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無名頂上種の世界革命  作者: 福部誌是
5 怪物のヴァーテクス
33/119

5-6

 身体を襲う痛みで、目を覚ます。


 強烈な痛みだ。内側から全身を真っ二つに引き裂くような、ひどい痛みだった。


 全身の汗がひどく、服が全身に張り付いている。


「おぉ、目を覚ましたか」


 耳元の声に、顔を向けた。

 紺色の短髪の女が、こちらを覗き込んでいた。


「…………ルイーズ。俺はどれくらい気を失ってた?」


「えーと、ほんの数分ぐらいだ」


 まだ体に痛みは残っている。まるで未だ息をしている俺を逃がさないとでもいうかのようにズキズキとズキズキと俺の身体を蝕んでいた。


 頭が重い。


 身体には雑に包帯が巻かれている。


「あ、わりぃな。オレ、不器用だからさ」


「いや、ありがとう。手当てしてくれて助かった」


「身体は、どれくらい痛むんだ?」

 こちらの身を案じてくれる女性の声って、心に染みわたるんだなぁ、と気持ち悪いこと思ってみる。


「だいぶ良くなったよ」


「そうか、それならよかったよ。じゃあ、もう少し休んだらここを動こう」


「そうだな。ここは休むにして場所が悪い」


 見渡しがいい分、怪物の接近には気付きやすいが、敵にも見つかる可能性が高い。

 痛みは気絶する前より引いているが、限界に近い状態なのは変わらない。


 此処よりも安全なところを見つけて、そこで休むことにしよう。

 この考えはわざわざ口に出す必要もない。ルイーズも同じように考えているだろう。


「みんながどうなったのか知らないよな?」


 念のため、確認をとる。


「わかんないな。早く合流したいとこではあるけど」


 みんなが無事であることを願う。



「あ、そうだ。ルイーズはこの神殿がいつ、なんの目的で造られたか知っているか?」


 俺は先程の疑問をそのままぶつける。


「いや、知らないな。それがどうかしたのか?」


「ううん。ちょっと気になっただけ」



 …………知っているとしたらアンジェリカかドミニクさんだろう。


 はやく、合流するしかない。


「…………みんなと合流するために、ルイーズは上と下どっちに向かうべきだと思う?」


「下だな」


 迷いのないその答えを俺は疑問に思った。


「どうしてだ?」


「オレはあの崩落に巻き込まれなかったんだよ。つまり、地下3階の崩落場所から下に下ってきたわけだ」


「…………なるほど。つまり、この上ではみんなを見つけられなかったわけか」


「ああ。瓦礫が崩れているところも探してきたが、見つからなかった。死体も見てないし、奇跡的にみんな無事かもな。それにしても、地下5階は結構広いよな?」


 その言葉に、思考を停止させる。


「ちょっと待って。ここは地下5階なのか?」


「ああ。そうだぜ。…………そうか、タクミは崩落に巻き込まれたからここが何階なのかわかってなかったのか」


「…………ひとつ聞いておきたいことがある。地下4階の構造はどんなだった?」


「どういうことだ?」


「1階から3階と同じような横穴の一本道だったか、この5階のように広い空間が広がっているのかだよ」


「ああ、それなら1階から3階と同じような感じだったぜ」


 その言葉に口を閉じて考え込む。

 1階から4階までが通路で1本道なのに対し、5階は地下世界のような広い空間が広がっている、という事か。


「4階は他の階と違うところもあったぜ。1本道だったけど、その両脇に小さな部屋が沢山あったんだ」


「小さな部屋?」


「ああ。鉄の柵みたいなものの先に小さな部屋があったんだ。しかも、同じような部屋がいくつもあったんだ。あれ、なんの部屋なんだろうな」


 鉄の柵に小さな部屋。


「…………鉄の柵以外の壁は、どんなだった?」


 息を呑み、聞いてみる。


「えーと、真っ平らな石造りの壁だったな」


「正確に、部屋の大きさはどのくらいだった?」


「うーん、人がひとり生活できるくらいの大きさかな」


 もうここまで来たら答えは出ているようなものだ。


 地下の1階から3階までは一本道の通路だった。

 地下4階は同じような通路だが、その両脇には小さな部屋が並んでいた。


 鉄の柵に閉じられた狭い部屋。


 …………牢獄だ。


 ここは、おそらく人間の手によってつくられた牢獄だ。捕らえていたのは何かなんだろう。

 その何か、まではわからない。ただの罪人だったのだろうか…………?


 だが、ここはそれだけじゃない。普通の牢獄ならこの地下5階の構造は必要がない。



 いや、それよりも驚くべきことがある。

 ここが人間の手によってつくられたとしたら、それは600年前より昔の時代という事になる。


「そろそろ進むか」

 俺が考え事をしている横で、ルイーズが立ち上がった。


「…………そうだな」

 彼女の続いて立ち上がる。

 無事に立ち上がることができた。


 今は、これ以上考えても仕方がない。

 とりあえず、進むしかないのだ。


 そうして、歩みを再開させる。




 ゆっくりと、先を警戒しながら進んでいく。


 すると、見えてきたのは広大な白色の大地だった。岩の地面が終わり、その境目から白い土の地面が前方に広がっていた。


 だが、それよりも驚く光景が目の前に広がっている。

 地面から顔を覗かせるように、整えられた黒っぽい色の四角形をした西洋風の墓石が飛び出しているのだ。

 それも、ひとつやふたつどころではない。

 30を超えるそれが大地全体に綺麗に並んでいる。




「…………これは、墓か?」


 警戒しながら、ひとつの墓に近付く。調べてみたところ、水瓶のような罠型の怪物ではないらしい。

 墓はかなり古く、年季の入ったものばかりだった。

 その表面には見慣れない文字が刻まれている。


「ルイーズ、この文字読めるか?」


「いや、見たことないな。オレにはさっぱりだぜ」



 異常だ。この光景は異質そのものだ。

 見たこともない文字を刻まれた30を超える墓。

 今まで地下迷宮で命を落とした人間の墓?

 だとしたら、この墓をつくったのは人間か?



 並べられた墓は随分と古そうだ。手入れなどまるでされていない。どれもが同じくらいの時に作られたとみて間違いないだろう。

 古く、年季が入ってボロボロになった墓の間を通過する。

 人の手や自然の影響を受けにくい地下に存在している分、綺麗に保たれている方なのだろうか?


 分からない。

 分からないことが多すぎる。


「お、階段があるぞ」

 墓を抜けると、下の階に続いているであろう、大きな階段を見つけることができた。


「ここで少し休むか」


「そうだな。賛成だ」


 墓を背中に、少しだけ身体を休める。

 周りに器物の気配はない。…………人の気配も感じられなかった。

 アンジェリカたちはこの下の階に居るのだろうか?





 休憩後、ルイーズの背中にピタリと張り付いて、階段を下りていく。

 階段はかなり長いものだった。

 地下1階から2階へと続く階段の何倍もの距離がある。

 10分ほどかけて階段を下り、地下6階へと到着する。





 地下6階。


 まず驚いたのは、地下6階も5階と同じようにバカでかい空間が広がっている事だった。

 天井も高い。高層ビルがいくつも建てられそうなほどに。

 さらに特出すべき点は他にもある。

 6階の右側奥にもさっきと同じような古い墓が眠っていた。


「…………一体、どれだけあるんだろうな」


 俺たちの立っている階段下は岩の地面だった。

 そこから右の壁に沿って白い土の大地が広がっており、その表面から古い墓が顔を覗かせている。

 それは右の壁に沿ってずっと奥に続いており、いったい全部でどれくらいの墓があるのか把握することができない程、沢山広がっている。


「上の階と合わせて100は超えてそうだな」


 墓とは逆方向の左側へと進んでいく。

 左側は岩石の地面が続いており、地面から突き出る障害物も多いので怪物から身を隠して進むのは最適そうだった。


 物陰から物陰へと進んでいく。

 息を殺して、前方の安全を確認する。


 …………まるで、スパイ映画のワンシーンのようだ。




「―――――待て!」


 ルイーズの声に咄嗟に脚を止める。

 驚いた俺は顔を上げてルイーズを見た。すると、彼女は目を見開いて前を注視していた。

 その視線を辿る。



 それは大きな岩に似た何かだった。

 暗い褐色の巨体が地面を這っているのが見える。


 幅と高さが3メートルはある、巨大な怪物が地面を削りながらこちら側に進行してきている。


「…………うな、ぎ?」


 それが、その怪物の姿を見てこぼれた感想だった。


 円筒形の身体に、顔は鯉のような形をしている。胸ヒレが頭の横についており、長い尾ヒレを地面に擦りつけながら地面を這っている。


 全長は恐らく12メートルほどあるだろう。色は暗めの褐色色で、全長の割に頭と胸ヒレがついた身体は短く、尻尾のようなものが長く後ろへ伸びている。



 …………ともかく、今の状況であの巨体は相手にできない。

 それを悟ったのはルイーズも同じだった。


 顔を見合わせて、咄嗟に来た道を引き返す。


「なんだあれ! あんなの見たことないぞ」


「あれが地上にいたらヤバすぎる! たぶん、ここにしかいないんじゃないかな」


 走りながら咄嗟に沸いた感想を述べる。


 巨大ウナギの進行スピードは遅い。まるで亀の歩みだ。

 人間が走れば十分に距離を離せるだろう。


「ここを曲がって!」


 ルイーズの声に従って障害物を曲がる。

 大きく迂回して巨大ウナギを避けて先に進むのだろう。


 視界の右手側に白い大地が見えてくる。巨大ウナギと対峙するくらいなら墓の中を進んでいった方が賢明だろう。


 ―――――!!!!!



 走って墓へと急ごうとしていた時だった。

 急に顔面に衝撃が走り、脳に直接痛みが押し寄せる。



 ヴオオオオオオオ!


 それは棍棒を持ったミノタウロスだった。

 棍棒に頭を殴打され、ボールのように地面をバウンドしながら吹き飛ぶ。



 壁に衝突し、勢いが止まる。


「タクミ!」


 急な襲撃に、今度はルイーズの反応が遅れる。

 ミノタウロスの振り回す棍棒に、槍斧ごとルイーズの身体が吹き飛ばされる。

 まるで、野球のバッティングだ。



 意識が飛びそうになったのを、無理矢理引き戻し、身体を起こす。

 殴打された頭がジンジンと悲鳴を上げている。ダムの崩壊の如く、頭から血が湧き出ている。


 壁に衝突した背中が痛い。


 剣を支えにして、何とか立ち上がる。


 くそ! ここミノタウロス多すぎだろ!


 声にならない愚痴を捨てて狂牛と向かい合う。

 身体に熱を走らせて地面を蹴る。


 ヴヴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!


 それに合わせて走り出すミノタウロス。


 身体を加速させ、振り下ろされる棍棒を避ける。そして、カウンター攻撃へと移り、地面を蹴る。

 が、それを予測していたが如く、ミノタウロスは身体を逸らして俺の一撃を避けて脚を蹴り上げた。



 ぐが―――――はっ!


 息がもれ、意識が身体と共に飛んで行く。

 蹴り上げられた俺の身体は無様に空へと打ち上げられ、そのまま地面へと落下していく。

 その無防備な俺を待つようにして、地上ではミノタウロスが棍棒を構えて待っている。




「テメェの好きに、させるかよっ!」


 落下する俺に意識を向けていたミノタウロスは地上からの攻撃に対処が遅れる。

 槍斧を振り上げたルイーズがミノタウロスの頭を吹き飛ばし、その巨体を地面へと傾かせる。


 その隙に、彼女が操る血で創り上げられた縄に捕まった俺はゆっくりと地面に着地する。


「ありがとう、助かった」


「ああ。直ぐに動けるか?」


「もちろんだ!」


 起き上がるミノタウロスに、左右に別れて攻撃へと転じる。

 身体に蓄積されたダメージが想像していたより大きい。踏み出した足が膝から崩れ、ミノタウロスの攻撃になすすべなく、吹き飛ばされー――――。


 最大出力で身体を強化して、迫る棍棒に剣を合わせる。

 横振りの棍棒に対して、こちらは剣を垂直に振るう。


 棍棒と剣が衝突し、腕が内側から破壊される。衝撃を身体全体で受け止め、飛びそうになるのを強化した脚で踏みとどまる。


 目の前で赤と黄色の火花が散り、その熱で顔が焼けていくのが分かった。


「――――が、あぁぁぁあああああああ!」


 お互いに全力。

 だが、こちらの出力が僅かに牛の力を凌駕した。


 その瞬間、剣が棍棒に押し勝ちそれを握る巨体ごと吹き飛ばす。

 だが、それと共に剣の刃が音と共に砕け散った。

 凄まじい押し合いに打ち勝ち、俺はその場に崩れそうになる。


 次の瞬間、その隙を突いたルイーズが槍斧を振り下ろし、更に血を固めて創った巨大な槍3本を連続で発射してミノタウロスの命を削り取る。


「おらぁあああああ!」


 だが、それでもミノタウロスを殺しきるには至らなかった。


「…………まじ、かよ」


 肩で呼吸を繰り返して、起き上がる狂牛を見上げる。

 まさに怪物。俺もルイーズも既に満身創痍。だが、それはミノタウロスも同じはずだ。

 それなのに、歩くその巨体からはそんな様子が見て取れない。


 俺は剣を失ってしまった。

 ルイーズに関しても、血を使い過ぎている。


 それでも、生き残るためにはこの怪物を倒すしかない。



 腰に着いたポーチからナイフを取り出す。

 このナイフの名前を命名した時にもらった爆弾ナイフだ。


 あと数撃。

 こちらが攻撃を受ける前に、奴に食らわせれれば勝てる。


 ミノタウロスが動く前に、マジカルナイフの紐を引き抜いて投げる。

 だが、ミノタウロスが棍棒を振るい弾かれたナイフは中空で爆発してしまう。



 …………ダメだ。

 こいつには当たらない。


 恐らくは、山羊の怪物よりも知性が高いのだ。

 ただ投げるだけではこいつには当たらない。


「タクミ、オレが囮になる!」


 ルイーズが槍斧を構えて飛び出す。それに応じて、ミノタウロスが棍棒を構えた。

 その隙を縫い、地面を蹴る。


 マジカルナイフは残り3本。

 この先も考えて無駄打ちは避けたい。


 ミノタウロスの攻撃を避けて槍斧を振るうルイーズ。だが、足がふらついていて、その攻撃は当たらない。


「…………これで、最後だ」


 身体を強化して、地面を駆ける。

 俺の存在に気付いたミノタウロスが体の向きを変えて棍棒を振り下ろした。

 その瞬間、更に脚に熱を走らせる。


 超加速した俺の身体は思考を置き去りにし、棍棒を避けて懐への侵入に成功した。

 背中から離れたところで棍棒が地面を破壊する。

 無防備になった牛の頭にナイフを深々と突き刺す。


「―――――終わりだ」


 肩を足場に、紐を引き抜いてミノタウロスから離れる。



 ―――――――!



 爆風に吹き飛ばされるかたちで地面に着地する。

 爆炎を直に喰らったミノタウロスはそのまま地面に倒れた。


「…………なんとか、倒せたな」


「そう、だな」


 ギリギリだった。

 体力は尽き、身体はバキバキだ。


 頭から流れ出る血を腕で拭い、立ち上がる。身体が重い。足が痛い。

 全身が焼けるように痛く、内側から破裂しそうだ。

 思考が重く、視界が霞む。



 倒れそうになる身体を両足で堪えて前へと踏み出す。



 ズズズズズズと地面を削る音が耳の奥に響いた。


 思考を働かせ、頭を上げる。



「―――――なっ!?」



 目の前には巨大なウナギが迫ってきている。


「タクミ! 伏せろ!」


 目の前で光が爆ぜー―――――。



 空気を奔るかのように電撃が飛来する。

 俺を庇い、稲妻に身体を貫かれるルイーズ。



「―――――にげ、r…………」



 発電し終えた巨大な電気ウナギが帯電した身体で、こちらを見下ろしていた。




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