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無名頂上種の世界革命  作者: 福部誌是
5 怪物のヴァーテクス
30/119

5-3

「ルイーズに能力を与えようと思うの」


 翌朝、アンジェリカは張り切った口調でそう宣言してきた。


「…………うん。いいと思うよ」


 正直、ルイーズを信用できたわけではないが、これからの事を考えると能力は与えておいた方がいいと思う。

 ドミニクさんに判断を仰ぎたいところではあるが、俺は一応賛成である。


「そうですね。これから向かうのはテラシア様の神殿ですし、能力になれる時間も必要ですからね」


 ドミニクさんも賛成のようだ。


「よし、ルイーズ、ちょっとこっちに来て!」


 少し離れたところで、朝食の準備をしていたルイーズが顔を上げる。


「なんでしょうか、アンジェリカ様」


「貴女に能力を与えます」


 アンジェリカ様がそう言うと、ルイーズは瞳を輝かせて、その話題に食いついた。

「能力ですか!? やっぱりアンジェリカ様の力だったのですね!」


「…………やっぱり?」

 その言葉が気になって思わず聞き返してしまう。


「ああ。いろいろと噂になってるよ。アンジェリカ様の従者は特別な力を扱えるって」


 ルイーズの説明に、俺は腑に落ちる。

 そう言えば、アンジェリカの従者として客観的な言葉を聞くのは初めてだな。


「街に暮らしてる一般市民って、アンジェリカの事をどう思ってるんだ?」


 俺はルイーズに近付き、アンジェリカにはギリギリ届かない声で聞いてみる。


「うーん、半々ってとこだな。恐れている人もいれば、敬っている人もいる」


「…………やっぱり、そんな感じか」

 ルイーズの言葉に、ブラフォスの街の長の事を思い出した。

 アンジェリカがフローガを倒しても、彼はブラフォスの街を出ていって欲しいとアンジェリカに懇願した。

 やっぱり、彼と同じようにアンジェリカ、もといバジレウスの仕返しを恐れている者は存在するようだ。


「教えてくれてありがとう」


「いえ」


 俺たちのやり取りを経て、アンジェリカが再び切り出す。


「ルイーズはどういった能力がいいとか、あるかしら?」


「そうですね」

 しばらく考え込んでからルイーズは顔を上げた。


「血液操作、なんてどうでしょう」


「…………血液、操作?」

 ルイーズの答えに、アンジェリカは首を傾げる。


「はい。いつも、戦闘の時に思っていたんですよね。戦闘になれば必ず負傷して血が出るじゃないですか。それを武器として扱えたらめっちゃ便利なんじゃないかって」


「わかったわ。それにしましょう」


 アンジェリカに促されて、ルイーズは片膝を地面に着いた。

 彼女の掌がルイーズの頭上にかざされた。暫くすると、幻想的な紫色に光る粒子がポツポツと出現し、蛍のように舞い始める。


 紫色の光が強さを増し、視界全体に広がっていく。やがて、それらは収束し、空間に溶けてゆく。


 俺の時と同じだ。

 なんとも言い切れない幻想的な美しい光景に、胸が熱くなり心が弾む。


「終わったわ」


「あんまり、実感ないですね」


 そう言って立ち上がったルイーズは自分の身体を確かめるように見渡している。


「それでも、能力は使えるはずよ」


「よし、早速使ってみます」


 そう言い切ったルイーズに、息をこぼす。


 俺と、隣にいるドミニクさん。そしてアンジェリカは目を見開いてルイーズの事を凝視する。

 そんな俺たちに目もくれず、ルイーズは自身の右手の親指の腹の肉を噛み切る。


 ひぃ、痛い。絶対に痛い…………。



 ポタポタと滴る血が彼女の意思によって形をつくっていく。

 小さな短刀。

 形作られた真っ赤なナイフに、ルイーズ自身が驚きの声を上げた。


「おぉ、すごいですね!」


 興奮しているのか、鼻息が荒くなっている。

 血は短刀から細い槍へ形を変える。


 かなり自由度は高い。

 槍から鳥へ。そして最後に人型に形を変えて弾ける。


「…………長時間の操作は無理なようですね」


 それを見ていたドミニクさんは冷静に分析を行う。


「はぁ、はぁ、きついですね、これ」


 かなり集中力がいるらしい。

 それでも、かなり便利な能力のはずだ。



「…………ひとつ、質問があるんだけど」


 俺がそう切り出すと、3人が顔を上げて俺を見る。


「その能力って、他人のものまでは流石に操れないよな?」


 それが出来たらかなりのチートだ。というより、エグ強い能力になってしまう。


「よし、試してみよう。指の肉を嚙み切ってくれ」


「嫌だよ! 絶対痛いじゃん!!」


「なんだよー。男だろ、それぐらい我慢しろよな」


 ルイーズが口を曲げる。

 それでも、嫌なのだ。


 自傷って、他人から受けた傷よりも痛々しく感じるもの。



「…………私が試してみましょう」


 ドミニクさんが口を開いた。


「ドミニクさん!?」

「大丈夫です。心配しないでください」


「―――――っ、なにも人間で試さなくてもいいじゃん。探せば怪物がその辺に居るだろ!」


「…………彼女の能力が怪物に効かず、人間だけに有効な場合もあります」


 ドミニクさんの意思は固い。

 そうして、ドミニクさんは腰に帯刀してる剣を抜いて、その刃先で指を切る。


 真っ赤な血が地面に垂れ落ちる。


「試してみてください」


「おし、やってみるぜ!」


 息を呑んでその光景を見守る。


 …………結果は何も起こらなかった。



「―――――ぐっ、駄目みたいだ」


「どうやら、そのようですね。ルイーズが操れるのは自身の血のみと」


 その結果に、安堵の息をこぼす。

 今のはとても心臓に悪い。


「よし、そろそろお腹が空いたわね」


 今のを傍観していたアンジェリカが口を開く。

「…………そうだな。能力の実験は後にして、先に飯を食おう」


 アンジェリカの言葉に賛成して、ローズさんたちの元へと向かうことにした。







 朝食の煮込みスープはとても美味しかった。

 だが、食材の形がどれも微妙であった。


 まあ、大きいのである。なので、食べづらい。一目見ただけで、雑に切られた感じが伝わってくる。

 当の本人のアルドニスは、「俺が野菜を切りました! えっへん!」とドヤ顔を晒しているが、ツッコミを入れる者はいない。



「この野菜、ゴツゴツしていて食べづらいな」


 そんな最中、唐突にルイーズが感想をこぼす。


「まあ、アルドニスが切ったから」


「ええ、そうね」


「…………」

 ドミニクさんは無言であるが、全員がそれを認めていた。

 アルドニスはショックを受けたようで、うなだれている。



「…………なんだよう。食べれるからいいじゃねえか」


 ぼそりと呟く。


「なるほど。アルドニスは料理が苦手なんだな!」

 ルイーズが何かを察したように、ポンッと手を打った。


「まあ、食べにくいけど味は美味しいから」


 アンジェリカの助言に、アルドニスの心が救われる。

 あぁ、なんという女神力。


 …………味付けはローズさんが行ったと、口にするものはいない。






「朝食を食べ終わったところで、みんなに話があるわ」


 アンジェリカが唐突にそう切り出した。

 話の内容は察することができる。これから挑む怪物のヴァーテクスの神殿に関することだろう。


「今から挑もうとしているテラシアの神殿の内部は迷宮構造と呼ばれるくらい、複雑なものになっているわ」


「え…………」


 アンジェリカの言葉に、息をこぼす。

 迷宮構造?


「つまり、ダンジョンってことか」


「話を続けるわね」と軽くスルーされたのが痛い。


「神殿は地下に伸びていて中はすごく広いの。そして、当然怪物たちが数多く神殿内部に潜んでいるのよ」


 みんなは真剣にアンジェリカの声を聴いている。


「ここで重要なのが、神殿内の怪物の攻撃はヴァーテクスに通ってしまうという事なの」


「―――――え!? 通るの?」


 俺の驚きを、アンジェリカは頷いて肯定する。


「うん。だから、ヴァーテクス単身の攻略は不可能とされているの。過去にフローガも挑戦しているけど、返り討ちになっているわ」


 …………マジかよ。

 ってか、ヴァーテクスに攻撃は通らないっていうのに、例外が多くないか?


「それで、この後実際に神殿に入るわけだけど、ここで私の目的を話しておきたいの」


「目的? 怪物のヴァーテクスを打倒することだろ?」


「それは最終手段よ。テラシアに対してのみんなの印象って怪物のヴァーテクスっていう事が強いでしょ?」


 …………まあ、俺はそういう風に聞かされていたから。


 それはみんなも同じようだった。

 それぞれが肯定を示している。


「でも、600年前まではテラシアは怪物のヴァーテクスって呼ばれてなかったのよ」


「600年前!?」


 急に出てきた途方もない年月の話題に、息を吹きこぼす。


「そう。そもそも600年前までは怪物なんて存在していなかったのよ」


「…………つまり、600年前にテラシアと呼ばれるヴァーテクスが怪物を生み出したのが怪物が誕生しだしたキッカケという事か?」


「ええ。でも、分からないことがあるのよ」


「分からないこと?」


「私の記憶の中のテラシアは決してそんなことをするようなヴァーテクスじゃなかった。テラシアはすごく優しいヴァーテクスだったの。そして、それは人間に対してもそうだったのよ。でも、600年前に急に姿を消してこの世に怪物が誕生し始めた」


 …………600年前は優しかったテラシアという存在。

 そんな人が急に姿を消して怪物を生み出した。


 その怪物は人々を襲う。

 それは600年以上も続き、今では人類にとって恐怖の象徴とされている。



「なんでテラシアは怪物を生み出したのか。私はそれを本人の口から聞きたいの。だからテラシアに会ったら先ずは対話をしたい。それをみんなに手伝ってほしいの」



「テラシア様を説得できれば今の人類が抱える怪物の問題は全て解決できるかもしれません。私はアンジェリカ様に従います」


「そうだな」

「手伝います」

「任せてください」


「うん。対話で解決するならそれが一番だよ」


 そう言うと、アンジェリカは笑みをこぼしてお礼を告げる。



 そな姿をみて、胸の中で熱が広がったのを感じた。







 移動を再開させる。


 見えてきたのは終わりが見えない広大な森だった。


「…………あれが、終焉の森」


 俺が言葉をこぼすと、ドミニクさんが横で頷いた。


「この世界に残った未開拓領域。その広さは世界の3分の1と言われています」


 この世界の地中を流れる水路が最終的に行き着く終着点。

 その広大すぎる森は白く濃い霧に覆われていて、その奥は神秘のベールに包まれている。



「この森の比較的浅いところに神殿の入り口があるわ。そこまでは馬車で進みましょう」


 アンジェリカの言葉に、アルドニスが手綱を握る。


 森に入ると蒸し暑さを感じた。

 空気が重く、視界が悪い。当然、煌点の光は届かない。


 霧が濃く、戦闘の馬の姿さえ視認できなくなった。


「こんな霧が濃いのに、真っ直ぐ神殿に向かえるものなのか?」


「森の入り口に立っている木の幹に黒い布が巻いてあったでしょう? それが怪物のヴァーテクスの神殿まで真っ直ぐに続いているのよ」


 荷台から顔を出して、外を見る。

 視界は最悪だが、白い霧に包まれた中でいくつか木が流れていくのが見えた。

 その木には黒い布が巻いてあり、それが前方の木へと途切れることなく続いている。



 なるほど。この布が道しるべとなっているようだ。


 数分後、濃い霧を抜けた。視界が開け、視界に光が差す。


 馬車が減速し、その場に停車する。

 その空間は霧に覆われていなかった。


 太い木の密集地帯。その中に古く大きな建造物が地表から顔を覗かせていた。


「…………これが怪物のヴァーテクスの神殿」


 その声は誰のものなのかわからない。

 ただ、それを見上げる全員が息を呑み身体を硬直させていた。



 その神殿は古いレンガが詰まれてつくられていた。

 周りにはツタが巻き付いている。

 そして、巨大な入り口がこちら側に空いている。



 まるで巨大な怪物の口みたいだ。


 その神殿の奥には、成人男性が6人横並びになっても足りない程の太い樹木が立っていた。



 圧巻なされる光景とはまさにこのことだ。



「中に入るわよ」


 最初にそう切り出したのはアンジェリカだった。

 彼女の声に従い、馬車を固定させて荷物を下ろす。


 神殿の入り口に立ってみると、その中から冷たい空気が流れてきた。


 武器が詰まった荷物を引き摺りながら中を警戒して進んでいく。

 薄暗く、冷たい空気に鳥肌が立つ。


 煌点の光が届かないその建物の中は、床と天井を繋ぐようにしてランダムに石の柱が立っているだけだった。

 ずっと奥まで続いているような広い空間。


 途端、視界の奥でなにかがズルッと動いた。

 黒い何かが柱と柱の間を縫いながらこちらへとゆっくり迫ってくる。


「―――――っ、何か来ます。警戒を!」


 ドミニクさんの言葉に、全員に緊張が走った。


 姿勢を低くして、直ぐに動けるようにそれぞれの武器へと手を掛ける。


 ズズズッと地面を這いながら巨大な何かが近付いてくる。

 入り口から差し込む光に照らされ、その正体が明らかとなる。


 紫色の甲殻に覆われた身体を地面に擦りながら、黄色く輝く瞳でジッとこちらを観察している。

 その名はネオルピス。


 以前、森の中でアンジェリカたちが倒した禍々しい角を持つ蛇の怪物だ。


 迷宮攻略の最初の戦いが始まる。



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