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無名頂上種の世界革命  作者: 福部誌是
4 美のヴァーテクス
26/119

4-4

 縄を解いた後も、体に束縛感が残っていて気持ちが悪かった。


 しばらくすれば消えるだろうが、感覚が残っていると違和感があってなにかと集中できない。


「…………そういえば、この前タクミに失礼なことを言われたわね」


 ポツリと言葉をこぼして思い出す。


 私が抜けているとか…………。

 脳筋だとか…………。



「…………いいわ。私が華麗に助け出して、本当はいろいろと考えてるってこと、証明してあげるんだから」


 謎のやる気が浮上してくる。

 先ずはこの部屋から出てタクミたちを探す。


 これからの行動を頭でなぞってから頷く。


「よし、いくわよ!」


 能力で部屋に置いてあった豪華な椅子を持ち上げる。


 椅子を浮遊させて、そのまま扉へとぶつけてやる。


 ―――――!!


 轟音と衝撃が響き、硬そうな扉の破壊に成功する。

 藻屑となった扉に巻き込まれて、2人の男が悲鳴を上げる。



 廊下の明るい証明が開いた穴から部屋の中に入ってきて、いっきに部屋の中が明るくなった。


「よし、成功ね」


 想像通りの結果に胸を張る。


 これからタクミたちを探さなければならないが、当てはない。


 どうしようかと迷っていると突如、部屋の窓ガラスが派手な音と共に砕け散った。


 ―――――!!


「うー―――!」


 咄嗟に顔を腕で覆い、身を守る。

 窓の外から乗り込むようにして、ひとつの人影が中へと侵入してきた。


「っ!」


 距離を取って身を構える。

 だが、私の視界に現れた人物は私がよく知る信頼する仲間だった。


「って、ドミニク!?」


 反射的に彼の名前を叫ぶ。


 それに応えるように「はい」と短く返事をしたドミニクは立ち上がってこちらに近付いてきた。

 バリバリと砕けたガラスの上を移動してドミニクが詰め寄って来る。


「アンジェリカ様! お怪我はありませんか?」


「ええ、大丈夫よ」


 半歩後ろに下がりつつ、答える。


 ドミニクは「よかったです」と胸をなでおろしている。


「ドミニク、ここまでどうやって来たの? ここ3階よね?」


 さっき、窓の外から確認したがこの部屋は3階の高さにあるはずだ。



「はい。城壁をよじ登ってきました」


 澄ました顔でそう答えるドミニク。

 一見、真面目そうに見えるこの男だが意外と無茶をする。


 常識に捕らわれないというか、型にはまらないというか…………。


 とにかく、そんな一面もあるのだと思い出した。



「…………この城は外壁に囲まれていた筈よ。まさかそれも」


「ええ。飛び越えてきました」


 余裕そうな顔でそう答えるドミニクに、思わず笑みがこぼれる。


「ふふ、やっぱりドミニクはすごいわね」


「お褒めいただき、光栄です」


 ヴィーネの住まうこの城は周りを高い外壁で囲まれており、中に入るには正面の門を通過するしか方法はない。


 少なくともヴィーネはそう考えているだろう。


 だが、今の音はかなりの騒ぎになっている筈だ。

 敵が駆けつけてくる前にここを移動しなければならない。



「…………とりあえず、話は移動しながら聞くわ」


「はい。わかりました」


 頭を下げるドミニクに、私は頷くと共に外を警戒しながら廊下へと出る。


 正面に人の気配はない。

 それを確認して走り出す。



「…………その右腕」


 私は走りながら、隣を走るドミニクの右腕を見てそう呟いた。


 ドミニクの右腕には包帯が巻かれていた。だが、今はその包帯を外しているのだ。


「はい。邪魔なので取りました。痛みは残っていますが、動きに支障はありません」


 どうやらレオガルトに噛みつかれた傷は治っているらしい。

 その事実に頬を緩ませる。ドミニクが自由に動けるようになれば、それでこそ怖いものなしだ。


「よかったわ。…………それじゃあ、今までの行動を簡潔に説明お願い」


「はい。アンジェリカ様と別れた後、購入した武具を回収して馬車に運びました。その後、アンジェリカ様と合流するために街を駆けまわったのですが、見つからず捕まったと判断して城に乗り込んできました」



「なるほど、わかったわ。ありがとう。それで、これからのことなんだけど」


「アルドニスたちを解放するのですね」


「うん。そうなんだけど、場所がわからないのよ」


「捕まっている場所なら城に乗り込む前に、ぐるっとこの城を見渡してきたので把握できてます」


「…………え、ほんとに?」


「はい」


 驚くぐらいに優秀だ。優秀すぎて怖いくらいだ。



「それじゃあ、案内お願いしていいかしら」


「はい。お任せください」


 そう言って前に出るドミニクに続く。彼の背中を追って城の中を駆けていく。

 天井の明かりを次々と通過していく。


 捕まっている3人の身を案じて、私たちは急ぐ。









 ♦♦♦



 気が付いた時には手足を縛られていた。

 おまけに口まで縄で縛られており、呼吸すら満足にできない状態だった。


 声を出そうと試みるが、「うー」と意味のない音が僅かに響くだけだった。


 薄暗い部屋の中には俺の他にも捕まっている人がいた。


 アルドニスとローズさんだ。


 どうして捕まっているのか分からない。

 記憶を辿ろうとしても、最後に思い出せるのはこの街の武具屋で買い物をしたときのことだ。


 どうやら、俺たち3人は知らない間に眠らされたらしい。


 気が付けば捕まっていたのだから、敵は相当の手練れだと判断していい。

 幸いなことはアンジェリカとドミニクさんの姿が見えないことだ。


 違う部屋に捕らわれている可能性もなくはないが、考えづらい。

 その場合、男と女で部屋を分けるのが妥当な判断だからだ。

 つまり、アンジェリカとドミニクさんは捕まっていない可能性が高いのだ。



 だからと言って、ここで助けを待っているだけでは男が廃る。


 俺たちは協力してこの状況を打破しようとして、脚を無理やり動かそうと試みたり、腕力で縄を引き千切ろうと試してみた。

 だが、縄は簡単には千切れてくれず、俺はただ体力を消耗しただけだった。


 身体強化で腕力を強化しても結果は同じだった。

 縄で口を縛られている状態で、息を切らし、必死に鼻で酸素を肺へと送る。


 …………なんだか、この状況に興奮しているやばい奴、みたいになっている気がする。



 急いで息を整えて、落ち着きを取り戻す。

 ふと、2人の状況を確認してみる。

 アルドニスは縛られた状態だと、能力を上手く使用することができないらしく、集めた風が勝手に暴発して床に倒れ込んでいた。

 ローズさんはそもそも、体を縛っている縄をどうにかできるような能力じゃないらしい。



 …………だめだ。筋力とか、能力を使って無理やりとかではこの状況を打破できない。

 そもそも、そんな脳筋じみた行動ではなく、もっと頭を使うべきだ。


 この手の脱出ゲームなら何個かプレイしたことがあるし、アニメとかでも偶にあるシチュエーションだ。


 こういう時は部屋にあるものを工夫して脱出するものだ。


 ぐるりと部屋の中を見渡す。

 …………何もなかった。



 床に敷かれたカーペットだけ。家具のようなものは一切置いてない。

 引き出しとか机も置いてないから使えそうな道具すらない状況だった。



 少し高いホテルの客室ぐらいの広さに俺たちが縄で縛られているだけ。

 もし使えるとしたら、窓ガラスぐらいか…………。



 アルドニスの能力で窓を破壊して、その破片で縄を切る。

 もう、これくらいしか思いつかない。




 そんな時だった。


 部屋の扉の先から人の気配と音が聞こえてきた。



 男が2人、悲鳴を上げたかと思えば、勢いよく扉が開かれた。



「みんな、無事?」


 扉が開かれた瞬間、廊下の明かりが部屋に差し込んできて目をやられた。

 それと同時に、聞き憧れた美しい音色のような声が聞こえてきた。


 その声は俺たちの身を案ずるものであり、優しさと柔らかさに満ちた音だった。


 ―――――アンジェリカ!


 心が逸った。口から漏れ出た音は意味を成さず、ただの音となって部屋の中に響く。

 心臓が跳ね上がる。まるで、女神のように彼女は俺たちを見て微笑んだ。


「…………もしかして、もう操られてないの?」

 アンジェリカが俺たちを見て首を傾げた。



 ……操られてる?


 理解が追いつかないが、とりあえず、首を縦に動かす。


「よかった」とアンジェリカが安堵の息を吐いた。


「早く脱出しましょう」


 次に聞こえてきたのはドミニクさんの声だった。

 アンジェリカに続いて部屋の中へと入って来る。右腕に巻かれていたはずの包帯が取れている。

 つまり、回復したということか。


 頷いたアンジェリカとドミニクさんの手によって、俺たちは解放された。


「アンジェリカ! ありがとう!」


「仲間なんだから助けるのは当然よ」


 束縛していた縄がなくなり、自由を手に入れる。

 身体が少し軽く感じるのだから不思議なものだ。


「ドミニクさん。その右腕」


「はい。もう大丈夫です。これでようやく一緒に戦えますね」


 その微笑みに、「はい」と返事をする。

 込み上げてくる熱がある。その事実が何よりも嬉しく、また救われるような温かさがあった。


「それにしても、びっくりするくらい順調にいったわね」


 アンジェリカがドミニクさんにそう言うと、彼は頷いて返事をする。


「ええ。でも、ヴィーネ様に伝わるのも時間の問題です。急ぎましょう」


 ドミニクさんの言葉に頷き合い、それぞれ外を警戒しながら廊下へと出る。


 敵の気配は感じられない。



「急いでるとこ悪いんだけど、状況の整理がしたい。俺たちはなんで捕まってたんだ?」


 T字路の角に隠れながら、先の警戒をするドミニクさんに語りかける。


 すると、答えたのはアンジェリカだった。


「ヴィーネの能力よ。人を操る力だと思う」


 その答えに、記憶が鮮明となる。

 確かに、武具屋を出た後、美のヴァーテクスのパレードを目にした気がする。


「ヴィーネはこの街に住んでる人間を操っている。それで私たちを捕まえようとしてるの」


「……なるほど。って事は俺たちは美のヴァーテクスに操られていたと。………条件はなんだ? 姿を視認することか?」


 人を操るという強力な能力だ。無条件でも能力をかけられる可能性があるというのがヴァーテクスの恐ろしいところだ。


「……恐らくですが、それ以上に厳しい条件があります。私はヴィーネ様を視ても能力にかかりませんでしたから」


 ドミニクさんの補足に、なるほどと相槌を打つ。


「まあ、考えても仕方ないことは置いておこうぜ。つまり、ヴィーネ様に見つかる前にこの街を出ればいいんだろ?」


 横でアルドニスが口を開く。

 脳天気というか、ポジティブというか……。


 さすがはアルドニスだ。


「ところで、荷物はどうしたのかしら?」


「荷物は私が馬車に積んでおきました。なので、後は馬車に乗ってこの街を出るだけです」


 ローズさんの質問にドミニクさんが素早く答える。


「……大丈夫そうですね。進みましょう」


 その後、警戒を終えたドミニクさんが先頭となって飛び出した。

 その後を俺たちは追いかける。




 その時だった。



「いたぞ!」

「見つけた!」


 後ろから多くの人達が声を上げて走ってきた。


 ―――――まずいっ!


 ひとめ見ただけでも、20を超える人々がこちらに迫ってきている。

 目が血走っていて、我先にと他を押し避けて廊下を走ってくる。


 狂気に満ちたその住人たちに、ゾクリと背中に悪寒が走った。

 美のヴァーテクスに操られた人間たち。


 我を忘れて、自らが信仰するものの為に狂い、操りる人形。


 自分たちもああなっていたと思うと、かなり気持ちが悪かった。


 ……捕まれば、美のヴァーテクスの前に引きずり出されるだろう。

 だからといって、なんの罪もない人を傷付けるわけには行かない。

 抵抗手段は限られる。その中で20を凌ぐのはかなり大変だろう。


 時間の消費はイコール敗北を意味する。

 次に誰かが捕まれば、助け出せる保証などない。


 どうする?


 思考が濁流と化す。

 その一瞬の迷いが命取りとなる事に気付くことなく。


 彼らのその手が、この身に届かんとして…………。



 その手を遮ったのは、先頭にいたはずのドミニクさんだった。


 綺麗な若草色の長髪を揺らし、腕を掴んでそのまま投げ飛ばした。

 飛ばされた男性は廊下の床にバウンドして転がる。

 それに押し倒されるようにして、後方にいた男性が巻き込まれて軽い雪崩を起こした。


「私が残ります。みんなはこのまま1階に降りて脱出をして下さい」


「……ドミニク!?」


 その行動に、アンジェリカが声を上げた。

 それもそのはず。

 敵はまだ15人は残っている。

 倒れた人たちも少ししたら起き上がって来るはずだ。


「心配しないでください。直ぐに追いつきます」


 俺たちに背中を向けて、少しだけこちらを振り向くその顔は笑っていた。

 穏やかなその笑みに、迷っていたアンジェリカが覚悟を決めたように頷く。


「………わかったわ。先に行ってるから」


 アンジェリカが先頭になって走り出す。

 ドミニクとローズさんがそれに続いて走り出す。


 俺は足を止めて、ドミニクさんの背中を眺めていた。


 大きなその背中に、動かされるものがあった。

 彼が残ると言った意味を考える。

 そのかっこいい在り方に俺は背中を向ける。


「任せました」


 ただ、それだけを残して。

 アンジェリカたちの後を追う為に走り出す。









 ♦♦♦




 白亜の城の中枢で、美のヴァーテクスは悩んでいた。


 どうにかして、アンジーナに負けを認めさせる。

 その為には彼女が頼りにしてるドミニクという人間を捕まえなければならないと。


 その為の策を、1人で熟考していた。



 そこへ―――――。



「ヴィーネ様!!」


 鬱陶しい程に騒音が鳴り響いた。


 扉が勢いよく開かれ、1人の男が慌ただしい様子で中に入ってくる。


 その蛮行に苛立ちを募らせるも、それを一切表に出さずに問う。


「どうしたの?」


「はい。アンジーナ様が縄を解き、逃亡しました!」


 その報告に、思わず椅子から立ち上がる。


 アンジーナが逃げ出した。


 その事実に、思わず舌打ちが漏れ出てしまう。


「何をしてるのよ!」


 役に立たない駒に苛立ちをぶつける。


「直ぐに捕まえなさい。私も出るわ」


 全力をもってアンジーナに負けを認めさせる。


 美のヴァーテクス。

 ヴィーネ・テオスの存在意義を賭けて。


 完璧な美の体現者は、そうして目的の為に踏み出したのだった。



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