14-2
ユースティアにとって、世界の秩序を守ることは当たり前のことで、それはバジレウスの命令に従い続ける人形のような生き方だった。
ヴァーテクスとして目覚めてから1280年が経過したころ。
ユースティアはいつものように怪物から市民を守り、妙な噂のある人間の集団を壊滅させるなど、いつもの平時を過ごしている時だった。
街の路地を数人の子供が駆け抜けていくのが目に入った。
ユースティアは気配を殺し、空間転移能力で子供たちの後を追う。
先頭を走るのは5人組の子供。そして、その集団を少し遅れて追いかける少年が1人。
その少年は他の子どもと比べて、手足が細く身に着けている衣服もボロボロになっていた。
「へーい。こっちだよー」
「早くしないと病気が移るぞ」
そんなことを叫びながら、先頭の5人は逃げるように走っていく。
「……………………なるほど。所詮は子供のおふざけだな」
ユースティアはそこで追跡を止め、踵を返した。
数日後。
その街を怪物が襲ったという報告を受けた。
ユースティアは空間転移能力を駆使して、街へと急いだ。
街へと到着後、直ぐに避難所へと向かい街の長から話を聞き、耳を疑った。
「ひとりの少年が、全ての怪物の注意を引き付けてくれたのです」
そして、その少年はまだ戻って来てないという。
「ユースティア様。どうか、あの子を助けてください」
そう声を掛けてきたのは病弱な女性だった。
ユースティアは避難所を出て、上空へと自身の身体を転移させて少年の姿を探す。
少年の姿は直ぐに見つけることができた。
その少年は、あの細い子供だった。
大人が振るう長い剣を振り回し、怪物を牽制させているところだった。さらに、その後ろには足を怪我して動けない別の子供がいて、その子は数日前に細い少年から逃げるように走っていた5人のうちのひとりだった。
つまり、その少年は自分を除け者にして笑っていた子を助けるために命懸けで戦っていた。
その光景を前に、ユースティアの胸の中でなにかが弾けた。
そして、地上へと降り立ち、腕を振るって怪物を両断する。
突然現れたユースティアに、驚いて立ち尽くすボロボロの少年。
「……………………よく頑張った。君の名前を聞いてもいいかい?」
「ドミニクです」
ユースティアの言葉に、暫く固まったままだった少年が口を開く。
それが、ドミニクとユースティアの最初の出会いだった。
「……………………僕に、剣を教えてくれませんか」
不躾とか、そんなことを恐れずにドミニクはユースティアに対してそう口を開いた。
それは、怪物の襲撃から数日たったある日のこと。
襲撃を受けて損傷した街の修復を手伝いをするために、街に寄ったところ、ユースティアはドミニクと再会した。
「剣って……………………。私の戦いを見てなかったのか?
私は腕で戦っただろ」
「はい。見てました。それでも、ユースティア様の攻撃は斬撃によるものでした。
どうしたら、あそこまで鋭い斬撃を放てるのでしょうか」
ユースティアの戦いに、何かを見出したドミニクはユースティアに付いて回り、手刀の事を細かく聞いてきた。
特に嫌な気はしなかったユースティアは答えられる範囲でドミニクの質問に答えた。
「……………………君は、どうして子供たちに避けられていたんだ?」
「……………………僕の母親が病気で、僕が近付くとその病気が移るそうです」
「……………………君は病気に見えないけどな」
「はい。僕は病気ではないです。でも、僕がいつもボロボロの服を着ているせいか、みんなは病気が移ると言って僕を避けようとします」
聞かれたことに対し、真っ直ぐ答えるドミニク。
そんなドミニクを見て、ユースティアは少し表情に影を落とした。
「……………………嫌、じゃないのか?」
「……………………何がでしょう」
「いろんなことがさ。病気でもないのに避けられることも。母親が病気であることも。いつもボロボロの服を着ていることも」
「……………………避けられるのは嫌ですけど、他は嫌ではありません。母が病気なのは仕方ないことです。呪うことなどできません。この服も仕方ないのです。毎日ご飯が食べられるだけで幸せです」
「…………………………………………そうか。
……………………ところで、なんで自分を避ける子を助けようとしたんだ?
見捨てようとは思わなかったのか?」
「誰かを助けるのは、当たり前のことです。僕もたくさんの人に支えられてきました。だから、それを返すために、助ける人間を選んだりはしません」
純粋で真っ直ぐ。穢れなどひとつもない少年の瞳に、ユースティアは胸を打たれる。
それから、ドミニクと剣を振るうようになった。
初めて振るう剣に、戸惑いながらも共に鍛錬した。
ドミニクの身長は伸び、それと同時に髪も少しずつ長くなっていって、少年は青年となった。
ドミニクの一人称はいつの間にか、「僕」から「私」へと変った。
そして、それが定着し始めたころだった。
「ユースティア様」
「どうしたんだ?」
この世界の秩序の維持のため、世界中を飛び回り、少し落ち着いたころ。
ユースティアはドミニクの振るう剣を眺めるのが日課になっていた。
「……………………母の新しい入院先が決まりました。
3日後、この街を出ようと思います」
「……………………そうか。それは良かったな。
それで、よくなりそうなのか?」
「それはまだわかりません」
「……………………そうか、すまないな。病気に関しては私は何の役にも立たない」
「そんなことないです。ユースティア様がこの世界の秩序を守ってくださるお陰で、今の日常があるのです」
「……………………もう、10年になるのか」
「はい。長いようで短い時間でした。ユースティア様の斬撃を間近で拝見することができたおかげで、私の剣の腕は上達しました。ありがとうございます」
「お礼などいい。私も、君と過ごした日々は楽しかった。
まぁ、剣の腕はいつまで経っても上達しなかったけどな」
「いいじゃないですか。ユースティア様にはその腕があります。その腕は、この世のすべてを断つ防御不能の斬撃。私も、その高みを目指し、これからも精進いたします」
「そうだな。新しい街へ行っても頑張れよ。
まぁ、私の力があれば、直ぐに会えるが……………………」
「はい。ユースティア様もお達者で」
ドミニクとユースティアは、そこで別れる。
10年間。最強の斬撃使いの傍で鍛えられた剣はこの世界で最強の剣士へと昇華し、広い世界へと羽ばたくように生まれ育った街を後にした。
その後、ドミニクは行き着いた街でカルケリルと出会う。
そして、母親の病気を治すための莫大な金額と引き換えに、その人生を売ることを決意する。
剣の腕を見込まれた最強の剣士は、この世で最も弱く無名なヴァーテクスの従者になる命令を与えられ、アンジェリカの元へと移動する。
それらの情報はカルケリルの情報統制により、隠蔽されユースティアはドミニクとの再会が果たせなくなる。
そして、ドミニクとユースティアの再会は最悪の形となって実現する。