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無名頂上種の世界革命  作者: 福部誌是
3 
17/119

3-5

 ―――――それは、小学生の頃だった。


 秋に行われる学校行事の劇の発表会。


 その役決めで俺は主役に立候補した。

 当初の俺は無口で、休み時間は教室の隅で本を読んでいるような子供だった。


 だからか、我先にと手を上げた俺を見て、多くのクラスメイトが笑いながら不満を漏らして否定した。


「タクミくんには似合わないよ」

 隣に座る女の子がそう言ったので、俺は笑みを浮かべながら「そうだよね!」と誤魔化して手を下げた。


 その後、俺は名前も付けられない、ただの村人の役をこなした。

 精一杯、たった一つの台詞を何度も練習した。


 役作りや劇に特別興味があったわけではない。


 ただ、物語の中で輝く、主役という存在に憧れただけ。



 ただの村人ではなく、英雄や騎士の役を演じたかった。

 彼らのようになりたかったからだ。




 ただ、この世界は似合う似合わないという事が凄く大切なことらしい。


 あの日から数年を経て。

 俺は自分が主役には相応しくないと知った。



 つまりあの時、俺に向けられた言葉は真実だったという事だ。






 ♦♦♦



 朝の気配を感じて、意識を覚醒させる。

 頭の芯に響く重圧を堪えながらゆっくりと身体を起こした。



「…………ゆめ、か」


 辺りを見渡せば、そこは木でつくられた狭い空間だった。


 診療所の一室を借りて、一晩を明かした。

 昔の記憶に揺らされながらベッドから降りる。



 昨日の夜の事を思い出す。

 脳裏に蘇る後悔の時間。



 それにそっと蓋をして…………。



 俺はいつもとは違う扉を開いた。



 廊下に出ると丁度目の前をソフィアさんがすごい勢いで通り過ぎていった。

 続いて、医者のおじいさんがこちらへと急ぎ足で向かってくる。


「どうしたんですか?」


「ハンナさんが目を覚ましたよ」


 その一言に、俺はハンナが眠っていた病室へ駆けつけた。


 既に扉は開かれている。

 中では、上半身を起こしたハンナをソフィアさんが抱きしめており、涙を流していた。


 その光景に、安堵の息を吐く。

 すると、俺に気が付いたハンナはこちらを見た後、目を細めて微笑んだ。


 俺も微笑み返して手を上げる。






 しばらくの間、病室の外で待機した。


 中では医者とソフィアさんがハンナと話し合っていた。

 それが終わると、医者とソフィアさんが部屋から出てきた。


「タクミ。ハンナが話したいことがあるそうだ」


 ソフィアさんの言葉に、俺は「はい」と返事をして彼女たちとすれ違う様にして、ハンナが待つ病室へと入った。



 白い入院服の袖から伸びる華奢な白い肌。

 背中は少し曲がっていて、とても弱弱しい。



 そんな彼女の姿を見て、鼻の奥がツーンと痛くなった。



「…………おはよう、でいいのかな?」


「うん。おはよう」


 再度、彼女に微笑み返す。


「ごめんね。せっかくのお出かけだったのに、倒れちゃって」


 苦い笑顔でそういう彼女に、胸が痛む。


「いや、気にしなくていいよ。それより、ハンナが無事でよかったよ」


「…………うん。助けてくれてありがとう」


 彼女の笑顔はどこか儚げで、美しく感じられる危うさがあった。


「…………うん」


 自分でも驚くほど、口から出た音には力がなかった。


「昼には家に戻れるらしいから。また、その時に」


「わかった。じゃあ、お大事に」


 ハンナの言葉に頷いて、部屋を出る。

 心情を彼女に悟られたくなくて、少し急ぎ目に扉を閉めた。








 ハンナの言葉通り、昼頃に3人で家に戻った。


 ハンナの体調の事もあったので、今日の畑仕事は午前を休みにしてもらった。



「うぅ。相変わらず、これ苦いわね」


 家について直ぐに一階のテーブルの椅子に座って、ハンナは表情を歪めながら緑色をした粉薬を飲んでいた。


「いい薬は苦いものだよ」


 そんなハンナを見て、俺はことわざで学んだ言葉を披露してみる。


「そうなのね」


 ハンナの表情が少しだけ和らぐ。


「…………そういえば、タクミに渡したいものがあるの」

 薬を飲み終えて、椅子から立ち上がろうとした彼女は体勢を崩す。


「―――――ぁ、れ?」


 咄嗟に彼女の腕を掴む。

 それに気づいたソフィアさんは息を漏らして心配そうにハンナを見詰めていた。


「大丈夫?」


「うん。平気だよ。ありがとね」


「…………ついていくよ」


「うん。ありがとう」


 一緒に階段を上って二階へと向かう。


「やっぱり、昼も休もうか?」


「大丈夫だよ。これ以上、村のみんなに迷惑をかけるわけにはいかないわ」


 ハンナにそう言われ、「わかった」と答える。

 二階にたどり着き、ハンナは自分の部屋へと向かった。


 彼女の部屋の前で待つこと数分。

 部屋から出てきた彼女の手には、一本の剣が握られていた。


「これ、返すわね」


 差し出された剣を条件反射で受け取った。

 それは、俺が使っていた剣だった。


「最初にタクミを見つけた時に、預かっておいたの」


 剣の柄を握り締め、刀身を鞘から少しだけ出す。

 銀色の綺麗な刀身は綺麗に磨かれていた。


「本当はタクミが危険な人じゃないってわかった時に返すつもりだったのだけど、預かった以上は綺麗にしてから返そうと思って」


 なんて言えばいいのか分からなかった。

 この剣はもう俺には必要のないものだ。


 捨てたはずのもので、これから先使う予定もない。


「…………あり、がとう」


 取り敢えず、お礼を言って刀身を鞘に納めた。



「…………ハンナに聞きたいことがあるんだ」


 俺がそう言うと、ハンナは「なに?」と首を傾げた。


 俺は少しためらいつつも、続きを口にした。


「この村から出ようと思えばいつでも出られたはずなのに、どうしてこの村から出なかったんだ?」


 以前、ハンナはこの村の外の景色を見てみたいと言った。

 アラン村長は、この村の若者は村を出ていったと言った。

 なぜ、ハンナはこの村を出なかったのだろうか。



「…………いろいろと、理由はあるけど。一番はこの村が好きだから、かな」


 彼女は目を細めた。

 その瞳には何が映っているのだろうか。


「ただ、好きだからという理由で自分の憧れに蓋ができるのか?」


「そうね、難しいわ。私もお母さんとの約束がなければこの村を出ていたかもしれないし」


 その響きに、オウム返しするように首を傾げた。


「…………母親との、約束?」


「うん。ある物語を子供に伝えること。…………私が死んだ後もこの村で語り継がれていくように」


 その言葉に、強く興味を引かれた。

 彼女が母親と交わした約束の物語が、一体どんなものなのか。


 そんな俺を見た彼女は頬の筋肉を緩ませた。


「ある日、いなくなってしまった娘の帰りを待つ父親の物語なの」


 どこか悲しそうにそう言った。



 期待したものとは違ったが、それでもその響きには確かな重さがあった。








 軽く昼食を食べて、昼から畑の仕事に出かける。

 返してもらった剣は部屋の壁に立てかけておく。


 そうして家を出て、畑へと向かった。


「おう、タクミ君。ハンナ嬢ちゃんの具合はどんな感じだ?」


 畑に着くと、アラン村長が手を振りながら駆け寄って来るのが見えた。


「まだ辛そうでした」


「…………そうか。早く良くなるといいな」

 アラン村長は少し低い声でそう言った後、いつも通りの声で「じゃあ、今日もよろしく頼むな」と肩を叩いてきた。



 その後はゼンさんの指導を受けながら、鍬を振り下ろして畑を耕した。


「だめだ!! 鍬を振るのが遅い!」


 指摘を受けて、「こうですか!?」と思いっきり鍬を振るう。


「いい加減すぎるわ!!」


 ゼンさんに怒られながら、めげることなく鍬を振るう。


「そっちが終わったら、次はこっちだ」


「はい!」

 腹から声を出して鍬を振るう。

 隣の畑に移動して、腕ごと真下に振り下ろす。


「雑になっとるぞ!」


「はい!」

 単純な作業を繰り返して、畑を耕す。


 身体を動かしていれば、時間が経つのが早く感じる。


 仕事がひと段落して、休憩の時間になった。

 水袋の中の水をごくごくと喉に流し込んでいく。


 すると、そこへアラン村長がやってきた。


「そういえば、お前はハンナ嬢ちゃんと結婚する予定なのか?」


 その言葉に、思わず口に含んだ水を勢いよく吹き出した。


「ぶっ! …………はい?」


「いやぁ、いい反応するな! で、どうなんだ?」


 そう聞いてくるアラン村長に、俺は言葉を詰まらせた。


「どう、なんでしょうね。ハンナは俺の事どう思ってるんでしょう」


「んー、少なくとも悪くは思われてないだろ?」


「…………わかりません」



 もし、アラン村長の言葉が正しくても俺は何も選べないのだろう。

 俯く俺を見た村長は再び口を開いた。


「なにか迷ってるのか?」



「はい。俺はこれ以上、間違いを重ねたくありません」


 調子に乗って憧れに手を伸ばし、期待を裏切って逃げて俺はここに居る。

 だから、これ以上間違いを積み重ねたくなかった。


 そんな俺の言葉を聞いた村長は大きく口を開けて、「ガハハハハ」と笑い出した。


 驚いて顔を上げ、村長を見る。


「…………少し、俺の思い出話を聞いてくれよ」


 そう切り出され、俺は短く了承した。

 アラン村長は長い息を吐き、それから遠い景色に目を細めて語り出した。


「俺も若いころは失敗ばかりだったよ。無謀にも怪物に挑んだり、ヴァーテクス様を拝むために歩いて街まで行ったこともあった。そのたびに失敗を繰り返したもんだ」


 アラン村長は腕を組みながら遠くを眺めていた視線を俺に向けた。


「…………ソフィアに告白したこともあるぞ」


 その一言に、息を漏らす。


「えっ!?」


「盛大に振られたがな! まあ、今も諦めてないが…………」


 笑いながらそう言って、一息つく。

 そして、真剣な眼差しで見詰めてきた。


「今も変わらず、間違いばかりを犯してる。つまり、人生とは間違いの積み重ねだ。だからこそ、間違うことを必要以上に恐れることはない」


 その時、とてもやさしい風が吹いた。


「…………人生は、間違いの積み重ね」

 その響きを繰り返す。

 村長のその言葉に、心が震えた。


「そうだ。だから、迷わずに進むというのも一つの方法だと思うぜ」

 晴れた笑顔でそう言ったアラン村長は最後に、「ガハハハ」と笑った。




 その時だった。


 耳を打つ甲高い音が村の中に響いた。


 カーン、カーンと何かが繰り返し打たれる音。

 その音には覚えがあった。


「…………鐘の音?」


 音は繰り返し響いた後、聞こえなくなる。

 すると、村の奥の方で誰かの悲鳴が響いた。


 空気を裂くような女性の声。

 直後、村の奥が騒がしくなり、大勢の人が慌てた様子でこちらに走ってきていた。


 砂ぼこりが舞い、我先にと走って来る村人。

 その集団はあっという間に畑に居た俺たちを呑み込んで、勢いを止めることなく走り去ってゆく。


「待て! なにがあった?」


 走り去ろうとした男性を、アラン村長が腕を掴んで止める。

 すると、その男性はアラン村長に気が付いて怯えた様子で状況を説明した。


「怪物です。レオガルトが策を壊して村に入ってきました」


 汗を撒き散らせながら叫んだ男性に、アラン村長が表情を歪めた。


 レオガルト。

 その単語を聞いて俺は身体を硬直させる。

 自由が効かない。


 呼吸が上手く機能せず、苦しい。


 アラン村長は表情を強張らせながら、畑に居た人たちに説明を始めている。


 それを、俺は眺めることしかできない。


「仕事は中断だ。直ぐに人の流れに乗って村の端まで逃げるんだ」


 仕事仲間のおじさんたちも、人の流れに合流して逃げ出した。

 俺は自由が効かなくなった脚を無理やり動かそうと試みる。


 その時だった。

 右肩に誰かの手が触れた。

 首を動かして後ろを確認する。


「お前も早く逃げるんだ」

 アラン村長に背中を押される。

 地面と接着されていた足に自由が戻る。


 呼吸を再開させて走り出す。


 人の流れの最後尾を、前の人を追いかけて走る。



 しばらく走って足を止める。

 いつの間にか、辺りには林のような景色が広がっていた。


 呼吸を肩で繰り返して周りを見渡す。

 村の人々が集まっている。

 これからどうしよう、と困惑している様子だ。



「―――――、タクミ!」

 名前を呼ばれて、後ろを振り返る。

 そこには、髪と息が乱れたソフィアさんの姿があった。


 彼女は喰いかかるように距離を詰めてきて、ガシッと俺の両肩を掴んだ。


「ハンナを見てないか?」


 その言葉に、ただ戦慄した。


 目を見開いて、息をこぼす。


「見てません。一緒じゃないんですか?」


 自分の声が震えているのが分かった。


「最初は一緒だったんだけど、途中ではぐれてしまったんだ」


 言葉を失う。最悪の展開を想像する。


 以前、この森で腕を噛みつかれた〇〇〇〇さんを思い出す。

 彼は俺を庇って傷を負った。

 その光景が脳裏に蘇った途端、全てが恐ろしくなった。


 獣の臭い、鋭い牙と眼光。そして、飛び散った赤い血。


 噛みつかれてなお、俺の身を案じた男の事を、思い出した。






 ―――――っ!


 我ながら、どうかしていた。

 俺は、彼のようにはなれない。そう理解してなお、この脚は駆動していた。

 地面を蹴って、走ってきた道を引き返す。



 何も考えられない。頭の中は真っ白に漂白された。

 それでも、死なせたくないと心が叫んでいた。


 ただの杞憂なら、それでいい。

 でも、人を助けることに躊躇うことなく、危険な村の外に踏み出せる彼女ならありえない話ではない。


 こちらに遅れて走って来るアラン村長とすれ違う。

 彼は驚いた表情を浮かべて、俺の名前を呼んだ。



 だけど、立ち止まらない。


 今は、1秒でも時間が惜しかったから。


「っ直ぐに戻ります。ソフィアさんの事を頼みます!」


 後ろを振り向き、走りながらそれだけを告げて。

 俺は再び前を向いて走り出した。



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