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無名頂上種の世界革命  作者: 福部誌是
16 全能のヴァーテクス
117/119

16-4

 今、バジレウスがなんと口にしたか。


 理解するのが一瞬、遅れた。



 次の瞬間、足場が無くなる。

 いや、正確にはずっと浮き続けていたこの都市そのものが落下を始めたのだ。


「おいおい、マジかよ!」


 身体が浮遊感に包まれ、そのまま床を追って落下し始める。途端に襲ってくる恐怖が心を支配する。


「見て!」

 アンジェリカのその一声に、視線を向ける。


 先程まで治らなかったバジレウスの身体が完治している。


 飛翔をやめたことで自己再生能力にエネルギーを回したのだ。

 そして、奴の身体は自由に動き始める。


「自分だけに飛翔を………」


 今、この空間で自由に動ける奴に対して、こちらは動きを封じられた。つまり、ここは奴の独壇場。


「ざけんなよ、てめぇ!!」


 誰よりも早く、フローガが動き出す。足元から炎を噴射し、落下する都市の中で自由に飛び、バジレウスへと迫る。


「――――――――アンジェリカ、足場を!」


「もうやってるわ!」


 俺が叫ぶより早くアンジェリカは動いていた。

 手頃な岩を操作し、こちらへと引き寄せる。


 だが、それを自由にさせる奴ではない。



「――――――――雷玉展開」


「――――――――くっ!」



「クソかよ!」

 舌打ちをし、バジレウスを睨む。だが、他にどうすることも出来ない。


 アンジェリカは岩の操作をしつつ、雷玉を潰していく。だが、潰せば次の雷玉が現れ、キリがない。


 回復を優先させるための策が、俺たちの連携を潰す役割を果たしている。

 これ以上ないくらいにバジレウスにとってこの状態は都合が良すぎる。

 だが、ここまでこれを使わなかったところ考えると、恐らくプライドの問題があったはず。


「都市を戻せや!」


「何を慌てる。

 貴様らがやろうとしていたことは、こういうことだろう?」


「――――――――ちっ!」


 フローガの蹴りをバジレウスは避けながら、攻撃を展開した。


「雷光弾!」


「――――――――っ、ぐぁっ!」


 無数の弾丸がフローガの肉を削り、フローガは苦悶の声を漏らす。

 その直後だった。

 バジレウスが向きを変え、そのまま突っ込んでくる。



 ――――――――っ!!



 剣を構え、バジレウスの動きに合わせて振るう。

 だが、バジレウスは緩急をつけた動きで、俺の攻撃のタイミングをズラすと、俺を無視してアンジェリカの背後へと回った。



 飛翔の解除。

 ここまで温存していた光弾に雷を纏わせた雷光弾。

 そして、緩急をつけた動きによる撹乱。


「雷剣!」


 バジレウスの口から、短く言葉が放たれる。直後、奴の持つ杖が雷の剣へと変換される。


 アンジェリカは振り向きつつ、それを避けようと試みるが、動き出しが既に遅い。


 バジレウスの振るう剣がアンジェリカを背中から斬り裂いた。

 断末魔に似た小さな悲鳴と血飛沫が上がるのはほぼ同時だった。



 ギリっと歯を食いしばり、バジレウスへと剣を向ける。だが、いつの間にか奴の周りに浮遊している黒い玉を目にして、悟った。



 直後、黒い玉から雷が放たれ、俺は無様にもそれに貫かれる。


 身体が痺れる感覚と、言い表すことの出来ない激痛。強い衝撃が身体中を走り巡り、内側から破裂するような感覚が全身を襲う。



「ざけてんじゃねぇぞっ!!!」


 そこへ、憤慨するフローガが戻ってくる。


 バジレウスは向かってくるフローガに向き直り、攻撃に備える。だが、そこへ死角から思いもよらぬ攻撃がバジレウスへと届く。


 ズシュっと嫌な音を立てて、二本の剣がバジレウスに突き刺さる。


 それに気を取られた次の瞬間だった。


 フローガの脚がバジレウスに直撃し、その身体は壁を突き破って吹き飛んでいった。


 それを追うためにフローガも見えなくなる。





 雷に貫かれた痛みを堪えつつ、空中で体勢を直す。

 頭から落下したら、それこそ危ない。


「……………アンジェリカ、頼みがある」


 悩んでいる時間は無い。脳裏に過ぎった思考に蓋をして、口を開く。




















 ♦♦♦


 中央都市の上空を、赤い光が飛行する。

 その先には、吹き飛ぶ老体の姿がある。全能のヴァーテクス、バジレウスは中空で体勢を立て直し、フローガ目掛けて杖を振るった。


「我をあの小僧から引き離すとは、変わったなフローガよ」


「そんなんじゃねぇよ。テメェをぶっ倒すのは俺だ」


 雷と炎。

 そのふたつが中央都市の中空で衝突し、空気が爆ぜる。

 その衝撃の中で、お互いに引くことの無い両者は攻撃を繰り返す。


 攻撃力としてはほぼ互角。だが、戦況は五分になることは無い。積み重なる傷で動きが徐々に鈍くなるフローガに対し、バジレウスは以前無傷を誇っている。


 ――――――――そこへ、死角からバジレウスに対し剣が強襲する。

 背中と後頭部に突き刺さる剣。だが、バジレウスの動きが鈍くなることは無い。

 すぐさま剣を落とし、傷は勝手に修復されていく。



「手伝うわ」

 と、石の塊に乗ったアンジェリカがふわふわと近づいてきて口を開く。


「……………タクミの野郎は?」


「柱に固定してきたから大丈夫だと思う」


 少しずつ高度を落とし、落下する都市の中で平静を保つ3つの呼吸。

 お互いにお互いを見詰め、相手の動き方を探っている。


 その静寂を最初に破ったのはフローガだった。


「しっかり着いてこい!」


「当たり前よ!」


 フローガの炎がアンジェリカの操る剣に灯る。

 炎を纏った剣がバジレウスへと飛んでいく。だが、バジレウスは簡単にそれを避け、反撃の機会を探る。

 そこへ、フローガの拳がバジレウスの顔面を捉える。


「――――――――ぐ、ぬっ」


 すかさず、炎の剣による攻撃。斬り裂いて、突いての連続攻撃がバジレウスを襲い続ける。


 激痛に怯むことなく、バジレウスは飛翔し、攻撃の嵐の中を突っ切る。そして、杖を雷の剣へと変形させ、アンジェリカの喉元へと迫る。


「終わりだ、アンジーナ!!」




 そう。

 アンジェリカはそれを狙っていた。


 背後に隠していた剣が、その輝きを放つ。


「終わるのは貴方よ」


「なに――――――――!?」


 鉄の斬撃がバジレウスの正面を捉え、そのままアンジェリカは剣を振り抜く。

 赤い血は吹き出され、斬り裂かれた肉の断面は数秒の時を経て元通りに戻る。


 だが、隙はできる。

 その隙を突くように、フローガのラリアットが炸裂した。

 変な声を漏らし、落下し続ける都市の地面へと叩きつけられるバジレウスに、追い討ちをかけるように石造の建物が落下する。


 地響きを立てながら、建物と地面に挟まれ、圧力がかかる。

 質量による圧死。本来なら、潰れた手足、眼球、粉々に破壊された骨は元に戻ることなく、これで決着が着く。

 だが、未だ再生能力が働くバジレウスには全て関係ない事だ。


 建物の内部が光り、次の瞬間には崩壊する。

 凄まじい砂埃が舞う中、雷を纏ったバジレウスが姿を現す。



 既に底は見えている。

 と、アンジェリカはバジレウスを見つめながら思考していた。

 バジレウスの信念もまた、侮れるものではない。


 いくら再生能力があるとはいえ、痛覚はある。

 その痛覚に耐えながら、平静を保ちバジレウスはアンジェリカとフローガを排除しようとしている。

 その胆力には舌を巻かざるを得ない。そうアンジェリカは感じていた。


「……………………貴方に譲れないものがあるのなら、私にだってある。でも、それは貴方に奪われた」


「……………………そうか。でも、我は終わらぬ。終わるのは貴様らだ」


 ポツリとバジレウスが口を開く。

 アンジェリカは剣を握り締め、バジレウスに立ち向かう。だが、バジレウスの狙いはアンジェリカではなかった。


 飛翔と雷による高速移動でアンジェリカを攻撃するように見せかけ、バジレウスはその体を急転回させる。

 自身の背後に迫りつつあったフローガへと。


「なっ!?」



 背後からの強襲。

 バジレウスの狙いは叛逆軍の心臓であるアンジェリカのみ。そのはずだった。だが、ここに来てバジレウスはその標的を変更した。

 いや、優先順位を変えたのだ。


 想像ができなかったフローガは勿論、その対応に遅れる。

 従い、アンジェリカすらも。一瞬の思考停止が命取りとなる。



 アンジェリカの目は捉えてしまう。バジレウスの握る杖が雷剣と化し、フローガの身体が斬り裂かれる、その瞬間を。



「……………………これで、終わりだ」


 その瞬間だった。徐々に高度を落としつつあった都市が凄まじい音と共に地上を満たす水の表面と衝突する。

 その衝撃により、街を囲うように巨大な水柱が出来上がる。空を飛びながら戦闘を続けるアンジェリカたちへの影響は少ない。だが、今しがた斬り裂かれたフローガはそのまま都市の地面へと落下していく。


 地表へと着水した街は少しの間揺れていた。

 だが、暫くするとその揺れは収まる。その間、バジレウスの猛攻撃を剣で弾きながら凌ぎ続けたアンジェリカにも限界が訪れる。

 息を付く間もない攻撃により、削られたのはバジレウスではなくアンジェリカだった。


 足場として操作していた岩が破壊され、地面へと投げ出される。

 着地というより、衝突という言葉が近い嫌な音が響く。だが、それはバジレウスにとっての好機。迫る追撃を躱すためにアンジェリカは地面の上を転がる。


 両肩で呼吸を繰り返し、アンジェリカは立ち上がる。その目の前には余裕を取り戻したバジレウスの姿がある。自身の飛翔も解除し、地面の上をゆっくりと歩いてくる。



「都市は落ち、貴様は武器を失くした。あとは殺すだけだ」


「まだ、武器は残っているわ」


「……………………確かに油断は出来ん。だが」


 そう言ったのち、アンジェリカの足に激痛とすさまじい熱が走り抜ける。


「…………………………………………ぐ、がっ!!」


 声にならぬ声。苦痛に満ちた声を上げ、アンジェリカは再び地面を転がる。


「光弾で脚を貫いた。これで終わりだよ。アンジーナ」


「……………………何度も、言ってるでしょ。私の名前は、アンジェリカよ!」


「怖いな。だが、威勢だけでは何も変わらぬ」


 そうして、バジレウスの杖が発光し、雷が放たれる。

 アンジェリカに残る不屈の闘志。それを加味して、遠方からの雷撃。脚を潰されたアンジェリカは逃げることは出来ない。だから、その雷を受け入れる事しかできず…………………………………………。




 アンジェリカの目の前が真っ白になる。







 激しい空中戦を経て、アンジェリカが落ちたのは都市の外れの方だった。

 つまり、海に接している崖のようなものがアンジェリカの背後にはあった。


 バジレウスがとどめの一撃となる雷撃を放った直後に、それは現れた。

 地表に満ちた水の中から顔を出すように現れたのだ。



 今はもう水の中へと沈んでしまった地下迷宮。

 そこの中から、まるで自由であると叫ぶように。かつて、タクミやアンジェリカを追い詰めた巨大電気ウナギが水面から身体を出して飛び跳ねた。


 それに引っ張られるように雷はありえない軌道を描いて狙いを外す。

 電気ウナギの身体に吸収されるように屈折し、アンジェリカは助かった。




 それは偶然か。

 あるいは必然か。



 アンジェリカにとってそれはさほど重要なことではなかった。ただ、それだけで十分だった。

 何故なら、バジレウスの脳裏にはアンジェリカが思い浮かべた人物と同一の人物の姿が映し出されている筈だから。



 その一瞬が、勝敗を分ける。



 そこへ、駆けつけようとする少年が姿を現したのだ。



「バジレウス!!!」


 その声に、バジレウスは少年へと向き直る。










 ♦♦♦




 実のところ、俺は城に取り残されたわけではない。


 バジレウスが飛翔を解除したことで、歳は落下し空中戦となった時点で俺には参加資格がなかった。


 あのまま戦闘が行われていたら間違いなく俺は死んでいた。それを加味してフローガはバジレウスを蹴り飛ばし、戦場を城の外での空中戦へと切り替えた。


 落下の衝撃でダメージを受けないように、柱などに縄で身体を固定させて簡単には動けない。

 そうバジレウスに思い込ませる。





 戦場が変わったことで俺の存在はバジレウスの中で徐々に薄くなる。

 それを狙ったのだ。




 俺は城には残らなかった。

 落下する都市の上で、建物に捕まりながらずっと空中で戦う3人の姿を追い続けた。

 都市が水面に叩きつけられた時は流石に死ぬかと思ったけれども。

 俺はその危ない橋を無事に渡り切ることができたのだ。



 それゆえに、この一撃は絶対に刺さると自負があった。


 俺の声に反応し、バジレウスは咄嗟に振り向く。

 アンジェリカに虹の剣を渡したことで、俺の存在はバジレウスの中ではかなり薄くなったことだろう。戦力にならないただの小僧など、警戒するに値しない。

 最早、消えていたと言っても過言ではない。



 そして都市は落ち、フローガは斬った。残るはアンジェリカのみ。

 この状況で再び現れた俺という脅威に、バジレウスは反射に近い動きで反応する。

 城に残っていたら絶対に間に合わないタイミングでの登場に、バジレウスの思考を混乱させる。




 後はなるようになる。


 俺が振り下ろした剣は甲高い音を立てて、バジレウスの杖に受け止められた。

 予期せぬ攻撃はあと少しのところで杖によって阻まれてしまう。だからこそ、バジレウスは俺の握る剣を見て眼を見開いた。



「……………………俺の攻撃は、虹光剣だと思ったろ?」


「――――――――まさか!?」


「その、まさかよ」


 俺の攻撃を寸前のところで受け止めたバジレウス。その背後で虹色に光る剣を握る少女の姿があった。

 脚は潰れている筈なのに。

 その少女は痛みに顔色一つ変えず、そこに立つ。



 アンジェリカが振り抜いた剣が虹色の斬撃となって、その戦場を赤く染め上げる。

 花火が散るときのように、真っ赤な血液が吹き出される中、ようやくバジレウスは地面に倒れた。



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