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無名頂上種の世界革命  作者: 福部誌是
14 秩序のヴァーテクス
109/119

14-3

「……………………なんでって、当たり前のことだろ。奴に剣を教えたのは、この私だ」


 その言葉に、俺もアンジェリカも動揺が隠せなかった。


 もし、ドミニクさんまでもが裏切っていたら…………。

 そんな考えが脳裏にチラつく。




 いや、それはない。ドミニクさんがアンジェリカを裏切っているなんてことは絶対にありえない。


 俺とアンジェリカは口を噤んだ。


 それ以上のことは聞かない。





「…………アンジェリカ。分かってるよな」


「うん、もちろん。」


 お互いに、答えは一緒だった。

 それが、どれだけ心強いことか。



 俺は剣を握り締め、構える。

 俺が飛び出すのと同時に、アンジェリカは自分の周囲を回転する剣を防御用に展開。

 そして、攻撃用に剣の嵐を展開させる。


 アンジェリカの意思一つで思い通りに動く30本を超える剣は雨ではなく嵐。しかも、垂直ではなく水平にユースティアに向かって動き出す。



 剣の嵐でユースティアを追い詰め、俺が死角をついて攻撃。

 それを繰り返す。


 だが、あと1秒遅い。

 ユースティアは視界先への空間転移と周囲の空間防御壁の展開で剣の嵐と俺の攻撃を難なくやり過ごし、アンジェリカを殺す為に攻撃へと転じる。


 ユースティアの斬撃は至高の斬撃。全てを斬り裂く。だが、遠くからいくら撃ってもアンジェリカに避ける為の余裕がある限り、当たることはない。



「……………………ちっ!」

 と鋭い舌打ちをし、俺の攻撃を防御壁で弾くユースティア。

 その後も幾度となく攻撃を仕掛けるが、ユースティアに当たることは無い。


 もっと速く。もっと速く!

 心の中で何度も唱え、地面を蹴り腕を振るう。


 だが遅い。あと1秒がこんなにももどかしく感じるのは初めての経験だ。



「…………………………くそっ!

 キリがねぇ………………」


 逸る心を抑え、冷静を保ちながら攻撃を続ける。

 ユースティアはこちらには目もくれず、アンジェリカに対しての攻撃を仕掛け続ける。

 何度も続く攻防合戦に、少し息が切れてきた時だった。


 ユースティアが唐突に体の向きを変え、俺に斬撃の照準を合わせた。


 ――――――――つ!!

 まずい!


 その場に止まり、いつでも逃げれるように構える。

 だが、それこそユースティアが狙っていたことだった。

 俺から視線を切り、再びアンジェリカに視線を向けるユースティア。

 次の瞬間、ユースティアの姿が消えた。


「やられた……………………」

 気付いた時にはもう遅い。


 ユースティアはアンジェリカの背後に現れ、腕を構えた。

 それに合わせ、アンジェリカの周囲を回転していた剣がユースティアを捉える。

 だが、ガンっという音と共に弾かれた剣はクルクルと宙を舞い、床に落ちていく。


 攻撃と見せかけた空間防壁。だが、アンジェリカは諦めない。懐に隠し持っていた剣を取り出し、ユースティアの首を狙う。

 でも、それすらユースティアは読んでいた。

 再びユースティアは空間転移し、アンジェリカの背後に現れる。


「――――――――えっ」


 振るった剣が空振りに終わり、アンジェリカは息を漏らした。


 だが、それで数秒は稼げた。それだけ稼げれば俺が間に合う。


 ユースティアは俺とアンジェリカを分断させてからアンジェリカを狙う戦法だ。

 そこだけはぶれない。

 息を殺し、身体強化・砕で最速でユースティアの背後に迫る。


 そして、剣を振り上げ、渾身の一撃を叩きこむ。









 振り下ろした剣が、ユースティアの血肉を捉えることはなかった。






「――――――――はっ!?」



 ユースティアは再度、空間転移でアンジェリカの前方に跳んだのだ。




「……………………これで、終わりだ」

 そう呟きながら構えられた腕。

 その刹那、ユースティアの思考を理解した。


 俺の考えは間違っていた。

 ユースティアの狙いは俺とアンジェリカの分断にあると思っていた。そして、俺たちの狙いもそこにあった。

 分断された上で、俺がユースティアの死角からカウンターを狙う。それが俺たちの作戦だった。だからこそ、お互いの思惑は一致していると、そう思っていた。


 でも違った。





 ……………………この角度はまずい。



 ユースティアが飛んだ角度と俺たちとの距離。

 それはワンアクションで俺とアンジェリカを両断できる位置だったのだ。



 ユースティアは俺とアンジェリカが重なるこの展開を狙っていた。そしてそうなるように俺たちの仕掛けた展開に乗ってきた。つまり、俺たちはまんまとユースティアの掌の上で転がされた。


 そう判明した瞬間、言い表せないくらいの悪寒が背筋をゾワリと走り抜けた。



 次の瞬間、致死の斬撃が放たれる。




































 筈だった。ユースティアの背後で立ち上がる男の存在がなければ。





「――――――――――――っ!?」



 最初に気付いたのはユースティアだった。

 野生の直感じみたものが、感じ取ったのはおそらく危機の感覚だろう。



 その男は瀕死の傷を負い、利き腕を失った。

 失われ続ける大量の血液がその男の正常な判断力を奪っていた。


 でも、強い意志で動き続けようと藻掻いた男は、左腕で武器の槍を握り、それを前方に突き出した。


 この部屋で展開されたこの戦い。一番最初にユースティアに傷をつけたのが、誰だったのか。










 ともかく、ユースティアは反射に近い空間防壁の展開ではなく、構えたままの腕を振り返った勢いのまま男に向かって放つことを選択した。




 男の胴は真っ二つに両断され、突き出した槍は勢いが足りず、その場に落ちる。

 最後の最後に、一矢報いることなく。男はその役目を全うした。










「充分だぜ」

 斬撃を放った直後。その隙を全力で突く。



 身体強化・砕鱗。で強化された感覚器官と、全神経。そして筋力がユースティアの背後を捉えた。


 この一撃なら、間に合うと。俺の直感が告げていた。すべての想いと力を込め、剣を振り下ろす。


「ぐ、あぁぁぁぁぁぁ!」



 ガン!

 と大きな音が部屋の中に響き渡る。



「――――――――は、まじかよ」


 僅かにコンマ数秒の差で、ユースティアは空間防壁を展開させることに成功していた。


 だが、それは完璧な空間防壁ではない。所々が薄い膜で防壁の意味を成していない。それに、初めて刃が衝突しているところに亀裂が入った。


 このまま押し込めば割れるという直感があった。

 全身の力を込めユースティアの空間防壁に剣を押し込む。

 亀裂が広がり、パキパキと音を立てながら瓦解し始める。



「負けるものか」と小さく声が囁かれた。

「負けるものかぁぁぁ!」


 次の瞬間、防壁の厚みが増して勢いが強くなる。

 空間防壁の拡張により、俺を押し戻そうとしているのだ。



 決して負けられない鍔迫り合いが続く中、ユースティアはじわじわと脚を広げ、体勢を保とうと試みる。無理な姿勢による防壁の展開が、この状態をつくっていると気付いたのだ。


「させるかぁぁぁ!」


 だが、余力などない。少しでも力を緩めればその瞬間に拡張する防壁によって吹き飛ばされる。


 ズルっ!


 そんな効果音が聞こえてくるかのように、ユースティアは足を滑らせる。気が付けば、ユースティアの足元には血だまりが広がっている。



 その瞬間、防壁の勢いが弱まった。














 それが狙いどころだった。



「アンジェリカ様!」


 そう叫びながら、女は走り出す。

 自身に残された最後の力を振り絞り、その手に握る鈍器を振り下ろした。


 ガン!

 と鈍い音が響き渡り……………………。


「……………………二重、衝撃」



 その直後、強い衝撃が防壁を砕いた。




 割れるガラスのように脆く、散っていく防壁の欠片たち。それに視界を覆われながらも、俺は剣を振り切った。


 鈍く重い嫌な感触。剣から腕。腕から体全身にその感触が伝わってくる。

 脳が人を斬ったと認識したころ。戦いは終わっていた。






 肩で呼吸を繰り返し、足元に倒れる女騎士を見る。

 真っ白の外套に赤いものがじわじわと広がり、その純白を汚していく。










 若干遅れて我に返り、アルドニスとローズさんを探す。

 アンジェリカとローズさんがアルドニスの元で顔を下ろしていた。俺もそこへ駆け寄る。だが、近付けば近付くほど、その無惨な姿から目を逸らすことは出来ない。


「……………………アルドニス、は」


「……………………もう、息をしてないわ」


「……………………どうやら、私たちは、ここまで、のようね」

 そう呟き、ローズさんは背中を壁に預けながら俺とアンジェリカに視線を送った。


「そんな……………………」


「……………………最初から、わかっていた、ことでしょう。全員が、生き残れる、訳じゃない」

 そう言って優し気に微笑むローズさんを前に、俺はその場に崩れ落ちる。



「……………………アンジェリカ、様」


「……………………なにかしら」


「貴女と出会えて、良かったです。今まで、ありがとう、ございました」


「えぇ。私もローズと出会えて、よかったわ」




「さぁ、タクミ。立ちなさい」


 そう促され、俺は首を横に振る。


「貴方は、ずっと、あの時の事、後悔してるんでしょ」


 そう言われ、俺はハッと顔を上げた。


「……………………どうして」


「だったら、今度は最期まで、貫いてみせなさい」


「…………………………………………ローズさん。ありがとう、ございました」

 俺は、四肢に力を入れて立ち上がる。


「えぇ。アンジェリカ様を、頼むわね」


 強く頷き、ローズさんに背中を向ける。


「…………………………………………行きましょう」


 俺の言葉に、アンジェリカは「えぇ」と短く頷く。

 お互いに、振り返ることはしない。


 踏み出した一歩は重く、胸が痛い。

 それでも、その歩みを止めることは出来ない。




 俺たちは最期の戦いへと足を進めた。




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