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無名頂上種の世界革命  作者: 福部誌是
4 美のヴァーテクス
24/119

4-2

「美のヴァーテクス様!」


繰り返される。熱狂的な思いが音となって繰り返される。

だれも、この光景を異常と捉えていない。


「タクミ? アルドニス? ローズ!」


アンジェリカは腕を伸ばしてタクミの肩を掴む。


「美のヴァーテクス様!」


だが、強引に引き剝がされてタクミは美のヴァーテクスに向かって縋るように両手を伸ばした。


「一体、どうしちゃったのよ!」


諦めることなく、隣にいたローズの肩を掴もうとする。

だが、ローズはアンジェリカを無視するように美のヴァーテクスのパレードを祝福する列の中に入っていく。


「…………待って」


縋るような声。

必死に腕を伸ばしてその背中を掴もうとする。


だが、アンジェリカの想いは届かず、3人はアンジェリカから離れていく。


「う、うぅ。…………待っ、てよ」


いつの間にか、アンジェリカの眼の下には涙が滲んでいる。

グッと胸を押さえながら必死に腕を伸ばした。


「―――――っ! 大丈夫ですか!」


瞬間、周りの雑音が消える。

アンジェリカの目の前に立つのは若草色の長髪の男性だった。


「…………ドミニク?」


「アンジェリカ様、大丈夫ですか?」


アンジェリカは差し出された手を掴む。

すると、それに応えるようにドミニクはその手を掴み返した。


アンジェリカは小刻みに震えている。その体を支えながらドミニクは他の3人に視線を向けた。


「美のヴァーテクス様!」

「美のヴァーテクス様!」

「美のヴァーテクス様!」



困惑の色を顔に浮かべてその様子を凝視する。




「止まって!」


銀鈴のような音が響いた。

それは、人間のものではなく、パレードの中心にいるヴァーテクスの声だった。



アンジェリカはとドミニクは咄嗟に顔を上げて後ずさる。

だが、その行動をとるには少し遅かった。



美のヴァーテクスはゆっくりと椅子から立ち上がると、人力車に設けられた階段を降り始めた。

その一挙手一投足が色っぽく、見ているものの心を奪う美しさがあった。

多くのものがその動きに息を呑み、言葉を失う。

先程まで熱に浮かされ叫んでいたのが嘘のように、街の中に静寂が訪れた。


その場にいるすべての人間が彼女に釘付けになっている。

それを理解しながら、美しく、そのヴァーテクスは歩みを進めた。


人力車から地上に降り立つ。踵の部分が長い、綺麗な透明色の硝子靴がカツンと音を奏でる。

煌点の光が幕のように美のヴァーテクスを包み込んでいる。



「ヴィーネ様」

ひとりの女性が前に出る。その女性は美のヴァーテクスの神官の一人だ。

そうでなければ、即刻首が飛んでいるのだから。



「道を空けなさい」


その声がかけられ、3秒で綺麗に人の壁が割れる。

美のヴァーテクスとアンジェリカたちをつなぐ道が自然と出来上がったのだ。


人々は頭を垂れて美のヴァーテクスの声に従う。

それはまるで統率のとれた集団行動のような動きだった。




美のヴァーテクス、ヴィーネ・テオスが歩く度カツンという音が響く。


ヴィーネはアンジェリカたちの前で脚を止めると、胸の下で腕を組んで口を開いた。


「貴方たち、私の能力にかからないのね」


綺麗な声が響く。

その音に、アンジェリカとドミニクは互いに肩を寄せ合った。


ヴィーネは見下すようにドミニクを見た後、頭を布で隠す無礼者をその綺麗な蒼い瞳で睨んだ。


「顔を見せなさい」


ヴィーネはアンジェリカに掛けられた布を片手で払い落した。


綺麗な薄紅色の髪、かわいらしい顔と白いスリットの入ったドレスが露わになる。


「―――――っ、アンジーナ!?」


驚きに目を剝きながら言葉をこぼす。

たとえ、驚いた顔を見せてもその美貌が崩れることはない。


「―――――くっ!」


アンジェリカは咄嗟に能力を使用する。

すると、払い落された布が勝手に舞い上がり、ヴィーネの顔に纏わりついた。


「んっ!」


色っぽい喘ぎ声が響く。

アンジェリカは動きを再開させ、ドミニクの腕を力強く引っ張る。


「走って!」


目元に浮かぶ涙を振り払ってアンジェリカは叫んだ。

その力強い響きに、ドミニクは我に返ってその声に従った。


「は、はいっ!」


ヴィーネは顔を覆う布に苦戦したのち、強引に布を剥ぎ取って叫ぶ。



「追いかけなさい!」


たった一声。

まるで操り人形のようにその号令に従う人々が動き出す。



ヴィーネのパレードに参列していた人々が一斉に動き出し、アンジェリカとドミニクを追いかける。



「ヴィーネ様!」

神官のひとりがヴィーネに駆け寄る。


「アンジーナを捕らえよ」


「は、はい。了承しました!」


ヴィーネに命令された女性がその場を去る。


「そこの人間」

ヴィーネの呼びかけに応えるように、人力車を引いていた大男がヴィーネに頭を下げた。


「この3人を神殿まで連れていって」


「仰せのままに」

大男はヴィーネの命令に従い、3人の人間の手を縄で縛り始めた。


それはタクミとアルドニス、ローズの3人だった。


「あまり強く縛らないでね。後々面倒なことになるから」


男はヴィーネの忠告に短く答えて縄で3人の腕を繋げた。




「逃がさないわよ。アンジーナ」


ポツリと呟き、アンジェリカに対して敵意を向けた。











♦♦♦



息を切らしながら、街の中を走る。


すれ違う人は存在せず、文字通りこの街の全員があのパレードに参加していたようだ。


建物の角を曲がる。

すぐ後ろには沢山の人の気配が迫ってきているのを感じる。


此処で捕まる訳にはいかないと必死に走り続ける。


「ん、そこの下で休みましょう」


隣を走るドミニクの声に従って彼の後に続く。

目の前には透明な水路が流れており、その上を大きな橋が架かっている。

その上を通らず、橋の下側にある空洞に滑り込んで、身を低くして息をひそめる。


暫くすると、大勢の人間の足音が直ぐ上を通過していった。

石畳を踏む音が通り過ぎていく。


「…………見つからなかったようですね」


上の気配を確認したドミニクが口を開いた。

その言葉に安堵のため息を吐く。



「…………それにしても、大変なことになったわね」


「ええ。全くです」


疲れた体を休めながら息を潜めて会話する。


「人間を操るのがヴィーネの能力ってことでいいのかしら」


「そうですね。何か条件がありそうですが」


「そうよね。ドミニクはかからなかったものね」


上を警戒してドミニクが静かにするようにと指示を送って来る。

それに従って口を押える。


すると、ドミニクの狙い通り数人の人間が橋を走って渡っていく。


「…………どうやら、分散して探しているようですね」


「そうなんだ」


「ええ、ここに隠れていても見つかるのは時間の問題です。なので、この先の行動を決めましょう」


「先ずはタクミたちをどうにかしないとね」


「はい。それが一番の問題です」


「あとは武器をまとめて全員でこの街を出る。達成できるかしら?」


「問題ないです。私がいますから」

そう言ってドミニクは微笑んだ。


「うん。頼りにしてるわね」


微笑み返して立ち上がる。


「荷物は私が回収します。なので、アンジェリカ様は敵のかく乱をお願いします」


「ええ、任されたわ」

胸を張って答える。

すると、自然と笑みがこぼれだしてきた。


見つかれば捕まる。

こんな状況なのに、この感情は不思議だ。


「どうしたのですか?」

こちらの顔を覗き込むようにドミニクが首を傾げた。


「懐かしいなと思って」

そう答えると、ドミニクもほんの少し頬を上げた。


「…………そうですね。この旅はアンジェリカ様が始めた戦いを、私が賛同したところから始まったんでしたね」


橋の下から空を仰ぐ。

目を細めて遠い景色を見るように。






「―――――、いたぞ!」


直ぐ近くで男性の声が響いた。

その声に反応して多くの人間がこの場に集まって来るだろう。


「それじゃあ、あとでね」


「はい」


別れを告げて走りだす。

敵は狙い通り、こちらに向かって走って来る。



ドミニクが動きやすくなるように多くの注意を自分に集める。

自身に課された目的を果たすために逃げまくる。



ヴァーテクスが相手ではドミニクは戦力にはならない。

それでも、彼は私が知る限り最強の人間だ。


人間や怪物が敵の場合なら、ドミニクが負けることも、失敗することもない。


私は晴れやかな気持ちで街の中を駆けていく。











「はっ、…………ほい!」


街の中に存在するあらゆるものを利用する。

石畳、建物の横に積まれた木の樽。商人の荷物。


使える物を能力で動かして敵の足止めを行う。

もちろん、怪我が最小限になるように手加減して。



「っ! ―――――いっ!」


死角から伸びてきた紐を咄嗟に回避する。

突如感じた寒気に、全身鳥肌が立つ。


脚を止めて振り返ると、建物の陰からひとりの女性が出てきた。

綺麗な装束を着飾った綺麗な少女だ。恐らくヴィーネの神官なのだろう。見た目の年齢は15から17くらいだ。


「すみません。ヴィーネ様の命により、アンジーナ様を捕らえさせていただきます」


彼女は紐をぐるんぐるん手元で回転させると、こちらに先端を投げつけてきた。頭を下げて回避………。


すると、紐が綺麗に回転して私の周りに綺麗に弧が出来上がった。


「す、すごい…………!」


感心して思わず息がもれる。…………と、感心してる場合じゃない!


咄嗟に飛び上がって紐を越えて着地する。次の瞬間、紐が急速に狭まって中に居る獲物を縛り上げるように動いた。


「ほぇー」


彼女の縄捌きに感動する。すごい腕だ。人を捕らえる、又は人を縛り上げる達人なのだろうか。


ひゅん!と縄がまるで蛇のように中空を進んでくる。


縄に触れたら即縛られると本能が警告している。



ちょっとの努力で身に着けられる技じゃない。

きっと、人を縄で縛る達人なのだ。



考えを改めて距離を取りながら彼女の紐を避ける。

すると、いつの間にか背後に回り込んでいた大男が狂気に目をひん剥きながらこちらに倒れこんできた。


「ひぃ! しまっー――――!」


その大男に気を取られた瞬間だった。身体にぐるりと縄がまとわりついてきた。


身体がヴィーネの支配下にあるってことはー――――!


危惧していたことが現実となる。

美のヴァーテクスであるヴィーネに操られた人間の攻撃はヴァーテクスに効いてしまうのだ。


つまり、本来なら障壁で弾かれるはずの縄は私の身体を固く縛り上げた。


「――――んっ!」


少女は放たれた縄の端を見事に掴むと、謎の動きで更に動きにくく私の身体を縛りなおした。

その時間僅か3秒。


胸部を囲う様に強めに縛られる。身体が圧迫されたためか、思わず変な声が出てしまった。

首から太腿の付け根へ。中心に六角形がつくられ、身動きができない。


おまけに両腕はもう一本の縄で身体の後ろで縛られて、文字通りきつく束縛されてしまった。


「…………ちょ、なにこの変な縛り方ぁ!」


「変な縛り方ではありません! これは女性を縛る上で最も形が美しい縛り方なのです!」


「で、でも服の上から体に縄が喰い込むっていうか…………」


「ええ。そうです。非常にそそられますね」

じゅるりと変な音が聞こえてくる。

身体の芯が熱くなってくる。考えることが嫌になってくるほどに。


「な、何がよ! っていうか、一体だれが考えたのよ! 文句を言いたいわ!」

身体が縛られ、身体が変に熱くなってくる。身体を動かそうとすると、縄で擦れて痛い。

こんな縛り方で縛った彼女と、こんな縛り方を考えた奴に文句を言わないと気が済まない。


「わたくしです」


ドヤ顔でそういう彼女に、思わず聞き返してしまう。


「わたくしが考案しました。ぶっちゃけ、わたくしの趣味全開です!」


彼女の熱に圧倒される。というか、いい加減頭が疲れてきたようだ。暑くて暑くて仕方がない。

はやく解いてほしい。もし、こんなところをみんなに見られたら恥ずかしくて死にたくなっているだろう。


「は、外しなさい」

ダメもとで言ってみる。

私はヴァーテクスだ。その命令に人間が逆らえる筈ないのだから。


「却下します」


あれ? なんで!?



「さて、お仕事完了なので、…………そこの貴方、アンジーナ様を丁重に神殿へと運んでください」


彼女が近くに待機していた大男に指示を出す。

すると、「うい」と頷いた大男は軽々と私の身体を持ち上げた。


「~~~~~っ! ちょ、自分で歩くから、お、下ろして!」


「ヴァーテクス様のお手を煩わせる訳にはいかないので、却下します」



「あ、あなた本当に人間なの!? さっきから私の言う事、全然聞いてくれないじゃない!」


「失礼ですね。ちゃんと人間ですよ。ただ、ヴィーネ様に忠実なだけです」


大男は肩に私を担いで歩き出す。

こんな屈辱は初めてだった。


「さて、ヴィーネ様が待っています。早く戻りますよ」

「うぃ」



「やだー、ヴィーネのところに行く前にこれを解いてー!」


その声はただ虚しく街の中に吸い込まれるように響くだけだった。

ヴァーテクスとしての面子が丸つぶれとなり、私は虚しく運ばれた。


最期の足掻きとして駄々をこねてみたが、無駄だった。


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