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無名頂上種の世界革命  作者: 福部誌是
5 怪物のヴァーテクス
32/119

5-5

 瓦礫の陰に隠れて息を潜める。



 今のところ、怪物との遭遇はない。


 崩落に巻き込まれ、目を覚ましてから30分くらいが経過していた。


 感覚でしかないが、アニメ1本分を見終わるくらい、この場にとどまっている気がする。


 …………勇気が出ない。


 ただ、息を潜めて助けが来るのを待つ。




 ここを動く勇気が出なかった。

 武器は剣1本とマジカルナイフ4本だ。

 それだけで、この状況を生き残らなければならない。


 剣の刃は摩耗していて、切れ味は悪くなっている。

 研ぐ方法など知らないので、早く新しい剣が欲しいところだ。


 みんなとバラバラで落ちたのは痛い。

 せめて、落ちる直前に武器を交換していれば、こんなにも心細くなることはなかった。


 荷物はアンジェリカとドミニクさんが引っ張て来ていた。

 アンジェリカは次々に能力で武器を飛ばすから、誰かの武器が摩耗したら、アンジェリカが能力で武器を運び、交換する手筈になっていた。



 怖い。

 知らぬ土地…………迷宮内でのぼっちは怖すぎる。

 直ぐ近くに怪物の呼吸が聞こえる。足音がいつもより大きく感じる。


 だから、助けを待つ。

 怖い…………怖い。動けない。



 その後、どれだけ待っても助けは来なかった。




 そうだ。みんなあの崩落に巻き込まれていた。

 無事である保証はない。


「…………アンジェリカ」



 崩落でアンジェリカが傷を負うとは考えにくいが、断定はできない。


「…………くそぅ」


 膝の上で腕を組み、その上に顔を伏せる。


 いない筈の怪物の気配がひしひしと伝わってくる。



 このままでは駄目だ。分かっていても足は動いてくれない。

 人の気配はない。かなり、離れてしまった可能性もある。もしくは、ここに俺がいることに気付かずに先に進んでしまった可能性も。


 不安で仕方がない。

 アンジェリカに会いたい。


 ドミニクさんはミノタウロスとの戦闘で消耗しているだろう。アルドニスは手負いの身だ。俺たちの中で、一番傷が大きい。

 ローズさんは? ルイーズは?



 …………ハンナに会いたい。

 病弱であっても、強く生きようとしている彼女の顔を思い出した。


 孤独の中で、あの村での日常が蘇る。

 厳しかった畑仕事も、優しかった村長も。



 たった数日の思い出に背中を押された。―――――そんな気がした。



「…………いかなきゃ」


 手足に力を籠める。

 もう一度、会いに行くと決めたんだ。

 あの村を出る前日の夜、ハンナに誓ったことを思い出す。


 この戦いが終わったら、みんなであの村を訪れると決めていた。


 進むしかない。みんなと合流するんだ。

 勇気を出せ!


 村でレオガルトに襲われた時のことを思い出す。あの時出した勇気を、思い出す。


「…………今まで、こんなダンジョン、沢山クリアしてきただろ!」


 ゲームや妄想と、現実は違う。それでも、そんなものに縋ってでも立ち上がらないといけない。前に進むための理由を思い出したから。

 そもそも、待つだけなんて男らしくない。


 今、この瞬間にアンジェリカがピンチに陥っているのならそれを助けるのが俺の役割だ。


 剣を握り締めて進みだす。



 ここが何階なのかはもうわからないが、この階層はさっきまでいた上の階よりは随分と広かった。

 地下1階から3階までは横穴の通路が続いているだけだったが、この階層は広く、かなり遠くを見渡せる。上の階が地下通路だとしたら、この階層は地下世界だ。


 まるで奥行きのある広い洞窟のようだ。

 地面はなだらかになっているが、壁はゴツゴツしていて、天井は高すぎて見えない。


 中央ではなく、壁沿いを伝って視界の先を警戒しながら歩いていく。

 静かすぎる。人の気配も、怪物の気配すら感じられない。


 まるで、俺以外の生物は存在しないんじゃないか、というくらい静かだった。



「…………地上の1階はザ・神殿みたいな感じだった」


 まあ、実際の神殿なんか入ったことないけど、ゲームとかでボスやレアアイテムが眠ていそうな神殿という造りをしていた。

 ランダムに造られた柱が床と天井を繋ぎ、その奥に地下へと繋ぐ階段があった。


「そして、地下1階から3階までは横穴が続いていて、まさしく地下通路みたいなつくりだった」


 一本道で、迷う事すらなかったのだから。


「…………やっぱり、この階だけ異様に広すぎないか?」


 3階から落ちたのだから、4階か…………、又は地下5階なのか。

 更にもっと下の階という事もあり得る。


 地下10階に怪物のヴァーテクスがいるという。


 アンジェリカの言葉を思い出す。

 …………600年前は怪物など存在せず、人間にも優しかったという。

 だがある日、急に姿を消した怪物のヴァーテクスは怪物を生み出すようになり、人間に恐れられる存在となっていった。


 アンジェリカは動悸を知りたがっていた…………。


「600年か…………」

 途方もない長い時間。

 俺には想像すらできない時間を彼女は生きてきたんだなぁ。

 分かっていたつもりだった。

 ヴァーテクスの年齢は1000年を超える。


 それを聞いた時に理解していたつもりだったが、彼女は老いることなく1000年という時を生きてきた。

 …………まあ、それにしては幼いところもあるが、それはまあギャップとして許容できる問題だ。


 見た目の年齢は10代後半なのに、実年齢は1000歳を超えている。

 スケールの違い過ぎる話に軽い眩暈を起こす。


 俺なんてまだ17歳だよ。記憶として定着している時間は更に短い。

 17と1000。


 あまりにも差があり過ぎる。


 人間では、その内アンジェリカについていけなくなる。

 ヴァーテクスには老いがない。つまり、寿命が無いのだ。

 この世界における神様みたいなものなのだから、それは当たり前なのかもしれない。


 だから、彼女はきっとこれから先も1000年生きる訳で…………。



「あー、これは今考えても意味ないだろ」

 自分で自分に言い聞かせる。

 頭の中で、話がそれてしまったので、軌道を修正する。



 …………600年前に怪物のヴァーテクスであるテラシアが姿を消し、この神殿をつくった。

 というのならこの話はこれでおしまいだ。

 不自然なものはあるが、そう言われれば疑問を殺してでも納得するであろう。


 …………だが、おそらく実際は違う。


 気になるのはこの階が上の階と構造が異なることと、出入り口がしっかりと用意されていることだ。


 怪物を生み出し、人間を襲わせるのが怪物のヴァーテクスの存在意義なのだとしたら、この神殿は構造が矛盾している。


 そもそも、迷宮というのはギリシャ神話のラビリントスが語源であり、それは怪物を閉じ込めるためのものだったらしい。


 ダンジョン系の作品をあさっていた時に調べた知識。

 だが、それをもとに考えるとこの迷宮は機能を果たしていない。


 怪物が外に出て人間を襲っている時点で、この迷宮は役割を果たしていない。

 にもかかわらず、怪物のヴァーテクスは地下10階に閉じこもっている。

 この迷宮を怪物のヴァーテクスが造ったのなら、なぜテラシアは外に出てこないのか。そもそも、こんな複雑な造りにする意味がない。



「…………この神殿、いや地下迷宮がいつ、どんな用途で造られたのかを聞いとくべきだったな」

 言葉をこぼす。

 これは好奇心どうこうの話では収まらない。



 ふと、視界の先で動く影を見つけた。

 身を屈めて、剣を握る腕に力を入れる。



「…………スカーピオ、か」


 それは黒いサソリの怪物だった。


 どうやら、こちらには気付いていないようだ。

 気付かれる前に、息を殺して背後へと回り込む。

 そして、能力を使用して一息でその距離を詰める。関節部分を狙い、厄介な尻尾を斬り落とす。

 ギィィィィィィ!!


 悲鳴が上がるが、構わない。

 サソリが攻撃に転じる前に、その命を断つ。


 ハサミが振り下ろされるよりも前に、刃を突き刺して絶命へと追い込む。


 命を殺す感覚に、魂が痺れていく。

 殻を破壊し、内臓を刺す感覚に脳が拒否反応を示していた。


 何度も何度も作業を繰り返す。

 そのたびに思う事がある。



 命の価値、その尊さが薄れていくことに気が付いている自分がいることを。



 気が付けば、サソリの怪物は死んでいた。


 仕方がないと、自分に言い聞かせる。

 勇気という言葉で蓋をして、覚悟でその意味を濁していく。


 ―――――あぁ、分かっていたはずだ。



 吐き気を無理矢理、喉の奥へと押し込んで、立ち上がる。


 自身の顔のすぐ横に、大きな牛の頭があった。

「―――――っ、はぁ!」


 咄嗟に反応するも、遅かった。


 牛の左拳を、もろに喰らう。腹が痛い、痛い。口から心臓が飛び出る錯覚をする。


 メキメキっと骨が軋んで悲鳴を上げる。

 そのまま勢いと共に吹き飛ばされた。


 壁に衝突して、下へとずり落ちる。


 口の中に赤いドロッとした鉄の味が広がっている。

 気が付けば、鼻からも血が出ている。



 サソリの相手をするので手一杯だった。

 いな、戦闘中の余計な思考で警戒出来てなかった。


 自身の失態に、後悔が押し寄せてくる。

 幸いしたのは目の前のミノタウロスは、上の階で出会った奴よりも一回り小さいという事か…………。

 武器も斧ではなく、木の棍棒を持っている。


「…………く、そ!」


 ここにきて、致命的なミスをした。


 ヴオオオオオオオオオオオオオオオ!


 奴が上に向かって叫んでいる。


 その後、猛スピードで頭を前に突き出した突進でこちらに迫ってきた。


「ぐっ、―――――-がっ、ああ!」


 脚に力を入れてその突進を避ける。ミノタウロスの大きな角が壁を破壊して、その場に静止する。

 と、こちらを振り向いて、今度は棍棒を振り下ろしてきた。


 逃げに徹して攻撃を避け続ける。

 まだ、脚は動くようだ。


 斧ミノタウロスより小さいと言っても、2.5メートルは超える怪物だ。その質量が繰り出す棍棒による殴打は充分に致命傷になりえる。


 ヴオオオオオオ!


 うるさい。奴の雄叫びは直接こちらの神経を逆なでする。


 振り回される棍棒を避けて避けて、避けた。

 一定の距離を保って、避けることに専念する。


 スピードも、パワーも斧ミノよりも劣る。だからこそ、避ける作業は難しくなかった。


 そこへー――――。



「タクミ! 避けろ!」


 希望の光が差し込んだ。

 声に従って大きく横に飛ぶ。それとすれ違う形で、ルイーズが槍斧を振り上げてミノタウロスの頭を強襲する。


「オラぁ!!」


 声のそれが完全に男である。

 槍斧に斬り裂かれ、頭から血を流すミノタウロス。


 ヴオオオオオオオ

 と再び叫んだミノタウロスが棍棒を振り上げた。


「てめぇの声はいちいちデケぇんだよ!」


 棍棒を避けたルイーズによるカウンター攻撃が炸裂する。だが、槍斧で肉を断たれても、ミノタウロスが体勢を崩すことも、怯むこともなく…………。


 蹴り上げた左脚がルイーズの身体を意図も容易く吹き飛ばす。

 ミノタウロスからしたら、人間の体重なんてあってないようなものだろう。


 更に、追撃が行われようとしているところに、剣を振り下ろして攻撃を阻止する。

 堅い肉に、刃は効力を発揮しない。

 切れ味が落ちているせいもあるが、これではダメージを与えることは難しい。

 ミノタウロスの棍棒が、頭の上から振り下ろされた。




 それを、頭上で受け止める。

 剣が悲鳴を上げる。奴の質量に身体が粉々になりそうだ…………。


「―――――がっ、ぁ」


 腕が、脚が潰れてそうだ。痛みを伝える信号が休むことなく脳から流れてくる。

 加熱された思考の中で、ただその重さを耐えていた。

 引くことも、押し返すことも許されない。

 これ以上の力は出ないし、少しでも力を抜けば潰される。

 全身の骨と筋肉が悲鳴を上げて、引き裂かれるような痛みが襲っていた。眼球が焼けるように痛かった。


 そんな状況下で、命が散るその寸前。ドミニクさんとの会話を思い出していた。


 曰く、身体強化の出力には身体が耐えられる限界があるという。



 ―――――どこが、限界なのか分からない。

 今まで能力を使ってきたが、身体が限界に達したことはなかった。


 ただ、この現状を覆すには奴の重さを押し返す、圧倒的なパワーが必要だった。




「―――――最、大…………出力!!!」


 あ。ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!


 声にならない叫びと共に、その巨体を押し返す。勢いのままに棍棒をはじき返していた。


 驚き、体勢を崩すミノタウロス。


 好機だ。

 脚に力を入れようとして、脚が竦んだ。

 違う。脚に力が入らないことに気付いた。



「ああああああああああっ!」


 そこへ、飛び上がったルイーズが俺を越えていき、ミノタウロスの頭に槍斧を振り下ろした。

 そのまま地面に倒れたミノタウロスが起き上がることはなった。


 勝利を見届ける。と身体を焼かれるような痛みが襲った。


「――――――!!!」


 内側から破裂しそうだ。

 痛みで思考は漂白され、地面に倒れる。


 出力が身体の限界に達した時の反発反応が全身を刺激する。

 太い針で全身が突き刺されるような、電流の海へ身体を落されるような痛みが絶えることなくこの身を焼いていく。



「タクミ!? 大丈夫か!?」

 異変に気付いたルイーズが駆け寄ってくる。



 だが、その痛みに、視界すら白く濁っていく。


「おい、しっかりー――――」


 耳が遠くなって、音を拾えなくなる。

 そのまま、俺は水に沈むように…………。










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