに行くんだから。




「それじゃあ、失礼します」



 頭を下げて足早にその場から去る。


「俺はお前の事、信じてたのにー!」


「……………あれ、放っておいていいの?」

 アンジェリカが後ろを振り向きながら口を開いた。


「いいんだよ。あれは誤解してるだけだから」



 ……………………もし、アンジェリカの正体を知ったらすごい驚くだろうな。と考えながらハンナの家に向かった。







 ハンナの家に到着した。


「……………………ここって!」

 アンジェリカがびっくりしたように固まっている。


 扉を叩くと、中から返事が聞こえてきた。


 勝手に、ソフィアさんが出てくると思っていた。


 すると、扉が開かれ……………………。


 顔を覗かせたのはハンナだった。



「あー――――――れ」

 呆気にとられていると、俺と白い布を被る人物を交互に見たハンナは、「タクミじゃん! びっくりした!」と可愛く驚きを示してくれた。



「いつ帰ってきたの!?」


「えっと、今さっきだよ」

 そう答えると、彼女は俺の左腕に視線を止めた。


「その腕……………………」


「あぁ。怪物にやられて。今は痛みも引いてるから。心配しなくても大丈夫だよ」


「そうなんだ。……………………で、そちらの方は?」


 先ず、アンジェリカの事を説明しないといけない。

 そして、今の俺たちがやろうとしていることを。


 たとえ、反対されても。

 ここで彼女と決別するようなことになっても。


 彼女だけには知ってもらいたいから。


 自分勝手な理由で、申し訳ないと思う。

 それでも……………………。伝えたいのだ。



「えっと、彼女はー――――――」


 俺が説明しようとして、それはアンジェリカの声にかき消されてしまう。



「久しぶりね! ハンナ!」

 顔を覆う白い布を勢いよくはぎ取ったアンジェリカは、嬉しそうに瞳を輝かせて、そう言ったのだった。



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