5ー■
私はテラシア。
怪物のヴァーテクスとして恐れられた存在。
私は大切なものを2度、失くしている。
……そんな気がする。
1度目の事は、もうよく覚えていない。
それでも、命より大切なものを失くしたと胸の奥が叫んでいる。
だから、きっと失くしたのだろう。
2度目のことは、よく覚えている。
私はあの子の事を本当の娘のように、想っていたのだから。
彼女を守るため、私はバジレウスの命令に従った。
従って………。
あの子と一緒に生きていたはずの時間を失った。
ずっと、苦しかった。
それでも耐えてきたのだ。
ヴァーテクスを傷付ける怪物を生み出し、ここを守らせて………。
ずっと、堪えてきた。
怖かった。苦しかった。
それでも、あの子を失うことだけはどうしても許せなくて。
だから、600年という長い時間を耐えることが出来たのだ。
この想いが、どれだけあの子に届いたのかは、分からない。
……ちゃんと、伝わっただろうか?
あの子を勝手に本当の娘のように想っていた。
最初から最後まで、母親らしいことは何も出来なかったけど。
私は虚ろに腕を伸ばす。
私が生きてきた世界が崩れる音だけが響いている。
周りにもう人の気配は感じられない。
命の灯火が消える刹那、私は何かを掴もうとして……。
何も掴めずに、音もなく。
その腕は地面に落ちた。




