3-7
一歩。また一歩、レオガルトに近付く。
この村に来てからこれまで、意識して考えないようにしていた。
アンジェリカの事も。他の仲間たちの事も。
能力は、使わないようにしていた。
使えるのか?
という疑問を切り捨てる。
直後、躰を熱が駆け抜けた。
奴を睨んで、脚を止める。そして、膝を曲げて腰を下ろした。
奴が地面を駆ける。だが、それよりも速く、この脚は地を蹴っていた。
滑るように振られた腕を躱し、首を目掛けて腕を振り下ろす。
そして、一撃でその首を両断した。
剣を振り払うと同時に、首を失った奴が地面に伏せる。
直後、疲労と安心感が襲ってきて、膝を地面に着いた。
レオガルトを倒した後、アラン村長とソフィアさん。衛兵の男性二人が駆けつけてきた。
ソフィアさんはハンナを見ると、泣いて飛びつき腕の中に彼女の身体を半ば強引に引き寄せた。
残る男性陣は足を止め、首を落され絶命している怪物を見て、驚き一色に顔を染めた。
「こ、これお前がやったのか!?」
目を剥き出しにしてアラン村長が見詰めてくる。
「…………はい。何とか倒すことができました」
俺は今日。明確な殺意を持って命を殺した。
その事実に喜ぶことなんてできない。
それでも、この選択がなければ俺もハンナも死んでいた。
だからこそ、俺は歯を食いしばって顔を上げる。
もう、自分の行いから目を逸らさない。
自分が殺した命の残骸を見て、それを受け入れる。
手足に力を入れて立ち上がる。
「だ、大丈夫か?」
そんな俺を見てアラン村長は俺を支えるように腕を伸ばしてくる。
「はい。ありがとうございます」
彼の手を借りて立ち上がる。
無事にレオガルトを倒すことができた。
それでも、俺にはまだやるべきことが残っている。
過去の過ちの清算。
それから、止めてしまった歩みの再開。
「このまま診療所に向かおう」
アラン村長がそう言うと、脚を止めていた衛兵が動き出す。
「手伝います」
ひとりの男性がハンナとソフィアさんに駆け寄る。
「僕は先生を探してきます」
そう言うともうひとりの男性は背中を向けて去っていった。
そうして、俺とハンナは診療所に運び込まれ2人して治療を受けた。
怪我は少なく、小さいものばかりだったので治療は直ぐに終わった。
だが、ハンナは体調を崩した直後に激しい運動を行ったという結果となったため、暫くの間診療所で様子を見ることになった。
俺とハンナ、そしてソフィアさんが集まる部屋の扉が叩かれて開かれる。
その向こうからアラン村長が姿を現した。
彼は俺とハンナを診療所に運んだあと、現状の把握のために診療所を後にしたのだ。
つまり、診療所に返ってきたのは現状把握が終わったという事だろう。
「今回のレオガルト襲撃は単体のものであった。ハンナ嬢ちゃんとタクミのおかげで死者は出ていない」
その事実を聞いてハンナと一緒に胸を撫でおろした。
「本当にありがとう!」
「…………はい。でも、俺が怪物を倒せたのは、ハンナのお陰です」
「そうか。ハンナ嬢ちゃんもありがとう」
「いえ、私は人として当然の行動をとったまでですから」
顔を上げたアラン村長は、ふうーと長く息を吐いた。
「じゃあ、俺は村の修復作業があるから戻るな」
アラン村長はそう言葉を残して足早に部屋を出ていった。
「タクミ、ハンナを助けてくれて、本当にありがとう」
アラン村長がいなくなった後で、ソフィアさんが深く頭を下げた。
「はい。間に合ってよかったです」
少しでも遅れていたらハンナを助けることは出来なかった。
結果的にはハンナがあの場にいたから俺は怪物を倒すことができたわけだが…………。
「本当にありがとうぅぅ」
普段は見せないしおらしいソフィアさんの態度にドキッとしてしまう。
「十分伝わりましたから、もう顔を上げてください」
慌ててそう促すと、ソフィアさんは素直に従った。
うん、これはギャップ萌えだな…………。
いや、だからと言って好きにはならないが!
「じゃあ、俺はアラン村長を手伝ってきますね」
「もう動いて大丈夫なの?」
俺の言葉に、心配する表情を向けてくるハンナ。
俺は、「うん」と強く頷いて診療所を後にする。
村の人たちと協力して、瓦礫などを運ぶ。
これから時間をかけて、壊れた建物を修復していくらしい。
レオガルトの襲撃の原因は柵の老朽化らしい。
村の中の瓦礫の撤去作業と同時に柵の修復作業も並行して行っているらしい。
作業を手伝っている途中、俺はあることを考えていた。
このまま彼女たちの事は忘れてこの村で生きていくという選択もある。
だけど、それはやっぱり自分の弱さから逃げるという事なのだろう。
逃げることは悪いことではない。
逃げるは恥だが役に立つ、ということわざもあるのだから。
それでも、俺はその選択を選ばない。
弱さを受け止めて向き合うと決めた。
だから、俺は仲間たちの元に戻る。
直ぐに時間は経過し、あっという間に夜になってしまった。
柵の修復は無事に終わった。
これから徐々に、村を囲う柵全体を補強していくらしいが、今日の作業は終了とのことだ。
長い1日もあと数時間で終わってしまう。
俺は遅めの夕食と水浴びを終えて診療所を訪ねた。
ハンナの病室の扉を軽くノックする。
中から明るい返事が聞こえてきたので、俺は扉を開けて中に入った。
「調子はどう?」
そう尋ねると、彼女はにっこりと笑みを浮かべた。
「平気よ。ソフィアさんたちが大げさすぎるのよ」
「それでも、今日ハンナが取った行動はそれだけ危険だったという事だよ」
生徒を叱る教師のような眼差しを彼女に向ける。
すると彼女は反省の色を強く出して、俯いてしまう。
ハンナがレオガルトを引き付けてくれなければ、十中八九、村人の中から死者が出ていたことだろう。
それでも、それとこれとは話が別だ。
彼女が取った行動、自己犠牲精神は褒めていいものではない。
きっと、それは彼女も理解しているだろう。
「ハンナが死んだら悲しむ人がいる。それを忘れないでくれ」
「…………うん。ありがとう」
彼女の言葉に、俺は深く息を吐いた。
すると、ハンナが少し目を輝かせてこちらを見詰めていた。
「さっきのタクミ、すごくかっこよかったよ。お伽話に出てくる騎士みたいだった」
幼い子供のように語る彼女に、俺は近くにあった椅子に腰を下ろした。
「そうかな? 少し恥ずかしいや」
「そうだよ! 私、小さいときから家の中で過ごすことが多かったから、その手の物語は大好きなの」
「そうなんだ。俺も物語は好きだよ」
少し意外なところで共通点が見つかる。
この世界に来てからこういった話をしてこなかったからか、少し新鮮な感じがして楽しい。
「いろんな物語が好きなんだけど、やっぱり一番好きなのは、娘の帰りを待つ父親の物語なんだ!」
「この前、言ってたやつだね」
「うん。ある日、急にいなくなってしまった娘が帰って来るのを待つ父親の物語なの」
ハンナは少し表情に影を落としてそう言った。
「…………最後はどうなるの?」
「悲しいことに、娘は最期まで帰ってこないの」
彼女の答えに、「悲しいお話だね」と呟く。
やっぱり、最後はハッピーエンドがいいものだ。
「そうだね。でも、娘を愛している父親の物語でもあるから私は好きなの」
ハンナはそう言って笑った。
「…………タクミは、どんな物語が好きなの?」
そう聞かれ、俺は自分が好きなアニメの物語を語って聞かせる。
熱が入り過ぎないように。ほどほどに抑えて。
でも、やっぱり抑えきることは難しくて、つい感情が乗ってしまう。
そんな俺の話を、ハンナは楽しみながら聞いてくれた。
話の区切りがつき、沈黙が訪れる。
夜の暗さと静けさが相まって、少し不気味さを感じる。
俺がハンナの部屋を訪ねた理由は2つある。
ひとつは彼女の体調の確認。それは最初に済ませた。
ふたつ目。それを切り出すためにタイミングを見計らっていたのだが、なかなか言い出すことができず、気が付けばこの部屋に来てから1時間近くが経過しようとしている。
俺は意を決して、暫く続いた沈黙を破った。
「俺、この村を出るよ」
ただ短く、彼女の眼を真っ直ぐに見てそう告げた。
「……………………うん」
寂しそうな表情だった。
今の間には、きっと俺が想像しきれないほどの想いが詰まっていた筈だ。
それでも、俺は自分で出した答えを変える訳にはいかなかった。
「…………ごめん」
俺がそう言葉をこぼすと、彼女は少し表情を歪めた。
「…………なんで謝るのよ」
「いや、…………なんで、だろうね」
俺は、自分が物凄くひどい人間であると自覚している。
彼女に希望を与えた。
希望を与えて、それを取り上げる。
俺がこの村から出ていくという事は…………。
彼女をまた独りにさせるという事だ。
最低の行いだ。
それを自覚して、彼女を見詰める。
「この数日間、本当に楽しかったよ」
「うん。私もよ。ありがとね、タクミ」
その笑顔に、胸が締め付けられた。
「お礼を言わなければならないのは俺の方だよ。…………ハンナには、すごく大切なことを教わった。だから、ありがとう」
深く頭を下げる。
「いいよ。私もタクミには助けられたし」とハンナはベッドの上で焦っている。
彼女はきっと俺の言葉の意味を正しく理解していない。
それほどまでに、彼女にとっては何でもない言葉だったのだろう。
彼女は俺よりも弱い存在でありながら、誰よりも強く清い心を持っていた。
まるで、俺が憧れてきた物語の主人公のような…………。
「やるべきことを、…………いや、違うな」
俺は頭を上げて、再び彼女を見詰めた。
「俺のやりたいことを終えたら、またここに戻って来るよ。ハンナにも会わせたい人たちがいるんだ」
上手くいく保証なんてどこにもないけど、約束をする。
守れるか分からない誓いを、よりによってハンナみたいな女の子と交わすとは。
我ながら、最低である。
「だから、その時まで元気に待っててくれ。」
残酷な言葉をあえて口にする。
「うん。わかったわ」
ハンナは口角を上げて了承してくれた。
「じゃあ、そろそろ自分の部屋に戻るわ」
「うん。おやすみ」
彼女の顔を視て、「ああ。おやすみ」と返す。
その後、俺は真っ直ぐに部屋へと戻った。
煌点が昇り、世界を照らし始める頃。
俺は数日間お世話になった建物を出た。
紺色の布生地の半袖と黒のズボンを貰い、数日分の食料と、剣を入れておくための竹刀袋のようなものも貰った。
「本当にありがとうございましたっ!」
俺を見送りに来てくれた3人に頭を下げる。
「うーん、やっぱりゼンさんの指導は厳しすぎたかぁ」
そう言って肩を落とすアラン村長に、「違いますよ!」とツッコミを入れる。
「ガハハハハ。分かってる。冗談ってやつだ」
アラン村長はそう言って笑った後、真剣な眼差しでこちらを見詰めてきた。
「レオガルトの件、本当にありがとう」
差し出された手を取り、固い握手を交わす。
「またいつでも来てくれ」
その言葉に、「はい」と強く頷く。
アラン村長から離れ、次はその横に立っているソフィアさんと向き合う。
「ハンナを救ってくれてありがとう。身体には気をつけてな」
「はい。お世話になりました」
ソフィアさんとも握手を交わす。
ゴツゴツした男性とは違い、柔らかさを感じるが、それでもどこか強さを感じる手だった。
ソフィアさんから離れ、最後にハンナと向き合った。
「…………待ってるね」
「うん。身体には気を付けて」
「タクミもね」
別れの言葉を告げ終わり、俺は静かに3人に背中を向けた。
ゆっくりと歩き出す。
3人にはあらかじめ「家の前まででいいです」と伝えてある。
この村で過ごした4日間を振り返りながら、門までの道を歩いていく。
ハンナと2人で歩いた道。数分も歩けば、ぽつぽつと木が並び始める。
次第に、門が見えてくる。
その傍らに立つ衛兵に挨拶を告げて門を潜る。
後ろは振り向かない。
この先には解決しなければならない大きな課題が待っている。
レオガルトを倒すとき、能力は使えた。
ならば、まだアンジェリカは生きている可能性がある。
彼女を置いて逃げ出し、仲間と衝突して離反した。
今更、どんな顔をして戻ればいいのだろう。
いくら考えても、いい答えなんて出ない。
足を止めて、深呼吸を繰り返す。
膝を軽く折って、能力を使用する。
熱が足のつま先まで伝わったところで、地面を蹴った。
今は先を急ごう。
数日前、村を目指して歩いていた時とは反対に、ただ前を向いて進んでいく。
アラン村長は言った。
「人生は間違いの積み重ね」だと。
それでもきっと、正しい選択というのは存在する。
だから、せめて間違えた後の選択は正しいものを選びたい。
怖さはもちろんある。
それでも、勇気を出して。
彼女が気付かせてくれた人の強さをバネにして、俺は再び前へと進みだした。