5-14
地面に衝突し、着地する。気付くと、俺たちを守るように土のかまくらが展開されていた。降り注いだ光の雨による振動と音が凄まじい。
「は、離して!」
俺の腕を振りほどいたアンジェリカが外に出ようとしたので、咄嗟にそれを制止させる為に腕を掴み、再び抱き寄せる。
駄々をこねる子供のように暴れるアンジェリカ。
暫くすると、衝撃と音が鳴りやんだ。
「―――――テラシア!」
腕の力を弱めた瞬間、俺から離れたアンジェリカが外に走っていく。
続いて俺も外に出た。
外は砂煙が舞っている。
それだけ激しい攻撃があったということだ。
俺とアンジェリカを守ってくれた土のかまくらが音を立てて崩れる。すると、同じように三か所に展開されていた土の守りも同時に崩れたのだった。
俺とアンジェリカだけじゃない。
俺たち全員が彼女に守られたのだ。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
鼓膜を引き裂くような慟哭が響いた。
砂煙が晴れ、それが覆い隠していた光景が露わとなる。
真っ赤な血が辺りに飛散し、その中央で身体にいくつも風穴を開けたテラシアの遺体が横たわっている。
その穴は周りが焦げていて、歪な異臭を放っている。
急な嘔吐衝動に襲われる。
さっきまで話していた人間が……………………。
人の形をした生物が、あっさりと殺されてしまった事実と、初めて見た悲惨な遺体に、その衝動を抑えきることは不可能だった。
からだの痛みは痺れ、それに勝る気持ち悪さが全身を襲った。
「タクミ! 起きてください。直ぐにここから脱出します!」
ドミニクさんに身体を叩かれる。その後、アルドニスに支えられる形で身体を起こし、その場から逃げるように上の階を目指した。
アンジェリカはドミニクさんとローズさんに抱きかかえられ、その後ろを付いてくる。
「いつまたあの攻撃が来るかわかりません。注意を払って最速でここを出ます!」
ドミニクさんの指示は的確だった。
「…………アルドニス、俺は大丈夫だから、ルイーズを手伝ってくれ」
ルイーズは先頭を走り、怪物との戦闘に備えている。地下7階まで登ったところで、俺はようやく自分の力だけで走り出す。
地上に出るまでいくつか戦闘があった。
だが、アルドニスとルイーズにより道は開かれ、俺たちは無事に地上に帰還することができた。
馬車に乗り込み、馬を走らせる。
「結局、攻撃はなかったな」
アルドニスが言葉をこぼした。
この様子なら追撃の恐れはないかもしれない。
と、言葉を続ける。
「………………………バジレウスよ」
唐突に、アンジェリカが口を開いた。
彼女は顔を覆い隠すように膝を抱えて座り込んでいる。
「あれは、バジレウスの攻撃だった」
その一言に、皆が黙り込む。
……………………そうだ。
急に空に展開された光。そして降り注いだ光弾。
テラシアの話から推測するに、あの光弾は恐らくマーキング攻撃だった。
……………………条件はテラシアが秘密を誰かに打ち明ける事。
いや、そうでなくともバジレウスの意思ひとつでいつでも攻撃できた可能性が高い。
つまり、600年前から、バジレウスはいつでもアンジェリカを殺せる状態だったという事だ。
奥歯を噛み締める。
テラシアが最後に言ったことを思い出す。
彼女は恐らく、あの攻撃を予見していた。
それでも、アンジェリカを助けることを選択したのだ。
彼女は強く、そして優しい女性だった。
出会って、数分しか経っていないのに、彼女が死んでしまったことに、口惜しさと苛立ちを覚えている自分がいる。
「…………バジレウス」
俺は、中央都市があるという南の方向を睨んだ。
暫く走り、煌点が沈んだことで俺たちは野営の準備に取り掛かった。
いつものような楽しい会話はなく、最低限の会話だけで野営の準備を完了させた。
眠る時間になる。
交代で見張りと休憩を行う。
最初の見張り役に、俺は立候補してみんなが静かに横になるのを見届けた。
だけど、その中にアンジェリカの姿は見当たらなかった。
席を立ち、アンジェリカを捜す。
すると、少し離れたところで彼女を見つけた。
静かに近寄り、その横に腰を下ろす。
「………落ち着いた?」
「ええ。取り乱してごめんなさい」
「…………ひとつ、聞いていいかな」
俺の問いに、彼女は黙ったまま頷いた。
「アンジェリカはバジレウスがテラシアを脅迫して怪物を生み出させたことを最初からしっていただろ?」
彼女は静かにそれを肯定した。
テラシアが秘密を打ち明け、みんなが驚く中、アンジェリカは驚いてなかった。
「…………他にこのことを知っていた人はいるか?」
「…………ええ。ドミニクも知っていたわ」
「やっぱりか……………………」
アンジェリカと同じように、ドミニクさんも驚いてはなかった。
「………………………じゃあ、なんで君は今回、あの迷宮に挑んだんだ? 最初から秘密を知っていたら命を賭けてテラシアに会いに行くことはなかった」
「テラシアの口から聞きたかったのよ。それと、私の本当の目的を達成するためにはどうしても彼女の力が必要だったの」
「………………………本当の、目的?」
「―――――バジレウスを倒すことよ」
俺の疑問に、彼女は真剣な眼差しで答えた。
「つまり、この戦いの本当の目的はバジレウスを倒すことだったってことか」
「そうね。バジレウスを倒すためにはテラシアの力を借りることが手っ取り早かったのよ。そして、テラシアの力を借りるためには、それを承諾させるための実績が必要だった」
「それが、フローガを倒した目的か」
「そうよ。戦闘能力に長け、その中でも倒すことが可能だったのがフローガだった」
思っていたより彼女はずっと計算高く、計画的に行動していたのだ。
「…………まぁ、実力不足で私単体によるフローガの打倒には失敗したし、その後のユースティアの襲来も予想にはなかったし、そのせいでヴィーネとも衝突することになっちゃったけどね」
えへへ、と笑いをこぼすアンジェリカ。
「…………これから、どうするんだ?」
彼女の計画は今回も失敗に終わった。
テラシアなしではバジレウスと戦うのはそうとう難しいことなのだろう。
「私の目的は変わらないわ。バジレウスを倒す。でも、それはみんなに強制できるものじゃない」
「…………………………そもそも、君はどうしてバジレウスを倒そうとしているの?」
当たり前な質問をする。
それを聞いたところで、どうなるってもんじゃないけど、聞かない訳にはいかないから。
「―――――復讐よ」
それは、とってもありふれた答えだった。
「私は、……………………私もとても大切なものをあいつに奪われた。だから許せないの」
可愛らしい顔で、雲一つない表情で、とても怖いことを口にする。
でも、その彼女が抱える思いは本物だと感じた。
「…………タクミはどうする? さっきも言った通り、私はこの目的をみんなに強制することは出来ない。それに、この先の戦いは今よりもっと厳しいものになる」
俺は自分の左腕に優しく触れた。
「……………………それでも、俺は君に力を貸すよ」
顔を上げて、答える。
この関係性は、決して依存なんかではない。
彼女を死なせたくないというのは本音だ。
俺は、一度命を落としている。
それに、今回目の前でテラシアが死に、その想いは強くなってしまった。
君が死ぬところなんて見たくないし、死んだという知らせを聞くのも嫌だ。
ならば、やるしかないのだろう。それが、たとえ厳しい道のりだったとしても。
決意を固める。
夜の大岩が輝く夜空の下で、俺は最初の答えに立ち戻る。
『……俺はアンジェリカを助ける』
その為に、剣を振るうと。そう決めたのだ。




