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無名頂上種の世界革命  作者: 福部誌是
5 怪物のヴァーテクス
28/119

5-1

 美しき街、アストロが見えなくなったところで馬車は停止した。


 どうやら追手は来ていないようだ。そのことに、安心してテントを設置して休むことにする。

 アストロの街に滞在したのは、ほぼ1日というところか。

 その割には数日分の疲れを感じる。


 身体を重くする疲れから、できるだけ早く休みたいが、そういうわけにはいかなかった。


「ドミニクさん」


 名前を呼ぶと、若草色の髪を揺らしてこちらを振り向いた。


「どうしたのですか?」


「…………ドミニクさんの能力に関してです」


 要件を伝えると、彼は思い当たる節があるのか、少し微笑み首を傾げた。


 さっきのドミニクさんの動きは、明らかに人のそれを越えていた。そう、まるで身体を強化しているかのように。


「ドミニクさんの能力ってなんなんですか?」


「身体強化ですよ。タクミと同じくね」


 俺の真っ直ぐな問いかけに、想像通りの答えが返ってくる。


「俺と全く同じなんですか?」


「いえ、発動の詳細が異なりますね。貴方の能力は自分で出力を制御するものですね?」


「はい」


「私の能力は戦闘中に出力が勝手に上がっていくのです」


「勝手に強化されるんですか?」

 ドミニクさんの言葉に、俺は問い直す。


「そうです。つまり、私は攻撃するたびに身体が強化されるので、出力の制御は出来ないのです」


「…………長期戦になればなるほど強くなる」


「ええ、そうです。ですが、限界はあります。そもそも、身体の強化という能力は他の能力よりも身体に負荷がかかりやすいです。その身体が耐えられる出力には限界があります」


「…………限界を超えると、どうなるんですか?」

 俺は息を呑む。


「そう簡単には限界を超えることはないです。その前に身体が悲鳴を上げて能力が扱えない状態になります。全身を焼かれるような痛みが襲うはずです」


 …………その説明から察するに、ドミニクさんは限界に達したことがあるのだろうか?


「い、痛そうですね」


「はい。物凄く。なので、注意して能力を使う事をお勧めします」

 ドミニクさんはそう言って微笑んだ。


「…………ドミニクさんに、お願いがあります」


「なんですか?」


「俺に、能力の使い方の特訓をしてくれませんか?」


「…………能力の使い方は人それぞれ違います。私とタクミの能力は似ていますが、使い方は異なるでしょう。ですので、能力の使い方はお教えすることができません」


「…………そう、ですか」


「でも、戦闘術の指導なら剣の指導と同様、教えることができます」


「戦闘術、ですか?」


 俺は顔を上げて聞き返した。


「はい。戦闘における基本的な立ち回り、そして体の扱い方です。どうでしょうか?」


「はい! お願いします!」

 俺がそう言うと、ドミニクさんは嬉しそうに微笑んだ。


「厳しくいくので、覚悟してくださいね」


 その言葉に、覚悟が揺らいでしまう。


 それでも、強くなりたかった。俺は今回、何もできなかった。役に立たなかったのだから。

 いざというときに、何もできないのは嫌だ。

 それに、この中で俺には罪がある。


 一度、逃げ出してしまった重い罪が。

 だから、俺が一番頑張らないといけないのだ。


「お、お手柔らかにお願いします」


 俺が引き気味にそう言うと、「それはタクミ次第です」と厳しい答えが返ってきた。


 そうして、夜は更けていく。






 翌日。


 移動の休憩中に、ドミニクさんに稽古をつけてもらう。


 木剣による試合から、剣の素振り。

 剣だけでなく、腕や脚を使った戦闘術まで…………。


 幅広いことを教えてもらう。

 この先は怪物のヴァーテクスが率いる怪物の群れと戦うことになる。

 いざというときに自分の身を守るのは自分自身だ。


 失敗がそのまま死に直結するこの世界で、戦闘術とは自身の身を守るための技法。


「まだまだ踏み込みがあまい!」


 ドミニクさんの指導に妥協はない。

 言われたとおりに、踏み込みを強くして剣を振るう。


 その一撃を軽く弾かれ、脚を引っかけられる。体勢を崩してその場に倒れる。そこへ、ドミニクさんの振るった剣が下ろされる。


「あだっ!!」


「常に次の動きを予測! 直ぐに行動に移れるように体勢を維持する!」


「はいっ!」


「そこ! 足が止まっています!」

「思考を止めない! 考えることの放棄は死につながりますよ!」


 厳しいその指導に、本気で応える。

「目を閉じない! 状況の把握こそ、戦闘術の基本です!」


 訓練と馬車による移動を繰り返して、俺の身体は摩耗していく。

 それでも、体を動かすことを止めてはいけない。

 脳を常に動かして、目の前の相手の動きに注意を働かせる。




 1日中動きっぱなしだからか、夜は気絶するように眠くなる。



 野営の準備が終わると、そのまま倒れるように眠りにつく。



 次の日。


 俺の攻撃を全て弾いたドミニクさんの木剣が俺の顎に命中。

 俺はそのまま弾き飛ばされ、地面に倒れた。



「まだまだだな!」


 そんな俺を見ていたアルドニスが息を吹き出した。

「…………なんだよ、アルドニスならドミニクさんに勝てるっていうのかよ」


 俺は起き上がりながら、反論する。

 そんな俺を心配してか、アンジェリカとローズさんが近寄って来る。


「おつかれさま」


「どこも怪我はしてないかしら?」


「はい。ありがとうございます」


 2人にお礼を言って立ち上がる。


 その後、視線を逸らして遠くを眺めるアルドニスに聞き返した。


「で、どうなんだよ?」


「か、勝てるわ。余裕だ、余裕」

 動揺しているのか、その声は震えていた。


「おや、面白いことを言いますね。それでは試してみましょうか」


 そこに、会話を聞いていたドミニクさんが切り込んでくる。


「げっ…………!」


 微笑みながらこちらに歩いてくるドミニクさん。

 恐ろしい。


「いやー、今日は調子がすぐれないかも…………です」


「言い訳なんかしてないで。ほら、槍もって」


「そ、そんなー。アンジェリカ様ぁ!」

 アルドニスを奮い立たせるアンジェリカは木の槍を手渡して促す。

 そんなアンジェリカに、困惑の色を浮かべて槍を手にして立ち上がる。




「さあ、いきますよ」


「応援してるわよ。アルドニス」


 アンジェリカの声援を受けて、アルドニスはドミニクさんに向かって行く。

 …………が、木剣で返され、重い一撃を腹に喰らって、その場に蹲る。

 たったの一撃で勝敗は喫し、ドミニクさんを称える黄色い声援が響いたのだった。



「アルドニスも最初の頃はタクミと同じように、毎日ドミニクにしごかれていたわ」


 俺がこの世界に来る前の日常の風景が語られる。


「そうだったの?」


「うん。それこそ、今のタクミよりも全然酷かったんだから」


 それを棚に上げて上から目線で話してきていたのか。

 明かされた事実に、アルドニスを睨む。


「それをばらさないでくださいよ!」

 苦虫を嚙みつぶしたような顔で、起き上がったアルドニスが口を開いた。


「そうですね。タクミはアルドニスより筋はいいですよ」


 そこに、涼しい顔をしたドミニクさんが参戦してくる。

 ドミニクさんの言葉に、打ちひしがれて、アルドニスは肩を落としていた。


「そうよね、アルドニスだめだめだったから」

 更にローズさんが、ふふふと笑みをこぼしながら畳み掛けた。

 笑いながらえぐいことをするものだ。

 ローズさんはお姉さん的で優しい人だと思っていたが、割と容赦がない人らしい。

 …………というより、S気があるのかもしれない。


 みんなの言葉がアルドニスに刺さる刺さる。

 それはもうグサッグサッと刺さったんではなかろうか。


 もしかしたら、アルドニスのHPはもうゼロかもしれない。



「じゃあ、最初にアルドニスを越えられるように頑張ります」


 目標を立ててみる。

 すると、


「おお、やってみろやっ!」

 と復活したアルドニスが叫んだ。





 休憩もひと段落したところで、再び馬車は進み始める。


「…………そういえば、追手が来ませんね」

 単純に、思った疑問をこぼす。


 今まで進んできた道を振り返ってみても、他の馬車の影は見えない。


「…………何かあったのかもしれません」


「何か、ですか?」


「まあ、考えたところで分かりませんよ。私たちは先に進むだけです」


「そうよ。いよいよ、テラシアが閉じこもる神殿に挑むんだから」


 テラシアというのは怪物のヴァーテクスの名前だ。

 アンジェリカの目的は人々に恐れられるヴァーテクスの打倒。

 それにより、問題が解決すればよいのだが、実際のところは難しいだろう。


 まあ、炎のヴァーテクスは倒した後、どこかに消えてしまったが…………。



「今回の戦いで、無事に怪物のヴァーテクスを打倒することが出来たら、少しは怪物による被害が少なくなるんでしょうか」


「…………それは難しいかもしれません。ヴァーテクス様を倒したところで、怪物が消える訳ではないですから」



 ドミニクさんの返しに、俺は俯く。


「それでも、きっといい方向に進むわ。交渉もしてみるしね」


 その横で、アンジェリカが口を開いた。




 馬車はアストロの街を出て、北西方向へと進んだ。


 怪物のヴァーテクスの神殿は終焉の森と呼ばれる大きな森に囲われているらしい。

 未だ、前方に森は見えない。



 ―――――ん?


 馬車の進路の先、こちらに向かって走って来る人影を見つけた。


「アルドニス」


 俺が呼びかけると、アルドニスも気付いたらしく馬車はゆっくりと速度を落した。

 その異変に、アンジェリカたちも気付き、荷台から顔を出した。



 その人物は、停車した馬車の前で止まると仁王立ちしてニカっと口角を上げた。


「お待ちしておりました! アンジーナ様とその従者の方々!」


 紺色の短髪。身体には大きな荷物を結ぶ紐がくくりついている。

 その女性は、低く大きな声でそう言って俺たちの進路を塞いだのだった。



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