12-3
俺とアンジェリカ。ユースティアとルイーズが向かい合う中、最初に動いたのはユースティアだった。
敵意むき出しの構えから躊躇いなく振り払われる腕に合わせ、防御不可能の斬撃があらゆる物を切断していく。
コンクリートの地面や壁面に大きな斬撃の跡が増えていく。
それに合わせ、ルイーズもバルバードを構え、突っ込んでくる。
アンジェリカを攻撃することは叶わないから、勿論狙いは俺だ。
「ルイーズ!」
俺は真っ直ぐに彼女と向き合い、剣を交える。
バルバードの重さにより、体が吹き飛ぶが上手く着地してみせ、同時に地面を蹴る。
ルイーズの持つバルバードと俺の持つ剣では質量が違いすぎる。真正面からの衝突ではこちらが押し負けるのは明白だ。
……………でも、それは俺が能力を使わなかった場合の話だ。
身体能力を強化して、腕力に力を注ぐ。振り下ろされるバルバードを弾き返し、息をつく。
「…………本当に俺たちと戦うんだな!」
「そうだ!」
俺の言葉に、ルイーズは覚悟を決めた表情を見せる。
「私を、忘れるなよ?」
そこへ、間髪入れずにユースティアが割りんでくる。
振り抜かれる腕から放たれる空間切断攻撃。
それを避けようと試みて…………。
血の槍に脚が貫かれる。
「ぐっ……………ぁ」
ユースティアとルイーズの連携攻撃に、俺の体は斬撃に晒されるはずだった。
「っ、ぁぁぁぁぁぁぁ!!」
俺と迫る斬撃の間に飛び込み、アンジェリカは両手をかざす。全てを切断するはずの斬撃はアンジェリカの手元で火花を散らし、数秒後。
僅かに俺たちから軌道をずらし、後方の壁に激突した。
「アンジェリカ!?」
「だ、大丈夫」
そう言って強がるアンジェリカだが、どう見ても大丈夫な状態じゃない。
口や鼻、目から血をこぼし、両腕が真っ赤に腫れ上がっている。
アンジェリカの能力は他への干渉能力。
その力を用いて、主に剣を操って戦闘している。
操ろうと思えば何でも操れる能力だが、苦手なものがある。
それは、他者の意思がかかっているものだ。
アンジェリカが操る物の抵抗力が大きければ大きいほど、アンジェリカはそれを操れなくなる。
フローガ戦で炎を操った時と比べ物にならないほど、疲弊したアンジェリカを前に、俺は覚悟を改める。
そこへ、怒号が響く。
「俺を、忘れるんじゃねぇ!」
アルドニスが叫びながら、槍に纏った風を暴発させる。
巻き起こる竜巻に、ユースティアは思わず障壁を展開させる。
「………アルドニス!」
アルドニスは失った利き腕の代わりに、左腕と左脇で槍を持っている。
「大丈夫だ。このくらい何ともねぇ!」
「ここからは私達も再戦します」
ローズさんが駆け寄ってくる。
集まった3人を前に、俺は強く目を瞑る。
「…………どうしたの、タクミ?」
そんな俺を見て、アンジェリカは心配そうな目を向けてくる。それが少し暖かくて、少しだけこれから発そうとする言葉に詰まった。
「…………………みんなは、ルイーズを、許せるか?」
その一言が全てだったと思う。
多分、俺の一言で、その場にいる3人は俺の意図を察してくれた。
「大丈夫だろ。あいつが悪いやつじゃないって事を俺たちは知っている」
真っ直ぐな言葉。
正直、器がデカイなと思った。
でも、それだけで片付けられない何かがあった。
仮に、今まで一緒に過ごしてきたルイーズが全て嘘だったとしても………。
俺たちに対する態度が偽りだったとしても………。
俺たちを騙し続けていたのかもしれないけど………。
そうやって思える事に、凄く幸福を感じた。
…………正直、ローズさんは少しだけ不満気な表情を見せた。
でも、嫌とは言わなかった。
積み上げた信頼はたった一つの小さな裏切りで、全て簡単に崩れると思っていた。
信頼を築き上げることはすごく大変で、崩すのは簡単なのだと………。
でも、この世界に来て、この人たちと出会って、寝食を共にして、互いに命を預けあって………。
そんな生活が俺の中の考えを変えた。
信頼を崩すのだって、そんなに簡単じゃない。
「…………タクミ。ルイーズの事。任せたわよ」
そう、背中を押され、俺は強く剣の柄を握り締める。
「あぁ。任された」
竜巻が収まり、視界が開ける。
対するユースティアは瞬間移動で直ぐに俺たちの死角へと飛ぶ。
それをサポートするように、ルイーズの血の刃が展開される。
ユースティア単体でも大変だが、ルイーズの攻撃が合わさることで、隙の無い連携が生まれる。
この2人を同時に攻略するのは骨が折れる。
だから、引き剥がす。
アルドニスが展開する風により、ルイーズの体が吹き飛ぶ。
「おわっ!」
その風に、俺自身も乗り、そのまま隣の部屋へと吹き飛ばされる。
「…………くそっ!」
アンジェリカとローズさん、アルドニスはユースティアの相手。
俺はルイーズの相手だ。
「…………なるほど、オレを引き剥がしたか
こうすれば勝てると思ってるのか?」
「さぁ、どうだろうな。
でも、これならお前と話が出来るだろ?」
俺の言葉に、何を思ったのか。
ルイーズは舌打ちをする。
「…………………正直、こうはならねぇと思っていた。
オレの裏切りは直ぐにバレるって。そう思ってたのによ」
「…………………気付いてたよ、正直。
カルケリルと出会った頃くらいには」
「じゃあ、なんで直ぐに問い詰めなかった!?」
ルイーズが牙を剥く。
その瞳には怒りが宿っている。
大広間では今でも激しい殺し合いが展開されている。
対して、隣の小さな部屋に飛ばされた俺とルイーズの間には深まり続ける溝があるのみだった。
「さぁ、なんでだろうな…………」
「オレを直ぐに殺しておけば、お前たちが勝てたかもしれねぇ。お前たちと………………殺し合わずに、済んだのに」
ルイーズの痛々しい想いがこぼれる。
「そうかもな。でも、俺に後悔はない」
「…………そうだな。オレにもねぇよ。今のは忘れてくれ」
ルイーズの表情に、力が戻ったのを感じた。
「お前を殺して、ユースティア様に助力する。そうすれば、アンジェリカ様もお終いだ」
「……………そうはさせない。そうさせない為に、お前を止める」
一度すれ違えば、もう二度と戻れない。
そんな予感を胸に、俺たちはお互いの武器を交える。




