13ー3
僕が記憶を取り戻していることを、絶対に悟られてはならない。
「能力を授ける」
そう言われ、いろいろと悩んだ。思考を巡らせた。
幸いか、それとも凶か。僕には自分自身で能力の内容を選択できる権利が与えられた。
……………………他者に能力を付与できるなら、自分自身にも付与できるはず。
ここで、戦闘系の能力を選んでも、対処される場合がある。
ユースティアは空間系能力。
テラシアは生命を司る能力。
アウルは未来視の能力。
それだけ、自分に自信があるということか……………………。
病の能力。冥界の支配権。炎能力。精神支配。
彼女は、選ばなかった。
「……………………僕は、賭けの絶対遵守と、不正の発見能力で……………………」
怪しまれない方を選択。
他のヴァーテクスたちが散り散りになる中、彼女は留まることを選択した。
心の中で、別れの挨拶を告げる。
そうして、僕は僕のやるべきことを始めた。
先ずは町の運営と発展。
バジレウスやユースティア、アウル、テラシアが築いたヴァーテクスへの信頼と畏怖。それを逆手にとって、資金を手に入れる。
……………………先ずは、バジレウスの目から逃れれる場所を確保するために動く。
資金を手に入れ、ヴァーテクスとしての権利を存分に使って人を動かす。
街はどんどんと発展していき、持つものとして生まれた富裕層を相手に商売を始める。
それからシステムの確立と運用。確実に金を巻き上げ、それを使って打倒バジレウスの準備を気付かれないように進める。
少しずつ。でも、着実に。
いかにヴァーテクスといえど、運が良かっただけ。
たまたま奴の目につき、拾われただけ。
能力を存分に生かしたが、それだけじゃ足りなかった。
圧倒的な才能の無さ。
とにかく、マイナスをプラスにするために時間を費やした。
使えるものは、なんだって使う。
金に困っている人間の人生を買い、使った。
アウルの知識を存分に使った。ユースティアやテラシアの力を使って、街を繫栄させた。
漸く、街に小さな地下空間を設置できたのは50年が過ぎた頃か。
闇の中に階段と扉を設置。闇があれば、バジレウスの目は届かない。
そして、この空間の存在がバレない限り、バジレウスの目をごまかせる。
そして、鍛錬を始める。相変わらず、才能と呼べるものはなかった。でも、とにかく時間だけはあったから、つぎ込めるだけの時間をつぎ込み、戦闘に関する知識を増やして、鍛錬を積んだ。
100年が経過するころ。
最初の方にカルケリルに賛同してくれた人間も老い、多くの別れを体験した。最初は慣れることのなかった、常に見送る側という立場にも慣れ始めたころ。ようやく、街が理想の形になり始めた。
バジレウスの正体、ヴァーテクスの謎を解くための試行錯誤を始める。
……………………成果が出ないまま時が過ぎる。
事が起きたのは700年が経過するころ。
テラシアが突如、姿を消した。この大きな事件は瞬く間に世界中に広がった。
彼女の様子を見に行ったり、テラシアを捜す時間を設ける。
テラシアが見つかることはなく……………………。
暫く経ってから、この世界に怪物が闊歩し始めた。
多くの事を察することができた。だが、口を噤む。
彼女の苦しみと悲しみから目を逸らした。
800年が経過する。
テラシアの所在地と思わしき場所を発見。
近付こうとしたが、怪物とぶつかり、撤退。
900年が経過する。
街が理想の形と一致するまで繁栄に成功。完全な管理方法と、システムを構築。世界中の飢餓に苦しむ子供に食料を分け与えるために動く。
1000年が経過するころ。
「やぁ、最近順調だってね」
街をアウルが訪ねてきた。
「あぁ、おかげさまでね」
アウルはジッと僕を観察する。
「ほーう」
「な、なにかな?」
「少し、いや、だいぶ筋肉が付いたね」
「あ、あぁ。僕個人が走り回ることが多いからね」
「ノンノン。僕の目はごまかせないよ」
「……………………何を言ってるのさ」
「今夜、時間はあるかい?
少し話したいことがあるのさ」
そう言ってアウルの街へと移動する。
驚いたことに、アウルが隠し持つ、暗闇の先の研究所に案内された。
「…………………………………………これ、は?」
「ヴァーテクスの研究所さ。この世界にはかなり少ないが、旧時代の書物が存在している。吾輩は今、それを調べていてね。すると、調べれば調べる程、疑問なんだよ」
「……………………なにが?」
「惚けなくてもいいさ。君も不思議に思っている筈だろう。だから、いろんな準備をしている。その中にはバジレウスが禁じているものもあると吾輩はみた」
「…………………………………………」
「なぜ、この世にヴァーテクスが存在するのか。吾輩は知りたい」
「…………………………………………それを、なぜ僕に?」
「吾輩から打ち明けるのが公平だと判断した。君の隠し持つ知識を教えたまえ」
そこから、アウルとの協定が始まった。
全てを話すことは出来なかったが。できる限りの協力を行った。
アウルは、ヴァーテクスとしての人生を退屈に想っているようだった。
そのころから、物の開発を行い始めた。
1200年が経過するころ。
多くの人材を金で買う事をした。
そして、世界中に派遣する。賭けの絶対遵守。それを駆使して、裏切りのない従者をつくり、各ヴァーテクスの情報を集め始める。
1290年が経過するころ。
また、世界が動いた。
無名のヴァーテクスが炎のヴァーテクスに喧嘩を売って負けたらしい。
そして、そこでアンジーナ、とは別の名前を宣言したらしい。
「……………………アンジェリカ。それが、君の名前なんだね」
その時の興奮と感動が、どんなに嬉しかったか。きっと誰にも分らない。
彼女の変化に気付いたのは、バジレウスとアウル、そして僕だけだ。
暫く、バジレウスの動きを警戒したが、動くことはなかった。どうも、特別な人間の少女と仲良くするのに忙しいらしい。
アンジェリカに全てを話したい!
その葛藤があった。でも、それはしないと誓った。
これは僕が独りで始めた僕の自己満足の大きい勝手な恩返し。
最後の最後に、君のとびきりの笑顔が見られれば、それだけでよかった。
それに、僕とアンジェリカが手を組めば、流石にバジレウスやユースティアが動く可能性があった。
なるべく限界まで、彼女は一人で戦うのが最善の手だと判断した。
それでも、手助けはあった方がいい。
……………………そう言えば、この前買った人間の中に、剣の才能がある青年がいた。
その青年を、彼女の最初の従者へと任命した。
1300年が経過するころ。
また、変化が訪れる。
異世界の住人がこの世界に現れた。そして、彼女と出会った。
そして、10年前の雪辱。フローガを撃破したのだ。
本来、僕が勝ち取りたかった彼女の横に、その少年は居座った。
少しだけ、ほんの少しだけ嫉妬した。負の感情があったのも事実だ。だから、すこし意地悪をしたりもした。
そして、介入し始めることを決意した。干渉して、勝ちへと導く。それが僕にできる最善の支援。
少年と少女の合流の支援。ヴィーネ戦への介入。
テラシアの死とアウルの死。
そして、街に来るように仕向け、そこから行動を共にしてきた。
それが、カルケリル・テオスの全てだ。
♦♦♦
雷撃がカルケリルの胸を貫く。
衝撃が体全体に響き、カルケリルはその場でよろめいた。
口から流れ落ちる赤い血を拭いながら、狭まる視界の先でバジレウスを捉える。
「…………ようやく、当たったな」
バジレウスは杖の先端をこちらに向け、倒れるカルケリルを見て安堵のため息を吐いた。
「……………マジかっ」
爆煙は晴れ、お互いにお互いの姿を視認できるようになる。
バジレウスに目立った外傷はない。
それでも、カルケリルは笑ってみせる。
それがとてつもなく、バジレウスの目には不気味な姿に映る。
「…………何を、笑っている?」
「…………………………いやぁ、全て、ね」
長い溜めを作り、カルケリルは言葉をこぼす。
「………………………全て?」
「………………………あぁ。予測、通りなのさ。彼の」
カルケリルの言う彼が、一体誰の事を指すのか。
バジレウスは一瞬理解が遅れた。
だからこそ、次の行動に出遅れた。
「―――――――――っ!? しまっ、」
カルケリルの体が大きく揺れ動き、そのまま倒れるかと思った瞬間、カルケリルは地面を蹴りバジレウスとの距離を詰めた。
咄嗟に杖を構え直すバジレウス。
だが、対処は間に合わない。
カルケリルの手には勿論、ナイフか握られている。
その瞬間、バジレウスは理解した。
カルケリルの言う彼。それが誰を現すのか。その後ろ姿が脳裏に、唐突に浮かんだ。
自身がその手で殺し、その目で死ぬところを確認した、男の姿を。
未来視ではなく未来予測。
能力を制限された男が1300年の中で培ってきた経験を元に導き出した答え。
それに彼らは導かれてきた。
そして、その場を全て整えてきたのが、今目の前で対峙する男なのだと。
バジレウスの頭にナイフが深々と刺さる。
次の瞬間、バジレウスの頭が弾け飛び、その衝撃でカルケリルの身体も吹き飛んでいく。
「…………………君は今まで、一度も僕を警戒してこなかった。それが何故か、分かるかい?」
床の上を転がり、停止した所で身体を起こしたカルケリルが口を開く。
その声を黙って聴きながら、全てが無駄だと心の中で吐き捨て、回復を待つ。
弾け飛んだ脳の中身はドロドロに溶け落ち、塵となって消える。
そして、失ったものは新しく生えてくる。
不老であっても、不死身ではないヴァーテクス。
だが、全能であるが故かバジレウスだけは最も例外に近い。
完全な自己再生能力。
それが機能する限り、バジレウスは死ぬことも、傷を負うこともない。
「…………………貴様らがどれだけ反逆を志そうと、全てが無に終わるからだ」
「…………………そこだよ。だから、思ってもない方向から刺されるんだ。わざわざ戦闘向きじゃない能力を獲得し、今までずっと戦闘する場面を見せてこなかった」
1300年間、努力し続けた。
そして、騙し続けた。
カルケリル自身が培ってきたものを一度も披露することなく、この場面の為だけに隠し通してきた。
最後の最後に敵を打ち負かすために。
テラシアも、アウルも、デービルも、カイロンも。
どんな死も受け入れてきた。
たった一度だけ。最後の最後に勝ちを手にする為に。
それ以外の全てを犠牲にして、騙し続けた。
「……………僕は、ギャンブラーだ!!」
カルケリルは大胆不敵に、笑う。
それが例え、見栄だとしても。
最後まで、カルケリルはそうあり続ける。
それが、カルケリルという名を得た男の本質だった。




