13ー4
「………………しつこいな」
「お互い様だろ」
雷撃が雨のように降り注ぐたび、カルケリルの身体には傷が増えていく。対して、バジレウスは未だ無傷のまま立っている。
「……………………ならば、趣向を変えようか」
そう言って、バジレウスは杖を振るう。その瞬間、カルケリルの目の前に光の弾が無数に展開される。
「――――――ぐ、っ!!」
反応しきれず、カルケリルの身体を光の弾が貫く。カルケリルは耐えきれずに息を漏らした。
そこへ、再び雷の牙が襲い掛かる。
大きく飛んで雷を避け、着地と共に大きく息を吸うカルケリル。
「……………………諦めろ。貴様では我を倒せぬ」
時間が経つにつれ、両者の実力の差が歴然となる。
いや、両者を大きく分けるのは能力の差。
逆にとらえれば、カルケリルは特別な能力を一切使わず、全能のヴァーテクスを翻弄し続けている。
対して、バジレウス。彼もまた最後の詰めを決めきれずにいた。
それが歯がゆく、バジレウスの胸の奥に引っかき傷となり蓄積されていく。
「……………………テラシアを殺した光の弾、か。一瞬だが、戸惑ってしまったよ」
カルケリルの予測ではバジレウスが元々獲得している能力は6つだと考えていた。
①雷操作
②光弾
③飛翔
④千里眼
⑤伝達能力
⑥能力付与
それが対バジレウス戦での話。
それに加え、⑦自己再生の能力を持っていると予測していた。それは見事的中する。
だが、カルケリルは知らなかった。
いや、そこまで見通すことができなかった。
バジレウスが冥界に現れた後、終焉の森の木を全て斬るために自身に付与した第8の能力。
⑧威力強化
今のバジレウスの攻撃には全てこの能力が掛けられ、ブーストされている状態だった。故に、その予想外の力がじわじわとカルケリルを追い詰め続ける。
肩で大きく呼吸を繰り返し、カルケリルは顔を上げる。
カルケリルの足は止まっている。なのに、追撃はない。
バジレウスはここに至ってもまだ、余裕がある状態だった。
「なるほどね。まぁ、もともと分かっていたことだけど、改めて現実を見せつけられると、正直きついね」
カルケリルは笑いながら独り言をこぼす。
「……………………何を笑っている。それとも、まだ秘策があったりするのか?」
「……………………いや、できる限りの手は尽くしたよ。努力だけでは、特別な力に太刀打ちできない」
ヴァーテクスは特別な存在である。
だが、それは不老であったり、特別な力を持っていたりと、そう言ったことでしかない。
元々の身体能力は人間と変わらない。
そんなカルケリルが費やした1300年という途方もない時間。それだけの厚みをもってしても、全能の前では歯が立たない。
………………………………………………………………と。
「ふん。ならば、潔く死ぬことだな」
バジレウスの握る杖がカルケリルに向けられる。直後、杖の先端が光り、雷が顕現してバチバチと音を立てながら収束する。
それは次第に丸く、球の形へと圧縮され、黒い雷を纏った球体へと変貌する。
努力だけでは、特別な力に対抗できない。
人の身では、神にも等しい超常の存在に抗えない。
「そんなもの、ハナから承知の上さ」
その上で、自分が決めた意思を貫くため、その男は人生を賭けた。
「―――――――――雷玉矢」
バジレウスの造り出した黒い雷の玉が静かに形を変える。先端を尖らせ、槍の先端のように形を変えた死の矢は、バジレウスの言葉と共に放たれる。
それを紙一重で躱し……………………本人は致命傷を避けたつもりだが、カルケリルの左わき腹がこの世から消失する。それでも、踏みとどまり、カルケリルは地面を蹴った。
「おおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
雄叫びを鳴らし、カルケリルはその手に握った最後のナイフをバジレウスの首に刺し込んだ。
「無駄だ!」
直後、カルケリルの身体を雷が襲う。
バジレウスの持つ杖から直接、雷がカルケリルに流れ込み、その実を焼き払う。
身体の8割を焼かれ、全身に火傷を負ってもなお、カルケリルは倒れなかった。
その皮膚は爛れ落ち、所々黒く変色し、焦げた匂いが部屋の中に漂う。
ヴァーテクスであっても、死を免れない致命傷。
対して、バジレウスは無傷。
最後の最後に、カルケリルが突き刺したナイフも簡単に引きはがされ、床に捨てられる。
傷は勝手に修復し、なかったことにされる。
全てが無意味だと、バジレウスは内心で嘲笑う。
それすらも、作戦だったことに気が付かず。
「――――――――――――――――は?」
最初に気付いた違和感。それはバジレウスの鼻から垂れた血だった。
続いて、口から大量の血を床に吐き出し、その場に膝を着く。
ごぼっ、ごぼっと喉に逆流してくる血を吐き出しながら、バジレウスは自身を見下ろすように立つカルケリルを睨んだ。
「……………………い、ったい。……………………なにを……………………した」
「…………………………………………僕が鍛えた力だけでは、君を倒すことはおろか、傷のひとつも付けることができない。それは最初から想定していた」
呼吸を交えながら、ゆっくりとカルケリルは語り出す。
「……………………外が、だめなら。……………………内側から。相場は、そうと。……………………決まって、いる」
「…………………………………………毒、か」
「あ、あぁ。そうさ。デービルの病を参考にした、ね」
カルケリルは満足したように、安心した表情を見せてその場に崩れる。
バジレウスはギリッと奥歯を噛み締める。
最後の最後で出し抜かれたことに、憤りを感じ、初めて怒りを露わにしたのだ。
『いや、できる限りの手は尽くしたよ』
と、その言葉を信じてしまった。
結局のところ、カルケリルという男は最初から最後まで嘘つきだった。その嘘に、まんまと騙され続けた愚かな男。それが、全能のヴァーテクスであると。
「…………………………………………は、はははははははは」
血をこぼしながら、天井を仰いでバジレウスは高笑いする。
それを前に、カルケリルはうっすらと目を開ける。
「能力付与。毒無効」
「…………………………………………なっ」
驚くように、眼を見開くカルケリルと、平然と立ち上がるバジレウス。
バジレウスは手の甲で鼻と口から垂れた血を拭い、余裕の表情でカルケリルを見下ろした。
「…………………………………デービルに能力を与えた時から、その可能性も考慮していた。
わかるか、カルケリルよ。我は最初から誰も信頼してなどいない。上手く事が運べば儲け話ぐらいに考えていた。だから、この1300年間は誠に満たされていた。
…………………………………………我以外のヴァーテクスが全員結託して歯向かって来ようと、我はすべてを正す。
我はこの世で最初のヴァーテクス。全能であると。最初に宣言したはずだ!!」
「まさか、まだ能力を持てる余力があったとはね」
「…………………………最期に、言い残すことはあるか?」
バジレウスはカルケリルに杖を向ける。カルケリルは少し考えた後、微笑みながら答えた。
「…………………………できれば、人生というものを、やり直してみたい。
平和な、世界で。もう一度、彼女と彼に出会い。10代という若々しい人生を、共に歩んでみたいなぁ」
その幸せな幻想は。
雷の音と衝撃に掻き消され……………………。
大嘘つきは、その長い人生に幕を下ろした。
「結局。貴様の徒労は無意味に終わったな。どちらが本当の愚か者か。直ぐに分かるぞ。カルケリルよ」
バジレウスは踵を返し、マントの裾を翻しながら下層へと向かう。
その背後目掛けて。
タンっと、石の床を蹴る音が、短く部屋に響いた。
「――――――――――っ!!」
気付いた時には、バジレウスの首は宙を舞っていた。
頭から別たれた胴体。その先端の首の断面から凄まじい勢いで噴水の如く血が吹き出す。
直後、すぐさま頭を再生し終えたバジレウスが敵意を向ける。
そこには、若草色の長い髪をした好青年が剣を構えて立っている。
「…………………アンジェリカ様の最初の従者として、果たすべき事を果たします」
その冷静な視線がバジレウスを静かに捉える。
この世界、最強の剣士と全能のヴァーテクス。
新たな戦いが幕を開ける。