12-5
「もう、無理だ」
何度も、そう思っていた。
ルイーズという少女は幼いころ、引っ込み事案な子供だった。
ある日、怪物に住んでいた街が襲われた。街の防壁が崩されて街に侵入されたのだ。
その怪物の群れに、住んでいた街は蹂躙された。街を守るために出撃した父親は戦死。
生き延びるために逃げようと試みた、母親や姉、ルイーズ自身にも怪物の牙が迫った。
その時だった。
怪物の頭上に、ひとつの影が舞い降りる。
この世界を守る、守護者。
秩序のヴァーテクス。ユースティア・テオス様だった。
ユースティア様が腕を振るうだけで、怪物たちは次々と倒れていく。
街の大人たちを、簡単に屠った恐ろしい怪物が、手も足も出ずに地面にひれ伏した。
その光景に、幼い頃のルイーズは胸が躍った。
生き延びることができた感動より、目の前で起きた奇跡のような出来事に、心を震わせたのだ。
瓦解した街の中、その真っ白な衣装を決して汚すことなく、怪物たちを鎮めたヴァーテクス様に。
幼い少女は心を奪われた。
それから、ルイーズは変わっていく。
引っ込み事案は活発になり、いろんなことに挑戦する明るい子へと。
街の中を駆け巡り、男の子連中と混じって遊ぶようになる。
やがて成長し、自分の将来の仕事や生活の事を考え始めるころ。少しずつ身体を鍛え始め、怪物と戦うために知識をつけ始める。
街の防衛隊に所属し、戦果を挙げて。
秩序のヴァーテクス様が管理する街へと移籍。そこで、ユースティア様の従者になると誓う。
だが、ユースティア様は従者をとっていなかった。
この世界の秩序を守るため、世界各地を飛ぶユースティア様は従者を必要としていないとのことだ。
それでも、ルイーズは諦めることなく、従者になれるようにいろんなことを尽くした。
その結果。
努力が報われる瞬間が来る。
誰の助けも必要としなかったユースティア様に呼ばれ、初めての命令を受けた。
その内容は、無名のヴァーテクス様に近付き、その行動を把握してユースティア様に伝えるという簡単なものだった。
それでも、ユースティア様に仕えられることが嬉しくて、ルイーズは乗り気でその命令を全うしようと試みた。
……………………その、筈だったのに。
気が付けば、心がすり減る自分がいた。
関わって直ぐ、悪い人たちではないと気付いた。
そんな人たちを、欺き続ける自分が嫌いになる日々が続く。
苦しかった。気付いてほしかった。
いっそのこと、責められたかった。
殺されても仕方ないと……………………。
はやく、楽になりたかった。
でも、楽になれる日はなかなか訪れず。
最後の戦いが始まった。
戦いが始まった以上、ルイーズに残された道はたった一つだった。ユースティアの従者として、果たすべき勤めを果たすだけ。
そう思って、バルバードを握った筈だったのに。
固く握った決意は脆くも崩れ出す。
『今、お前の本当の声を、聞かせろ! ルイーズ!』
タクミの声が響く。
ルイーズは無意識にバルバードから手を離し、叫んでいた。
「………………まだ、オレを、………仲間だと。認めてくれるのか?」
「あぁ。当たり前だ」
その声は優しく、何よりも暖かいものだった。
目の前に差し出された腕。その腕は筋肉質で逞しく、傷だらけの強い腕だった。
ルイーズは手を伸ばす。そして、目の前に差し出された腕を取ろうとして、違和感に気が付いた。
その瞬間、考えるよりも速く体が動いた。
脚に力を入れ、腕を伸ばす。
タクミの手を取るためではなく。
その身体を押し退けるために。
「…………………えっ?」
驚いたように、目の前で声が落ちる。
その後すぐだった。
強い衝撃と共に、自身の上半身がズレ落ちるのを、僅かな意識の中で感じ取った。
♦♦♦
出来事は一瞬だった。
俺の叫びに、ルイーズは答えた。答えてくれたのだ。
だから、手を差し伸べ、その手を取るためにルイーズは腕を伸ばしていたはずなのに……………。
俺の背後に、死の気配が急に現れた。
そして、ルイーズは俺を生かすために、俺を押した。押して攻撃を避けさせたのだ。
目の前では上と下に別れたルイーズだったものと、そこから溢れ出す真っ赤な液体だけが広がっていた。
呼吸が荒くなる。
目の前で起きた現状をうまく呑み込めない。
「……………最期に裏切ったか。だが、これで終わりだ」
頭の上から響く声。
それに対応することが遅れる。
死の斬撃は容赦なく振り下ろされ……………。
「ユースティアっ!!」
そこへ飛び込んでくる無数の剣が、ユースティアの残像をかすめ取る。
「あ、アンジェリカ…………」
駆け寄ってくる少女の姿を確認し、その名前をこぼす。
「タクミ、しっかりして!」
そう叫ぶアンジェリカ。そして、その後に続く形で現れるアルドニスとローズさん。
「………悪ぃ。止めきれなかった」
「…………誰も、悪くないよ」
ようやく絞り出せた声は震えていた。
ただ、やるべき事は分かっている。一瞬だけ瞼を強く閉じ、開く。
剣を握る腕に力を入れ直し、倒すべき敵と向かい合う。
感情に振り回されてはいけない。冷静さを捨てるわけにはいかない。自分の中でふつふつと沸き上がるドス黒い感情を必死に押し殺すために、下唇を思いっ切り噛み切る。
「…………先ずは、一人だな。全員殺す」
冷たく吐き捨てられた言葉に、真正面から向かい合って受け止める。
今まで、何度もユースティアと衝突があった。
それも、ここで終わる。
ユースティアと戦い、斬る。
もう、そこに躊躇いは無い。
「……………終わらせよう」
俺の言葉に、3人が頷きそれぞれの武器を構える。
秩序のヴァーテクス戦。
そのラストの火蓋は切って落とされた。




