16-1
気が付けば、頭の中が真っ白になっていた。
どうバジレウスを倒そうとか、どういう風に立ち回ろうとか。
そんな事は一切忘れ、ただ声を荒らげながら目の前の敵に突っ込んでいた。
「バジレウスっ!!!!!!!」
勢いのまま剣を抜き、力任せに振るう。
ザクッと嫌な感触が刃から腕に。腕から脳に伝わってくる。
そのまま肉を断ち、目の前に立つ老人は肩から腹にかけて勢いよく血を吹き出す。
だが、それは一瞬の出来事で………。
次の瞬間には切断したはずの胴は元通りに治っている。
ギロリっと奴の目が動いた。
「――――――――っ!!」
音もなく放たれる雷撃。視界の先がピカッと光った瞬間にはもう遅い。
反射に近い形で雷を避け、そのままバジレウスから距離をとる。
「タクミ! 大丈夫?」
「あぁ。問題ない。それよりも………」
その現場に残された惨状を見る。
カルケリル。ドミニクさん。ヴィーネ。シエナさん。
「………バジ、レウスっ!!」
「タクミ。落ち着いて!」
アンジェリカの手が背中に触れる。
その暖かさに、冷静さを取り戻す。
「…………ありがとう」
「うん。勝ちましょう」
静かに、剣の柄を握り締める。見据える先には全能の存在。最後の敵。
「――――――――いくぞ、バジレウス」
深呼吸して、狙いを定める。深く息を吸い込んで、一思いに床を蹴る。
タンっと音が鳴り響く。
もう、意識は落ち着いている。もう、取り乱すことはしない。
落ち着いて、冷静に。作戦通りに剣を振るう。
「――――――――雷玉、展開」
バジレウスの周囲に電気を帯びた黒い玉が複数展開される。自動で敵意を認識して迎撃するバジレウスの攻撃。
だが、それらが俺を迎撃することはなかった。
「――――――――な、なにっ!?」
異変に気付き、バジレウスは驚きの声を上げる。
その頃には全ての準備が整った。
全ての雷玉には剣が刺さっている。雷玉の展開に合わせてアンジェリカがこれを無力化する。
身体強化・砕
全力でバジレウスの首を狙う。
虹の斬撃がバジレウスを襲い、その首を断つ。
確かな手応えがある。だが、それではバジレウスは倒れない。
バジレウスの握る杖から雷が直接放たれる。それを避けて次の攻撃へと移る。
完全に再生される前に肩から縦に右腕を両断する。
バジレウスの首が再生し終わる。
「…………光弾」
小さく囁かれる言葉。
直後、建物の天井がピカッと光り、光の弾が降り注ぐ。
「――――――――くっ!」
距離をとってそれを避けつつ、次の雷撃へと備える。
だが、雷撃が放たれることはなかった。
右腕の再生が終わり、バジレウスはジッと俺の事を見詰めている。
「……………まさか、神話時代の武器か」
「――――――――?」
ボソッと言葉を呟いた直後、八方からアンジェリカの操る剣がバジレウスに突き刺さる。
バジレウスの体から血が吹き出す。だが、依然ダメージは入っていない。
「…………無駄だ。何をしようと我を傷付けることは出来ない」
「傷付けることは出来ない?
は、お前はユースティアじゃない。再生能力は確かに強力だ。だが、それ故の弱点もある」
「弱点だと?」
「そうだ。再生するから避ける必要が無い。攻撃を受ける事が当たり前になってるぞ、バジレウス」
再び、アンジェリカの操る剣がバジレウスの肉を削る。アンジェリカが操る剣は回転しながらバジレウスを襲う。もし、再生能力がなければ致命傷にすらなり得る攻撃だ。
「それがどうした!?」
それをものともせず、バジレウスは雷を放つ。
それを避けながら、剣を構えてバジレウスに近付く。
攻撃を受ければ傷ができる。再生能力で傷は消せても痛みは残る。痛みは苦痛。たとえ、それに慣れたとしても、その苦痛は積み重なる。
だからこそ、バジレウスの攻撃を避け続け、攻撃を続ける。傷を与えれば再生でバジレウスの攻撃は多少緩む。
バジレウスと違い、こっちは少しの傷が致命傷になりかねない。
………………なんというクソゲー感。だが、これを乗り越えなければ勝利は無い。
「全能が笑わせる。傲慢のヴァーテクスに改名したらどうだ!」
戦闘の最中に口を開けば舌を噛むリスクがある。
思考が乱れれば攻撃を受けかねない。
それらをシャットアウトして、目の前の状況を処理することだけに思考能力を費やす。
身体強化・鱗。
頭の中に重く白い霧がかかる。
眼球に痛みが走る。
攻撃を受けた方が楽になれるんじゃないかと思考が鈍る。
その度、思い出すのは苦痛の記憶。
逃げ出した罪の意識。それをバネに弱みを掻き消す。問題ない。俺は充分に狂えている。
「……………ふん。ならば空中戦に切り替えようか」
攻撃と再生。その繰り返しの膠着状態に耐えかねたのか、バジレウスの足が床から浮いた。
そのままゆっくりとふわふわと宙に浮き、天井近くまで上がっていく。
俺たちを見下ろすように、そこから雷を放ち始める。
「――――――――くっ、そ!!」
「これで貴様は攻撃に参加できまい」
バジレウスが飛翔した以上、俺の攻撃はバジレウスには届かない。
アンジェリカの剣でバジレウスに攻撃を当てるしかない。
「――――――――結構厳しいわ」
ここまで沈黙で、剣を操ることに集中していたアンジェリカが口を開く。
「分かってる。プラン変更だ」
この戦闘において、アンジェリカの負担はかなり大きい。
展開された雷玉を自由にさせない為に即座に破壊。
バジレウスに攻撃をしつつ、その思考を一部縛る。
攻撃を受けないように常に移動しながら奴の攻撃に注意する。
たったそれだけの事でどれだけの神経が削がれることか。
俺には計り知れない。だからこそ、それを少しでも軽減するために、バジレウスへの攻撃は今まで俺をメインに据えていた。
その役割を崩す。
再び、能力の用途を切り替える。
身体強化・砕。脚に力を貯め、一気に解き放つ。
地上のアンジェリカを避け、床から壁。壁から壁へと蹴りながら高速移動。地上に展開された10個の雷玉を3秒で全て破壊する。
「――――――――っ!」
僅かに、バジレウスの表情が曇る。
脚力の限界突破。音速を超えなければこの技はなし得ない。
もちろん、脳や脚に多大な負荷がかかる。
だが、これでアンジェリカの負担は軽減された。
「全剣砲!」
そう叫びながら、アンジェリカは能力を展開。それに伴い、全ての剣がその矛先をバジレウスに向ける。
雷を放電し、剣を撃ち落とそうとバジレウスは試みるが、既に遅い。
死角から忍び寄る剣がバジレウスの背中に突き刺さる。
僅かに生じた隙を突くように、全ての剣がバジレウスに突き刺さる。
傷を受け、自動再生が開始される。
僅かに思考が乱れれば、飛翔能力はその権能を失い………。
バジレウスの高度が落ちる。
身体強化・砕。
脚に貯め残していた力を解放する。
「これなら届く!」
剣を構え、その勢いのまま床を蹴る。
ドンッと大きな音が響き、床が割れる。そのまま、俺は天へと昇る。
その時だった。
「時間停止」
僅かな時間だった。ただ、その言葉だけが囁かれた。
次の瞬間。突如、バジレウスが口から血を大量に吹き出した。
「――――――――!?!?」
何が起きたのか分からない。ただ、これだけは分かる。俺たちの作戦は通じたのだ。
「アンジェリカ!!」
「わかってる!」
咄嗟のことで剣を振り忘れたため、俺の体は失速してそのまま落下していく。だが、この気を逃したら駄目だ。俺が叫ぶ前にアンジェリカは既に動いている。
無数の剣がバジレウス目掛けて飛んでいく。
俺は空中で体勢を直し、綺麗に着地する。すると、1秒後、バジレウスの肉塊が上から降ってきた。
嫌な音を立てて床に衝突しながらも、身体が勝手に再生されていく。その痛みは想像を絶するものだ。
獅子のような髭まみれの顔は血で汚れている。その中で光る鋭い眼光が俺の事を睨んでいる。
「…………気付いてるか、バジレウス。再生、遅くなってるぞ」
俺の言葉に、バジレウスはピクリと眉を動かす。
直後、バジレウスは完全再生を果たし無傷の姿となる。
「…………何をした?」
「何もしてねぇよ。俺は、な」
俺の言葉に、バジレウスはきっと不快な思いをするだろう。
「………………カルケリル、か」
バジレウスは全能のヴァーテクス。その能力は能力を付与するというもの。
だが、人間に能力使用の限界があるように。
いくらヴァーテクスとして身体を創り変えようとも、限界は存在した。
ヴァーテクスとしていくつまでの能力なら許容できるのか。
「お前は能力を付与できるだけで、消すことは出来ない。アンジェリカたちから能力を消してないのがその証拠だ。
そして、この1300年。お前は必要になる度、自分に能力を足してきた。お前は神じゃない。その真似事をしているだけ。人間の延長線上にいるだけだ」
「……………許容限度を超えた、か」
「……………俺たちの勝ちだ」
勝ちを確信し、宣言する。
その言葉を受け、バジレウスの口角が持ち上がり、ニヤリと笑った。




