4-1
煌点が昇る。
「おっはよう! 今日も1日頑張っていこう!」
そんな陽気な声に目を覚ました。
顔を上げると、朝の光に向かってダウトが手を伸ばしていた。
「…………何をしてるの?」
「今日1日を無事に乗り越えるおまじないさ」
キランッと目を輝かせるダウト。
目元はサングラスをで隠れているのでわからないが、容易にその様子を想像できる。
「…………ん? もしかして、その目を隠すやつって付けたまま寝たの?」
そういえば、昨日夕飯を食べるときも付けていた。
機能的に夜は必要ないと思うんだが。
「あたりまえさ。これは僕の存在を主張する個性の一部だからね」
ちょっと何を言ってるのか分からないのでスルーする。
「へぇー、そうなのか」
「あれ、反応が薄くない?」
「朝だから、頭が回らないんだよ」
朝特有の頭の重さに悩まされつつ。身体を起こして伸びをする。
「あ、おはよう」
そんなかわいらしい声が聞こえてくる。
「おはよう、アンジェー――――っ、ば!!」
振り向いて目を引ん剝く。
咄嗟に身体が反応して、寝床として利用していた布団を舞い上げた。
「ん?」
それに驚いたダウトが振り向く。
その瞳に視認されるより早く俺は布でアンジェリカの顔をぐるぐるに包み込んだ。
…………つまり、アンジェリカは顔を隠さずにこの場に現れたのだ。
「むぐー」と布の中で声を荒げるアンジェリカ。
「何してんの!?」
俺は音量を限りなく抑えて耳元で叫んだ。
「ご、ごめん。うっかりしてたわ」
そう答えるアンジェリカに面食らう。
「…………えっと、何してるの?」
不信を持たれたら終わりだ。
「こ、こらー。病弱なんだから大人しくしてないと駄目だろ」
棒読みで呟く。
「わ、ワカッタワ」
ガチガチな声で返すアンジェリカ。
そうしてアンジェリカをダウトの前から引き離して遠くに追いやる。
「ありがとう、タクミ。助かったわ」
「いえ、…………アンジェリカって意外と天然っていうか抜けてるところあるよね」
今までの行動を振り返ってみる。
思い当たる節がいくつもあった。
特に、無策でフローガと戦っていた時とか…………。
「そ、そうかしら? そんなことないと思うけど…………」
うん。自覚なしかぁ。
まあ、自覚があったらもう少し慎重に行動するわな。
心の中で大きなため息をつく。
「…………もしかして、失礼なこと考えてない?」
「最初にあった頃とだいぶ印象が変わったなと」
「どんなふうに?」
「えーと、勢い任せっていうか。…………脳筋なところがあるよなーって」
「ひ、ひどい!」
そう叫んで落ち込む様子を見せるアンジェリカ。
そんな顔をされると困るというか、自分の発言を悔やむ。
「…………大丈夫だよ! 悪い意味じゃないから。それに俺がフォローするし」
「別にタクミに助けられなくても大丈夫よ。私ひとりでできるわ」
子供が見栄を張るみたいに彼女は顔を背けてしまう。
「…………とりあえず、気を付けてね」
「言われなくても、気を付けるわよ」
そんな子供らしい一面もかわいらしさのひとつだ。
俺は頬を緩ませて彼女に謝る。これ以上機嫌を悪くされると非常に困る。引き返せなくなる前に彼女をなだめることにした。
それから、5日間の移動を経て、俺たちはついにアストロの街に到着した。
綺麗に並べられたレトロな石畳の街道。
その両脇に並ぶ木組みの銀色に輝く建物。その家々には豪華な装飾が施され幻想的な雰囲気を醸し出している。
街のいたるところに綺麗な花が咲いており、更に透明に透き通った水が街の中を流れているのだ。
花と水が上手く調和されたその光景はまるで街そのものが輝いて見えるほどだった。
馬を馬宿と呼ばれる繋ぎ場に預けて、街の中を歩く。
目の前に広がる絶景な街並みに圧倒され、俺は興奮しながら辺りを見渡した。
「すげぇー」
息を呑んで感動をそのまま口にする。
フランスというか、ヨーロッパ特有の建築様式を感じる。
つまり、美しいということだ。
俺と同じように感情を釘付けにされて街を眺めるアルドニスとローズさん。
ポカーンという効果音が聞こえてきそうだ。
「…………ドミニクさんはそんなに驚いてないですね」
冷静にゆっくりと馬車を進めるドミニクさんに話を振る。
「そんなことないですよ。充分驚いてます。私はこの街に来るのが初めてじゃないのでみんなより感動が薄いだけです」
「僕は何度も来てるけど、そのたびに同じ感動を繰り返すよ。あぁ、この街はすばらしい!」
「あら、ドミニクはこの街に来たことがあるの?」
ドミニクさんの言葉にローズさんが食いつく。
2人が仲良く話し始めたので、邪魔者は退散するとしよう。
俺は息を殺してその場から上手く離脱してみせる。
「ダウトは何度もこの街に来てるんだな。まあ、商人なら当たり前か」
「おぉ、ちゃんと反応してくれてありがとう。僕は嬉しいよ」
嘘っぽいうれし泣きを始めるダウト。
シカトを決め込んでやろうかと本気で悩む。
「さて、冗談はここまでにしておいて」
「ふー」と息を吐いてウソ泣きを止めたダウトは真剣な声でそう呟くと、
「僕はそろそろ別れるよ。やらなければいけないことがあるしね」と言葉を続けた。
「そうなのか。さびしくなるな」
そう呟いたのはアルドニスだった。
「おっ、そう言ってもらえるのは光栄だね。少しでも君たちの旅を楽しいものにできたのなら商人冥利に尽きるというものだ」
「あら、かっこいいことを言うのね」
ダウトのカッコつけた言葉にローズさんが反応する。
「そうだよ。僕はかっこいい商人だからね」
恐らく決め顔をつくったダウト。
サングラスともじゃもじゃの髭のせいで見えないのが残念だ。
「この街は食べ物もお酒も美味しいし、いろんなものが発展している。商業も医療もすごく充実してるんだ。よかったらゆっくりしていくといい」
「そうしたいけど、生憎とこの先にも予定があるからな。また機会があったらそうさせてもらうよ」
差し出された手をぎゅっと掴む。硬い握手を交わして笑顔で別れを告げる。
「たのしかった。ありがとう」
「こちらこそ。また会おう」
そう言って別れ、ダウトは最後にアンジェリカに視線を向けた。
「貴女もがんばって」
「…………へ?!」
アンジェリカが変な声を上げるが、気に掛けることなく、別の道へと逸れていく。
その背中は次第に小さくなっていき、人の流れで見えなくなった。
「アンジェリカ、どうかした?」
「知り合いと、…………ううん。なんでもないわ」
そう言って人の流れの奥を見詰めていた彼女は首を振って前に向き直った。
アンジェリカはブラフォスの時と同じように布で顔を隠したまま街の中を歩く。
その隣を歩いているのだが、そわそわするというかなんか落ち着かない。
田舎から都会に出ると、こんな心境なんだろうか。
綺麗な街並みが自分と合わないというか、自分だけが浮いているように感じるのだ。
だが、そんな状態に陥っているのはどうやら俺だけではないらしい。
少し前を歩くアルドニスもきょろきょろとしながら歩いており、挙動不審だ。
「武器を揃えたら、直ぐに街を出るわよ」
アンジェリカがそう急かす。
俺以外の3人は「はい!」と短く答えて、近くの武具屋に入っていく。
こんな綺麗な街には似合わない物騒な看板が立つ建物。
看板が無ければ武具屋だと分からないぐらい外見は綺麗でおしゃれだ。
「タクミも急いで!」
アンジェリカに手首を掴まれて引っ張られる。
「なんで、そんなに急いでるの?」
「この街にもヴァーテクスの神殿があるからよ」
アンジェリカの答えに一瞬思考が停止しかける。
「…………え? つまり、この街にもヴァーテクスのがいるのか?」
「ええ、そうよ」
そういう重要なことは先に言っといて欲しいぜ。
まあ、こんだけ綺麗な街ならヴァーテクスがいてもおかしくないか。
アンジェリカに促されて脚を早める。
3人が入っていった建物に俺とアンジェリカも入り、合流する。
「また客か? 今日は大事な予定があるんだ。買い物なら早くしてくれ」
態度の悪い店主の声が飛んでくる。
お客様は神様っていうおもてなし精神が皆無だ。
こんな店、今の時代ならSNSで一気に拡散されて3日と経たずに潰れておしまいだろう。
心の中で悪態をつきながら買い物を手伝う。
並べられた剣や槍。胸当てや肘、膝を守る装備を大量に買い込む。
手早く買い物を終わらせてこれ以上不快な思いをする前に武具屋を後にした。
出来上がった2つの大きな買い物袋を俺とアルドニスが手分けして持ち運ぶ。
「…………っと、重っっ!」
能力を使用して袋を持ち上げる。
対するアルドニスは素の力で袋を持ち上げた。
…………元の筋肉量が違うのだ。
アルドニスに負けずと体を強化して荷物を運んでいく。
その時だった。
「オオオオオォォォォォォォォ!!」
熱狂的な叫びが街の中を響き、鼓膜に届いた。
その声は何人もの声が重なり、波のように連続して響き合う。
「…………な、なんだ?」
荷物を落して、叫びの発生源に向かう。
すると、そこには人の密集地帯が出来ていた。
人間の肉の壁がひしめき合い騒ぎ立てている。
踵を浮かせて壁の向こう側を確認しようとする。
だが、直ぐにそんな必要は無くなった。
人々の熱狂的な叫び。それに負けないような派手な音楽に彩られ、それは道の奥から姿を現した。
大きな車輪が4つ付いた人力車。
屈強な大男たちが大勢でその車を押し引きしながらそれは進んできた。
その後ろを美しく着飾った女性が並んで歩いてくる。
だが、人々の関心はその女性たちよりも高いところに居座る人物に向けられていた。
「…………美のヴァーテクス様!」
誰かがそう叫んだ。
金色に輝く2メートルを超える人力車の上には派手に装飾された豪華な椅子が用意されている。まるで王族が座るのかと主張するその椅子には様々な色に輝く宝石のようなものが装飾されている。
だが、美しく輝くどんな宝石も、そこに座る1柱のヴァーテクスの前では霞んで見えた。
神々しく、美しいという言葉はその存在に用意されたものであると錯覚させるほどに。
吸い寄せられるような引力をもつ綺麗に伸ばされた銀の髪。その先は美しいウェーブがかかっており、きらきらと輝いて見える。
離れていても視認できるその顔は整い過ぎている程、綺麗な顔だった。
小さな顔に大きな蒼い瞳と、高い鼻、小さな薄い桃色の唇。
そのどれもが生命を引き寄せる美貌を持っていた。
耳には海色に輝くイヤリング。首元には真ん中に小さな金が埋め込まれた黒色のチョーカーをしている。
純白のドレスはきらきらと輝いて見える。右肩から斜めに胸を覆っているが横も胸元も露わになっている。ドレスに劣らない綺麗な肌。
細長い腕と脚は雪のように真っ白だ。
ごくりと生唾を呑み込んでその存在に釘付けになった。
心が浮き始め、思考は真っ白に漂白された。
次の瞬間、意識が世界と断線された。
♦♦♦
その存在に魅入られた身体は真っ直ぐに彼女の元へと向かって行く。
「美のヴァーテクス様!」
タクミの身体はヴァーテクスのパレードを祝福する列に加わり、ただ言葉を叫んでいる。
祝福を。
その存在を崇め、その瞬間に立ち会えたことに歓喜して祝福を告げる。
「美のヴァーテクス様!」
一瞬たりとも、その神々しい身体から目を逸らさない。
その美貌に酔いつぶれた依存者のように歓喜に包まれた感情を吐き出す。
「…………タクミ?」
アンジェリカの息がもれる。それはタクミの身を案じたものだ。
「美のヴァーテクス様!」
ただ、その言葉を繰り返す。
だが、その異常な状態に陥ったのはタクミだけではなかった。
「美のヴァーテクス様!」
「美のヴァーテクス様!」
さっきまで会話を交わしていたアルドニスとローズまでもが美のヴァーテクスを信仰する列に加わり、熱に浮かされてように狂いだす。
「美のヴァーテクス様!」
「美のヴァーテクス様!」
「美のヴァーテクス様!」
「美のヴァーテクス様!」
「美のヴァーテクス様!」
タクミも、アルドニスも、ローズも。
それ以外の街の住人が全て余すことなく、ただ1柱の存在に夢中になっている。
それは密に群がる蟻のように、美のヴァーテクスを崇めるという異様な光景だった。