14-1
アルドニスは右腕を落とされ左腕で槍を振るいながら、朦朧とする意識の中、昔を思い出していた。
自分の人生が変わった、あの日のことを。
10年前。
炎のヴァーテクス。フローガ・テオスの掌から放たれた炎を前にアルドニスの人生は終わるはずだった。
あの瞬間。
「ここで死ぬ」と思ったのか。「もう無理だ」と思ったのか。
今となっては覚えていない。それでも、アルドニスは命を救われた。そこを通りかかった薄紅色の綺麗な髪をした無名のヴァーテクスに。
そして、アルドニスは心を奪われる。
助けられた恩に報いるために。強くなろうと決意して槍を手に取った。
それが、アルドニスの背中を支え続ける。
始まりの想いだった。
♦♦♦
ローズは思い出していた。
ここに至るまでの道のりを。
ローズと幼い弟と妹を残し、ローズの両親は亡くなった。
その日から、ローズは親の代わりとして、弟と妹を育てた。
稼ぎが必要なため、朝早くに村を出て夜遅くまで街で働く。
忙しくとも、弟と妹の笑顔を見るだけで頑張れるほど、その当時は満たされていた。
だが、悲劇は終わらない。
ある日、ローズが街で働いている時に村が怪物に襲われた。
その知らせを受け、ローズは飛ぶように馬車を捕まえ、村まで戻った。
だが、時は既に遅く。ローズの家は瓦礫と化し、その中に冷たくなった2人の遺体を見つけた。
ローズは暫くの間、その場から動けずに絶望に暮れた。
そして、見つける。
村を守るための警備兵が持っていたと思われる武器を。
特に深く考えることなく、ローズは武器を手に取る。そして、怪物の足跡を追った。やっとの思いで見つけた怪物に、ローズは飛び掛かった。
どうやって仇を取ったのか、ローズは覚えていない。それだけ武器を振るい、相手を殺すことに固執していた。
荒くなった息と、鼻の奥を刺激する獣臭と濃厚な血の匂い。
気が付くと、血だまりの上に立っていた。
そして、それを囲うようにして唸る別の怪物の群れが、そこにはあった。
「……………………もう、無理ね」
と、その当時は思っただろう。
私は死ぬ。家族の元へと行ける。
そう死を受け入れた。でも、ローズが死ぬことはなかった。
森の中を駆ける、若草色の長い髪の男が、次々と怪物を斬り払う。
その光景に、思わず見惚れた。
「大丈夫ですか?」
その男が持つ強さと、優しさにこれ以上ないくらいに惹かれた。
その後は単純だった。その人が仕えるヴァーテクスに同じように仕えることにした。
多くのものを、失ってきた人生だった。とローズは振り返る。
そして、また失った。
……………………ローズは、裏切者の存在を、はやくから疑っていた。
最初はタクミに狙いを定め、追い詰めようとした。それも、今では反省している。
そして、ここにはいない彼の言葉に応えるためにも。
ローズは全力でメイスを振るう。
ガンっ!!
と弾かれるメイスと腕から全体に響く衝撃。それでも、ローズは勢いを緩めない。
全ては恩返しのため……………………?
……………………いや、違う。
とローズは真っ直ぐに心の中で唱える。
結局のところ、ローズはあの日の心の震えにずっと囚われている。
それ以上でも、それ以下でもない。
それが、ローズの戦う理由だった。
♦♦♦
息をつく間もない程の攻防戦の中、先に崩れたのは俺たちの方だった。
厳密にいえば、アルドニスが最初に崩れる。
失った右腕の先端からは、血が溢れ続けている。咄嗟の応急処置も、無理をして身体を動かせば意味もなくなる。
既にフラフラの足取り。それを、ユースティアが見逃すはずはなかった。
アルドニスの背後に跳び、腕を構える。
「お前が一番きつそうだな」
「……………………見えてんだよ!」
瞬間移動したユースティアの動きを、予め想定していたおかげで反応がスムーズにいく。
身体強化・鱗で感知し、ユースティアの背後から首を目掛けて剣を振るう。
だが、ユースティアの姿が目の前から消えた。
「――――――――分かっていたよ」
「――――――――なっ!?」
ユースティアの罠に嵌ったのは俺の方だった。俺を出し抜き、ユースティアはアンジェリカの背後へと移動している。そして、そのまま腕を振り払う瞬間だった。
ローズさんがその場に飛び込んだのは。
「――――――――ぐ、っ!!」
ユースティアが腕を振り払う瞬間、ローズさんの振るったメイスが確かにユースティアに腕を捉え、激突する。すべてを斬り裂く斬撃と、破壊力抜群の二重衝撃。
バキッベキッと、鈍い音が鳴り響いたのと同時で、ローズさんが血しぶきを上げて、その場に崩れる。
ローズさんの振るったメイスによる攻撃。その最期を操ったのはアンジェリカだった。
「――――――――くっ!!!」
ユースティアは痛みで表情を崩しながらも、大きく後ろに跳んでアンジェリカから距離を取る。
「……………………行動が、ワンパターンなのよね」
アンジェリカは真面目にそう答え、ローズさんに駆け寄る。
俺もユースティアの動きに注意しながら、アルドニスを支えてローズさんの元へと移動する。
ローズさんの胸はちゃんと上下に動いている。だが、胸部からの止血はひどく、このままの状況が長く続けば、危ないだろう。
まぁ、それはアルドニスも同じ状況なのだが……………………。
「アルドニスとローズは、私が剣の檻で守るわ」
「……………………あぁ、そうだな。よろしく頼む」
アルドニスをアンジェリカに任せる。アンジェリカは二人を壁際に移動させて、剣で檻を作成する。
2人の周囲を常に動き続ける剣の檻により、ユースティアは2人に手出しができなくなる。
「……………………………………ひとつ、お前たちに聞きたいことがある」
少し離れたところから、ユースティアが不意に口を開いた。
「……………………なにかしら」
「……………………ドミニクは、なぜここに来ない」
その声に、俺とアンジェリカは身体を固める。
「……………………な、なんで。貴女がドミニクを気にするの?」
当然の反応を、アンジェリカが示す。
「……………………なんでって、当たり前のことだろ。奴に剣を教えたのは、この私だ」




