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無名頂上種の世界革命  作者: 福部誌是
16 全能のヴァーテクス
118/119

16-5

「策士だな、貴様。流石、アウルやカルケリルが認めた男だ」


 そう言って、バジレウスは立ち上がる。


 それを見て、正直しつこいと感じた。

 まだ立ち上がるのか、と。


「タクミ、見て」

 アンジェリカに促され、バジレウスの状態を改めて確認する。


 アンジェリカが斬った傷が治っていない。自己再生能力が発動していないのだ。


「俺たちの勝ちだ。もう、諦めろ。玉座から降りるんだ」


「再生も、尽きた。だが、折れぬ!」

 バジレウスの瞳にはまだ闘志が灯っている。


「――――――――本当に、最後の最後までやる気か?」


「折れぬ。折れてはならぬ。ここで我が折れれば、この1300年に意味がなくなる!!」


 その叫びは震えていた。悲痛な思いが籠っていた。この状況での言葉だ。嘘偽りはなく、本気の想いが強くにじみ出ている。だからこそ、感じてしまった。


 目の前に立つ男の不器用さを。


「……………………アンジェリカ。剣を」


 俺の言葉にアンジェリカは頷き、虹の剣を渡してくれる。その時だった。

 突然、なんの前触れもなく中央都市に影が落ちた。



「――――――――っ!?」


 ゆっくりと巨大な影が落ちてくる。急に暗くなった視界にその正体を探るべく、俺たちは空を見上げた。


「――――――――なっ!!」

「――――――――嘘でしょ」


 それは分厚い雲の中から顔を出した巨大な岩の塊だった。


「……………………言ったであろう。飛翔の全解除と」

 驚く俺たちに対し、バジレウスはこの状態を予期していた。なぜなら、今この都市に降ってこようとしているあの巨大な大岩はバジレウスが空に打ち上げた物だからだ。


 夜の大岩が都市に向かって落ちる。


「……………………くそ」


「あれを凌ぎながら、我を倒してみせよ」


 バジレウスが握る杖に雷が宿る。


 無理だ。


 バジレウスに合わせ、俺も虹の剣を握る。


 無理だ。


 無理だと脳が叫ぶ。本能が告げている。


 俺もアンジェリカも傷を負っている。いくらバジレウスに再生能力がなくなったからといって、落ちてくる夜の大岩を対処しながら、どちらかが1人でバジレウスと戦って倒さなければならない。


 無理だ。

 そもそも、俺には夜の大岩を何とかする術はない。


 取れる選択肢はひとつだけだ。


「……………………アンジェリカ。夜の大岩を何とかしてくれ。俺はバジレウスを」


「――――――――俺がやる」


 声が響いた。

 とても小さく、掠れた声が。


 俺とアンジェリカ、バジレウスでさえその声の主に顔を向けた。そこには、ボロボロの姿のフローガの姿があった。


「……………………まさか、その傷で」

 一番驚いたのはバジレウスだった。


 傷だらけの身体。特に体の正面側は大きな切り傷があり、その傷口から大量の血が流れ、足場には小さな池が出来上がっている。

 煤だらけの頬、潰れた片目、乱れた髪。紛れもない瀕死の状態でフローガは立っていた。


 呼吸をするだけでも必死なはずだ。立ち上がることも不可能に近かったはずだ。

 それでも、この男は立ち上がった。


 そして、目が合う。


 それだけで、十分だった。

「行けっ!」


 足の下に溜まる血の池を燃やす炎が展開され、フローガの身体は炎の勢いに押されて垂直に昇っていく。


「させるか!」

 それを、バジレウスが黙って見ている筈もなく。

 だが、それを阻止する手があった。


「それをさせないわ」

 アンジェリカが放った剣がバジレウスの身体に突き刺さる。


 夜の大岩はフローガに託した。


 後は、俺とアンジェリカでバジレウスを倒すのみ。










 ♦♦♦



 落ちてくる夜の大岩に、人々は何を思っただろう。


 ひとりは絶望を叫んだ。

 ひとりは地に頭を垂れた。


 ひとりは生きることを諦めた。

 ひとりは奇跡に縋った。


 悲鳴と混乱渦巻く地で、誰かが空を指さした。





 それに釣られ、顔を上げる人々がいた。



 赤い光が空を駆け昇る。







 ♦♦♦



 フローガは不思議な感覚に囚われていた。

 いや、正確に表すなら、感覚が消失していた。


 本来、体中に走っている筈の激痛はなく、意識が朦朧としていた。

 いつもより視界は悪く、脳が重たい気がした。


 それでも、やるべきことだけははっきりとしていた。



 1300年という長い月日の中で、己がやってきたことが許されないことだとフローガは認識している。



「よぉ、大岩」


 枷れた声がフローガの口から零れる。答える声はない。

 それはただ、フローガのひとりごとに過ぎないからだ。


「……………………おれは、権力と力に溺れた」


 いまなら、タクミに言われたことが理解できるとフローガは鼻で笑った。


「最弱のヴァーテクスだ。だからよぉ、てめぇは絶対に落とさせねぇ!」


 足に集中させていた炎の勢いを弱める。これ以上硬度を上げる必要はない。

 その代わり、両こぶしに炎を集中させる。


 そして、落ちてくる大岩目掛け、炎の打撃を打ち込む。

 一撃入れただけで理解する。

 この質量が人間にとってどれだけスケールのちがうものかを。


 一撃目で拳の皮がはがれ、中の肉が露出する。拳の先端から脳に走る電撃に似た痛みがあった。

 先程まで消失していた筈の激痛が息を吹き返す。


 構わない。

 これが、ヴァーテクスとして。この1300年の自身の行いを償う最後の機会だと、そう認識した。

 故に、ここだけは引けない。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 腹の奥から声を出し、喉を震わせる。痛みを掻き消し、次の打撃を打ち込む。


 そして、大岩を割るためにラッシュを繰り返す。



 数撃で骨が砕けた。

 構わない。


 更に打ち込む。


 痛みで脳が麻痺する。構わない。

 更に打ち込む。




 落下する大岩の質量を前に、ひとりの男の力など小さすぎる。それでも、折れずにフローガは拳を撃ち続ける。打撃を与えるごとに先端が潰れる。そのたび、言い表すことのできない痛みがフローガを襲い続ける。

 骨はとうに砕け、拳の形は無くなり、その意義を消失させた。


 それでも、打撃を入れ続ける。さらに勢いを強める。


 地上へと落ちる岩のスピードは変わらない。ならば、打撃を与える感覚を短くし、さらに多くの打撃を打ち込む。



 僅か数分で、フローガは肘から先端を失った。


 痛みで身体をのけぞらせ、地表へと落ちていく。

 岩には多少亀裂が入った程度。フローガの全力のラッシュをもってしても、それを割ることは叶わなかった。



 だが…………………………………………。



 男の目は、まだ死んでいない。


「……………………拳が駄目なら、……………………脚だ」



 続いて、両足に炎を集中させる。


 もう、余力は残っていない。

 今にでも気絶しそうな身体を、意思だけで保たせている。


 この岩を壊す。


 拳で入り口は造った。


 フローガはにやりと口角を持ち上げた。

「行くぜ、クソ岩ぁぁぁ!」


 叫びと共に、右足の炎を蹴り上げ、入り口を拡張する。その反動で右脚はその機能を消失させる。

 一撃で、膝から先が消し飛んだ。

 それでも、岩は割れない。


 残るは左脚と胴体。そして頭のみ。


 構わない。


 最初から帰る道などない。


 歯を食いしばり、残った左脚に炎を集中させる。

 そして、間髪入れずに左脚を蹴り上げる。


 亀裂は進むが、岩を完全に割ることは出来なかった。



 最初から、打撃だけで岩を割ろうとは思っていなかった。


「……………………へ、流石俺様だぜ」


 勝利を確信して、フローガは微笑む。


 自身の1300年を振り返っても、そこには何もなかった。

 いや、昔の自分が嫌っていた男が、そこにはいた。


 否定したくてもできない。これは受け入れるしかない。



「……………………いい人生だったとは言えねぇ。でも、最後の最後に、俺は昔の俺がなりたかった俺に成れた気がする」


 自分の過ちを全て受け入れたうえでフローガは決断する。

 迷いはない。落ちる岩の下で、フローガは自身の心臓を核に、炎球を展開させる。


 それは爆発となり、夜の大岩を呑み込んでいく。


 小さな疑似太陽。この世界では煌点と言われる、それは岩に走った亀裂から内部に入り込み、夜の大岩を内部から破壊する。



 数秒後、爆撃音と共に夜の大岩は完全に破壊された。







 ♦♦♦




 爆音が鳴り響き、バジレウスが苦い表情を見せる。


 フローガはやり遂げた。ならば、俺たちもやり遂げなければならない。


 そこへ、割れた大岩の中でも特に大きな破片が飛んでくる。


「アンジェリカ!」


「えぇ、まかせて」

 それに干渉し、水の中に落とそうとアンジェリカが試みる。


「させぬわ!」

 雷撃と雷玉が同時に展開され、雷撃がアンジェリカを襲う。雷玉が俺の敵意を感知し、自動で雷を放出する。それを、虹の剣で受けながら、俺は信じたくないものを眼にする。



 バジレウスが展開した雷玉が気が付けば剣で破壊されていた。


 つまり、大岩の破片によってアンジェリカが潰される瞬間を眼にした。




「――――――――っ」




 声にならない声が漏れ出る。


「……………………終わりだ」


 バジレウスはそう呟くと、俺に身体を向けた。


 足が震え、立つことすらままならない。



 途端に、あることを思い出す。それはきっと、相馬等に近いものだった。



「……………………立ち上がる勇気なら、もう貰った」


 足の震えを止め、静かに息を吐く。剣を握り締め、バジレウスへと向かい直る。


「……………………貴様は、異世界人らしいな」


「……………………それがどうした」


「この世界において、貴様の功績はゼロに等しい。貴様がどれだけ暴れようと、貴様の功績はすべてアンジーナのものだ。つまり、アンジーナが死んだ今、貴様が我に立ち向かう理由はないはずだ」


「……………………お前が俺の立場でも、同じことが言えるのかよ」


「…………………………………………なるほど、無粋な問いだったな。無名の従者よ」


「…………………………………………」


 バジレウスも杖を握る腕に力を入れる。

 次の一撃で勝敗は決する。


 お互いに傷だらけ。いつ倒れてもおかしくない状態だ。



「……………………ヴァーテクスと人間。どちらがこの世界の頂上種に相応しいか、決めるとしよう」


「興味ねぇ!」



 お互いに近付き、意思を籠める。


「――――――――雷剣、起動!」


「――――――――虹光剣、起動」



 バジレウスの握る杖が雷の剣と化し、俺の握る剣からは虹の光があふれだす。


「威力強化・倍増!!」


「身体強化・砕っ!」



 その直後、雷と虹の光が衝突し、衝撃が走った。

 わずか1秒で意識が掻き消える。

 強化された雷の剣の威力に、俺は押され勢いでは完全に負けた。膝は折れ曲がり、背中が地面に着きそうなギリギリな状態で耐える。



 全身に走る激痛で思わず声が漏れた。


 バジレウスは力を緩めない。更に力を籠め、俺を殺すために体重をかける。

 身体強化で全身でその重みに耐えながら、頭の奥では敗北を理解した。



 ――――――――もう、無理だ。と。





 それでも、諦めきれない何かがあった。


 それに応えるように、小さな音が俺の耳に届く。それは、地響きと呼ぶにはあまりにも小さな音だった。



 そして、その音はバジレウスの耳にも届いたようで……………………。


 意識が僅かに、落ちた大岩の破片側へと向いた。



 音の正体を確かめることもなく、俺の中で答えは出た。バジレウスの意識が僅かに逸れた隙を突いて、全身の力を捻り出し、雷の剣を押し返す。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 喉が逝かれそうな声を出し、全身全霊で奴の剣をはじき返す。バジレウスが危機に気付いた時には既に遅い。虹の剣に亀裂が走ろうとも、俺はそのまま上体を起こして剣を振り抜いた。



 驚きの声を漏らしながら、バジレウスは仰け反る。


「――――――――アンジェリカ!!」


 それに追い打ちをかけるように、アンジェリカが岩の破片を持ち上げ、そのまま――――――――。


 大きな岩の破片がバジレウスへと落下し、地面に衝突した。



 バジレウスを押し返した反動で、虹の剣が音を立てて砕ける。

 限界だった。武器も、身体も。


 汗と血に塗れた臭いですら、今は愛おしく感じた。

 全身で呼吸を繰り返し、アンジェリカを見る。


 全身の骨が折れたいてもおかしくない。

 全身が痣だらけで、出血も激しい。


 足取りもフラフラだった。


 アンジェリカが倒れそうなところに、俺は最後の力を振り絞って地面を蹴る。

 滑り込みながらアンジェリカを抱き寄せ、地面に頭を打つのを阻止した。



 思わず、笑いがこぼれる。


 もう限界だと思っても、愛おしい人のためなら力が入る。

 それを実感して、心が震える。




 岩の破片は動かない。


 今度こそ、この戦いは終わったのだ。



「………………俺たちの、勝ち、だ」


「ええ。ありがとう。タクミ」



 様々な犠牲があった。

 失ったものは決して小さくない。それでも、今だけは。

 この勝利の余韻に浸りながら、アンジェリカの近くにいたい。



 気がつけば、厚い雲の隙間から光が漏れて地表を照らしている。

 視界の奥にはどこまでも水平線が広がっており、光を受けてキラキラと輝いている。







 ザっと土を踏む音が響く。

 俺とアンジェリカは一緒に音のした方を振り向く。


 そこには、顔を黒いローブで隠した女性が立っている。


 このタイミングで現れたんだ。

 彼女が普通の人間であるはずがない。



「……………………女神様、か」


 俺の言葉に、彼女は頷く。

 そして、自分で黒いローブを外す。


 真っ白な綺麗な髪と整った顔が明らかになる。

 彼女の素顔を見ただけで、なにかに呑み込まれそうな衝動を受けた。


 美のヴァーテクスであるヴィーネも十分に美しかった。だが、目の前に立つ少女はそれとはベクトルの違う美しさだった。思わず息を呑み、彼女を見る。


 美しいとか、そんな次元の話ではない。あれは、人間の物差しでは測ってはいけないものだ。


 言葉を失うほどの神々しさ。その中で、特に特質すべき点がひとつあった。

 それは彼女の瞳だ。瞳の中に星、……………………正確には八芒星が刻まれている。



「ちょっっっと。なにを見惚れてるのかしら」

 アンジェリカに耳を抓られ、我に返る。


「分かってる。これから敵対しなきゃいけない相手だ」


 俺はそう言って、虹の剣の残骸を手放し、落ちている鉄の剣に手を伸ばす。


「ちがうわ。あの人に敵意はないわ」

 アンジェリカの言葉に、俺は伸ばした手を止める。


 そして、ゆっくりと神に目を向ける。


「……………………えぇ。その通りです。私はただ、感謝の言葉を告げに来ただけです」


 女神はそう答えた。



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